第11章「襲撃と対峙」
僕は夢を見ていた。
明るい将来とかそう意味ではなく寝てる時に見るあれ。
記憶を保存している場所から過去の記憶映像を再生しつつ、それに合致する夢のストーリーをつくってゆくと考えられている。
他には前時代的に言うオカルト(現在では立派な学問だが)のタイプで平行世界の過去や未来に精神だけ移動してたり、その世界の自分と一時的にシンクロしているという。
これは能力者が見やすいが稀に一般人も見る事がある。
僕はないが夢だと自覚できる明晰夢の経験ならあった。
身体は金縛りの状態らしく、少しも動かせない。
僕は暗闇に放り出されていた。
どこまでも、無限に広がる世界。
しかしそれは完全な闇ではなく小さな光点が幾つか見える。
光には一つ一つ固有の映像があった。
一つの光が僕の目前にまで近付いてくる。
僕はそれを見てしまった。
それは僕の生まれから現在までの映像。
見てはいけないと思う。
そう、見てはいけない。
このまま見続けていたら僕は僕でなくなってしまうから。
だけど抵抗できない僕は目を瞑る事すら叶わずそれを見てしまう。
平穏だった幼稚園時代。
しかし小学校に上がると環境が変わった。
馴染めなかったのではない。
僕が周囲と違っていたからだ。
陰湿という程ではなかったがいじめと呼べるものだったと思う。
学校に行きたくないとは思っていたが両親に心配されたくなかった。
そうして灰色の6年を過ごし、中学に上がった。
そこでも大して変わらずの毎日を強いられた。
まぁ中二病の一種なのかそれともそういった過去があったからなのか斜に構えて達観したような態度をとっていたからか変人扱いされて空気のような扱いになった。
そうして高校。
半年しか行っていない。
なんとなく全てが面倒になったのだ。
投げ出しくなって先の見えない未来に怖くなったのだ。
そんなある日厳つい父親が部屋に入ってきた。
僕は殴られるかな、とか淡々と考えた。
申し訳なさはあったもののそこから動き出す力は無かった。
顔を俯ける僕に父親は殴るわけでも怒鳴るわけでもただ優しく言った。
『朧想街へ行かないか』
そこに行けばきっとお前は幸せになれる、と。
僕は何も言わずただ父親の目を見詰めた。
背中を押してくれた。
僕は何かに導かれるように立ちあがった。
灰色の毎日から脱出したかった。
そうして僕は最低限の荷物を持って、両親に見送られ、朧想街にやって来た。
それからは鮮やかな毎日だった。
僕を拒否せず、温かく迎えてくれる世界は心地よかった。
祀に阿形、吽形、雅、照玖……他にも多くの人と仲良くなった。
だけどそこから見た記憶のない映像になる。
崩壊していく朧想街。
消えていく人々。
そして天を裂き出現する『何か』。
僕は目を背けられない。
やめろ、と思う。
やめてくれ。
それでも『何か』は僕の世界を蹂躙していく。
僕はどうにかして身体を動かせないか力を入れる。
僅かに指先が動いた。
続けて動かせるようになったのは首。
自分の身体がどうなっているのか確かめる。
そうしてすぐに理解した。
金縛りではない。
無数の僕が僕の身体を掴んで離さないのだ。
そうして無限に広がる世界に亀裂が入った。
僕は目を見開く。
亀裂が徐々に大きくなり、そこから無色としての黒が広がっていく。
全てを飲み込むブラックホールみたいだと思う。
そうしてそれは世界を飲み込んでいく。
僕は抵抗できないまま無数の僕共々落下していく。
押しつぶされて存在すら消えるのかそれとも時間の円環から弾かれてループを繰り返すのか。
光にすら到達するスピードで。
光を超える速さで。
どこまでも。
どこまでも落下していく。
そうして永遠とも思える時間落ち続け、
遥か前に過ぎた筈の光が見えた。
×
目を開いて真っ先に飛び込んできたのはそろそろ見慣れた天井。
長い時間寝ていたからだろうか、全身汗だくで、喉が渇いている。
