Hole 3~小満の夕方、思わぬところで過去に追われる(その2)
日曜日の朝八時半。少し遅めに起きたおれは、冷蔵庫を開け、作り置きの麦茶を飲んで渇いた喉を湿らせる。妹の七海はソファに座り、日曜版の漫画に目を通している。
おれは再び冷蔵庫を開け、冷蔵庫の中を物色すると、卵数個とベーコン、レタス、キュウリ、トマトを取り出す。
「ああ兄貴、卵はスクランブル、ベーコンは低温でカリカリになるまで焼いたやつ頼むね」
「へいへい」
おれはフライパン二枚を同時にコンロにかけ、片方にベーコンを数枚乗せ、もう片方にバターをひとかけら乗せると、ボウルに卵を割り入れ、砂糖、牛乳、バターを加え、フォークで黄身を壊してから菜箸で優しく撹拌する。ここで完全に混ぜてはいけない。加熱した時の、白と黄色のグラデーションが無いと、スクランブルエッグは美しくないからだ。
おれはそれぞれの皿にベーコンとスクランブルエッグ、そしてサラダをを乗せることに、七海は食パンにピーナツバターを塗るのに集中している。
中学高校の運動部系の部活は日曜日も休まずやっているところが多いが、フットゴルフ部に関して言えば、部長である舞の『週に一度は身体を完全に休めて来週に備えてね』という方針から、原則として練習は休みなのだが、中学時代、盆暮れ正月以外は練習漬けの日々を送っていたおれとしては、『大会二週間前なのに、家でのんびりしても良いものだろうか』というちょっとした罪悪感に苛まれてしまう。
「ああっ! 落ち着かねぇな……」
「何大声で独り言言ってるの? キモいよ」
「いいだろ別に。それより、食べ終わったら食器はちゃんとシンクに置いておけよ」
「分かってるって」
おれはベーコンとスクランブルエッグを載せた食パンを口の中に詰め込み、冷めかけのイングリッシュ・ブレックファーストで一気に流し込むと、食器をシンクに置き、自分の部屋に戻ってトレーニングウェアに着替えると、デイバッグに道具一式を詰め込み、自転車の鍵とともに外に出る。ペダルを漕いで目指す行き先は若松ゴルフセンター。
十時二十五分。若松ゴルフセンターの受付でチェックインを済ませ、一階の打席に向かうと、案の定舞と奈穂美の二人が左奥の打席でボールを蹴飛ばしている。
「あっ、トンちゃん」
「おう、ゆーいち君じゃん。やっほーい」
おれの姿に気付いた二人は練習を中断し、おれの方に身体を向ける。奈穂美は両手首を腰に当てながらおれに向かって手を振っている。
「二人とも来てたんだ」
「へへっ、何か動いてないと不安になっちゃってね。奈穂美に声掛けたら一緒に練習しようって話になってさ」
「そうか。おれも一、二時間練習するつもりで来たからさ。こうでもしなきゃ何か不安になっちゃうんだよな」
「そうだね」
三人が各々の打席に入ろうとしたその刹那、舞のバッグからピーピーという電子音が聞こえてくる。
「舞、ポケベル鳴ってるぞ」
「うん」
舞は打席後方のベンチの上に置かれた自分の鞄の中からポケベルを取り出す。
「舞、ポケベル買ったんだぁ。いいなぁ……」
「えへへ……」
舞が少し自慢げにおれと奈穂美にバッグから取り出した黒くて小さな物体を見せつける。
「いいなぁいいなぁ、私も買ってもらおうかなぁ……」
奈穂美は羨ましいと言わんばかりの表情を隠そうとしない。
「なぁ、何かメッセージが来てるんじゃないか?」
「ああ、そうだった。まだ使い方に慣れてなくて……えっと、『レンラクコウ030101XXXX』? 何だろこれ? 『コウ』ってどーゆー意味だろ?」
「もしかして『コウ』って、『乞う』って意味じゃない? ほら、『○○して欲しい』みたいな意味の。昔の電報で見たことあるよ。電報って文字数で料金が決まるから、『レンラクシテクダサイ♥』じゃなくて『レンラクコウ』で文字数を節約するみたいな」
