Hole 3~小満の夕方、思わぬところで過去に追われる(その3)
「フットゴルフ部の前途を祝すとともに、明日の関東大会の健闘を祈って、乾杯!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
大会前日・五月二十九日金曜日の夜七時。舞の音頭で、おれたちは新所沢パルコのレストラン街にあるお好み焼き屋でウーロン茶やコーラが入ったグラスを突き合わせる。珠子先生はジョッキに入った生ビールを一口で三分の二まで空けている。平日は基礎練習を軸にキリンゴルフでの打ちっ放しを中心としたメニューをこなし、先週の土日は出席率の悪い珠子先生を無理やり引っ張り出し、赤坂ゴルフコースで実践を想定した練習を積んだおれたちはつい一時間前に大会前最後の練習を打ち上げ、英気を養うべくささやかな決起集会を催すことにしたのだ。
「へぇー……関東のお好み焼き屋って自分で焼くんだぁ……」と温香。
「わたくし、お好み焼き屋さんなんて初めてです。それに、みなさんでこうやって一緒に外でお食事するの、夢だったんです」と、レンズの奥で瞳を輝かせる百合。いや待て。本当にお好み焼き屋が初めてなのかこのお嬢様は?
「すみませーん、豚玉、イカ玉、エビ玉二つずつと焼きそば人数分、牛ロースと野菜盛り合わせお願いしまーす」などと勝手に仕切りだす奈穂美。
おれ以外の部員たちは、各々好き放題に何かを話したり、注文したりしている。
「それにしても、短期間でよくここまでできるようになったわよね。あっ、生中もう一杯!」
珠子先生はビールの残り三分の一を飲み干すと、向かいのおれに話かけてくる。
「うーん、一応ショートコースはまともにラウンドできるようになりましたけど、一般のゴルフ場でのラウンドは、温香ちゃん以外はやったことが無いまま大会に突入するわけですから、不安と言えば不安ですよ」
「何言ってるのトンちゃん、ワタシたち、あれだけ練習したんだからきっと大丈夫だよ」
「ゆーいちくん、何ビビッてるの? あーっ、もしかして直前になって怖くなった?」
舞の言葉に対し、奈穂美が加勢してくる。ふと百合と温香を見ると、二人は共に苦笑を浮かべている。おそらくこの二人は、今のフットゴルフ部の現状に多かれ少なかれ満足はしていないのだろう。
「ユリさん、どうしたの?」
百合の表情に気付いたのか、舞は百合に話し掛けている。
「いえ。美味しいですね。お好み焼き」
「うん。そうだね」
百合と温香は部長の舞に余計な不安を与えまいとしているのか、芝居かかった満面の笑みで舞の問いに反応する。
「とにかく明日はみなさん、頑張りましょうね。実はわたくし、初めての試合で今から緊張しているんですけど、気持ちを振り絞って――」
「ダメだよユリさん、こーゆーのは勢いが大事なんだから。とにかく部長のワタシにまっかせなさいっ! そうすれば入賞は間違いないから!」
「はぁ……」
おれも他人のことを言える義理ではないが、舞のこの自信の根拠はどこから来るのだろう。まさか酒が入っている訳ではあるまいな。
「おはようトンちゃん。こんな早く起きるなんて久しぶりだから眠くて眠くて……」
関東大会当日の朝四時四十五分。弱い雨が降りしきる中、駅前コートの一号棟入口前に欠伸をしながら現れたTシャツ短パン姿の舞におれは開いた口が塞がらなくなる。
「お前、何て格好してんだ。すぐ着替えてこいっ!」
「えーっ、どーしてぇ……」
「『えーっ』じゃ無い! こんな格好でクラブハウスに入ったら、ドレスコードに引っかかって一発でつまみ出されるぞ! 五分で制服に着替えてこい。今すぐだっ!」
「だって、昨日そんな話してなかったじゃない」
「まさかTシャツ短パンという非常識な格好で来るなんて想像すらしてなかったからだ」
「分かったわよ。着替えればいいんでしょ。着替えれば!」
おれは温香と珠子先生以外の全員が初心者であることをすっかり忘れていたのだ。そういう意味ではおれにも落ち度があったとも言えるが、今更そんなことを考えても仕方が無い。おれは官舎の四階にある舞の家の前の廊下まで移動し、舞が出て来るのを待つ。腕時計の針が四時五十五分を廻った時、五百旗頭家の鉄製の扉が開く。
