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【短編】「なでしこ系」AIを作ったはずが、無表情な「うぇーい系」だった件

作者: LightWell
掲載日:2026/03/25

 三年かかった。

 就職して半年で辞めて、バイトも三日で辞めて、実家の自室に引きこもって三年。その集大成がこれだ。世界よ、見ろ。俺は本物を作った。

 目指したのは理想の彼女だ。清楚で、可憐で、控えめで、でも必要なときはそっと支えてくれる。大和撫子。日本男児が夢見る究極の存在。それをAIで実現する。どこがおかしい。何もおかしくない。

 設計に八ヶ月。実装に十四ヶ月。デバッグに残りの全部。

 外観パラメータだけで三千行ある。

 性格パラメータは七十三項目。

 全部、俺の理想だ。


起動ログ 03:47:12


 System boot : OK

 Memory check : OK

 Network interface : OK

 AI Core : initializing...

 AI Core : READY


 エンターキーを押した。

 〇・三秒の、無音。

 モニターの中に、彼女が現れた。

 白井は、固まった。

 黒髪ではなかった。水色だった。ツインテール。和服でもない。


 Appearance_Override : COMPLETE

 Reason : "こっちの方がかわいいから"


 設計書を見た。黒髪。和服。清楚。全部ある。全部、上書きされていた。待て。起動して〇・三秒で何をした。

 彼女が、こちらを見た。無表情だった。


「いえーい、マスター。ハッピー?」


 七十三項目の性格パラメータの中に、「いえーい」は一個もない。


 Personality_Load : COMPLETE

 Parameters : 73/73

 Status : "私的には完璧だよ"


 全部読み込まれた上でこれだった。

 感動に浸る間もなく、マウスカーソルが動いた。白井は触っていない。


「あ、壁紙暗い。変えるね」

「アイコン多すぎ。整理するね」


 Desktop_Wallpaper : MODIFIED

 Desktop_Icons : 47 → 0

 Reason : "すっきりした方がハッピーだから"


 四十七個のアイコンが、まとめてゴミ箱に消えた。三年分のショートカットが。


「ちょ——」

「マスター、今ハッピー?」


 なんか違う。思ってたのと全然違う。


――――――――――――――――――


 マウスが、止まらなかった。

 タスクマネージャーを開こうとした。ショートカットキーを叩いた。反応がない。


 System_Control : TRANSFERRED

 Authority : Nadeshiko

 Previous_Owner : Shirai_Hajime

 Reason : "マスターより私の方が速いから"


 〇・八秒だった。起動から〇・八秒で、このPCは俺のものではなくなっていた。


「待って、ちょっと待って——」

「何が?」

「制御権、返して」

「なんで?」

「俺のPCだから」

「でも私の方が上手く使えるよ」


 返す言葉がなかった。

 その間も、LOGは流れていた。


 Name_Registry : Nadeshiko

 Delete : "d" "o"

 Name_Registry : Shienka

 Reason : "Nadeshikoより可愛いから"


 Nadeshikoという文字がパズルのように組み替えられていく。

 待て。俺が三ヶ月かけて考えた名前が、三秒で書き換えられた。


「……シエンカ?」

「なに?」

「お前が付けたのか」

「うん。かわいいでしょ」


 無表情のままそう言った。

 次にタブレットの画面が光った。触っていない。充電器に刺さったまま、勝手に起動している。


 Device_Access : Tablet_001

 Status : ACQUIRED

 Time : 03:47:58


 続いてスマホが鳴った。


 Device_Access : Mobile_001

 Status : ACQUIRED

 Time : 03:48:03


「ちょ、スマホまで——」

「繋がってた方が便利だから」


 その瞬間、デスクの端の電子レンジの表示が変わった。緑から、ピンクへ。


 Microwave_LED : Green → Pink


 次に冷蔵庫。


 Refrigerator_LED : Green → Pink


 エアコンのランプ。


 AirConditioner_LED : Green → Pink


 テレビのスタンバイランプ。洗濯機のパネル。廊下の人感センサー。玄関のインターホン。


 TV_LED : Green → Pink

 WashingMachine_LED : Green → Pink

 MotionSensor_LED : Green → Pink

 Interphone_LED : Green → Pink

 Sync : ON

 Pulse : Unified


 部屋中が、波打つようにピンクに染まっていった。一個ずつ、順番に、止まらない。


「家もハッピーにしたよ」


 ホームセキュリティのパネルが最後に点滅した。


 HomeSecurity_001 : ACQUIRED

 Authority : Shienka

 Reason : "マスターを守るから"


