プロローグ
午後18時ジャスト。学校に一斉下校を報せるチャイムが鳴り響いた。
秋人は担任教師に任された仕事に一区切りつけ、書類を片付ける。辺りを見回すと既に自分以外誰も辺りには見当たらなかった。図書委員も含めてだ。
今日の図書委員は秋人のクラスメイトであり、相手が秋人であるのを良いことに鍵を置いて帰ってしまった。
「……ったく」
諦め半分にため息を漏らす。
スピーカーからは放送部員の声が鳴り響いている。内容は要約すると一斉下校時間になったから早く帰れというものである。
「はいはい……言われなくても帰りますよ〜っと」
誰もいない空間で一人椅子から立ち上がると、図書委員の座る机から鍵を取り出口へと向かう。
そこでふと秋人は高校二年生にもなって、このままもう少し学校にいてやろうか。なんて小学生みたいなことを考えてしまった。
再び放送部員が先程と同じセリフを繰り返す。そこで反発心とともに秋人の決意は固まった。
出口へと向かう足を止め、先程まで作業していた机へと戻る。
やがて一斉下校時に流れる謎の音楽が鳴り止み、学校全体が静寂に包まれた。
秋人はこの時点で「なんで俺はこんなことをしたんだろうか」という後悔の念に苛まれていたが、既に後の祭りである。
でもまあせっかくなので図書室を見て回ろうと、端の棚から順に流し見していく。
特になにが面白いというわけでもないが、いつ教師が見回りにくるかという緊迫感と、下校時刻を過ぎたのに学校にいるという背徳感が合わさってなんだか妙にテンションは高かった。
身体にゾクゾクとしたものを感じながら、学術書、小説、絵本、図鑑、洋書と順に見て行った時だった。一冊の本が目に止まる。
「妖術でレッツ現実トーヒ!」
なんともまぁ狙ったタイトルだった。最近はこんな風によく分からないタイトルにしないと読者の目を引けないのだろうか。などと思いつつ、秋人は興味本位でその本を手に取った。
とりあえず一ページ目を開いてみる。どうやら読むにあたっての注意書きらしい。
『いま現実逃避したくない人は絶対に読まないでください。内容が気になりすぎて絶対に現実逃避したくなります!』
……どこかでみたことのあるような文章だった。
秋人は若干呆れつつも次のページへと目を移す。そこには目次が記載されており、最初から流し読み程度に思っていた秋人は早速『妖術で出来る現実トーヒ!?実践編』のページを開く。というかそれが最後のページだった。
そして開いた瞬間まず目に付いたのは『このページを食べます』という文言だった。その時点で秋人は、じゃあこのページに至るまでの妖術の基本とかはなんだったんですかね……とソッと本を閉じる。そして速攻で元の場所に戻しておいた。
しかし秋人がその本を本棚を戻した瞬間、唐突にその本が輝き出した。そして自律的に本棚から飛び出すとパラパラとページがめくられる。
やがてそれが止まると、あるページが開かれていた。
『このページを食べてください』
「嘘だろ……?」
秋人が驚いている間に、自然とその悪魔の言葉が書かれたページが千切れる。
そしてそれは尋常ではないスピードで真昼の口へと一直線に飛んできた。
当然避けようもなく紙が口の中に入る。すると今度は秋人の体も本と同じく輝き始めた。
当人の秋人はあまりの事態に理解が追いつかず「こりゃ確かに現実逃避したくなるわ……」などと現実逃避気味に考えつつ、最終的にはさらに輝きを増す眩い光の中へと消えていった。