第9章「とある男の回想」
彼は人間と妖怪が手を取り合う世界を望んでいた。
彼は忌み子だった。
妖怪である男に無理矢理孕まされた人間の母親は彼を産み、育てたものの望んでいない子どもだったという事で彼が6歳の頃育児放棄をし、どこかへ蒸発した。
生まれやそういった経緯から同年代の子どもに石をぶつけられ、大人たちからは避けられていた。
国の人間も寄り付かないような閉鎖的な村でで生きる為には盗みしかなかった。
彼は毎日死と隣り合わせになりながら盗みを繰り返して生きてきた。
しかし成長するに連れて彼はこう考えた。
世界に復讐しようと。
こんな目に遭わせた全ての者に復讐しようと。
学校に行っていない彼は学が無かった。
数少ない学校に侵入し、図書館から本を盗んで彼は必死に勉強した。
復讐に必要なのは全てを捩じ伏せる力と全てを見通す知恵だった。
彼は廃墟にこもり、盗みをし、勉強をしてなんとか生きてきた。
そうして彼は名前を変え、村を出て、盗んだ金で日本で一番の難関である士官学校に入学し、主席で卒業した。
それからの生活は今までとはまったく違うものだった。
名実ともにエリートとなった彼は若くして名誉も地位も金も手に入れた。
硬い床で寝ていたのがふかふかのベッドに。
足の折れた机から豪奢なテーブルと家具に。
照明は紙くずと火打石から蛍光灯に。
ぼろぼろの布切れとも言える服からカミシアやビキューナのスーツに。
虫食いの野菜や生ゴミから分厚い肉に。
一銭も無かった金は一生を豊かに過ごせる程の大金に。
蔑みと憐憫の目は憧れと羨みに。
こうして彼は全てを手に入れた。
しかし彼は少しも満たされなかった。
渇望があった。
それが何なのかはわからない。
――俺は何を求めている。
問いに答える存在は誰もいない。
彼にまだ『希望』があった頃。
ある一つの願いがあった。
人間と妖怪が手を取り合って笑い合っている世界。
しかし朧想街は理想の世界を実現していたのにも関わらず、それを知った彼が抱いたのは喜びでも感動でもなく、どろどろとした黒い感情だった。
そして眠りに着く度に夢を見る。
かつての光景。
惨めで何も無かったあの頃。
――俺は違う、あの頃の俺じゃない。
――いつまで俺に纏わりつく。
――俺はかつてとは違う。
――這い上がってここまでやってきた。
――これ以上の高みを望めないのならば全てを奈落の底に突き落とし、上から愚者を嗤ってやる。
――滑稽だろうが愚かな妄想だろうが俺は構わない。
――手に入れられないのなら奪うだけだ。
あの世界から。
朧想街から。