時間を確かめると午前7時。
今日も学校は休みだ。
僕は気だるく布団から抜け出す。
変な夢だった。
今では曖昧になっているが恐ろしいものだったと思う。
取り敢えずシャワーを貸してもらおう、といつもの服装に着替えて風呂場に向かった。
そうして暫くの間温めのお湯に打たれる。
僕は妙な焦りを感じていた。
あの夢が現実になってしまいそうで。
浴び終わった頃には忘れてしまおう。
多分大丈夫だ。
僕は蛇口を捻ってお湯を止める。
そうして服を着て髪を乾かし、居間に向かった。
今回は3人とも居た。
僕は安堵のため息を吐いた。
皆が消えて、僕1人だけだったらどうしようかと心配だったのだ。
そんな僕の様子に3人がこちらに怪訝な目を向ける。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
「今日の夜行は変にゃ」
「ええーいつもおかしいわん」
おい吽形。
僕は3人が見ているテレビの画面に目を向けた。
やはりヤラセと売国じみた企画でバッシングが多い例の情報番組だった。
顔だけは良い女性アナウンサーが東京の有名なスイーツを直接店に赴いて幾つか紹介している。
「今話題の~」とか言っているがそれは話題になっておらず番組が話題にしてるんじゃん、と内心突っ込む。
その時、テレビから緊急速報の音が流れ、画面が変わった
思わずギョッとしてテレビに目を凝らす。
少し緊張顔の女性キャスターが緊急ニュースです、と告げる。
同時に画面の上にテロップが流れた。
そこに書かれていたのは、
「陸軍が……朧想街に侵入ですか?」
僕は唖然とする。
陸軍が?
なんでそんな。
画面には複数の戦車が公道を走っている映像だった。
通行人が逃げまどい、子供が泣いている。
現実離れしていた。
「物騒ですね……なんでこんな事に」
「警察と朧想街の市長が大急ぎで軍に問い合わせしてるけどそんな事は知らないって軍は否定してるっぽいにゃー」
「どういう事かわん?」
僕は数日前の学校での言葉を思いだす。
雅が言っていた事だ。
『この辺りに軍の手が伸びているらしいよ』
それは事実だったようだ。
僕の想像以上に巨大な組織が動いていたらしい。
理由なんてわからない。
朧想街の何が目的なんだ。
僕は今までの事を思いだす。
阿形と吽形に憑依した黒い巨人、照玖が神鳴山で見掛けた謎の軍人、ぐちゃぐちゃの死体、僕に襲い掛かった男、連続で発生している人と妖怪達の衝突、そして今起きている軍の襲撃。
関係なさそうないくつもの要素。
もしかしたらそれは全て一本の線で繋がっているのではないか。
思考が加速していく。
そして一つの推論に達した。
そして僕は同時に戦慄する。
「まさか……!」
「どうしたんですか?」
祀がこちらに目を向ける。
早くここから逃げないと。
僕は3人に声を掛けようとしたが、
大きな音がした。
木製の引き戸を蹴破るような音だった。
どうにかできる暇なんてない。
そうして居間には複数の兵士が入って来た。
上下黒ずくめで、ジャケットには拳銃、手榴弾、ナイフ、マガジンが2つずつ差さっている。
顔はゴーグルによって判別できない。
素早い動きで僕達を包囲した彼らに一切の隙はない。
そして彼らは手に持った自動小銃を僕達に向けて構えた。
一般人の上、全員子供だぞ。
こいつら本当に軍人なのか。
声を出す暇すらない。
兵士は合計で4人。
しかしその威圧感からもっと居るような錯覚を与えてくる。
兵士というよりテロリスト。
「動くなよ。全員両手を上げてうつ伏せになれ」
冷徹な声。
どちらかというと感情を一切含まない、無機物じみた声だろうか。
否応に関わらず人を従わせる声だ。
僕達に向けた銃口には一切の迷いがない。
阿形と吽形、祀、僕の順にうつ伏せになった。
そうして男達が僕達の両手に手錠を掛ける。
かなり頑丈そうで外せそうにない。