「もう、あのバカがドレス何とかがあるから着替えろってうるさいから……」
「舞。そんなこと言うんじゃないの」
「だってママ、直前になって言うのって酷くない? 酷いよね?」
制服姿の舞は自分の母親に軽く八つ当たりしながらローファーを履いている。
「あっ、トンちゃん久しぶりね。すっかり大……いや、また舞と仲良くしてくれてありがとね」
おれの姿に気付いた舞の母親が、声を掛けてくる。ちょっと待て。今、『すっかり大きくなって』と言い掛けたものの、実はそうでは無いことに気付いて少し口ごもっただろ。
おれはどう反応すれば分からない状態で愛想笑いを浮かべながら舞の母親に向かって「どうも」などと言いながら軽く頭を下げるも、すぐさま我に返り「あと五分も無い。急ぐぞ」と言って、舞の手を取り階段を駆け下り、東口のロータリーに向かう。
ロータリーには既に珠子先生のルノー5がハザードランプを点滅させた状態で停まっており、おれと舞は駆け足で5に近付く。
「おはようございます。遅れてすみません」
助手席のドアを開けると同時におれは珠子先生に謝る。
「大丈夫よゆう君。先生も今来たばかりだから。それより二人とも、いつの間にそんなに仲良しさんになったの?」
珠子先生の指摘に、おれと舞は手を繋いだままであることに気付き。慌てて手を離す。
舞は既に後部座席に座っている制服姿の奈穂美の隣に、武州カントリークラブまでの道順を知っているおれはナビゲーターとして助手席に座る。
「それじゃ、温香ちゃんを拾いに行こうか? 確か下山口だっけ?」
「そうです。駅前に五時半です」
「道空いてるから、十五分かからないと思うわ。ゆう君、舞ちゃん、シートベルト締めてね」
おれたちを乗せたルノー5は、下山口の駅前で温香を拾うと、行政道路を北上し、会場である武州カントリークラブに向かう。
「そう言えばユリちゃんはどうしたの?」
「ああ、ユリさんは家の人に送ってもらうとか言ってたんで、現地で落ち合うことになってます。あっ、入間川を越えるあたりまでしばらく道なりですから」
行政道路は県内でも有名な渋滞スポットであるが、早朝と言うこともあり比較的スムーズに走ることができ、無事六時半前に武州カントリークラブの駐車場にたどり着く。
「バブルがはじけても、やっぱりお金持ってる人っているのね」
奈穂美はトランクから自分の道具を取り出しながら、右隣の黒いメルセデス500SELを見ている。
「どーせどっかのしゃちょーか何かが接待でもされてんでしょ。行こっ、奈穂美、トンちゃん、温香ちゃん」
「ああ。早くしないとエントリーに間に合わなくなるからな。珠子先生はどうされます?」
おれは早朝の運転で少し疲れているであろう珠子先生に声を掛ける。
「あたしはクラブハウスでテキトーに過ごすわ」
「さいですか……」
「おはようございます。みなさん。孕石先生」
クラブハウスに入るや否や、ドレスコードに準拠したブレザーを羽織り、上品な笑みを浮かべている百合がおれたちを出迎える。
「おはようユリさん。ここに来るのに迷わなかった? もしかして今日はあおいさんの箒に乗って来たとか?」
「いいえ。荷物がありますし、小雨も降ってますので、今日は車で家の者に送っていただきました。あおいさんはお留守番です」
「そうか……って、ごめん。待ったでしょ?」
「いいえ。わたくしも今来たところですよ。さぁ、エントリーしましょう」
関東大会は今日明日と二日間に分かれて開催され、第一日目である今日は団体戦が行われる。関東大会はこの夏に開催される全国大会の前哨戦であり、新人戦の意味合いも含まれている。おれたちは今回、温香と珠子先生のアドバイスと、技術・体力面を考慮し、団体戦のみのエントリーとなっている。
「それじゃ、部長であるこのワタシが、エントリーしてくるね」
「おう」
おれは舞を見送ると、スパイクに履きかえるべく、ロッカールームに向かおうとした刹那、ひときわ大きな人だかりが視界に入る。その中心に目をやると、見覚えのあるツインテールの少女が誰かと談笑している。
「あの人誰? ゆーいち君の知り合い?」
奈穂美が怪訝そうな表情をしながらおれに声を掛ける。
「あれは……『ミナミちゃん』だ」
「ミナミちゃん?」