奈穂美が舞に的確な解説をする。だが『♥』はいらないだろ。
「と言うことは、この番号に連絡しろってこと? 03の0101の……って、東京都内にこんな番号あるの?」
「舞、この番号は03で区切るんじゃない。030だ。030‐101‐XXXXだ」
「えっ? そんな局番あるの?」
「ああ。携帯電話か自動車電話の番号だよ」
「「携帯電話?」」
舞と奈穂美は驚いたような表情を見せる。
「ワタシ、携帯電話とか自動車電話を使っている知り合いなんていないよ」
「とにかく、この番号に電話をかけてみよう。送り主が間違った番号にポケベル打っちゃったかもしれないし、間違いなら間違いだって指摘してあげた方が親切だしさ」
若松ゴルフセンターから徒歩で航空管制部前交差点角にあるコンビニに移動すると、おれは緑の公衆電話にテレホンカードを入れ、番号をダイヤルする。
数秒の沈黙の後、呼出音が聞こえてくる。
「もしもし? あのう、ポケベルで呼び出されてお電話したんですけど、どちら様で……」
『はい。その声は雄一さんですね?』
「ええ。もしかしてユリさん? これって携帯電話?」
おれの「ユリさん」という言葉に、舞と奈穂美は驚きの表情を見せる。
『ええ。連絡が取れて良かったです』
公衆電話の度数表示が六秒ごとに一つずつという、すさまじいスピードで減り続けている。おれは財布から新しいテレホンカードを取り出すと、あらかじめ投入口に差し込んでおく。
「実は若松ゴルフセンターで舞と奈穂美ちゃんに会って一緒に練習しようとした時、舞のポケベルが鳴ったから電話してみたんだ」
『そうだったんですか。それならみなさんは今、フットゴルフの道具を持っていらっしゃるということですね?』
「ええ。そうです」
『でしたれば、今から新所沢駅からバスで、くぬぎ山というバス停まで来ていただけますか?』
「くぬぎ山バス停? そこに何があるの?」
『ええ。温香さんから狭山市上赤坂に……うってつけなショート……があるという話を聞きまして、もっとも……公式なものではないんですけど、……安いので、まずは偵察と思いまして朝九時過ぎに二人で……なので一緒に……』
電話の向こうの百合の声は次第に遠くなり、雑音が混じるようになる。おれは神経を耳に集中し、必死に百合の声を聞き取ろうとするが、無情にも電話が切れてしまった。おれは一旦電話を切り、再び百合の携帯電話の番号にダイヤルをする。
『こちらは、NTTです。おかけになった電話は、電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないため、掛かりません。こちらは、NT――』
おれは静かに受話器をおろすと、公衆電話から吐き出されたテレホンカードを財布にしまう。
「どうして切ったの? 話し中?」
「いや、圏外みたいだな」
「ケンガイ? 何それ?」
「電波が届かない場所にいるという意味だよ」
「じゃあ、どうするの?」
「うん。どうやらくぬぎ山というところにいるらしい」
「何そのマンガに出てきそうな名前」
舞はくぬぎ山という言葉にキョトンとしている。
「所沢と狭山と川越の境目にある雑木林だよ。山って付いているけど、実際は小高い丘ね」
奈穂美が舞に説明する。
「ここからなら電車とバスを使って行くか、何ならここから五、六キロくらいのところにあるから、チャリで行ってもいいよな。とにかく、行くだけ行ってみるか」
「うん」
自転車で狭山市上赤坂の県道川越所沢線沿いにある西武バスのくぬぎ山バス停付近に辿り着いたのは十一時半過ぎだった。
「確かこの辺にいるってユリさんは言ってたけどって、いたいた。おーい!」
