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妖魔夢想  作者: 四畳半
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第2章「宵闇の襲撃者」

 神秘的な舞を見終えた頃には既に太陽が完全に沈んで欠けた月が見えていた。

 いつもより大きく見える。

 月が楕円軌道を廻る事によって距離が変動しているからだとか。

 他には目の錯覚。

 カメラとは違って、人間の目というものは視界に入るすべての物体を鮮明に見る為に、常に焦点の位置を調節して脳で画像を合成しているという。このために、近場から遠方に連なる風景の先に月が見える場合,ズームレンズを動かしながら見るように、人の認識する月が巨大化する。逆に空高くに位置する場合は、比較となる対象物が存在しないため、小さく見えるとか。

 ネットで得た無駄知識だ。

 僕は餅を付く兎の影に目を凝らす。

 あの兎の影の大きさはどのくらいなのだろうか。

 そういえばあの月もテラフォーミングによって沢山の人が住んでいるんだっけ。

 月には地球のパワースポット以上に膨大な魔力が眠っているので、開発は随分と慎重だったと聞いている。

 魔力があるという事は人間をはじめとした生物達にも少なからず影響はある。

 特に満月の光は妖怪達の力を大幅に上昇させ、人間や獣の精神を大きく左右する。

 ツクヨミ、アルテミス、ヘカテー、嫦娥じょうが、セレーネー、マニ。

 各国の月を代表する神が一同に集結し、協力して月の力を調節したという。

 現在では地球やその他コロニーなどへの供給が熱心に進んでいるとかで電気代は安くなる一方だ。

 原子力発電というのは最早過去の産物でしかなかった。

 宇宙方面の進出は主に異星人の技術協力によって成し得たものだ。

 勿論彼らほどの文明にはまだ追い付いていないが、他の地球外生命体と意思疎通を図れるレベルには到達したとか。

 完璧に上から目線だが仕方ない。

 彼らがこちらに接触してくれたおかげで世界はこれ程にまで発展したのだ。

 住む場所にしても、昔よりは遥かに安全になったと聞く。

 数多くのコロニーによって世界の人口も安定した。

 住もうにも住む場所が無かった彼らはそれを手に入れたのだ。

 対する僕は寝泊まりする場所を未だ見付けていなかった。

 ホームレスというのだろうか。

 警察の厄介になるわけにはいかないし、かといってこのまま見付けられる確証も無かった。

 一体どうしろって言うんだ。

 祭を適当に楽しみつつ過ごしていたがそろそろ夜も更けてきた。

 周囲は冥漠めいばくで、曖昧だ。

 木も、神社も、灯籠も、月光によって仄々と照らされている。

 近くに照明は無かった。

 会場を見渡すが屋台も人も殆ど見受けられない。

 それもそうだろう。

 僕は携帯を取り出し、時間を確かめる。

 午後11時を過ぎていた。

 旅の疲れもあって眠気を感じる。

 ぼくは大きな欠伸をした。

 涙が滲む。

「寝床は……もうここで良いか」

 僕は一つ溜息を吐いた。

 ここというのは勿論神社の境内けいだいだ。

 更に言うなら鬱蒼と木々が茂る鎮守の森。

 神道の源流である古神道こしんとうには、神籬・磐座信仰ひもろぎ・いわくらしんこうがあり、森林やそれに覆われた土地、山・巨石や海・河川(岩礁や滝など特徴的な場所)など自然そのものが信仰の対象になっている。

