城の日常
「よし!どうだジュラス!」
マーベル王国の城の広い中庭の芝生の上で二人の若者が剣を交えている。まわりには見物人が群がっている。
二人の剣の腕は互角に見える。しかし一瞬その均衡がくずれる。
剣を突きつける王子アース。剣先はお供のジュラスの鎧に当たる。訓練なので剣は鎧を貫くことはなかった。今は武術訓練の時間。庭の緑に生い茂った草が太陽の光を照り返してまぶしい。
「いやぁ・・・王子には全くかないませんなぁ」
ジュラスは兜の頭を横に振る。これは決してお世辞ではなくアースの剣の腕に近隣勇者に敵う者はいないといって良かった。ただ一人を除いて。その男が今なお生きていたらの話であるが。
アース王子は、17歳。将来はマーベル王国をになう王となるべく日々精進に励んでいる。今日もこうして部下であり友である者たちに囲まれ充実した時を過ごしていた。
「そろそろ休憩にしようか・・・」
陽はすでに高くなっていた。アース王子は剣の訓練の時間に終止符をうった。とそのとき
「アース王子!勝負だ!」
皆が声の方を向く。
「ほお、おいでなすった」
ジュラスが苦笑いしながらアース王子をうかがう。
アース王子は肩をすくめてほほ笑んだ。勝負を挑んできたのは宰相ダエルの息子イルムであった。
剣の勝負に関しては無礼講で次期王となる王子に挑んでもなんら問題ではなかった。その挑戦をしりぞけてこそ王子も将来真の王になる証明となろうものであった。
イルムは威勢よく我武者羅にアース王子に走り寄ってきたのはよいのだが一定の距離のところでそれ以上詰め寄ることができないでいた。剣を構えるアース王子に全く隙がないのである。
「ううう・・・・」
ただイルムはお預けを喰った狂犬のようにただうなっているだけであった。イルムが勝負を挑んできたのはこれで何回目だろうか、アース王子は数えきれないので途中でやめてしまっていた。
「イルム、腰がひけているぞ。そんな構えではウサギ一羽もしとめられないぞ」
アース王子が忠告する。
「うおおおおお・・・」
破れかぶれになったイルムが剣を振り回しながらアース王子に斬りかかる。
「勝負あったな」
ジュラスが二人の勝負に背を向けて先の王子との剣の練習でかいた汗を、メイドが差し出した麻のタオルを受け取りぬぐう。
剣のはじける音とイルムのうめき声が同時であった。
王子のはらった剣がイルムの剣を空中にはじきあげる。弧を描き剣は芝生に突き刺さった。
強い力で剣を失ったイルムの両手はしびれで動かせないでいた。
「イルム、まだまだ修行が足らんな」
「ううう・・・」
イルムは無念さをかみしめ膝まづいてアース王子に一礼すると一目散に退散したのであった。
アースは練習用の兜を脱ぐ。出きたのは端正な顔立ちの青年と少年の端境期の若い顔だ。春風に金髪がそよぐ。流れる汗は訓練の激しさを物語っていた。
「キャー!アースさまぁ!」
見学していた若い貴婦人たちが歓声を上げる。そのうちの三人の貴婦人が駆け寄ってくる。
「アースさま!お使いください!」
それぞれが絹の布を差し出す。アース王子は三人の淑女に対して公平にと一度に三つの布を手に取ると汗を拭いた。
「素敵でしたわ」
「しびれましたわ」
「頼もしいですわ」
と三人が口々にアース王子をほめたたえるのを、
「ありがとう」
と軽くうけながす。と同時に汗を含んだ布を返す。
ふと見ると木陰に一人の女性がたたずんでいる。アース王子の恋人リリス姫であった。
「失礼」
と貴婦人たちに別れを告げ、姫に駆け寄っていく。
両手を胸に当てている細い手をつかむ。
「おしたいしております」
「ありがとう姫。君のことを忘れたことは片時もないよ」
「ずいぶんおもてになりますのね」
瞳を三人の貴婦人たちに嫉妬の入り混じった目を向ける。
「ははは・・・彼女たちはボクのファンクラブさ。別に悪気があってやっていることじゃない。大目にみてやってくれよ」
実際彼女たちはアース王子にプラトニックの誓いを立てていたのであって三人の友情をこわしてまで将来アース王子と結婚しようなどと大それたことは考えてはいなかったのであった。
アース王子はリリス姫に耳打ちをする。
「じゃああとでいつもの場所で・・・」
二人は再会を約束して別れる。これから大王への面接が控えていたのだった。
アース王子が城の石の廊下を歩いていると。
「え~~~ん、アース王子さまぁ」
とかわいい女児が駆け寄ってきた。アースを兄のように慕っているメルであった。メルは年齢6歳、父は王家に仕える家臣バークだったのだが、大王を守るために名誉の戦士をとげた。その後病弱だったメルの母も亡くなり、遺児となった一人娘メルは愛情をもって王家で育てられることとなったのであった。
「どうしたんだい、メル?」
「ハレル先生がいじめるの」
メルはかがむ王子を見上げ涙ながらに訴える。メルはやんちゃなところがあって城内のしきたりとなる教育になじまないところがあるので、いつもハレル先生に手のひらを小さなムチでお仕置きされるのであった。お仕置きといってもなにぶん小さな子供なので手加減はされているのであったがプライドの高いメルにとっては耐えられないことであった。
アース王子はメルの頭をなでながら二人して階段に腰掛ける。
「それはメルが淑女となるハレル先生の大切な授業をちゃんときかないからじゃないかな」
「しゅくじょってなあに???」
メルは首をかしげる。
「淑女っていうのは立派な女の子になるってことだよ」
「立派な女の子になってどうするの?」
「立派な男に従うってことだよ」
「男の家来になるなるみたいでなんか損な気分・・・」
メルはちょっと頬を膨らませる。
「はははっ!男っていうのはねぇ。女より優れている動物なんだよ。だから女の子は男の子に従ってこそ幸せになれるんだよ」
今でこそこういう考えは差別的な考えで、とてもじゃないが通用はしないのだが、中世の騎士の世界ではあたりまえの考えであった。帝王学をたたきこまれているアース王子としてはなおさらのことであった。とはいってもアース王子は女性に対して強権的な態度を示す暴君では決してなかった。女性に対しては礼節を持って接していたので場内から女性たちの人気は良かった。しかし根本的にアースはこのような考えを持っているため将来苦しむことになろうとはこのとき夢にも思ってはいなかった。
「男っていいいなあ、アタシも男になって悪い奴らをやっつけたいなあ」
メルは落ちている木の枝を拾い上げると剣に見立てて振り回した。
「コレッ!メル!なんてはしたにことをしてるのです」
そのとき突き刺さるような鋭い声が石の廊下にこだました。城内淑女調教係のハレル先生であった。こうなってしまってはメルは完全にヘビににらまれたカエル状態であった。
「まったくこの子ったら、さあ!これから歌のおけいこの時間ですよ。王子様の邪魔をしてはいけません!これから王になられるお方なのですよ!」
ハレル先生はメルの手を取りアースに一礼する。
「さあ!あなたも!」
メルもアースに向かってしぶしぶスカートも裾を持ち上げ礼をする。
その時アースは、「立派な女の子になるんだよ」と言う。
その声掛けに対してメルはアッカンベーで答えた。
「コレッ!メル!まーーーなんてことを!」
ハレル先生の怒り狂ったその声は城内に響き渡った。