遭遇、そして。
それは、迷いの森だった。もちろん、地図でもあれば難なく国道に戻ることはできるのだろうが、少なくとも僕らにとってはそうだった。
とりあえずいつもと気分を変えるために日世理ちゃん任せにして「こっちの道に行ってみましょう!」と言われるがままに分かれ道を選んでいると、先程から何度も見た光景である、看板のある場所に戻ってしまった。
「あれ、これ戻ってない?」
「戻ってますね……時間が!」
「うん。って、タイムスリップじゃないからね!?」
「でもこの道にある看板はさっき見ましたよ。やっぱり戻ってますよ!」確かに掠れ気味の文字で<フラワーロード>と書かれている。先程見た看板に相違ないだろう。
「だから、それは道を間違えた結果一周しただけだよ?」
「うぅ……」
とにかく国道に出なければならない。出さえすればそれからは道がわからなくなることもないし、道を外れて行けるほどの装備ではないし、万が一森のくまさんなんかに遭遇したら大変だ。あの童謡に出てくるような紳士的なくまさんなど存在しない。
「左手法というのがあった気がする。やってみよう」確かループしていない迷路の完璧な解法だったはずだ。
……ダメだった。同じ場所をもう一周しただけで、出口は一向に見えない。現実世界なのでループはないなどと思っていたが、おそらく途中の坂と上下の道が繋がってループしているのだろう。さっきまでは晴れていたために道もそれなりに見えていたが、雲がかかってきて少し見えにくくなってきた。
「ちょっと勿体無いけど、さっき買ったパンを道に少しづつちぎって置いていこう」
「そうですね……」ちょっと残念そうな日世理ちゃんだが、背に腹は代えられない。
くるみパンを少しづつ道に置きながら歩いていくと、一度通った道を避けながら進めているようだ。この調子だと、抜けられそうだ。一縷の望みをパンに託した。
しばらくして、「あ、先輩、危ない!と」日世理ちゃんが軽く叫んだ。僕は自分の足元にあった動物のフンらしきものを間一髪回避することができた。
「おおっと! ありがとう。意外と夜目が利くんだな」アレを踏むのは精神的にきつい。あと、日世理ちゃんの意外な才能を垣間見た気がする。
「そういえば、このフンって結構大きいですね。大型の動物だと思います」
「ほう」と声に出すか出さないかの時に、物凄く嫌な予感がした。いや、予感ではない。緊急事態に体のセンサーが鋭敏に反応したのだ。
ガサガサガサッ。ガサガサッ。と後ろから大きな音がした。日世理ちゃん、大きくなって……そうではない。 恐る恐る後ろを振り返ると、大男にも勝るとも劣らないサイズのくまさんが、拾ったくるみパンを食い散らかしながら近づいてきた。そうか、くまさんは木の実が好物だったな。クマー! ……なんて言ってる場合じゃない、これは一大事だ。くまさんは意外と臆病なので、大きな声を出すと怖がって逃げると聞いたことがある。
「そして~か~がや~くウルトラソウッ!」なぜか咄嗟にこの歌が出てきたのは僕がファンだからだろうか。あと、高いところは出なかった。
「ハイ!」日世理ちゃん、ノリよく手を叩きながら合いの手を入れる。よし、これでくまさんも……!
ア゛ ア゛ ア゛ ア ッ !! 人間と犬の中間のような高い声を出して咆哮するくまさん。もうさん付けとかいらないよこれ。圧倒的にクマだよこれ。
「これ、死にパターンですね」などと半ば諦めた表情で日世理ちゃんがつぶやく。諦めるなよ! と修造イズムを発揮することもない。僕も同意見である。遂にクマが目前に迫り、僕に襲いかかるか襲いかからないかという時に、日世理ちゃんの指輪が突然光り始めた。
「お、IoTか?」流行のワードを使いたくなったわけじゃないからな、つい口から漏れただけだ! などと考えているうちに、ワープトンネルのような空間に入り、一気に加速した体感を覚えた。何か壮大な風景が視界に広がったような――僕の意識はそこで途切れた。