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Hole 2~立夏の夜雨、女は黒い年貢を納める(その1)

「フッフッフッ……この五百旗頭舞さんの異常なまでのくじ運の強さを侮ってはいけなーいっ!」

 十五時四十五分。準備運動をしながら勝ち誇ったような表情を見せる舞の姿におれは溜息をつく。

 そもそも埼玉県立小手指総合高等学校は一九八四年に、これまでの高校とは一線を画す、二十一世紀に通用する人材を育成するという目的で創設された総合選択制の高校で、部活動に関して言えば『エクストリーム部活動の殿堂』と自称し、どこの学校にもあるような『テニス部』や『吹奏楽部』といった類の部は無い代わりに、『コスチューム部』や『リス釣り同好会』、『輪投げ部』と言った皆目意味不明な部や、『北野水鼠会』や『建設機械部』、『惣菜研究部』などと言った活動内容がよく分からない部活動の数々が存在する。そもそも『惣菜研究部』は他校の『料理部』や『家庭科部』と何が違うのか少し気になるところだが、だからと言っておれは惣菜研究部の部員に突撃して真相を聞き出す程強い興味を持っている訳でも無い。

 御多分に洩れず、おれが所属することとなった『フットゴルフ部』も、世間一般の高校の部活動と比べ珍奇と思われるであろう部活動の中の一つだ。

 また、共学校であるにもかかわらず、創設以来七年間、男子生徒が一人も入学して来なかった理由として、一般の高校とはあまりに違いすぎるカリキュラム編成と並んでエクストリーム部活動の数々の存在が挙げられているが、真相の程は定かでは無い。中には教育委員会の陰謀説や、過去の校長が女子高生好きで、男子の受験生を全員不合格にしまくった結果、男子の受験生が来なくなってしまったと言う説も存在するが、いずれも噂の段階を超えてはいない。

「ねぇ舞、くじ運が強いってことは、他にはどんなのが当たったの?」

 奈穂美が首をかしげながら舞に尋ねる。

「うーん、今住んでいる官舎を希望した時の抽選会で、親の代わりに回したガラポンで居住権を当てたりとか、熱田神宮でおみくじ引いた時、大吉でも凶でもなく白紙が出たりとか、そうそう、『サンデードラゴンズ』の視聴者プレゼントでサイン入りバットを当てたことかな」

 官舎の居住権やサイン入りバットが当たった話はともかくとして、白紙のおみくじを引いたことはくじ運が強いと言えるのだろうか――まぁ、本人がラッキーだと思っているのであれば、それはそれで良いということにしておこう。

「なぜかくじ運が強い方っていらっしゃいますよね。わたくしはくじとか抽選にはまったく縁が無くて……。でも雄一さんとは、音楽の授業でお見かけしていたのもかかわらず、なかなかお声をかけることができなかったのに、このような形でお会いできるなんて、少しラッキーだったかなって思います」

 ハーフリムの眼鏡をかけ、黒髪をきっちり三つ編みにした、いかにも『真面目』と『インドア』を絵に描いたような風貌の百目鬼百合が会話に参加してくる。

「でも、ユリさんは勉強できるし、頭もいーから、何をするにも実力で掴み取ることが出来るんじゃない? そのほうが全然羨ましいよ」

 膝を屈伸させながら奈穂美が百合に話し掛ける。

「いえいえ。わたくしより勉強ができる方はたくさんいらっしゃいますから」

 百合が優しい笑みを浮かべながら謙遜するすぐ横で、加添温香が羨ましそうな顔をしながら手首と足首を動かしている。

 以上四人の発起人たちと、紆余曲折の末所属することとなったおれの計五人が、フットゴルフ部のメンバーである。

「なぁ舞。そもそも新しい部活の設立には最低四人いればいいんだろ。どうしておれを獲得しようとしたんだよ」

 おれは素朴な疑問を舞にぶつける。

「まぁ、そりゃそうなんだけどね……あの……その……」

 なぜか舞は急にうつむくと、両手をもじもじと弄りながら口ごもる。

「団体戦に参加するのに最低五人必要だからね」

 温香が舞をフォローする。

「そうそう。最低五人いるんだよ。団体戦には」

 舞は顔を上げて再び会話に参加する。

「ああそうか……って、団体戦?」

 ゴルフではあまり聞き慣れない言葉におれは首を傾げる。

「うん。団体戦は五人ないし六人一組。一般的にプロツアーは世界選手権を除いてゴルフ同様個人戦中心なんだけど、中学高校レベルだと団体戦も重要視されていて、全国大会でも個人戦・団体戦両方が開催されるんだ」

 おれの素朴な疑問に温香が答える。

「兎に角、団体戦の細かいルールは大会が近くなったらちゃんと教えてあげるから、今は基礎練習と基本的なルールをみっちり勉強してもらうからね」

 温香は人差し指を立てながら、おれに向かって覚悟しろよと言わんばかりの表情を見せる。

「温香さんがこの部にいて下さって本当に良かったです。わたくしたちだけでしたら、どうしたら良いか分からないことだらけで迷走していたでしょうから」

「そーだね。そう言えば舞ってどーしてブチョーやってるんだっけ?」

 奈穂美がからかい半分で舞に話し掛ける。

「もぉーっ! 知ってるくせにぃ……。発起人リストの筆頭だからじゃないっ。ワタシの部長としての威厳も堕ちたものね」

「舞、堕ちたも何も、最初から低いまんまじゃん」

「えーっ! 奈穂美ったらひどーい!」

「「「ハハハハハハ……」」」「フフフフフフ……」

「ねぇところでさぁ、ちょっと思い出したんだけど、毎年五月の終わりか六月の初めに新人戦甲信越大会……じゃ無かった、関東大会があるかと思うんだけど、舞ちゃん知ってる?」