テレビから流れる音が妙に遠い出来事のように感じられる。
どうしてこいつらは僕達をこのままにしているのだろうか。
捕まえたのならさっさと拉致すればいいものを。
何処か苛立ちながらそんな事を考える。
いつまでそうしていただろうか。
ツカツカと、新たな足音が聞こえてきた。
兵士達がちらりと出入り口を見る。
こいつらは足音の主を待っていたようだ。
黙って居間の出入り口を見詰める僕達の前に現れたのは20代前半の若い男。
しかし他の兵士とは違ってライダースーツみたいな戦闘服は来ておらず、高級そうな軍服だった。
襟のバッチから察するに階級は少尉のようだ。
この部隊? の隊長らしい。
この男を見て思ったのはどこかで会った事がある、というものだった。
そうして僕はすぐに思い出す。
あの廃墟で僕を襲った男だ。
僕は歯噛みする。
僕のせいでこうなったのか。
対する男は僕達に感情の籠っていない、冷たい目を向けると、
「邪魔をさせないように1か所に集めておけ。逃走した時は射殺しても構わない」
「了解」
それだけ言うと男はさっさとどこかへ行ってしまった。
そうして兵士達は僕達の身体を乱暴に持ち上げると、無理矢理歩かせてトラックの荷台に乱暴に投げ入れた。
「絶対に逃げようなんて考えるなよ」
それだけ言うと兵士は荷台の扉を閉じて、鍵を掛ける。
真っ暗になった。
「皆大丈夫?」
僕は声を掛ける。
「ふにゃ……なんとかにゃぁ」
「グルル……あいつら許さないわん」
「なんとか大丈夫です」
全員無事のようだ。
他に心配だったのは誰かパニックになっていないかどうかだったのだが全員胆力があるらしくて安心した。
「それにしても……やっぱりあいつらの目的はあれなのか」
「夜行さんもそう思いますか?」
どうやら祀も同じ結論に達しているようだ。
「あの石碑が奴らの目的だと思う」
照玖が見た軍人が山に居たのはこの神社にある石碑の調査でもしていたのだろう。
阿形と吽形を操ったり、僕に襲撃したり、殺人事件を起こしたのは人間と妖怪の関係を悪化させる為だろう。
そしてあの廃墟に居たのは事件が発生して間もない時に僕がやってきたから。見付からないように廃墟の中に入ったあの男は脅威になりかねない僕を始末しようと襲い掛かったのだろう。
朧想街を危機に陥れる理由はわからないがそんな事はどうでも良い。
ますはどうにかしてここから脱出しないと。
あと、どうでも良いが金属を噛みちぎるような音がさっきから聞こえる。まさかね。
「祀、何か手段は無い?」
「悔しいですが私にはありませんね。力を借りているのはアマテラス様くらいですし。仮に使ったとしても結界が展開できないので全員諸共爆発に巻き込まれます」
僕もだいたい似たような理由だ。
なら、阿形か吽形しか頼れないが……
「ん……ここかわん?」
「違うようだにゃ」
2人で何かやっていた。
僕はまともに見えない荷台の中で目を凝らす。
2人は立ちあがって中を漁っているようだ。
「何してるの?」
「能力の発動をジャミングする装置があるっぽいから探しているのにゃ」
という事は術の使用も駄目っていう事か。
良く見ると2人の手には手錠が無かった。
「どうやって手錠外したの?」
「私が噛みちぎったわん」
血の気が引いた。
さっきの音は吽形が自分と阿形の手錠を噛みちぎっていた音らしい。
どんだけ顎と歯が丈夫なんだ。
「なんなら2人の手錠も外すわん」
「遠慮しておく」
僕は丁重に断った。
下手したら手首が丸ごと持ってかれる。
「やっと外れました」
カチャリ、と手錠が落下する音。
祀は手を開閉して調子を確かめているようだ。
「どうやって取ったんだ……」
まさか同じように噛みちぎったんじゃないだろうな、と思う。
「動かせる指先だけを使って護符を取り出して術を発動し、熱で焼き切りました。勿論火傷しないように注意しながら」
「あれ、ここって能力や術の発動をジャミングするんじゃ?」