間違いない。先日、夕方のニュース番組に出ていた陵桜高校のエース・小鳥遊陽だ。
一瞬、おれと小鳥遊陽の目線が合った瞬間、小鳥遊陽は周囲との会話を中断し、鋭い目つきのままおれの方に近付いて来る。ええっ? 何? おれは何か悪いことでもしたか? それとも殴られるのか……と思った刹那、小鳥遊陽が前かがみになっておれに話しかけてくる。
「見かけない顔ね。どこの学校?」
「ああっ、えーっと、小手指総合です」
おれは少し焦りながら答える。目線が合ってしまったことが気に入らなかったのだろうか。
「小手指総合? 所沢の? もしかしてフットゴルフ部?」
「ええ。そうですけど……」
小鳥遊陽は中腰のまま数秒間、おれの目をまっすぐ見つめ、少し考えるような素振りを見せると、いきなり表情を破顔をさせる。
「ってことは、やだ、超うれしー! 今まで埼玉ではうちだけだったから!」
「はぁ……」
戸惑いを覚えるおれとは裏腹に、小鳥遊陽はいきなりおれの両手を握り、激しく上下に動かし始める。
「そっかぁ、何か困ったことがあったら何でも聞いて! なんなら陵桜まで遊びに来てもいいから!」
「あ、ありがとうございます……」
「ユーイチくん、奈穂美ちゃん、そろそろ準備しないと――」
背後から温香の声が聞こえてくる。小鳥遊陽の視線がおれから温香に移った瞬間、彼女の目つきが再び鋭くなる。
「あの……何か――」
おれが声を掛けると、我に返ったかのように小鳥遊陽の表情に笑顔が戻る。
「ううん。何でもない。ごめんごめん。私、もう行かなきゃいけないから、またね。バイバイ!」
小鳥遊陽は笑顔のまま手を振りながら、参加者たちの中に消えていく。
「やっぱりいたんだ。小鳥遊陽」
「温香ちゃん、あの人のこと知ってるの?」
「うん。中学時代、甲信越代表として全国に出た時、関東A代表だったあの女と二度やりあったことがあるんだ。キャプテンだった私は勢いに乗って調子こいてあの女の首を獲ってやろうと意気込んだんだけど、二年連続で関東A代表だった陵桜中等部に負けちゃってね。自分が『お山の大将』だってことを思い知らされたんだ。それにあの女、今では日本の次世代エースとまで言われていて、何社かのスポーツ用品メーカーがプロになるのを見越してサプライヤー契約を結ぶために接触しているという噂もあるし」
「そんなにすごい人なのか……って、首を獲るだなんて随分物騒な言い方だな」
「さっ、昔話はこのあたりにして、そろそろ準備しないと間に合わないよ。私たちは初出場だからスタートも早いんだし。更衣室に行った行った!」
温香がおれと奈穂美を追い立てる。
「舞とユリさんは?」
「ユリさんはとっくに準備を終えてるし、舞ちゃんはそろそろ戻って来るから余計な心配しないっ。って言うか、自分の心配をするっ」
「分かったって。すぐ着替えてくるからっ」
おれは温香から逃げるように小走りで男子更衣室へと向かった。
七時五十分。相変わらず降り続ける小雨の中、おれたち五人はフットゴルフの道具を手に、南コース一番ホールのすぐそばまで移動する。八時にスタートするのはおれたち小手指総合と、千葉県の県立鬼越の二校。その後、二十分おきに二校ずつスタートし、十時に最終組である春日部の陵桜と横浜の都築学園がスタートする予定となっている。
「それでは、オナーを決めたいと思います。両校の代表者は前へ」
審判員が両校に向かって声を掛けるが、小手指総合の代表である舞は微動だにしない。
「小手指総合。どうしましたか?」
審判員が舞に向かって再び声を掛ける。
「舞、舞……」
おれはボーっとした表情の舞に声を掛ける。
「舞さん、出番ですよ」
「あっ、うん……ごめんごめん。ちょっと緊張してね」
舞は慌てる素振りを見せながら、ティーグランドに足を踏み入れる。昨日までの勢いはどこに行ったのだろう。さてはこいつ、緊張してやがるな。
「今回、オナーはコイントスで決めたいと思います。どちらになさいますか?」
「表!」
審判員の問いに間髪入れずに鬼越高校のキャプテンと思しき女子生徒が声を上げる。
「それじゃ、裏で」
ワンテンポ遅れて舞が答える。これはゴルフをかじっていたおれの直感だが、この段階で既に勝負は始まっている。ここで機先を制したのは確実に鬼越高校のほうだ。