 温香が舞に問いてくる。

「ううん。そんな大会があるなんて知らないよ」

「おっかしいなぁ、そろそろ協会から学校にエントリーのお知らせが来る筈なんだけど、そう言えばうちの顧問の先生って誰なの? まだ会ったことが無いんだけど」

「えっ? 顧問の先生なんていないよ」

 舞の答えに、温香は少し困惑したような表情を浮かべている。

「温香ちゃん、どうしたの?」

 おれが温香の顔色を窺いながら尋ねると、温香は少し言い辛そうに答える。

「それはちょっとヤバいねぇ……。実は、学校側の窓口になる顧問の先生がいないと、すべての公式戦にエントリーが出来ないんだよね。それにこの学校の場合、顧問の先生の承認印が無いと予算の申請そのものもできないらしいし」

「はい?」

 今頃になって分かった事実に、おれは困惑する。

「舞。お前は知ってたのか?」

「ううん」

 おれの問いに舞はかぶりを振る。

「そうか……って、ちょっと待て。知らないじゃダメだろ。まず、新しい部が創設されたら、どんなスポーツでも競技団体にその旨を伝えなきゃ、向こうも連絡のしようが無いだろ。それはまぁいい。今からでも届ければいいんだから。問題は後者の方だ。予算の申請の話については、部が創設された時に生徒会から説明があったと考えるのが自然だけど、どうなんだ?」

 おれは舞を問い詰める。

「えぇっと……どうだったかな? 聞いたような、聞いてないような……」

 舞はおれの問いを適当にはぐらかそうとする。

「だったらみとさんなり亜佐美さんなりに、お前にその話をしたのかどうか確認するまでだ。一緒に生徒会室に……」

「ごめんなさい忘れてました!」

 おれが生徒会の名前を出すと、舞は急に謝りだす。さては舞の奴、自分の不手際を誤魔化そうとしていたけど、誤魔化し切れないと思って観念したな。


 準備運動だけでこの日の部活動を切り上げたおれたちは、急遽部室でミーティングを実施したものの、顧問の問題について良いアイディアが思い浮かばず、うんうん唸るだけでいたずらに時間が過ぎてしまうだけだったため、一旦各々で持ち帰り、それぞれが思い付いたアイディアを持ち寄って摺り寄せることにし、この日は散会となった。

 おれたちは小手指駅から準急池袋行きに乗り、次の西所沢で西武球場前行に乗り換える温香と別れ、おれ、舞、奈穂美は西武新宿線に乗り換えるため所沢で新座在住の百合と別れ、更に航空公園駅東口のバス乗り場で西武バスの八丁目団地行きに乗る奈穂美と別れ、最後に同じ方角に家があるおれと舞が残る。しかし、舞はさっきから黙ったまま難しそうな顔をし続けている。予算だけなら最悪手弁当でも何とかなりそうなのでまだ良いが、大会に参加できないと言う状況に直面した今、彼女なりに色々なことを考えているのだろう。

「でも、まぁ、あれだ。結果はどうなるか分からないけど、力試しで大会にエントリーはしたいよな」

 しかし、舞は黙ったまま難しそうな表情を一切変えること無く歩みを前に進めている。せっかくおれが普段は使わない気を遣ったと言うのに、よりによって無視かよ。

 おれが舞の態度に少し苛ついていると、舞は駅前コート一号棟のエントランス前に差し掛かったところでいきなり立ち止まり、ようやく口を開く。

「あのさぁ……」

「うん……」

 舞は何を言い出すつもりなのだろう。何か良いアイディアでも思い付いたのだろうか。

「付き合ってくれない?」

「はい?」

 いきなりこの女は何を言い出すのだろう? 顧問について、大会のエントリーについて、あれこれ思案に暮れていたのでは無かったのか? 真面目に考えていたおれがバカだった……。

「いや、あの、付き合うって言っても、そういうことじゃなくて……」

 舞は顔を耳まで真っ赤にしながら、両手を振ってあたふたしたような表情をしている。そして少し落ち着きを取り戻したのか、舞は話を続ける。

「今度の土曜日なんだけど……」

「土曜日がどうした?」

「たまたま、そう、たまたま新聞屋さんがチケットくれたから、野球観に行かない?」

「野球って、西武球場か?」

「ううん。神宮球場」

「スワローズ戦か?」

「うん。ヤクルト‐中日」

「ああ、お前ドラゴンズファンだもんな」

 名古屋出身の舞は根っからのドラゴンズファンだ。五年前に出会った当初、在名各局制作のドラゴンズ情報番組が関東で放送されていないことに愕然としていたのをよく覚えている。今思えば、全国ネットで放送されているものと思い込んでいたことのほうが驚きなのだが。

「それより部活はいいのか? 土曜日も午後にやるんだろ。それに、大会のエントリーだって解決してないじゃないか」

「いいのっ。今度の土曜日は部活休みにするから」

「どうして?」

「だって土曜日の午後、奈穂美は法事でいないし、温香ちゃんは長野だし、ユリさんも家の用事でいないから。それに、野球観に行かなかったら何かいいアイディアでも浮かんで来るの?」

 今度の土曜日は皆予定が入っていたのか。今日が参加第一日目のおれがそれを知らなかったのは当たり前の話だ。それに、野球を観に行っても行かなくても、アイディアを思い付く時は思い付くし、思い付かない時は思い付かないという舞の主張にも一理ある。

「分かった。土曜日だな。学校が終わったら一緒に行こう」

「うんっ! じゃあね。バイバイ」

 舞の表情が急に明るくなったかと思うと、瞬く間に隣の官舎のほうへ小走りで去って行ってしまった。

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