Kのダイエット
「昼食、食べないんだ」
僕は移動式のテーブルに乗った、出されたままのKの食事に視線を落とした。
「もっと痩せたいから」
柔らかい茶髪のショートカット。僕にはその身体は、既に十分すぎるほど痩せているように見える。胸は平坦であり、首筋は折れてしまいそう。まだかろうじて、腕には力としなやかさが残っているが、彼女はそれも不満そうに言う。
「ダイエットしなきゃいけないの。二の腕に肉がついていちゃ駄目なの」
その台詞に、僕は病的なものを感じてぞっとする。
「お昼の後はレクリエーション。運動してぜい肉を落とす!」
レクリエーション室。
畳まれていた卓球台が広げられ、棚からラケットとピンポン玉が入った籠が取り出される。Kはこの病棟で長いこと卓球をやってきたようだった。慣れた手つきで放たれるピンポン玉を打ち返し、リレーを続けながら、僕はKにどう接するべきか、迷っていた。
――ダイエットのしすぎはよくないよ。
これは愚策である。Kはそんなことは分かった上でダイエットをしようとしているのだ。「馬鹿」と言われたのと同じくらいにしか感じないに違いない。
――ゼリーでもいいから食べたほうがいいよ。
これも同じである。Kは自分は十分に食べていると主張するだろう。あるいは、ゼリーであっても食べたくないと言い張るかもしれない。
――何も言わない。
これも一つの選択肢ではあった。Kは医者に診てもらっているのだから、素人が心配するには当たらないのかもしれない。血糖値が下がりすぎて倒れても、いざとなったら高カロリー輸液を注入する方法もあるのだ。
――お世辞を言う。
これは不味いかもしれない。Tが言うとおり、彼女のダイエットへの執着は病的で、OD癖もあるという。変に気を使うと勘違いされかねない。
しかし愚策だと思っていてもなお、正面からKを見ていると、言葉が口をついて出てしまった。
「可愛いね」
浮き玉。右足を踏み出し、全力でスマッシュを叩き込む。が、そこはKも慣れ親しんだ卓球台。
「ありがとう」
そう言いながらピンポン玉を拾い、がら空きとなった台の逆側へと流れるように叩きつける。僕は11点目を取られ、見事に負けた。
「言い忘れてたけど、私、元卓球部だったの」
Kは卓球が強い。今日はそのことを確認した日になった。