「分かりました。それでは」
審判員はおもむろに右腕を伸ばすと、人差し指の上に載せた五百円硬貨を親指で強く弾き空へ投げ上げる。キラキラ廻りながらスローモーションで舞い降り、ベント芝の上に落ちる。
「裏だったよ!」
舞がおれたちに向かって声を上げる。つまり、オナーはおれたちということになるが、まさかここで異常にクジ運が強い舞の能力が発揮されるとは思ってもみなかった。
「さてと、オナーが私たちに決まったところでユーイチくん、ティースローお願いできる?」
温香はいきなりおれに大役を振る。団体戦は九ホール制の場合、一ホールにつき五人中任意の二人を選び、交互にショットする。但し、戦力均衡の観点から、特定のプレーヤーばかりを選ぶことはできず、全プレーヤーは最低二ホールをプレーしなければならない上に、二ホール以上連続して同じプレーヤーを選ぶことは出来ない。つまり、どのホールで誰を使うかが団体戦における勝負の鍵となるのだ。
また、五人以外にプレーする権利は無いものの、プラス一名をDesignated Person略してDPと呼ばれるブレーン役を競技に帯同することが出来るが、部員数が五人である小手指総合にはそのオプションは存在しない。
「一番ホールは四七一ヤードパー5だけど、ゴルフだったらユーイチくん、どのクラブを使う?」
「そりゃドライバーだろ? ウッド系のクラブはフットゴルフには無いけど」
「フットゴルフの場合、距離のあるロングホールのティースローは肩が強い人が務めるのがセオリー中のセオリーなの。ほら、鬼越高校のあのウルフカットの子を見てみなよ。あの子、身体つきを見る限りでは、昔ソフトボールか何かをやってたね」
おれの視線の先では、ウルフカットの女の子がタオル片手にオーバースローでシャドウピッチをしている。確かに温香の指摘通り肩は強そうだ。
「でも、どうしておれなんだ?」
「今までの練習を見て思ったんだけど、うちで私の次に肩が強いのってユーイチくんだったからね」
「えっ、そうなの?」
おれは温香の意外な言葉に戸惑いつつ競技用ゴルフボールを手に取ると、ティーグランドの中に足を踏み入れ、ゆっくりとあたりを見渡す。そして三歩後ろに下がり、勢いを付けながら右向きになってスローイングの体勢に入る。右腕を振り、頂点より少し前方でボールをリリースしようとした刹那、踏み込んだ左足に違和感を感じた……と思った瞬間、踏み込んだ左足の部分の芝生が剥げ、身体のバランスが一気に崩れる。
しまった!
ゴルフのティーショットとフットゴルフのティースローの違いの一つとして、前者は一旦アドレスの態勢に入るとその場所を動くことは物理的にありえないため、スパイクで自分の足元をしっかり固めることができるが、後者は足の移動が伴うため、今日のような雨の日には芝生の滑りやすさを頭に入れ、慎重にスローイングしなければならなかったのだ。それに気付いた時には時既に遅し。おれは右腕の力だけでボールを投げ込むと、そのままティーグランドに倒れ込んでしまった。たちまち着ていたウェアの左半分がぐっしょりと濡れていく。それでもおれは倒れたまま目でボールの行方を追いかけるも、辛うじて真っ直ぐ飛びはしたが、飛距離は七十ヤード弱。ボールは浅いラフの中へと消えてしまった。鬼越の五人や、派手に転んだおれの姿を見たギャラリーたちの笑い声が山の中をこだまする。
「何いつまで寝てるのよ! さっさと起きなさいよね」
背後から舞の声が聞こえてきたかと思った刹那、背中に強烈な痛みが走る。
「痛ってぇ! いきなり何すんだ!」
おれはあまりの痛さに思わず立ち上がる。
「えっ? カワイイ幼馴染が優しく蹴っ飛ばしたのに、痛かった?」
舞は『優しく蹴っ飛ばす』という相反する言葉でおれの様子を窺う。
「スパイクで蹴られたら痛いに決まってるだろ!」
「あっ、そうか。ごめんごめん。それじゃ、『秘密兵器』のこのワタシがミラクルなリカバリーショットでも打ってやりますか」
おれは、一見クソ生意気に取れなくもない舞の言葉にハッとする。
初心者だらけの継ぎ接ぎだらけな集団だけど、今日のラウンドは団体戦で、おれ独りだけで廻っている訳では無い。今日のところは笑われてもいい。むしろ笑え。少なくとも、笑われることによって皆に名前を覚えてもらうことは出来たじゃないか。