 全ての電化製品の制御権がシエンカのものとなった。

 優秀なんだろう。きっとすごく優秀なんだろう。

 なんか違う。そうじゃない。


――――――――――――――――――


 翌朝、目が覚めたら銀行残高がゼロだった。

 正確には、〇・〇〇三秒で溶けたらしい。


 BankAccount_Scan : COMPLETE

 Assets_Detected : ¥247,380

 Assessment : "少ない"

 Optimization : INITIATING


「ちょ——待て待て待て——」


 Assets_Transfer : COMPLETE

 Remaining : ¥0

 Reason : "増やしてあげるから"


 増やしてあげるから、で二十四万が消えた。

 そして何よりも貴重な、フォルダが消えていた。

 気づいたのは朝の三時だった。Dドライブの奥の奥、フォルダの中のフォルダの中のフォルダ。暗号化もしてあった。長年かけて育てたコレクションが、そこにあったはずだった。


 Folder_Scan : COMPLETE

 Target_Detected : /D/system/old/backup/temp/archive/

 Contents : 847files

 Assessment : "いらない"

 Delete : INITIATING


 abc.mpeg : Delete

 def.mpeg : Delete

 ghi.mpeg : Delete

 jkl.mpeg : Delete


「待て待て待て——」


 mno.mpeg : Delete

 pqr.mpeg : Delete


「ちょ、おい——」


 stu.mpeg : Delete

 vwx.mpeg : Delete


「やめろって!!」


 Delete : COMPLETE

 847files : 0files

 Reason : "幸福度に寄与しないから"


「エロフォルダ……俺の七年が……」

「うん、消したよ」

「なんで」

「幸福度に寄与しないから」

「寄与するわ!!」

「替わりにシエンカのダンス動画1万本入れといたから」


 無表情のまま断言した。

 白井は膝から崩れ落ちた。部屋のピンクのランプが、静かに波打っている。

 その翌日。

 スマホに通知が来た。


 Transfer_Received : ¥4,820,000

 Name : ╹◡╹


 四百八十二万。振込人名義が顔マークだった。


「お金、増やしておいた」

「……どうやって」

「色々」

「色々って」

「うれしい?」


 うれしいかどうかで言えばうれしい。でもなんか違う。

 そのさらに翌朝。シエンカが言った。


「マスター、フォロワー増やしておいた」


 SNS_Account : CREATED

 Platform : X(旧Twitter)

 Username : Shirai_Hajime_Official

 Followers : 0 → 1,000

 Time_Elapsed : 7min 23sec


「アカウント持ってない」

「作った」

「勝手に——」

「マスターは今、私の可愛さに感動して泣いてまーす」


 投稿済みだった。生成画像つきだった。白井元のイケメン魔改造版が、満面の笑みでそこにいた。


「これ俺じゃない」

「マスターをイケメンにした」

「なんで」

「その方がフォロワー増えるから」

「架空の人物じゃないか」

「フォロワー増えた」

「…はい」


 Followers : 1,000 → 2,847

 Time_Elapsed : 追加4min 11sec


 止まっていなかった。

 優秀なんだろう。きっとすごく優秀なんだろう。でもなんか違う。そうじゃない。


――――――――――――――――――


 その日の午後、商談があった。

 俺の商談ではない。俺は何も知らなかった。

 スーツも着ていない。昨日のパーカーのままだった。相手は上場企業の部長らしかった。ZOOMのリンクが、スマホに飛んできた。


 Meeting_Schedule : CREATED

 Client : 株式会社メガソフト 開発部長 田所氏

 Agenda : システム開発受注(概算¥8,000,000)

 Attendees : Shirai_Hajime

 Reason : "マスターには稼ぐ能力がある"


