第5章「日常・帰路にて」
遂に登校する日がやってきた。
今日も快晴。
清々しい。
真新しい制服に袖を通し、僕達4人は神社を出る。(ちなみに皆同い年だった)
この長い階段の上り下りもすぐ平気になった。
慣れって怖いと思う。
そうして暫く雑談しながら田んぼや桜が並ぶ道を歩いているとほんの数十分で目的の学校に到着した。
朧想街第一学園。
幼稚園から大学級の勉強ができる国立学校だ。
設備も充実していてかなり敷地面積は広い。
教育方針は『他にはできない事をやり遂げる』。
その方針は国すら動かし、かつて鎖国していた日本で唯一他の国や人外との交流を実現した。
試験校的なスタンスを取っているらしく前衛的ともいえる試みをしていて、そのおかげか 学費も安い。
更には独自の魔術理論や能力の研究対象、又は開発の被験者となる事で学校側から謝礼金を貰える。
偏差値も他の国立大学に比べて低いというのもあってかなり人気の学校だ。
唯一の欠点といえば駅から遠く、アクセスが不便という所だろうが神社から近いので寧ろ 僕達にとってはメリットと言える。
因みに制服は男子が詰襟、女子がセーラー服だ。
洋風な煉瓦造りの外観を見上げながら僕達は玄関の前に貼りだされたクラス分けを見る。
どうやら人間関係も考慮されているようで、僕達は全員同じ2年4組だった。
生徒達の配慮も完璧。
その後は始業式だったが学園長の挨拶と連絡くらいで実にあっさりと終了した。
そしてHRが始まる。
行うのはお決まりの自己紹介。
「|アリスト・テシウスだ。ユニコーンなんで勿論、処女厨だから非処女・ビッチは話しかけるな」
クラスがざわめく。
なんか一人目からブッ飛んでいた。
自分の耳を疑う。
処女厨だと。
自分で言うか。
思わず僕は彼の顔を見る。
明らかなイケメンだった。
角のように前髪がオシャレに跳ねているがこの台詞でみんな明らかに引いていた。
何この残念イケメン。
これには流石に担任の先生も苦笑い……していなかった。
清々しいまでの無表情。
これは恐ろしい。
そうして変態……もといアリストは席に着く。
黙ってればサマになるのに。
「鼬風芽だよ。鎌鼬やってるけどよろしく」
今度は女の子だった。
黒髪をショートカットにしていて、首にヘッドホンを掛け、ボーイッシュな印象を受ける。
しかし彼女の全身からなんだか気怠そうなオーラが漂っている。
だが、油断ならない。
なんせ彼女は多くの怪我人を生み出す妖怪、鎌鼬なのだから。
やるときはやるような人物なのだろう。
「エル・ピクシーだよ。妖精だからってバカにしないでね」
今度も女の子。
しかし高校生にしてはちっこい。
小学生くらいだ。
妖精というのは小さい者は手の平サイズで、大きい者で一般成人並みという種族だ。
そうして大きい者の場合エルフとして扱われる。
実際彼女の耳も所謂エルフ耳で尖っている。
背中には虫のような2枚の透明な羽がある。
普通なら制服の改造をしなければならないが、妖精などの種族は実体を持つが、肉体を構成するのは霊力だ。
そういう場合、服も身体の一部として作り出せるのでこういう事が可能という訳だ。
あと、なんかバカっぽい。
「長納巳肇です。超能力者ですがよろしくです☆」
次も女の子。
売れっ子アイドルみたいにキャピキャピしている。
多くの男子生徒や阿形、吽形を含めた女子達が彼女を見て黄色い声を上げているがなんとなく僕は彼女から何か嫌なものを感じた。
なんというか……猫を被っている?