 そういう意味ではこの森も崇拝の対象となっている、と言っても間違いではない。

 しかし最近では神様が昔より性格的に丸くなった、という訳もあって信仰というより親しみを持たれているフシがある。

 決して悪い事ではないのだが、それによって起きるのは神の弱体化だ。

 かつては強大な力を持っていた神が時代の変遷や新たな宗教、神やそれに対応する存在に信仰を奪われ、力を失う、なんて事は珍しくない。

 鎮守の森は自然崇拝という形態からそういった影響を他よりも受けやすい。

 崇敬の念は薄れて、信仰者にとって鎮守の森は必ずしも必要なものとは考えられないことも多くなっている。

 そのため道路の改修や建物の建築などの際に削られることも多い。

 勿論、都会の鎮守の森は更に厳しい現状に立たされている。

 完全に鳥居と本殿のみからなる神社も存在し、もはや本来の自然崇拝を背景とした神社の意味は失われてしまっているとか。

 妖精や精霊は神木に宿る。

 彼らの力は決して強くないが、時には協力し、大きな災害を引き起こす。

 日本は古来から『自然を畏れよ』という考えがある。

 それが自然崇拝となり、そこから八百万の神々を見出した。

 人間も妖怪もなにもかも、杜撰ずさんにしてはいけないのだ。

 そうして僕は森の中に入る。

 綺麗に整備されていて、雑草は一つも見当たらない。

 祭りの後だというのに感心だ。

 皆のモラルが高いのか誰かが自主的に掃除したのか、それはわからないがどっちにしろ自然が綺麗なのはいい事だ。

 僕は周囲を見回す。

 やはり誰も居ない。

 ここならスペースも広いし、目立たない。

 僕は伸びをする。

 神主さん達には悪いが今日はここを使わせてもらおう。

 こういうのもきっと軽犯罪になるのだろうが今更そんな事は言ってられない。

 変な所に野宿して怪我や最悪死んだりするのはあまりにも嫌すぎる。

 ならば前科のリスクを犯してでも安全な手段を選ぶのが良いだろう。

 という訳で僕は背負っている風呂敷を下ろした。

 肩の荷を下ろす、とはこの事。

 そして中からキャンプ道具を取り出して適当に組み上げていく。

 スプリングによってそれは簡単に展開していく。

 そこまで手間取らずにテントは完成した。

 我ながら上出来。

 黒色で3人は普通に過ごせる広さ。

 生地も保温性と通気性を両立させた優れもの。

 地面のでこぼこも全然気にならない。

 どうやら権現造(ごんげんづくり)の要素も持った神社であるらしく石畳が鳥居から本殿、 手水舎(ちょうずや)拝殿(はいでん)社務所(しゃむしょ)などの施設に敷かれている。

 かなり力の入った造りようだ。

 規模。

 人の集まり。

 どれを見ても変わった神社だ。

 気になって神社の名前を調べてみるとどうやら『天光神社(あまみつじんじゃ)』というらしい。

 祀っているのは主にアマテラスやスサノオを主にした日本神話関連の神とこの辺りの地域に古くから伝わる龍神だが、一応ミジャクジ様やその他ルーツの謎な神だったり、あまり信仰されないような位の低いマイナーな神も扱っている様だ。