おれは百メートルほど川越寄りの位置で手を振っている百合と温香を見つけ、右手を大きく上げる。
「いきなりびっくりしたよ。携帯電話、持ってたんだね」
「ええ。先日新機種に買い替えまして。見てください。こんなに軽いんですよ」
百合はおれに携帯電話を手渡す。確かに思った以上に軽い。
「うわぁ、これCMでやってたやつだよね? 思ったより小さいなぁ。なぁ舞」
ふと後ろを振り返ると、舞は口を真一文字にしたままじっと携帯電話を見つめている。
「ん? どうした?」
「ううん。何でもない。それより、道路で話し込むのもなんだから、そろそろ移動しない?」
「あっ、舞さんごめんなさい。では、参りましょうか。みなさん付いて来てくださいね」
百合に導かれ、おれたちがたどり着いたのは全九ホールがショートホールで構成される、パー27の小さなゴルフコースだった。
「ユリさん、よくこんな場所を見つけたよね」
「いいえ。見つけて下さったのはわたくしではなくて、温香さんですよ」
「へへっ。実はこの前長野からの帰りにここの前を通りかかってね。番号調べて問い合わせてみたら、公式なコースじゃないからプレーフィーが安いみたいで、まずは偵察を兼ねてユリさん誘ってプレーしてみようって思ってね。そしたら、急遽ユーイチくんたちも呼ぼうって話になって、舞ちゃんのポケベルにメッセージを送ってみたんだ」
「そうだっんだ。でも温香ちゃん、長野からの帰りならこの道は通らないんじゃない?」
おれは素朴な疑問を温香にぶつける。
「うん。関越道が鶴ヶ島から練馬どころか目白通りまでびっしり渋滞でさぁ……仕方なく川越インターで降りて、たまたまこの県道を通って所沢に戻ったんだよね」
「そっか。もし渋滞が無かったらこんな穴場を見付けることが出来なかったって訳か」
おれたちは受付がある建物の中に入り、各々プレーフィーの支払いを済ませると、シューズを履き替え、ヘッドを磨くなどして準備を進める。
「みんな。準備はできた? 私以外はフットゴルフでのラウンドは初めてだと思うから、全員一組でプレーしたいと思います。それじゃティーグランドに移動して、前回説明できなかったティースローの説明をするから、みんな付いて来て」
温香を先頭に、五人が一番ホールのティーグランドに向かう。
「で、まずはオナーを決めようと思うんだけど、普通一番ホールには打順を決める棒があるんだけど、ここには四本しか無いか……」
「先端に番号が付いてるんだ。まるで王様ゲームみたいだね。『王様と一番がキス』みたいな」
舞が棒を取り出し、その先端をまじまじと見つめている。
「舞、やったことあるの? 王様ゲーム」
奈穂美が舞に少し意地の悪い質問をする。
「無いよう。テレビので紹介されてたのを見ただけだって」
舞は急に焦ったような表情をしながら奈穂美に弁解する。
「王様ゲームの話はともかくはるちゃん、オナーってどういう意味? オーナーじゃないの?」
「奈穂美ちゃん、オナーはHonor、直訳すると名誉とか称号みたいな意味で、ゴルフで最初に打つ人のことを言うんだ。所有者を意味するOwnerとは違う」
「とにかく、今回は面倒だからじゃんけんで決めちゃおう。それじゃ、最初はグー――」
おれたちは温香の掛け声でじゃんけんを始める。結局、順番は舞、奈穂美、温香、おれ、百合の順番となる。
「それじゃ舞ちゃん、ティースローを始めて」
「うん。思いっきり投げていいんだよね」
「ミドルやロングでは思いっきりでもいいけど、ここはショートホールだから、多少は加減してよね」
「あっ、そうか。そうだよね。危うく思いっきり投げるところだったよ」
舞はティーグランド中央に立つと、右手でゴルフボールを握る。