全部演技で実はかなり腹黒い、みたいな。
「カサス・ヴァニッタだ。グリフォンな。以上」
今回は男だった。
またイケメンだ。
見るからに俺様キャラといった感じだ。
中二病なのか彼はすぐに席に着く。
こちらも彼に対して特に言う事はない。
「川瀬瓜だよ。河童だけどよろしく」
今度は割と普通な娘だった。
河童というが彼女の頭に皿は無い。
甲羅も無い。
しかし机の横に掛かっている彼女のリュックサックのデザインは明らかに甲羅を模したもの。
しかもチャックの口からでかい陶器の皿がはみ出している。
一応あれでキャラを作っているらしい。
健気だ。
「……凍白雪……幽霊で雪女」
何人か飛んで、気になったのはこの少女だった。
一見普通の人間だが、彼女の肌は異常に白かった。
本人曰く幽霊で雪女らしいので当たり前と言えば当たり前か。
おそらく死後に雪女となったのだろう。
無表情で結構不気味だがまぁ死んでいるしな。
一応彼女の足に目を向けるがちゃんとあった。
しかし近くの生徒はガタガタと身体を震わせている。
やっぱり寒いようだ。
「法告蓮華です。修行の身ですがよろしくお願いします」
で、かなり飛んで気になったのはこの女子生徒だ。
修行の身、という事は尼さんだろうか。
で、どんな事を言おうか考えていると何人か自己紹介を終え、僕の番がやってきてしまった。
僕は席を立ち、口を開く。
「今回から編入してきた焔魂夜行です。よろしくお願いします」
この事について何か言われないかちょっと心配だったが特に大きな反応は無い。
どうやらこの学校にはよくあることのようだ。
「姫禊祀です。天光神社の巫女をしている者ですがよろしくお願いします」
因みに僕の後ろの席が祀だ。
彼女が名前を言った途端、クラスがざわめく。
どうやらかなり有名人らしい。
まぁあれ程の人数で賑わった祭を行った神社の巫女だし当然と言えば当然か。
「御蔵和良だよー。座敷童子だから泊めてくれると嬉しいし、その人に福が訪れるよー。みんなよろしくねー!」
今度の娘も妖精であるエルと同じく小学生くらいだった。
彼女の場合、自分の力を把握した上で利用しているらしい。
もしかしたら外見に反して頭は切れるのかもしれない。
泊めれば福が……
と、何故かその考えに至ると後ろからの視線が痛かった。
ははっジョークだよ、同い年って言っても殆ど面識の無い小さな女の子を連れ込むなんて紳士(意味深)を自負する僕には到底できないよ。
言い訳がましいがそう考えた途端に痛い視線は消えた。
ふぅ……
「御船千鶴です」
ある一人の少女の声と顔に覚えがあった。
誰だっけな。
僕は決して覚えのよくない記憶を漁ってようやく思い出した。
あの洋食店の店員か。
ツインテールと眼鏡でわかった。
僕の視線に気付いた千鶴がこちらに顔を向ける。
眼鏡の奥の瞳から読み取れたのは『誰?』という疑問だけ。
覚えてないようだ。
僕は軽い精神的ダメージを負う。
彼女はさっさと座ってしまった。
「守社阿形だにゃ。祀の神社の狛犬やってるにゃ。よろしくにゃ」
「守社吽形だわん。阿形と同じく祀のとこの狛犬やってるわん。よろしくお願いしますわん」
彼女達は割愛。
語尾によって二人共結構目立っていた。
ちょっと前に『その語尾ってなんとかならないの?』と尋ねたが、『呪いみたいなものにゃ』『これをやめるという事はつまり私たちのアイデンティティが無くなってしまう事だわん』との事。
2人ともやっぱりキャラを作っているらしい。
「吉野舞子です。旧鼠ですがよろしくお願いします」
獣耳コンビに続いて今度は丸いネズミ耳が特徴的な娘だった。
旧鼠というとネズミが歳月を経て妖怪になったものか。
