錯綜
アース王子は廊下を急いで歩いていた。メルの相手をしていたため父王に会う時間を大幅に越していたのだ。しかし将来王ともなる王子としては廊下を走るなんてみっともない姿をさらすわけにはいかなかった。早足で歩く王子に対して、反対方向から歩いてくる召使や騎士たちはあわてて廊下の端により王子に対して一礼する。アース王子が歩く先に自然と道ができそれを邪魔するものはいなかった。すると向こうから大柄な濃い緑のマントをひるがえした男が歩いてくる。宰相ダエエルであった。宰相でさえアース王子に対して道をゆずって脇へと退き礼をする。王子とすれ違いざまにダエエルの重い声が投げかけられた。
「先ほどは我が愚息イルムに剣の手ほどきいただき感謝します」
急いではいたがアース王子は立ち止まる。見ると父ダエエルの背後に隠れるように息子のイルムの姿が見えた。
「いえ、とんでもないイルムの剣もますます上達して、ボクと互角に戦うようになってボクもますます精進しなければとあせってるんだ」
アース王子は社交辞令の嘘をつく。イルムは一向に剣など上達していなかったのだがイルムに辱めを受けぬよう気遣ったのだ。
「また時間がありましたら是非このイルムの剣の相手をしてくだされ」
アース王子は宰相の言葉を受け流すかのように返事に片手を上げその場を立ち去る。
その王子の後ろ姿をうらやましげに宰相ダエエルはながめる。
ダエエルは切れ者の男でかつて王国にクーデターをおこし、未遂ではあるが国をのっとる計画を立てたことがあった。しかし自分の息子イルムがとんでもない腰抜けなので、クーデター計画を断念したのだ。自分が国をのっとり、そのあとをついでイルムが王となったとしたら国を滅亡へと導いてしまうことは必至であった。民を苦しめてまで自分が上に立とうとはしない賢明さをダエエルは持ち合わせていた。それを知ってか大王はダエエルに宰相の地位を与え、ダエエルの知恵と大王の裁量でマーベル王国の政は滞りなく進み今に至っていた。
(アース王子のような息子がいたならワシの運命も今とちがっていたのかもしれん・・・)宰相がアースの姿が見えなくなってから自分の息子イルムに目をやると、イルムは自分についたノミを必死につぶしているのだった。