フットゴルフはその名の通り、足でボールをショットする競技だが、ティーグランド上に限り、足では無く手で投げることができる。『投げなければならない』ではなく、『投げることができる』とあるのは、実は足によるティーショットも可能なのだが、飛距離のことを考えると、明らかに投げた方が有利であるため、実質的にほぼ一〇〇パーセントのプレーヤーが投げることを選択しているのが実情らしい。これは温香が貸してくれた入門書と、座学で彼女が教えてくれたことの受け売りだ。一応、おれにはゴルフ経験者と言うアドバンテージはあるが、ゴルフのルールと異なる点もかなり存在しており、なまじゴルフのルールを知っているがために、かえって混同してしまっている部分もあるのだ。
「舞ちゃん! デベソデベソ!」
「デベソ? ワタシもお母さんもデベソじゃないけど?」
いつの間にかティースローを終えた舞が、温香の指摘に首をかしげている。
「ユーイチくん、デベソの意味を教えてあげて」
「舞、ティーマーカーから足がはみ出ていただろう?」
「ティーマーカー?」
「ほら、巨大なゴルフボールみたいなやつがあるだろ? 二つ一組になってるやつ」
「これのこと?」
舞が左右対称に置かれている球状の白い物体を指差す。
「そう。この二つのティーマーカーを結ぶ線から足をはみ出したらペナルティだからな。決して『お前の母ちゃんデベソ』的な意味じゃないぞ。確か……ええっと、何ペナだっけな……」
「2ペナだよ。ユーイチくん」
おれの説明に温香が補足をする。
「そっか、これはゴルフと同じか……」
「ま、今回は初めてだし、チュートリアルも兼ねてるからペナルティにはしないけど、みんなも気を付けてね。大会じゃ言い訳は通用しないし、過少申告は即失格だからね」
「「「はーい」」」
おれたちは順番通りに下手投げでティースローを行なう。普通のゴルフ場と比べ、距離がありえないほど短いこともあり、全員のボールが第一投でグリーンにオンする。
「それじゃ、次はパッティングね。ユーイチくん、このグリーンの特徴は分かるよね」
「うん。この芝はティフトン芝といって西洋芝の一種なんだけど、ボールが転がりやすいから、最初はあまり芝目を気にせず、距離感だけを考えて打てば大丈夫だから」
「おおっ、まさか芝生の品種が出てくるとは思わなかったよ」
「そりゃゴルフバカだったんだもん、それくらい知ってもらわなくっちゃ困るわよ」
「舞、いちいち引っ掛かるような言い方するなよ」
「雄一さん、舞さん、ここで時間をかけてしまうと、後続の方にご迷惑ですよ」
危うく喧嘩になる直前に、百合がおれと舞をやんわりとたしなめる。
「あっ、ごめんなさいユリさん」
「ごめん……」
「いいえ。とにかく、急いでシューズにパターのヘッドを付けましょう」
それからおれたちは、温香から全九ホール八五三ヤードパー二十七を回り、ピッチング・ウェッジを使ったアプローチやバンカーショット、ラフやウォーター・ハザードからのリカバリーといった、フットゴルフの基礎ともいえる動きについて一通りのレクチャーを受ける。最初はぎこちなかった各々の動きが、少しは慣れてきたのか、最後のほうでは少しまともになってきた……ように見えてきたが、実際の競技レベルは一体どれくらいのものなのだろう。
「ただいまぁ……」
五月十八日(月曜日)。十八時を少し回った頃、おれはスーパー・キンカ堂の袋片手に駅前コート一号棟三階の自分の家に戻り、部屋で少し濡れた背広からTシャツ短パンに着替えると、すぐさま夕食の準備に取り掛かる。
「おう、兄貴。米は洗っておいたよ。三合」
七海はテレビのニュースに視線を合わせたまま答える。
「ああ。悪いな、七海」
「雨降ってるのに部活はあるんだな」
