ドレイクの水辺
頭の中のヤバイ図書館にも、貸し出し履歴みたいなものがある。正確には、返された本たちが再び元の位置に収まるまで置いておく白い棚である。
そして、夢の主人公というか、もっとロマンある言い方をすれば、貸し出し主がいる。らしい。
らしいというのは、今回の貸し出し主は、夕暮れの太陽すら恐れぬ強大なるヴァンパイアの貴族であったことが最後に分かったからだ。
今回の夢に名前をつけるなら、さながら「ドレイクの水辺」とでも言えばいいだろうか。
庭本、というジャンルがある。
文字通り、庭について書かれた本である。だが、白い棚から再びそれが引き出されたとき、それがただの庭本ではなく、ファンタジーに関する庭本であったと知って、僕は驚愕した。僕の頭の中にはファンタジー的な世界まで存在するのかと思ったのだ。しかも結論から言うと、それは正しかった。
その本を棚から取り出した僕は、唐突に一つの夢の続きを見ていることを思い出した。そして、この建物(図書館)が建築基準法の無い夢の中でどういう構造になっているのかとふと疑問に思い、棚の上方を見上げて絶句した。
棚の上には、四方に階段があったのである。しかも、それは遠近法を踏襲して、無限に上方に続いていた。そこはさすが夢である。メガネをかけているわけでもないのに、無限に上方にピントが合ったのである。無限。無限か。ははは。僕は少したじろいだ。無限などと言うものを視覚的に見てしまった後では、建築基準法など振りかざしても焼け石に水である。
さて、それはそれとして、本の借り主であるヴァンパイアの貴族たちの、長年にわたる造園作業が佳境に入っていた。人の頭の中で繰り広げられていたのは、やはりというかなんというか、ファンタジーでかつ緻密な計画性を持った庭造りであった。
そこに土砂を。と命じれば土砂が降って丘となり。そこに林を。と命じればにょきにょきと樹が生えた。まるで箱庭ゲームでもするかのように、あるいは即席のアトラクション施設でも作るかのように、ヴァンパイアの貴族は庭本を持って庭を造っていく。その庭の広さは、ゆうに広大な森一個分はある。その造園作業に、いったいどれほどの魔力が行使されたのか、検討もつかない。
「そろそろ佳境だね」
そんな声を上げて、ヴァンパイアの貴族は、庭と呼ぶにはいささか広大で美しい水辺を見やる。
「ここには、ドレイクたちを配置しようと思うんだ」
その声の先には、美しい妻がいる。彼女もよほど高位のヴァンパイアだ。
「いいんじゃないかしら。夕暮れに一緒に空が飛べたら、素敵じゃない?」
「決まりだな」
そんな会話の末に、ドレイクが配置される。それも一頭や二頭の騒ぎではない。百匹ほどのドレイクが召還され、そこに住まわされる。
夢の中なので、日付という概念は無い。気が付けばそれで造園作業は終了し、長くリアルな(現実世界では2~3時間の)夢にも終わりが訪れる。
ヴァンパイアの貴族の夫婦は、無数の、家紋めいた複雑な文様を影で描きつつ、ふわりと宙に飛び立った。それを見て、ドレイクたちも共に飛翔し、その後を追う。コウモリたちがそうするように、ヴァンパイアの貴族は夕暮れ時の庭の上空をひゅうひゅうと飛翔した。
何度も言うが、眼下には丘陵があり、林があり、水辺があった。冗談ではなく、彼らが国造りをしようと思っていれば、それは成されていたのかもしれない。だが彼らは貴族であったので、所領の美しさを見て満足したようだった。
白い棚に庭本が返却され、僕は目を覚ました。