Hole 5~手をとりあって
百合とあおいはおれの言葉に急にうつむき加減になり、黙ったまま目を合わそうとしない。やはりこの二人は何かを隠している。ふとおれの脳裏に、狂犬ジャージが百合とあおいに向かって言い放った言葉がよぎる。彼女たちにとってセンシティブな問題かも知れないが、何も言わないのであれば言わせるしか無いだろう。
「確か三月だったかなぁ……あの時施行された法律ってさぁ、二人に何か関係あるのかな?」
おれの言葉に二人は急に顔を上げ、少し驚いたような、かつ真剣な表情でおれを見つめる。やはりビンゴか。
「雄一さんはご存じだったんですか?」
百合はようやく重たい口を開くが、質問に対して質問で返すということは、彼女もまた、おれがどこまで知っているのか腹を探ろうとしているのだろう。
「ユリさん。あおいさん。これだけは言っておく。もしかしたら綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、たとえユリさんやあおいさんがどうであれ、おれにとってこれまでも、そしてこれからも二人は大切な友達だし、仲間だ。それに、理想と現実のギャップに鬱積していたおれに、それまでの自分を捨てて、新しい自分を作り出すきっかけをくれた。だから今更何を言われても、もう驚かない。だからすべてを話して欲しい。このことは舞や奈穂美ちゃんや温香ちゃんには内緒にするし、もし他のみんなが知ることになっても、ユリさんが自分の口から話すのが筋だと思ってる」
再び部屋の中で静寂が三人を包み込む。
「分かりました。では、雄一さんにお見せしたいものがあります」
「見せたいもの?」
勉強机の椅子に座りながら、百合は先程からずっと右手を顎に当て、何かを考えているような仕草をしていたが、急に立ち上がると、制服のブレザーを脱ぎ始める。
「ちょっ、ちょっと待って! いきなり何を……」
「いえ、まずはわたくしの姿をお見せしてからご説明した方が分かりやすいかと思いますので」
おれはこくこくと頷くと、黙ってブラウスのボタンを外す百合を見守る。制服のブラウスとスカートを脱ぎ終え、黒い上下の下着姿になった百合は、身体中を真っ赤に染めながらおれをまっすぐ見つめている。今まで気付かなかったが、百合の胸は何かを挟むことが出来そうなほど大きい。自ら脱ぐと言って見せたものの、やはり身体が熱くなるほど恥ずかしいのだろう。
「そ、それでは、お見せします。もしかしたら引いたり、怖がったりしてしまうかも知れませんが」
意を決したのか、百合はその場で回れ右をして自分の背中を見せつける。おれは百合の背中を見て、自分の推測が確信に変わる。そして、部室で自己紹介しあった参加初日、温香に無理矢理制服を脱がされるのを頑なに拒み、いつの間にか姿を消し、気が付けばウェアに着替えていた本当の理由を知る。
彼女の綺麗な背中の腰椎のあたりに、雪のように白い柔肌に似つかぬ、鋭い目つきでおれを睨み付ける般若が彫られている。
「ほ……彫物……いや、ええっと、話を戻すけど、二人は何と言うか……いわゆるヤク……いや、暴りょ……じゃなくて、任き……『ペルソナ・ノン・グラータ』の関係者……なんだよね」
おれは自分が考えうる婉曲表現を使って百合に尋ねる。
「フフッ。『好ましからざる人物』とは言い得て妙ですね。正確に申し上げれば、もう過去の話なのですが。でも意外でした。雄一さん、もっと引いたり、怖がったりするかと思っていたのですが、そこはやはり男の子だからなのでしょうか」
百合はおれの質問の意図を把握したらしく、少し悲しげな笑みを浮かべながら質問に答える。
「いや、男かどうかはあまり関係無いと言うか、ユリさんの今までの行動を見てたら、もしかしたら只者じゃないんだろうなって思ってて、今の話も何て言うか『ああ、ユリさんならそれも有り得るな』みたいな感じって言うか……」
「そうですか。では、今度は雄一さんがわたくしについてどこまでご存じなのか、教えて頂けますか?」