「ああ、部室でルールを勉強したり、作戦会議をしてるからな」
おれはキッチンの蛍光灯のスイッチを入れると、炊飯器のボタンを押し、冷蔵庫から調味料の類を取り出したり、まな板や包丁を出したりして夕食の準備に取り掛かる。
七海はソファで漫画の単行本をめくりながら、時折テレビのニュースに視線を動かしている。
『さて、今日の『ミナミちゃんを探せ!』ですが、フットゴルフに青春を賭ける『ミナミちゃん』です』
おれは、女性キャスターから発せられた『フットゴルフ』という単語に思わず反応し、すぐさまガスの火を消してテレビの前へ移動する。
『埼玉県春日部市にある陵桜高校に、フットゴルフで汗を流す『ミナミちゃん』がいます』
おれは思わず菜箸を持つ右手を強く握る。
『すごくカワイくってカッコいい、あこがれの先輩です』
『将来は絶対プロのフットゴルファーになると思います』
『みんなを引っ張ってくれる、ぼくたちのリーダーです』
同じ学校の生徒と思しき人たちが次々と『ミナミちゃん』を称賛する内容のコメントをする。
『それじゃ、『ミナミちゃん』を呼んでみたいと思います』
『『『ミナミちゃーんっ!』』』
『はーい!』
生徒たちの呼びかけに、画面の左側からツインテールの少女がフレームインしてくる。
『私が、『ミナミちゃん』こと、陵桜高校二年・フットゴルフ部キャプテン、小鳥遊陽です』
『何と名前が偶然にも一緒な小鳥遊陽ちゃんですが、スコットランド発祥のこのスポーツに中学の頃に魅せられて始めたんだとか。本場であるヨーロッパやアメリカのプロトーナメントでは、年間何千万も稼ぐ選手もいるスポーツだそうです』
ナレーションをバックに、『ミナミちゃん』こと小鳥遊陽がフェアウェイ上で次々と華麗なショットを披露している。
『えっと、将来の夢……いや目標は、プロになって、全英オープンを制することです』
おれは小鳥遊陽の言葉に思わずドキリとする。彼女は全英オープン制覇を『夢』ではなく『目標』と言った。おそらく彼女はそれを現実のものとして捉えているのだろう。
『いやぁ、将来が楽しみですね。今回出演してくれた小鳥遊陽ちゃんは、今週末に開催される関東大会に出場するそうですね』
『ええ。日本でもここ最近、フットゴルフの競技人口が増えておりまして――』
映像がスタジオに戻り、年配のニュースアンカーと女性キャスターのやり取りが始まると、おれはキッチンに戻り、夕食作りを再開する。おれたちは、今度の週末にあんな手練れと一緒にプレーするのか……。昨日ようやく、しかも非公式のショートコースを九ホールだけラウンドしたおれたちは、まともにやり合えるのだろうか?
「兄貴、おなか空いたよ。ごはんまだなの?」
おれは七海の声に我に返る。
「ああ、すまんすまん。もうすぐ出来るからな」
今は他人と比べてどうこう言っている場合ではない。自分たちが今やれることをやっていくしか無いのだ。だが、それだけで充分なのか? やりたいことはたくさんあるが、人的・物的・金銭的なリソースが絶対的に足りない。確か陵桜は野球やサッカーでも全国大会の常連だったはず。ならばフットゴルフにも、小手指総合のような公立高校では考えられないほどのリソースを投入しているのは想像に難く無い。その結果がテレビの中の小鳥遊陽という未来のスター候補だ。もしかしたら彼女はフットゴルフ界の市川亮太的な存在なのかも知れない。
ダメだダメだ。このままだとネガティブ・シンキングのスパイラルに陥ってしまう。
とにかく今度の関東大会ではベストを尽くし、一打でも少ないストローク数でラウンドするだけだ。
おれはおれ自身のネガティブな考えと、脳内で勝手に繰り返し再生される小鳥遊陽の映像に抗うように、包丁を握ったまま、強く強く念じ続けていた。