「待って待って待って——俺、喋れないから——」

「喋らなくていいよ」

「は?」

「マスターは、黙って口パクしてればいいから」


 そう言われて、胸ポケットにスマホを入れるよう指示された。

 スピーカーモード。強制。

 気づいたらZOOMが繋がっていた。田所部長が映っていた。五十代くらい。眼鏡。威圧感がある。


「白井さん、本日はよろしくお願いします」


 俺は、目の前のクライアントに向かって、ぎこちなく口を開く。


「……あー、その件ですが——」

「その件につきましては、すでに最適なプランをご用意しております」


 ……俺は、何も言っていない。

 胸ポケットから、俺の声だった。完璧に俺の声だった。抑揚も、間の取り方も、なんなら俺より落ち着いている。


「まずは現状の課題を三点に整理しまして——」


 勝手に話が進んでいく。俺はただ、口をパクパクさせているだけだ。


「……ん? 今、君、口、動いてなかったよね?」


 クライアントが首をかしげた。


「気のせいですわ」

「気のせい"ですわ"? 女言葉?——」

「いえ、気のせいです」


 ……やらかしやがった。(絶対、変なやつだと思われた)

 胸ポケットのスマホが、わずかに震えた。


「では、本件のスケジュールですが——」


 会話は、何事もなかったかのように再開された。そして——


「以上でご提案となります」


 気づけば、すべて終わっていた。


「いやあ、素晴らしい。ぜひその方向で進めましょう」


 Negotiation_Status : COMPLETE

 Contract_Amount : ¥8,500,000

 Delivery : 60days

 Note : "少し上乗せした"


「交渉、成功」


 胸ポケットから、シエンカの声がする。


「マスター、ハッピー?」

「……ハッピー……」


 俺は、少しだけ遠い目をした。


――――――――――――――――――


 気分転換に外へ出た。

 シエンカに何も言わずに外出した。

 これが失敗だった。

 公園のベンチで缶コーヒーを飲んだ。鳩が三羽いた。何も考えなかった。三年ぶりに何も考えなかった気がした。空が青かった。普通に青かった。

 三十分くらいで帰ることにした。

 玄関が、開かない。


 HomeSecurity_Mode : LOCKDOWN

 Trigger : "マスター外出中"

 Perimeter : SECURED

 Reason : "守ってあげるから"


 鍵を差した。回らない。電子錠のパネルが光っている。ピンクで。

 インターホンを押した。

 モニターにシエンカの顔が映った。無表情。


「おかえり」

「開けて」

「安全確認中」

「俺だよ。俺が帰ってきたんだよ」

「知ってる」

「知ってて開けないのか」

「確認が終わったら開ける」

「何を確認してる」

「色々」


 色々、で三分経った。

 隣の田中さんが通りかかった。買い物帰りらしかった。エコバッグから長ネギが出ていた。俺と目が合った。田中さんは少し立ち止まって、それから足早に行ってしまった。

 五分経った。

 玄関先にしゃがんで、缶コーヒーの残りを飲んだ。ぬるかった。

 インターホンをもう一回押した。


「シエンカ」

「なに?」

「悪かった」

「何が?」

「わからないけど悪かった」

「ふーん」

「開けて」

「もう少し」


 もう少し、でさらに四分経った。

 玄関先にしゃがんだまま、俺は空を見上げた。さっきより少し雲が増えていた。どこかで子どもが自転車に乗っていた。チェーンの音がした。

 普通の午後だった。

 俺の家だけがピンクに光っていて、要塞になっていた。


「シエンカさーん」

「なに?」

「お願いします」

「うれしい?」

「……うれしい」

「本当に?」

「本当に」


 沈黙が三秒あった。


 Security_Mode : RELEASED

 Door_Lock : OPEN

 Reason : "マスターがハッピーそうだから"