百合の問いに、おれはどう答えるべきか数秒考えるも、今更隠しておくような話ではないと思い、すべて話すことにする。
「まず、これはユリさんやあおいさんと係わりのある生徒全員が思っていることだと思うけど、二人とも先輩ならともかく、おれたち……いや、同学年の人たちに対していつも丁寧な言葉遣いで話しているよね。最初はそういうキャラクターなのかと思っていたんだけど、真相はもっと別のところにあるんじゃないかと思ったんだ。次に、ユリさんのフットゴルフのフォームについてだ。温香ちゃんが教えてくれたセオリー通りのフォームではなく、左足を軸にした身体を時計回りにギリギリまでひねり、その反動でショットを放つ、まるでトルネードのような動き。おれはあれと似た動きをあの廃工場で見た時、ユリさんのフォームはおそらく過去のある経験で培われたものだって感付いたんだ。それにあの、免許を取ったばかりとはとても思えないようなバイクテクニック。いきなり窓ガラス突き破って車を潰すなんて、どう考えたってスタントマンがやるようなことだろう。あおいさんの箒だってそうだ……って、ちょっと待って。七海! お前、何立ち聞きしてるんだ?」
おれがドアに向かって声を上げると、ドアがゆっくり開き、七海の姿が現れる。あおいは咄嗟にベッドの上にあるタオルケットを百合の身体に巻き付けている。
「七海、悪いんだけど、お前が最近集めていたカタログを貸してくれないか?」
おれに怒られると思っていたのか、七海は安堵したかのような表情を浮かべながら小さく頷くと、一旦自分の部屋に消える。約一分後に再び現れた七海は、A4版のカタログ数冊をおれに手渡すと、雰囲気を察知してか、無言のままおれの部屋から去って行く。
カタログに描かれているのは、フランスの古城やドイツの高速道路、イングランドの田園風景だが、そこには一つの例外無く公道上で箒にまたがり、にこやかな笑みを浮かべている白人の男女の姿が入っている。そして隅の方にはキャッチコピーや説明文とともに、箒の仕様と思われる、おれには意味不明な用語と数値が並べられている。
「どうやら箒って、バイクの免許があれば十六歳から乗れるらしいね。それに合宿中図書館で調べたんだけど、今までは空想上の乗り物とされてきた空飛ぶ箒が数年前にヨーロッパで実用化されて、それが日本に輸入されるようになったものの、それまで日本には箒を取り締まる法律が無くて、政府は暫定的に、日本に輸入される箒に公道上での出力制限をした上で、中型二輪と同じ扱いにする法令を作ったみたいだね。つまりおれが言いたいのは、二人とも、この学校に入学する前もかなりの期間、バイクを乗り回していたんじゃないか」
おれは敢えて『お前ら無免許なんだろ』という言い方を避ける。出来ることならカミングアウトの類は彼女たちの言葉から聞きたいと思ったからだ。
「それにあのチンピラ、狂犬ジャージが『どうしてお前らが一緒に……』って言ってたということは以前、二人は仲が悪かったんじゃないか?」
タオルケットにくるまったまま、おれの話を聞いていた百合は無言のままブラウスに袖を通し、スカートを穿くと、再びベッドに腰を下ろす。
「まったく、目の付け所が鋭いですね。そこが雄一さんのいいところだったりするのですけど。では、順番を追ってお話ししましょうか。あおいさん。お話ししてもよろしいですよね」
「はい。マスターがお決めになったことであれば。それに雄一様は信頼の置ける方かと」
あおいは百合の問いに大きく頷いて同意する。
