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Hole 3~小満の夕方、思わぬところで過去に追われる(その5)

「い……市川……」

「てっきり尻尾を巻いてゴルフから逃げたと思ったら、まだ続けてたのか」

 数人の男の集団の中心に立つ、市川亮太がおれに問うてくる。

「ちょっとアンタたちいきなり何よ!」

 舞は市川の失礼極まりない言葉遣いに詰め寄ろうとするが、おれは右手を真横に伸ばして舞を制止し、ゆっくりかぶりを振る。舞はおれの意図を理解したのか、黙って一歩後退する。

「いや、ゴルフからは足を洗った。もう終わった話だ。お前こそどうしてここに……」

「ああ、北コースで練習ラウンドしてたんだよ。ミュアフィールドに行くためにな」

 この男はトッププロが出場する大会で優勝して、全英オープンのアマチュア出場枠を得るつもりなのか。

 おれは思わず前歯で下唇を噛みながら、市川を睨みつける。市川は、おれの背後にいるフットゴルフ部部員の四人を軽く一瞥すると、薄ら笑いを浮かべている。

「そうか、そういうことか。お前はまともにゴルフができないから、女と仲良く『球蹴りごっこ』を始めたって訳か」

 市川の言葉に取り巻きの男たち、つまりかつてのおれの同級生だった連中が大声をあげておれを嘲笑わらう。強い者に媚び諂ってご機嫌を窺う風見鶏どもが。

「『球蹴りごっこ』ってお前……」

 おれの脳裏に、一年前の夏の出来事がよぎる。

「ま、せいぜい女と亜種亜流の中途半端な球蹴りごっこでもやってろ。中途半端なお前にはお似合いだろうけどな」

「「「ハハハハハハハハハ……」」」

 取り巻きのせせら笑いの中、おれは黙って踵を返し、四人に向かって一言、少し強めの口調で「帰るぞ」と声を掛ける。最初はあまり乗り気ではなかったフットゴルフだが、おれはフットゴルフが亜種亜流の球蹴りごっこだと思ったことは一度も無い。正直言って彼奴のことブン殴りたい気分だが、この場で市川に食って掛かったところで一体何の意味があるのだろう。言いたい奴には好きなように言わせておけばいい。おれたちの目的は市川を打ち負かすことではない。自分たちのレベルを少しでも上げることだ。

 ところが、おれがグリーンの外に出ようとした刹那、背後から「このたぁけ! まぁいっぺん言ってみろ!」という怒鳴り声が聞こえてくる。

 おれが慌てて振り返ると、激昂した舞が市川に向かって殴り掛かろうとしている。

「舞、止めろ!」

「舞さん、暴力はだめですよ」

 おれは舞の左腕を、奈穂美と温香と百合は両肩を押さえる。舞の右フックは市川の眼前で空を切る。おれは舞がパーではなくグーで殴り掛かったことに驚きつつ、舞の右腕を掴む。

「離せ! こいつのことをボコボコにしてやんね!」

「いいんだ。もういいんだ」

「良くない! アンタね、今のトンちゃんのでら凄さを知らにゃあくせに、調子ちょうすいとるんじゃにゃあって! 昨日だってトンちゃんはイーグル出したし、今のトンちゃんはおみやぁなんか簡単に打ち負かすがね!」

「おい、それはたまたま……」

「舞さん、相手の挑発に乗ってしまっては……」

「ほう……それは面白い。この疫病神がこのオレ様に勝てるだと? だったらオレ様とマッチプレーで勝負するか中邨雄一!」

「ああ! やってやろうが! もしトンちゃんが勝ったら、ワタシたちに土下座するんだで!」

 おれの代わりに舞が勝負に乗ってしまう。

「ああ。いいだろう。もし中邨が負けたら、お前ら全員球蹴りごっこをやめて女らしく編み物でもやるんだな。勝負は一週間後、ここでだ。異論は無いな」

「ああ、ええよ」

「おれはこの勝負やるだなんて一言も……」

「だったら勝てばいいがね!」

 舞はおれの目をまっすぐ見つめる。おれは小さなため息をつくと、一言「分かった」と言って肩を落とす。どうやら古巣との全面戦争は避けられそうに無い。さて、勝つ見込みのないままいきなり絶対に負けられない戦いをする羽目となったおれは、これから一体どうしたら良いのだろうか。

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