 祭事は幾つかあるものの、やったりやらなかったり。

 結構フリーダムらしい。

 まぁ日本には萌え神社、萌え寺なんて幾つもあるし、まともな範疇にはなるだろう。

 僕は出来るだけ電池の消費を抑える為に携帯電話の電源を落とす。

 充電は……公共施設でも借りよう。

 一応マナーが悪いという自覚はある。

 しかしそれは住居を見つけるまで。

 明日は絶対に見つけ出す、と意気込む。

 そうして僕は寝袋に包まった。

 温かい。

 それでいて柔らかい。

 しかも窮屈さは一切ない。

 なのにやっぱり安い。

 そうして僕はゆっくりと瞼を閉じる。

 思い出すのは今日までの事。

 そしてこれからの事。

 どうなるかはわからない。

 だけどどうにかなる。

 今までとは違う、そんな人生を。

 次第に周りの音が小さく、やがて聞こえなくなる。

 だんだんと意識も朦朧(もうろう)としてきた。

 ああ、寝るな。

 そんな事をなんとなく思った。

 そうしていつしか。

 僕は眠りに落ちた。

 ……

 …………

 ……………………

 …………………………………………

 僕は突然覚醒した。

 ただし能力的意味ではない。

 嫌な予感というか気配を感じたのだ。

 こういう時の勘は当たる事が多い。

 今までもそういった経験があった。

 主に朝、母親が僕を起こしに来る時とか。

 僕は急いで寝袋から身体を抜かす。

 こういう時に限って中々簡単に抜け出せない。

 焦りだろうか。

 格闘していると外から足音が聞こえた。

 多分2人。

 まさか見付かったのだろうか。

 僕はやっと寝袋から開放された。

 そしてゆっくりとテントの出入り口から顔を出す。

「!」

 僕は声を出しそうになったが、それを抑える。

 そこに居たのは二人の少女。

 彼女達は感情の無い瞳でこちらを見詰めている。

 凍えるような目。

 それは僕の心臓をわし掴む。

 これには思わず呻いてしまった。

 その服装からおそらく神職だと僕は判断する。

 しかし明らかに雰囲気がおかしい。

 夢遊病患者のような、危うしさ。

 生きているのだろうか。

 二人の頭にはそれぞれ犬耳と猫耳が付いている。

 どうやら人外の類らしい。

 それだけならまだ良いが決して見逃せない要素があった。

 二人の手にはそれぞれ槍と斧が握られていたのだ。

 一見無骨だが、金で装飾されており、実用性と絢爛けんらんさを両立しているようだ。

 両方ともかなり大きい。

 しかし細身な彼女達は軽々とそれを担いでいる。

 目の前の光景が日常とかけ離れすぎてリアリティがない。

 というかここ神社じゃないのか。

 不法侵入とはいえ殺される程の重罪ではない筈。

 まずは警察と裁判の介入を待ちたい。

 話はそれからだ。

 安全だと思いこんでいたらかなり危険だった。

 どうやってこの状況を回避するか。

 僕の頭には『逃げる』の選択しかない。

 ならばやるべき事は一つ。

 僕は相手を怒らせないようにできるだけ友好的に話しかける。

 優しく。

 ゆっくりと。

 丁寧に。

 こうしておけば攻撃してくる事はないだろう。

 人の顔色を伺って生きてきた僕には容易い事。

 言葉や気持ちは通じるはずだ。

「ど、どうもこんばん」

 言っている途中で猫耳の少女が槍をこちらの顔面に向けて放った。

 僕は変な声を出しながら慌ててそれを避ける。

 僕の頬を風が突き抜けた。

 まさに紙一重。

 暫く顔の筋肉が硬直した。

 直撃していない筈だが頬の皮膚がわずかに切られていた。

 汗と血が混じり合い、顎を伝う。

 僕はガチガチと壊れた人形のように顔を後ろに向ける。

 切っ先は僕の顔を逸れてテントの布を裂いていた。

 2メートル近くに渡って切れ込みが入っている。

 多分修理しても使えそうにない。

 買ったばかりなのだが。

 とはいえ打ちひしがれる余裕はない。

 正に生命の危機。

 絶体絶命だ。

 彼女達には言葉は通じない。

 こちらには武器はない。

 格闘も勿論できない。

 そもそも平和的に解決できる問題ではない。

 寧ろシンプルな悪意を持っている相手の方がやりやすいかもしれない。

 二人はどちらかというと殺人マシーンだ。

 こちらの息の根を止めるまで執拗に追い掛けてくる存在。

 死神だってもっと諦めは良いだろう。

 僕はゆっくり後退あとずさる。

 すると今度は犬耳の方が斧を上に持ち上げた。

 明らかな攻撃のモーション。

 まるで斬首するかのよう。

 あれ程のリーチならば余裕でこちらに届くだろう。

 そして僕はテントという囲まれた空間に居る訳で、その攻撃を避けるのはほぼ不可能。

 ならばここから出るしかない。

 僕は唾を飲む。