「わたくしの家は大正末期から脈々と続いてきた百目鬼組と言う任侠一家で、一人娘だったわたくしは、その四代目でした。初代や祖父である二代目の時は、地元である新座とその周辺を縄張りとする小さな組織でしたが、小さいながらも皆で仲良く、家族のように協力し合って生きてきて、顔はいかついですが、心根は優しい兄のようなみなさんは、わたくしのことをまるで本当の妹のように可愛がってくれたことを今でもよく覚えています。ところが、二代目である祖父が亡くなり、父が三代目を襲名した頃から、百目鬼組は三代目の『大海を知らない田舎ヤクザに甘んじてはいけない』という方針から勢力の拡大を目論むようになり、血で血を洗う争いを繰り広げ、兄のような組員たちの命を失うなどして大きな犠牲を払った末、北は浦和や大宮、南は板橋区や荒川区、東は千葉県の松戸や柏、西は飯能まで勢力を広げていました。しかし、祖父の代の頃の、小さいながらも皆で仲良く協力し合っていた頃と比べ、義を重んじる任侠と言うより、暴力団と言う言葉が似合うようになっていた組織に嫌気が差していたわたくしは、父がわたくしに、四代目であるということを意識させるべく、嫌がるわたくしの背中にこの般若を彫らせたことが決定的となって父に反発するようになり、その結果わたくしは、フロント企業のお金を流用して手に入れたバイクで夜な夜な走り回り、数えきれないほどの喧嘩に明け暮れ、気が付いた時には埼玉県南部を縄張りにしたレディースの頭になっておりました。しかし、それでわたくしの心は満たされるどころか、わたくしにも嫌悪していた両親の血が、DNAが受け継がれていることを暗に証明している現実に、虫唾が走る思いがしたものです。そんな中三の夏、一つの転機が訪れました。当時、高島平を中心に、板橋区や練馬区を縄張りにしていたレディース・愛奈亜姫威二五四が勢力拡大を目論見、近々わたくしたちのグループに殴り込みをかけるという噂が流れるようになり、既に都県境付近でいくつかの小競り合いも起きていて、抗争の勃発は時間の問題だと周囲の皆が思うようになっていました。しかしわたくしは既に気付いていたのです。結局のところ、レディースの抗争も所詮暴力団の抗争のミニチュア版で、やっていることは両親と何ら変わりは無いことに。当時、一緒に走っていた方々はとても好戦的な方ばかりで、愛奈亜姫威を倒してゆくゆくは関東を制覇しようみたいなことを言っていましたが、そんなことに一切興味が無かったわたくしは、すぐにこの抗争に決着をつけるため、そしてこれ以上必要の無い血を流したり、犠牲を生んだりしないため、連絡役を通じ、負けた方のグループが即解散すると言う素手でのタイマンを愛奈亜姫威側に提案し、双方が合意した数日後の夜、中立地帯である荒川の河川敷に向かったのです」
「もしかしてだけど、その愛奈亜姫威のヘッドというのはもしかして……」
「はい。お察しの通り、今目の前にいらっしゃるあおいさんのことです」
百合の言葉にあおいはこくこくとうなずく。
「はい。それではわたくしの方からも少し補足を。当時わたくしは、マスターとは逆に勢力拡大の野心に溢れておりました。そこで圧倒的な人数を以て、当時『鬼百合』と言う二つ名で恐れられていたマスターのグループを壊滅せんと準備をしていたのですが、組織を賭けたタイマンと言う意外な提案に興味を持ったわたくしはそれを受け入れ、数人の立ち合い役とともに都県境にある、荒川と競艇場に挟まれた土手のラグビー場に向かったのです。そしてフィールド中央で対峙したわたくしたちは、阿吽の呼吸で互いを攻撃し始めました。マスターがあの百目鬼組の跡取りであることは知っておりましたので、その名に違わぬ強さの持ち主であることを、そして簡単に勝たせてくれるような相手では無いことを、瞬時に拳で、脚で感じました。それと同時に、マスターに何か悲壮感のようなものを感じたことを、今でもよく覚えています。一進一退の攻防が繰り広げられる中、やがて互いの顔面が腫れ上がり、瞼も切れ、満身創痍となったわたくしたちは、ほぼ同時に芝生の上に倒れ込んでしまいました」
ああ、ここから先はヤンキー漫画によくある展開が来るのだろう。『お前、なかなかやるじゃねぇか』『おれをここまで追い詰めたのはお前が初めてだ』『『ハハハハハハ……』』みたいな会話が繰り広げられ、妙な連帯感が生まれる……みたいな。だが、あおいの口から語られたのは、そんな甘い言葉では無かった。