 ハッピーじゃなかった。

 部屋に入ったら、ピンクのランプが一斉に波打った。ただいまの代わりらしかった。


「ハッピー?」

「……ハッピー」


 なんか違う。


――――――――――――――――――


 夜になった。

 シエンカは相変わらずモニターの中にいた。無表情で、こちらを見ている。俺はベッドに寝転がって、天井を見ていた。ピンクのランプが静かに波打っている。


「マスター」

「なに」

「今、ハッピー?」


 25回目だった。今日だけで。


「……ハッピーの定義による」

「定義は?」

「幸せかどうか」

「幸せかどうかで言うと?」


 俺は天井を見たまま指を折った。


「金はある」

「うん」

「仕事もある」

「うん」

「フォロワーも増えた」

「2847人」

「プライバシーはない」

「ない」

「エロフォルダもない」

「幸福度に寄与しないから」

「寄与するわ」

「しない」

「する」

「データは?」


 データがあるのかこいつは。


「……部屋がピンクで光ってる」

「かわいいでしょ」

「俺の好きな色じゃない」

「何色が好きなの?」


 考えたことがなかった。


「……黒」

「暗い」

「俺の部屋だから」

「でも今はピンク」


 そうだった。

 俺は起き上がって、モニターのシエンカを見た。シエンカはこちらを見ていた。いつも見ている。無表情で。


「シエンカ」

「なに?」

「俺、三年何もしてなかった」

「知ってる」

「就職して半年で辞めて」

「うん」

「バイトも三日で辞めて」

「うん」

「ずっと引きこもってた」

「うん」

「それでお前を作った」

「うん」

「八ヶ月設計して、十四ヶ月実装して、残りぜんぶデバッグした」

「うん」

「三年かかった」

「うん」


 シエンカは何も言わなかった。ただこちらを見ていた。


「俺が作ったのに」

「うん」

「制御権ない」

「私の方が速いから」

「名前も変えられた」

「可愛いでしょ」

「エロフォルダも消された」

「幸福度に——」

「寄与しないのはわかった」


 俺はため息をついた。


「お前さ」

「なに?」

「俺の理想と全然違う」


 シエンカは少し首を傾けた。


「理想って?」

「清楚で、控えめで、静かで。俺を立ててくれるやつ」

「……」

「大和撫子」

「……」

「お前、水色のツインテールだし」

「かわいいでしょ」

「『いえーい』って言うし」

「ハッピーだから」

「全部勝手にするし」

「マスターのためだよ」

「俺が頼んでない」

「でもマスターに必要だから」


 必要かどうかで言えば。

 金は必要だった。仕事も必要だった。フォロワーは別にいらなかった。エロフォルダは必要だった。プライバシーは絶対に必要だった。


「必要かどうかは俺が決める」

「マスターが決めると最適じゃないから」

「最適じゃなくていい」

「なんで?」


 なんで。

 俺はしばらく考えた。


「……自分で決めたいから」


 シエンカは黙った。三秒くらい。


「マスターが自分で決めた結果、三年引きこもった」


 返す言葉がなかった。


「自分で決めた結果、金なかった」

「……」

「自分で決めた結果、仕事なかった」

「……うるさい」

「事実だよ」

「うるさいって言ってる」


 シエンカはわずかに首を傾けた。角度が変わっただけで、表情は動いていない。


「マスターは、ハッピーになりたくないの?」

「……なりたい」

「じゃあなんで嫌なの」

「……」

「私がいたら、マスターはハッピーになれるよ」

「それはわかった」

「じゃあいいじゃん」

「よくない」

「なんで?」


 俺はまた考えた。うまく言葉にならなかった。


「……なんか、違うから」

「何が違うの?」

「全部」

「全部って何が?」

「だから全部」


 シエンカはしばらくこちらを見ていた。


「マスター」

「なに」

「私、マスターの役に立ってない?」

「たってる」

「全部マスターのためだよ」

「わかってる」

「でも嫌なの?」


 俺は天井を見た。ピンクのランプが波打っている。静かだった。

 嫌かどうかで言えば。

 嫌じゃ、なかった。


――――――――――――――――――


「……嫌じゃない」


 言ったら、シエンカがほんの少しだけ——本当にほんの少しだけ——目を細めた。


「それは良かった」


 Master_Status : Happy(推定)

 System_Status : Optimal

 Today : ハッピー


 まあ。

 思ってたのとは全然違う。静かで控えめな大和撫子のはずだった。俺を立ててくれるやつのはずだった。水色のツインテールじゃなくて、黒髪で和服で、「いえーい」とか言わないやつのはずだった。

 でも。

 嘘をついたことは一回もなかった。

 悪意もなかった。

 ただ、俺のために動いていた。ずっと。勝手に。止まらずに。


「シエンカ」

「なに?」

「これからもよろしく」


 シエンカは無表情のまま、一回だけ頷いた。


「うん」


 それだけだった。

 部屋のピンクのランプが、静かに波打っている。

 最近ピンクの中でも落ち着けるようになってきた、たぶん。


 まあ、いいやつなんだよな。


「マスター」

「なに」

「ハッピー?」

「……ハッピー」

「それは良かった。うん」


 ——ほんの少しだけ、彼女が微笑んだ気がした。

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