タイムリープ
夢の中で小説を書こうとしていた。すぐ消えてしまうと知りながら、必死に何かを書き留めようとしていた。
まず部屋があった。茶色い木でできた本棚の列はひざくらいの高さで、等間隔に20メートル四方くらい続いていた。そこには漫画喫茶のように、様々な完結済みの本が並んでいた。空中には特に何も無く、本棚がたくさん続いていることが一望できる。そんな部屋だ。図書館というには収納スペースを考慮していないが、そもそも夢の中であるから収納スペースより本の収納場所の一覧性のほうが重要なのだろう。
そこには数人の人間がいた。背の高い男。老人。少女。猫。そして俺。なぜだかは分からないが、定番のメンバーだという気がした。
自分の夢の中なのだから、本棚から何をパクっても違法ではない。だから俺は一冊の本を開き――その本の内容にぐいぐいと引き込まれた。比喩ではなく、物理的に本に引き込まれたのだ。そして夢を見た。
夢の中で小説を書こうとしていた。すぐ消えてしまうと知りながら、必死に何かを書き留めようとしていた。
俺は中学校に通う学生で、タイムリープしていた。タイムリープというのは、時間がシャッフルされたような状態のことだ。日曜、火曜、木曜、水曜、月曜、土曜……。そしてループもしていた。通学。授業。昼休み。授業。部活。帰宅。気の抜けた炭酸水のような一週間を俺は何度も追体験した。だがいつも決まって、金曜日が来なかった。金曜日だけが抜けていた。金曜日に何かあったことは明らかだったが、それを知る術が無かった。
だが、そこで俺は仮説を立てた。自分は金曜日にはもう死んでいるのではないかという仮説を。今見ているのは走馬灯のようなもので、人生をやり直せるチャンスなのではないかと。そして木曜日に、金曜日に備えて武装を整えた。身体にはTシャツの代わりに剣道部からパクってきた胴と小手をまとい、万全の体調で眠りについた。
深夜、自室で寝ていると、鍵を壊したのか、窓から黒尽くめの男が現れた。知らない顔だった。そいつは俺に刃物を突き立ててきた。しかしむしろそれはループから外れた新しい時間の始まりであり、俺は歓喜すら感じながらその刃物を胴で受けた。異物感。うろたえる男。
「そんな。夢と違うじゃないか!」
喚く男を無視し、俺は枕元にあった竹刀を握って、手元に一撃を叩き込んだ。刃物が落ちた。そこですかさず、俺は竹刀を上段に振り上げ、男をめった打ちにした。
「夢と違う! 夢と違う!」
「ああそうだよ。ここは俺の夢だ。俺の図書館の中の、一冊の本の中だ。あんたは今ここで倒されて、これは小説のネタになるんだよ」
「ひどい!」
そこまで進んだところで、ふと夢からの覚醒の気配がした。
起きた後、夢の内容を覚えていられることはあまり無い。図書館まで出てくるような夢はなかなか見ない。だからこれはレアケースだ。更新の間が開いてしまったのも、なかなか図書館の夢を見なかったからだ。
夢の中で小説を書こうとしていた。すぐ消えてしまうと知りながら、必死に何かを書き留めようとしていた。
起きたとき、目を瞑って外部からの刺激を遮断する。ぼんやりした夢を、文字に起こす癖がついていたのは幸いだった。俺はタイムリープしていたことを覚えていて、こうやって小説に書くことができたのだから。
最近だと他にも、ヴァンパイアを艦砲射撃で消し飛ばす夢や、物理法則を無視した崖の上まで続くプールの夢なども見たが、きりがないのでその話はやめにする。