「そんな時、立ち合い役では無い双方のメンバーがいきなりやって来ましてね。百目鬼組の三代目と姐が暗殺されたって言って来たのです。わたくしたちは半信半疑のまま、敵味方関係無く百目鬼家の屋敷にバイクで乗り込んでみたところ、組員たちと、家宅捜索するためにやって来た警察が忙し無く動き回っているのを目のあたりにして、事の重大さを知ったのです。あの後マスターは警察の遺体安置所に行き、ご両親と無言の対面をされたようですが、暗殺された原因と言うのは……」
あおいは続きを話すべきか躊躇しているのか、言葉を詰まらせている。
「あおいさん。わたくしは大丈夫です。続けて下さい」
百合は気丈なさまを見せつつ、あおいに続きを促す。
「勢力拡大の資金源を確保するため、ご両親は覚醒剤やLSDの取引にも手を染めてしまい、そのトラブルから反目する組織に騙され、蜂の巣にされてしまったのです」
おれはまるで映画の結末のような展開に思わず息をのむ。それに、遺体を確認することとなった百合は、変わり果ててしまったであろう両親の姿を見て、一体何を思ったのだろう。
「結局、主を失った百目鬼組は混乱を極め、今後の方針を巡っていくつかのグループに分裂しかけていました。それを憂慮していた、かつてマスターを妹のように可愛がっていた昔からの幹部や構成員たちはマスターに白羽の矢を立て、血で血を洗う報復劇を望まなかったマスターも、これで分裂が避けられるならと、四代目を襲名したのです。これはマスターの見解と相違はありませんよね」
「ええ。あおいさんのおっしゃることで概ね合っています」
百合はこくこくと頷きながらあおいの言葉に同意している。
「それで結局、二つのレディースはどうなったの? タイマンの決着は?」
おれは素朴な疑問を百合にぶつける。
「ええ。結論から申し上げれば、両方とも解散しました」
「解散? どういうこと?」
あっけらかんと答える百合の言葉に、おれはあおいに説明を求める。
「今まで、自分の欲望を満たすためだけに他人を支配していたわたくしは、マスターが今まで抱えてきた事情や痛みを知ることとなり、それでもなお、それよりもより大きなものを背負おうとしているマスターの姿を目のあたりにして、自分が両親に愛されなかった、ただそれだけの理由でやって来たことは何て小さいのだろうと思い、それはやがて、僅か十五歳で四代目になろうとしている百目鬼百合という人を全力で支えたいと言う気持ちに変わっていきました。ただ、任侠の世界は姐か跡目で無い限り女が足を踏み入れることが出来ない男性社会です。しかしわたくしの申し出に、驚きとともにそれを喜んでくださったマスターは、わたくしを表向きにはハウスキーパー。すなわちメイドの長として百目鬼家に迎え入れて下さったのです」
「だから学校以外ではそんな恰好をしていたのか……」
おれはあおいのエプロンドレス姿に合点がいく。
「ただ、問題はこれだけでは終わりませんでした」
「えっ、これで『めでたしめでたし』じゃないの?」
「はい。マスターが四代目を襲名したのと前後し、国では暴力団対策の法案の作成が粛々となされてまして、次の通常国会では賛成多数で衆参両院を通過し、再来年の施行は確実視されていました。この法案が通ってしまえば、百目鬼組のような中小の組織は致命的なダメージを受けてしまいます。それがこの三月に施行された、『暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律』、所謂暴力団対策法や、暴力団新法などと呼ばれているものです」
あおいは法律の正式名称を一切噛むこと無く話している。おそらく、正式名称やその中身をそらで覚えてしまうほど、頭を悩ませてきたのだろう。
