コロポックル旅団
「引退の頃合じゃないのか」
すすきの大木が生い茂る中、50名を越すコロポックル旅団のギルドマスター、ひげもじゃのナクタードは僕に語りかけた。
VRMMORPG「小人のちいさなたび」は、リリースしてから今年で10年になる。このRPGの特徴は、同じ方向に、延々と旅を続けるということ。小人の視点から見れば、雑草は大木に、石は大岩に、ちょっとした落差は崖に、小雨は嵐に、川は海に、昆虫は怪獣に。つまり全てのものが新鮮な大冒険に見えるのだ。
本隊が一度通り過ぎたところには、原則として戻ることはできない。その代わり、小人になった僕たちは、メッセージを草や石に残してゆく。ログインするのが滞ってしまい、少し進行が遅れてしまった分隊のメンバーは、そのメッセージを頼りに本隊に追いつくことになる。
騎士という職業を持つ僕も、今日はそうやって本隊に追いついた。本来前衛となるべき職業が、あとから本隊に追いつくというのは、褒められたものではない。僕がリアルで彼女と暮らし始めたという噂も、ギルド内で広まっている。
「仕事に集中するために、この旅団を抜けるというのも手だぞ」
ひげもじゃのナクタードは、僕にチャンスをくれたのだと思う。ちょうど10年を機に、自分から辞めるチャンスを。けれど、僕はこのゲームをやめたくなかった。雷が降り落ちる日や、命がけの川渡り、スズメバチとの戦いなど、このゲームで得た経験は数多い。それら全てを忘れて、旅団からどんどん置いていかれることに、僕は耐えられなかった。
「僕はこのゲームを続けます」
このゲームは、画面脇に常駐させることができ、また、公式にボットを作ることが認められている。プログラマをやっている僕が本気を出せば、本隊に遅れない活躍をするボットを作ることも訳は無いはずだ。だが、それは本当にゲームをしていることになるのだろうか。僕は、何のためにこのゲームを続けるのか。ふと、分からなくなる。
「そうか。迷うことじゃ、若者よ」
「はい」
ひげもじゃのナクタードは年老いたドワーフだ。子供の名をガムランと言う。ガムランは図書館司書になると言って家を出て行った。人間の騎士である僕には、10年経っても、その心の動揺はよくわからない。
ただ、このゲームは楽しい。たとえ、人間換算で、10年で100キロメートルぽっちしか進めていなくても。待ち受けているのは、未知なる世界なのだ。
そこで夢は終わった。
「フジモリ。フジモリ。探偵のフジモリ。何か分かったのか。まあ分かるはずもないだろうがな」
ガムランの声がする。思い出した。ここは夢幻図書館で、俺は探偵のフジモリ。捜査資料として「コロポックル旅団」を読んでいたのだった。
「ガムラン。ガムラン。ひげもじゃのナクタードの子。確かに、お前に殺人を犯す動機は無いな」
「父に会ったのか!」と慌てた様子のガムラン。
「ああ、会った。ガムランと生き別れてしまったことを重ねて、俺と彼女のことを案じていた」と返す俺。
「それで、誰が犯人なのかはまだ分からないんですかね、無能探偵」エルフのアルパが催促する。
「まあ待て、アルパ」俺は答えて言う。「捜査はまだ始まったばかりだ」
 




