ゼロの魔術書
ここから第1部です。
「トーマ、早くして!遅れちゃうよー」
そういって朝から僕の近くで騒いでいるのは、アイリだ。
あれから4年の月日が経って、僕は今日成人式を迎える。
ただ、成人式だからと言って何か特別な事が起こるわけではない。
近くの領主の敷地内にある魔術書庫に行き、ありがたいお話を聞いてから、念じると魔術書が手渡されるのだ。
この魔術書が手渡されたら、僕らはこの教会から出て行かなければならない。
この4年間は本当に地獄の様な日々だった。
主にアマンダにボコボコにされ、シスターエリーに直されてまたボコボコにされるという、まるで修羅道にでも堕ちたかの様な仕打ちを受けていた。
ただ、その甲斐あってか、先日初めてアマンダに一発入れられたのだ。
本当に4年前には考えられない出来事だった。
あれから4年も経っているので僕も色々と成長していた。
特に身長は175㎝になり、胸囲や腕まわりが明らかに逞しくなっていた。
足も速くなっており、今だったら100m走でオリンピックに出場してメダルを取れるくらいの速さだ。
まぁもちろんそんなもの無いけどね。
この4年間で教会の皆も変わった。
特に一番驚いた出来事は、シスターアマンダが結婚をしたのだ。
あの岩の様に筋骨隆々としたアマンダの旦那は、やっぱり筋骨隆々の逞しい男だった。
正直言って、あの2人が並んでいると、周囲の温度が軽く2度は上がっているんじゃないかと勘違いするくらいの暑苦しさだ。
そして、シスターエリーも再婚した。
そう、再婚なのだ。
エリーは前の夫と死別してから教会に来ていたらしい。
その報告を聞いた時のカインのショックは深かったらしく、軽く3か月は真っ白になっており、ほぼ抜け殻の様な状態だった。
後は、まぁ予想通りというかなんというか、アイリは絶世の美少女になっていた。
元々の顔の造形が良かったのもあったが、身長も160㎝とそこそこ伸び、美貌は女神が降臨したような印象を受けるくらいだ。
そんな美少女が昔と変わらず迫ってくるのだ。
ここ最近、彼女の顔をまともに見られた日は少ない。
そして、僕は今その美少女を待たせてしまっている。
僕が遅れて教会の入り口に行くと、彼女は両手を腰に当てて如何にも怒ってますという素振りを見せていた。
そこに僕が近づくと、僕のおでこを指で弾きながら頬を膨らせるのだ。
まともに見れるわけがない。
そうやって顔を背けると、決まって彼女は怒り、こう言う。
「またそうやって誤魔化す。こっち見て話し聞きなさいよ」
そういう彼女を直視できず、横目に見ながら、口うるさく怒られるのだった。
そんな僕らのやり取りに、シスターエリーが子供を抱きながら口を挟んできた。
「遅れたのは問題だけど、そろそろ時間が危ないんじゃないの?」
そう言われると、我に返ったのかアイリも文句を言うのを止めて、急ぎ始めた。
「それじゃ、行ってきます。魔術書貰ったら一度戻ってきますね」
僕たちはそういって、見送りに来てくれた教会の皆に手を振ってから出発した。
領主の魔導書庫に着くと、既に今年の成人が多数押しかけていた。
特に席は無く、軽く話を聞いた後に魔術書を受け取る予定になっている。
「――――であるからして、今後は大人としての自覚をもって行動する様に、以上で話を終わる。全員目を瞑って、魔術書を願うのじゃ」
そういって、挨拶の終了と同時に魔術師が指示をしてきたので、僕らは目を瞑った。
(僕の魔術書、僕の元にきてくれ。できる事なら良い魔術書をお願いします)
僕がそんな事を願いながら両手を前に出していると、不意に重みを感じた。
その瞬間に目を開けて両手を見ると、なんと魔術書が手元にあるのだ。
「「おぉー」」
僕以外の周りに居る皆も手に取って嬉しそうに歓声を上げていた。
左の奴は赤色か、右にいるアイリは緑色で、俺のは……?
無色透明?いや違う、よく見ると本の枠とかは見えている。
枠は見えているのだけど、背表紙とか表紙の真ん中の部分が無色透明なのだ。
僕が、自分の魔術書に混乱していると、また壇上から声がしてきた。
「今手渡された魔術書はそれぞれの系統で色分けされておる。赤なら火、青なら水、茶なら土、緑なら風、白なら光、黒は居らんと思うが闇の系統になるぞ」
え?てことは、僕はどの系統も無いって事か?まさかの魔術系統無し?ゼロって事!?
僕が一人ショックを受けていたが、壇上の魔術師が話を続けた。
「魔術書の使用は、生活している所に帰るまで禁止となっておる。これを守らなければ魔術書は1か月間取り上げられてしまうという事が過去に起こっておる。くれぐれも気を付けて帰るのだぞ」
そう言うと、終わりとばかりに書庫の扉が開き、魔術師もどこかへ行ってしまった。
ショックを受けて呆然としている俺に、アイリが気の毒そうな表情で声をかけてきた。
「トーマ、とりあえず帰りましょう」
そういって、彼女は抜け殻になってしまった僕の手を引いて教会へと帰っていくのだった。
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