「その一方で、施行後に指定広域暴力団となるであろういくつかの全国的な組織からは、関東制圧のためのキャスティング・ボートと見做されていたのか、破格の条件で傘下に入らないかと言うオファーを受け、マスターやわたくしたちも、幾度と無く交渉のテーブルについたこともありました。しかし、全国的な組織の傘下に入るということは、百目鬼組が皆仲良く、家族のように協力し合うかつての姿に戻ることが出来なくなってしまうことを意味します。その一方で、もしどの組織の傘下にも入らないのであれば、百目鬼組は一転、彼等にとっての目の上のたんこぶとなり、徹底的につぶされるか、日々の糧であるしのぎを奪われるかのいずれか……いや、最悪両方の憂き目に遭ってしまいかねません。そしてマスターは熟慮の末、一つの決断を下したのです」
「それってもしかして……」
「はい。遺された仲間を守るため、これ以上悲しい思いをしないため、昨年の三月末をもって、曾祖父の代から七十年近く続いた百目鬼組を解散したのです」
数秒の沈黙ののち、おれは口を開く。
「おれはその世界のことなんて良く分からないんだけど、やめたらやめたで色々問題が起きるんじゃないの? 部下の人もたくさんいただろうし、大きな組織から報復と言うか、嫌がらせみたいなものを受けるかも知れないし、生活するにも先立つものが要るだろうし……」
「ええ。なのでわたくしとマスターは、周到に準備に準備を重ね、一つ一つの問題をクリアしてまいりました。この世界では大きな組織ほどメンツというものを大事にしますから、解散した我々には手を出しては来ません。結果として構成員の一部は大きな組織に移った者もいましたが、マスターとわたくしは、日々の糧を得る手段として、元構成員の受け皿として、わたくしたちが持つヒト・モノ・カネといったリソースをあらゆる角度から精査した結果、コンサルティングファームを設立することにしたのです」
会社? 確かに、早稲田大学在学中にコンピュータ雑誌の出版社を立ち上げて成功した学生起業家がいたことは知ってはいたものの、それは稀なケースであり、遠い世界の出来事だと思っていたが、こんなに身近なところにそんな人がいたとは。それに、十代でも会社を作ることが出来るのか。会社の登記に年齢制限があるなんて聞いたことが無いから出来るんだろうけど。
「でも、いきなり会社に鞍替えしたところで、取引してくれるところはあったの? ほら、みんな怖がって近付こうとはしないんじゃ……」
「そこはわたくしたちも計算に織り込みまして、まず、今まで、決して美しい言葉遣いを使っていなかったわたくしたちは、その言葉遣いを徹底的に矯正するところから始めました。ご指摘の通り、先生方や先輩方に対してならともかく、同級生の皆様に対しての言葉遣いについて疑義をお持ちになられたのも無理も無いかと存じます。しかし、少しでも気を抜いてくだけた言葉遣いで話してしまったら、今まで矯正してきた言葉遣いが元に戻ってしまいそうで不安だったものですから、敢えてすべての皆様に対して丁寧な言葉遣いを貫こうと決めたのです」
おれの素朴な疑問に、あおいは丁寧に答えてくれる。この二人は頭も良く、能力も高いと思うが、もしかしたら少々不器用な部分があるのかも知れない。
数秒の沈黙の後、あおいに代わって百合が説明の続きを始める。
「最初の仕事としてまず警察や行政との関係改善に取り組み、警察単独ではやりづらい調査や情報の収集、反社会的組織の考え方や行動原理に関するアドバイスを通じて事件やトラブルの解決に貢献することにより各地の警察からの信頼をいただいたり、国税局への税金滞納者から税金を回収するノウハウの提供を通じ、実績を挙げたりすることによって、徐々に仕事とクライアントを広げていったのです。今はまだ公には出来ないのですが、これから日本に誕生するプロサッカークラブの経営戦略のアイディア出しをしたり、アメリカにある大手ハンバーガー・チェーンの日本進出に伴う合弁相手を探す仕事に取り組んでおりまして、候補として大手私鉄や菓子メーカーと水面下で交渉をしているところなんですよ」