 犬耳が後ろに体重を掛ける。

 攻撃が来る。

 僕はそれをしっかり見据えると槍によってできた穴に飛び込む。

 隙を見せないように後ろを見ないで実行したが穴が大きいおかげで上手くいった。

 僕は息を吐く。

 あとはここから早く逃げるだけ。

 取り敢えず神社の中か、街の方に行けばどうにかなるだろう。

 確証は無い。

 だけど今は生きるために最大限の努力をするべきだ。

 尻餅を着いた僕は素早く立ち上がる。

 外はかなり静かだった。

 後ろを振り返ると四つの眼光が見える。

 あれは獲物を見詰める狩人の目だ。

 完全に殺す気。

 さっきの無感情とは別の意味で怖い。

 シンプルな恐怖だ。

 やっていられない。

 僕はこの期に及んでも抵抗を躊躇(ためら)っていた。

 命の危機だがやはり自分の隠している事を晒すのはやめておきたい。

 それを開放するのは悪い結果しか与えない。

 せめて月が満月ならば良かったのだが。

 とはいえ嘆いていても仕方が無い。

 僕はせめてもの反撃として地面にあった小石を幾つか掴み、相手に向けて投げつける。

 ロクに狙わないで投げたそれは変な軌道を描いて2人の元に飛んでいく。

 当たっても大した威力にはならないだろう。

 しかし、それは容易く相手の武器によってはたき落とされた。

 蚊のようにあっさりとはたき落とされるそれはあまりにもあっけなかった。

 そうして二人はゆっくりとこちらに近付いて来る。

 というか僕が何をしたのだろうか。

 確かに神社に無断でキャンプしていたがあの二人には関係無い気がする。

 いや、関係あるだろうが、少なくともあの状態の2人は明らかに普通じゃない。

 自分の意思とは無関係に動いている気がしてならないのだ。

 何者かによって無理矢理操られているような。

「畜生!」

 僕は駆け出した。

 前のめりに倒れそうになりながらもなんとか踏みとどまって走り続ける。

 いつもよりも走るのが遅い気がした。

 腰が抜けそうになって上手く走れない。

 足の動かし方ってこれで良いんだっけ。

 幾つもの桜の木々を通り過ぎ、躓きながらもどこか安全な場所を求めて走る。

 というか神社以上に安全な場所ってあるんだろか。

 きっと無い気がする。

 さっきは街とか神社の中とか考えていたがきっとこの2人は地獄の底までついてきそうだ。

 すぐに息が切れて足が痛くなる。

 運動は苦手だ。 

 しかも最近はずっと部屋に引きこもり、外に全然出ていなかった。

 という訳で今の僕の身体はヒョロヒョロだ。

 男なのに華奢とか言われる。

 そのツケが今、回ってきたという事だろうか。

 生き残ることができればちゃんと運動しようと思う。

 こんな若さで死ぬなんて御免だ。

 肩で息をしながらも構わず走り続け、ようやく本殿の前に出た。

 どんだけでかいんだこの神社は。

 僕は半ば呆れる。

 やはり中に人が入る事を想定していない為か他の施設に比べて一回り小さい。

 どんな御神体が入っているのか気になるが今はそれどころではない。

 僕は後ろを振り返った。

 そこには……

 猫耳の少女が居た。

 犬耳の娘が居ないので慌てて本殿側に目を向けるとそこに犬耳の少女が。

 何時の間に、と僕は(おのの)く。

 先回りされていたらしい。

 全然気付かなかった。

 やはりこちらを殺す気満々らしい。

 なんだか人の話を聞く気も全く無いらしいし、どうしようと言うのだろうか。

 泣き落しでも許してくれないだろう。

 僕は歯噛みする。

 誰か颯爽と現れてくれれば……

 前も後ろも防がれた僕とゆっくりながら確実に近付いて来る二人の敵。

 絶体絶命、生死の瀬戸際、土壇場、風前の灯、万事休す、地獄を見る、崖っぷちに立たされる、進退極まる、後がない、王手が掛かる。

 もう駄目か……と諦めかけていた僕に二人が同時に容赦なく襲い掛かる。

 避けようと思えば避けられるがそれは延命にしかならない。

 苦しみや恐怖を長引かせるだけ。

 僕はせめて苦しまず逝きたいと思って目を(つむ)った。

 直後に僕の身体は無様に切り裂かれ、ずたずたになる筈だった。

 しかし何時まで経っても痛みは感じない。

 人は身体を斬られると痛みよりも刃の冷たさと血の熱さを感じる、という話を聞いた事があるが熱も感じない。

 まさか即死だったのだろうか。

 確かめるのが怖い。

 しかし、確かめなければならない。

 僕は恐る恐る目を開ける。

 という事は、生きている?

 その事実に気付いた僕は目を見開く。

 そうして僕は次に目の前の光景に驚愕した。

 そこに居たのは二人の少女と、


「さっきの……巫女?」

 

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