「この場合、発動するのは術者ではなく護符なので問題ないようですね」
兵士達の詰めが甘かったようだ。
とはいえこれで障害は減った。
僕は祀に手錠を壊してもらう。
「――あとはここから出るだけか」
僕は祀にアイコンタクトを取る。
頼ってばかりなのが申し訳ない。
祀は小さく頷くとポケットから符の束を取り出した。
そして何かを詠唱すると符の文字が紅く光り、コンテナの開閉部を立体的に囲む。
続いて彼女はデザインが違う符を取り出し、結界の中に落とした。
その瞬間眩い光が中を満たし、盛大に爆発した。
耳がキーンとするわ目がチカチカするで大変だ。
煙が晴れる。
そこに居たのは2人の兵士。
僕は思わず身構えたがすぐに相手が気絶している事に気付いた。
まぁこんな間近で爆発したんだから当たり前といえば当たり前か。
念の為僕達は兵士の携行している武器や無線機などを全て取り上げ、破壊し、コンテナの中にあった頑丈そうなロープで縛り、動けなくした。
ついでに言えば亀甲縛りだ。さまぁみろ。
「そういえば何かおかしくないですか?」
「おかしい? ……あ、夜になってる!?」
やっと気付いた。
暗い所に居た上、興奮していたので気が付かなかったが何時の間にか夜になっていたのだ。
捕まった時はまだ昼前だったのにこれはおかしい。
僕は携帯電話を取り出し、時間を確かめる。
午前0時。
そう表示してあった。
画面を覗きこむ皆も驚いている。
どういう事だ。
「空間が歪んでいるのかにゃ……?」
僕の頭を焦燥が支配していく。
まずい、手遅れになる。
要石である石碑をいじられている。
僕は要石のある方向に目を向ける。
青白い光が天に向かって伸びていた。
それを見て僕は息を呑む。
既に始まっている。
僕達は走り出した。
まだ、間に合うかもしれない。
本殿が見えてきた。
しかし、
「それ以上動くな!」
自動小銃を構える2人の黒ずくめ。
僕は歯噛みするが、
「「邪魔だにゃ(わん)!!」」
阿吽コンビが猫パンチと、のしかかりを繰り出した。
男の顔面に阿形の拳が入り、男の鳩尾に吽形の脳天が突き刺さる。
そうして男2人は同時に仰向けに倒れ込んだ。
効果は抜群。
一撃で2人の兵士はノックダウンした。
後頭部を強く打っているがヘルメットしているし大丈夫だろう。
「祀と夜行はさっさと行くにゃ!」
「私たちも後で行くわん!」
「ごめん、任せた!」
「すみません」
僕達は2人のお言葉に甘えて先に行かせて貰う。
「パンツもぬがせるかわん?」
「勿論」
……2人の会話は聞かなかった事にしよう。
僕らの足は更に速くなる。
本殿を過ぎ、鎮守の森に入る。
無力な僕が戦う必要は無い。
それは初めから自覚していた。
僕なんかより阿吽や吽形、祀の方が強いだろう。
下手をしたら足手まといだ。
だけど背中は見せたくなかった。
それが賢明で正しい判断だとしても逃げたくは無かった。
見過ごしていられるほど僕は頭が良くないから。
だから、バカでも良いから自分の気持ちに正直で居たいと思う。
みんなとずっとこの街で過ごしていたいから。
僕の切なる願い。
それを叶える為ならどんな事だってしてやる。
だから僕は彼らに立ち向かう。
無謀だろうが何だろうが知った事ではない。
奪うのなら守るだけだ。
愚かな選択だと笑って貰って結構。
だけど邪魔はさせない。
僕は私欲の為に立ち向かう。
それで誰かが救われるのなら問題ないだろう。
絶対に滅ばせはしない。
抗い続けて守り通す。
決意と同時、遂に目印の神木が見えた。
僕は一切の迷いなくそこに飛び込んだ。
突如現れた乱入者2人に対し、黒幕の男は僅かに眉を顰めただけだった。
「そこから離れろ」
僕は命令する。
恐怖は感じない。
隣には符を構えた祀が居る。
1人じゃない。
だから怖くない。
僕達は男を静かに睨みつける。
男もこちらを冷たい視線で射抜く。
朧想街の命運を掛けた戦いが始まる。