兄の影
アース王子は父の待っている城の塔に向かう。
アース王子はノックする。重い扉を開けると、年季の入った大きな机に座っていた父であり偉大なる王ダンバーが立ち上がる。
「おお!待ちかねたぞ!」
鼻眼鏡をとるとアース王子を両手を広げ迎え入れる。机の上にはいろんな書き込みのある羊皮紙が所狭しと置かれている。
せっかちな性格の大王ではあるが、今日アース王子が遅刻したのにもかかわらずやけに機嫌が良さそうなのでアース王子は胸をなでおろす。
「いよいよ王位継承式も近づいておるな」
「はい、父上」
ダンバー大王はまだ健在ではあったのであるがすでに寄る年波迫るよわい六十であった。いつ自分の身に何が起こるかわからない状態なので自分の目が黒いうちに王の位をアース王子に譲ることを考えていた。王位継承のことはまだ公にはされていなかったのであるが、水面下のもと、大王、アース王子、身近な側近の者らと極秘裏にすすめられていたのだった
「見よ!この王冠を!」
本棚の金庫からうやうやしく新しく作った王冠を持ち出し掲げる。
「アースよ!お前が、これを王位継承式で被るのじゃぞ!」
その王冠には、大きなサファイアを中心として様々な宝石がちりばめられている
「ワシには、デザインのセンスが無いのでな。魔法使いのロートレッドにしてもらったのじゃ」
大王はまるで王位継承式で自分がこの王冠をかぶってしまうのではないだろうかと錯覚してしまうほど我がことのようにはしゃいでいる。
「この王冠の欠点は骨組みが純金ってことじゃ。アースお前がこの王冠の重さで首を痛めねばよいのじゃがのぅ」
大王はこうした子供っぽいところがあった。そんな父の姿をアース王子は好ましく眺める。と同時にいよいよ自分が王となってこの国をこれから治めていかねばならないことを考えると身の引き締まる思いがするのだった。
大王は聞きもしないのに次から次へと、王冠の自慢を並べ立てる。
「見よ!このサファイアの大きなこと!そういえばサファイアは長男リーンの誕生石じゃったな・・・・・・・・・・・・・・・・」
思いがけず亡き長男の名前が大王の口から飛び出てしまった。部屋に重い沈黙が続く。ロウソクの炎がロウを焦がす小さな音が時折響く。
沈黙を破ったのは大王だった。
「リーン王子が生きておればな・・・」
その表情は苦悶に満ちていた。
リーン王子は、ダンバー王の先妻のひとり息子で二十歳のとき西の世界へ軍を率いブラックドラゴン退治に出かけたのだ。しかし軍は全滅しリーンはブラックドラゴンと刺し違え、帰らぬ人となってしまったのであった。悲しみのあまり先妻の王妃は病に倒れ亡くなり、後に迎えた二人目の王妃との間に生まれたのがアース王子であった。そのためアース王子は、腹違いであるリーン王子との面識はなかった。ただ言い伝えでは体力知力に恵まれた類まれな若き人格者であったと聞き及んでいた。アース王子は未だ会うこともないこれからも会うことのない長男リーン王子の影を追って日々王となるべく今日まで修行を積んできたともいえるのだった。
しばらく宙を仰ぎ見る老王ダンバー。やがて我がかえると
「いや、言うまい・・・過去を振り返るまい・・・」
と自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「さあて、次はじゃな。この王冠の金細工を見よ!細工職人が徹夜で一週間かけて・・・」
とまた王冠自慢の続きを始めるのだった。