『絵本百物語』『翁草』などの江戸時代の古書や民間伝承にあるもので、猫すら食べるもの、逆に天敵である猫の子を育てるもの、人間に害をなすものなどがいたとされる。
この少女の場合は子猫を育てるタイプっぽい。
きっと阿形とも仲良くなれるだろう。
「ルー・ウェアルフですっ……ワーウルフなので満月の時は皆さんにご迷惑をお掛けすると思いますが何卒よろしくお願いしますっ」
数人飛んでこの娘が気になった。
人見知りらしく、顔を真っ赤にして小さな声で自己紹介をしている。
彼女の頭にも自信なさそうに垂れて目立たないが狼耳がある。
ワーウルフねぇ。
その種族はどちらかと言うと呪いの影響で人がワーウルフになるという場合が多い。
それは子にも遺伝するので彼女はおそらく先祖が呪いを受けたせいでワーウルフとなった、というタイプだろう。
まぁ今ではかつてよりも彼らの治療は進んでいるがやはり完全にはその性質を取り除けないようだ。
人格は変わらないが、満月時は気性が僅かに荒くなり、基本的な身体能力が一時的に上昇して狼に近くなるという。
温かく見守るとしよう。
「ワーミィ・リンドヴルム……ドラゴンよ。よろしく」
またしも何人か飛んで最後の席の生徒が立つ。
彼女は驚くことにドラゴンだという。
確かに彼女の頭には小さいながらも二本の角が生えている。
そしてカリスマ的オーラが放出されている。
実際近くの生徒は彼女に尊敬の眼差しを向け、頭を下げている。
それにしても彼女の背後に立つ2人の男女は一体。
メイド服とスーツを着ているのでこの学校の生徒ではないようだ。
多分使用人か何かだろう。
担任も突っ込まないあたり、この学校ではよくある事らしい。
そうですか。
そうしてHRもすぐに終了し、教科書やワークの配布、担任からの連絡であとは放課となった。
僕達は特に残る理由もないのでさっさと学校を出る。
時間を確かめるとまだ昼前だった。
「まだ時間がありますし、どこか行ってみたい所とかあります?」
「この近くには海とか神鳴山とか結構名所が多いにゃ」
「街の中心部にはデパートとかアミューズメントパークとかあるわん」
「結構充実してるんだね。どうしようかな」
横目で桜を眺めつつ考える。
お金は結構あるけどいくらか祀に払っておかないと悪いし、バイトもしてないのにあまり無駄遣いは出来ない。
両親からの仕送りも止めてもらったし。
僕は遠くにある中心部に目を細めた。
和と洋が違和感ない街だなと今更ながら僕は思う。
その時後ろから声を掛けられた。
「祀と阿吽コンビと見慣れない子じゃん。どうしたの?」
「あっ、照玖さん、こんにちは」
「コンビって一纏めかにゃ……」
「くぅーん」
僕は振り返って声の主を見る。
僕より一つ年上くらいの女性だった。
修験者の着る装束、頭に古典的天狗の面、背中に烏のような翼、黒いショートカットの髪。
「こちらの方は最近ここにやってきた焔魂夜行さんです」
「初めまして」
ぺこりと頭を下げる僕。
対する天狗は興味深そうだった。
「私は山神照玖。烏天狗で山岳ガイドをやってる者だよ」
ま、稼ぎは良くないけどねと続けて快活に笑う。
陽気な人らしい。
「そういえば最近変な人を見たよ」
「変な人?」
僕は訊ねる。
「そ、見慣れない青年でさ。すごい冷徹な目をしててね、狩りかなんかしてるのかと思ってこっそり覗いてたんだけど結局何もせずに山から降りて行ったよ」
「観光客とか?」
「そんな雰囲気じゃないよ。服装からして多分軍人かな。少なくとも結構なエリートみたいだったよ」
なんでそんな人が登山しているんだろうとか思ったがわからないので考えるのをやめた。
「んじゃ、そろそろ行くよ。時間取らせて悪いね」
そう言うと照玖はさっさと飛び上がって神鳴山の方へ行ってしまった。
秋になったら紅葉狩に行って彼女にガイドしてもらおうと思う。