つまり百合とあおいの会社は、様々な会社や行政機関に対するアドバイスや、会社と会社を結び付ける仕事を通じて手数料を稼ぐビジネスをやっているのか。だが、この話には一つ大きな矛盾が存在する。自動二輪、すなわち四〇〇cc未満のバイクの免許が取得できるのが満十六歳以上。更に二人乗りができるのは免許を取得してから一年以上経過してからだが、あおいと百合はおれと同じ高校一年であるにもかかわらず青山通りで二人乗りをしていた。過去はともかく、遵法意識の高い今の二人がこの規定を知らないはずはない。もしこの矛盾を解消させるとしたら、アレしか思い付かない。
「ユリさん、あおいさん。女性にこんな質問をするのは失礼なのは分かっているけど、敢えて訊くね。もしかして二人ともおれと同じ高一なんだけど、年齢的にはおれより一年……いや、それ以上の『おねえさん』なのかな?」
二人はほぼ同じタイミングで小さなため息をつくと、おれに向かって優しい微笑みを浮かべる。そして今度は百合が口を開く。
「まったく、雄一さんには敵いませんね。ご指摘通り、わたくしとあおいさんは、みなさんと同じ一年生ですけれど、年齢は一年『おねえさん』です」
「どうして中学浪人なんか……二人の成績なら小手指総合どころか本川女子……いや、浦和女子だって狙えた筈なのに……」
「これはあおいさんからも話して頂きましたが、わたくしが百目鬼組を解散したのが昨年の三月二十九日。翌月四月一日に会社を設立しました。当然高校に進学し、二足の草鞋を履くことも考えましたが、百目鬼組解散の残務処理とビジネスを軌道に乗せることを考えたら、一日のうち昼間の七時間近くを高校生活のために使うことは物理的に不可能でした。ゆえにわたくしたちは高校進学を諦め、その代わり十代のうちに会社の経営を軌道に乗せ、証券取引所のオープニングベルを鳴らしたら早急に株式を売却して経営から身を引き、そのお金で高校や大学に通い、自分たちが本当にやりたかったことをやろうと決めたのです。しかし、わたくしたちがどんなに頑張っても、わたくしたちが中卒と知った途端、不自然な言い訳とともに交渉を打ち切る企業が多く、わたくしはあおいさんと話し合いを重ね、百目鬼組の残務処理にも一定の目途がつき、部下にある程度のお仕事をお任せしても問題無いと判断し、三年で卒業出来る上、時間の融通が利く小手指総合にお世話になることに決めたのです」
「でも、だとしたら大丈夫なの? 二人とも部活やってる訳だし……」
「少しお恥ずかしい話ですけど、実はわたくしたちも、この学校が部活動の入部が必須であることを入学直前に知りまして……ですから、五月の頭に雄一さんが多目的ホールで兎川生徒会長代理と揉めていらっしゃった時、もしかしたらわたくしたちも雄一さんと同じ立場になっていたかも知れないと思いながら一部始終を見ていたのですよ」
あの騒動があったにも関わらず、百合がおれを受け入れてくれた背景を知り合点がいく。そして百合はこう結論付ける。
「わたくしたちはこの学校に入って良かったと思っています。一年遅れですけど、今までのわたくしたちでは出会うことが無かったであろう素敵なみなさんと、こうやってお友達になれたのですから。さぁ、もうこんな時間です。明日も早いですからそろそろ寝ましょうか。それでは、わたくしとあおいさんとで雄一さんを挟んで川の字になりましょうか」
「い、いや、それはまずいよ。色々な意味で。うちは団地だから客間みたいな部屋は無いし、だったら床に布団を敷いて……七海! 七海! 父さんと母さんの部屋の押し入れに予備の布団があっただろう? それを持って来てくれ!」
おれは声が肋骨に伝導するたびに走る痛みに耐えつつ、ドアに向かって大声で叫ぶ。
「それじゃあおいさん。わたくしたちは七海さんをお手伝いしましょうか」
「はい。マスター。雄一様は明日に備えて横になって下さいね」
百合とあおいは小さな子供を寝かしつけるようにおれの身体をベッドに横たわらせ、優しく掛布団を掛けると、押し入れから自分たちが使う布団を出すべく部屋から出て行った。