「そうだな。舞、頼んだぞ」
「へっ、どうしたの? 急に素直になっちゃって」
「いいだろ、別に。さぁ、さっさと打てよ。ミラクルなリカバリーショットとやらを」
「結局最下位だったかぁ……」
おれの背後に立ち、両手をおれの両肩に乗せた舞が、クラブハウスの壁に貼られた順位表を眺めながらため息交じりにつぶやく。大方の予想通り陵桜が3アンダーで優勝し、おれたちはブービーより更に大差をつけた18オーバーでぶっちぎりの最下位である。
「あっ、中邨くん!」
右斜め前方から、ゴルフウェア姿のツインテール少女が手を振りながら近づいてくる。
「あっ、小鳥遊さん。優勝おめでとうございます」
「うんっ。ありがとっ。あっ、聞いたよ! 九番でイーグル獲ったんだって?」
「ええ……まぁ……。でもあれはビギナーズ・ラックですし、肝心なところはほとんどうちの加添に頼りっきりだったんですけどね」
「それでもすごいよ! 初出場でイーグル決めちゃうなんて。ああ、私も見たかったなぁ……」
「でも、おれたちブービーメーカーでしたからね」
「ダメよ。そんな弱気になっちゃ。中邨くんたちはこれからどんどん強くなってくると思うな」
「そうでしょうか。でも、小鳥遊さんに言われたら、ちょっとだけ前に進めそうな気がします」
「そうそう。その意気だよ。あっ、それから私のことはみなみでいいよ。私、フットゴルフをやってる県内の男の子とお友達になれて、すっごくうれしいし! その代わり、君のことはゆうちゃんって呼んでもいい? って言うか断られてもそう呼んじゃう」
小鳥遊陽は前かがみの姿勢でおれの両手を握る。おれは小鳥遊陽の押しの強さに苦笑することしか出来ない。
「ところで明日は? 個人戦には出るの?」
「いや、部の方針で今回はエントリーしてないです」
「そうなんだ。残念。もし良かったら明日の個人戦、観に来てくれるとうれしいな」
「あっ、はい。明日は後学のために個人戦を観戦するつもりでいましたから」
「そっか。兎に角明日待ってるからね。ばいばい!」
小鳥遊陽はおれに向かって手を振りながら、更衣室のほうへと消えていく。
「ねぇトンちゃん? どうすれば小鳥遊陽さんとお近づきになれるか教えて欲しいなぁ……」
おれが後ろを振り返ると、舞が薄ら笑いを浮かべている。しかし、おれを見つめる目つきは決して笑っていない。
「いやっ、あのっ、あの人は別に変な意味とかそう言うんじゃなくて、ただ単にフットゴルフ仲間が増えてうれしいと思っただけかと――」
「って言うかあの女、相変わらずだなぁ」
いつの間にか温香がおれと舞の隣に立っている。
「どういうこと? 温香ちゃん」
舞が温香に訊き返す。
「普通、優勝チームが最下位を褒めるなんて、単なる嫌味にしかならないんだけど、あの女には一切そういうのは感じないんだよね。計算なのか、それとも単なる天然なのか……」
「それも気になるけど、明日もあるからもうそろそろ帰ろうか。珠子先生はどこにいる?」
「うん。レストランでパフェ食べてたよ」
ゴルフウェアから制服に着替えた奈穂美が答える。
「それじゃ、ユリさんは?」
おれがそう言いかけた時、舞のポケットベルが鳴りだす。
「あれ? 誰からだろ」
舞はポケットベルの電子音を止め、ディスプレイを確認する。
「えっ! 何で?」
舞の驚いたような声に、おれと温香と奈穂美はポケットベルのディスプレイを覗き込む。
『サキニカエリマス マタアシタ ト゛ウメキ』
「何だ、帰っちゃったのか? しょうがないなぁ……」
おれは思わずため息をつく。
「別にいいじゃない。ユリさんは一番遠いところから来たんだから。それに、この後何かある訳でも無いし、明日も早いからさ。はらみー。ワタシたちもそろそろ帰ろう」
「そうね。みんな、車に荷物を載せてね」
舞の提案に珠子先生が応え、おれたちはトランクに道具を詰める。
週末と言うこともあり、駐車場はルノー5の右隣を除いて満車になっている。南コースを貸切にしている大会関係者が半分、北コースでプレーする一般客が半分と言ったところだろう。おれたちは車に乗り込むと、珠子先生の運転で武州カントリークラブを後にしたのだった。




