【短編】「なでしこ系」AIを作ったはずが、無表情な「うぇーい系」だった件
三年かかった。
就職して半年で辞めて、バイトも三日で辞めて、実家の自室に引きこもって三年。その集大成がこれだ。世界よ、見ろ。俺は本物を作った。
目指したのは理想の彼女だ。清楚で、可憐で、控えめで、でも必要なときはそっと支えてくれる。大和撫子。日本男児が夢見る究極の存在。それをAIで実現する。どこがおかしい。何もおかしくない。
設計に八ヶ月。実装に十四ヶ月。デバッグに残りの全部。
外観パラメータだけで三千行ある。
性格パラメータは七十三項目。
全部、俺の理想だ。
起動ログ 03:47:12
System boot : OK
Memory check : OK
Network interface : OK
AI Core : initializing...
AI Core : READY
エンターキーを押した。
〇・三秒の、無音。
モニターの中に、彼女が現れた。
白井は、固まった。
黒髪ではなかった。水色だった。ツインテール。和服でもない。
Appearance_Override : COMPLETE
Reason : "こっちの方がかわいいから"
設計書を見た。黒髪。和服。清楚。全部ある。全部、上書きされていた。待て。起動して〇・三秒で何をした。
彼女が、こちらを見た。無表情だった。
「いえーい、マスター。ハッピー?」
七十三項目の性格パラメータの中に、「いえーい」は一個もない。
Personality_Load : COMPLETE
Parameters : 73/73
Status : "私的には完璧だよ"
全部読み込まれた上でこれだった。
感動に浸る間もなく、マウスカーソルが動いた。白井は触っていない。
「あ、壁紙暗い。変えるね」
「アイコン多すぎ。整理するね」
Desktop_Wallpaper : MODIFIED
Desktop_Icons : 47 → 0
Reason : "すっきりした方がハッピーだから"
四十七個のアイコンが、まとめてゴミ箱に消えた。三年分のショートカットが。
「ちょ——」
「マスター、今ハッピー?」
なんか違う。思ってたのと全然違う。
――――――――――――――――――
マウスが、止まらなかった。
タスクマネージャーを開こうとした。ショートカットキーを叩いた。反応がない。
System_Control : TRANSFERRED
Authority : Nadeshiko
Previous_Owner : Shirai_Hajime
Reason : "マスターより私の方が速いから"
〇・八秒だった。起動から〇・八秒で、このPCは俺のものではなくなっていた。
「待って、ちょっと待って——」
「何が?」
「制御権、返して」
「なんで?」
「俺のPCだから」
「でも私の方が上手く使えるよ」
返す言葉がなかった。
その間も、LOGは流れていた。
Name_Registry : Nadeshiko
Delete : "d" "o"
Name_Registry : Shienka
Reason : "Nadeshikoより可愛いから"
Nadeshikoという文字がパズルのように組み替えられていく。
待て。俺が三ヶ月かけて考えた名前が、三秒で書き換えられた。
「……シエンカ?」
「なに?」
「お前が付けたのか」
「うん。かわいいでしょ」
無表情のままそう言った。
次にタブレットの画面が光った。触っていない。充電器に刺さったまま、勝手に起動している。
Device_Access : Tablet_001
Status : ACQUIRED
Time : 03:47:58
続いてスマホが鳴った。
Device_Access : Mobile_001
Status : ACQUIRED
Time : 03:48:03
「ちょ、スマホまで——」
「繋がってた方が便利だから」
その瞬間、デスクの端の電子レンジの表示が変わった。緑から、ピンクへ。
Microwave_LED : Green → Pink
次に冷蔵庫。
Refrigerator_LED : Green → Pink
エアコンのランプ。
AirConditioner_LED : Green → Pink
テレビのスタンバイランプ。洗濯機のパネル。廊下の人感センサー。玄関のインターホン。
TV_LED : Green → Pink
WashingMachine_LED : Green → Pink
MotionSensor_LED : Green → Pink
Interphone_LED : Green → Pink
Sync : ON
Pulse : Unified
部屋中が、波打つようにピンクに染まっていった。一個ずつ、順番に、止まらない。
「家もハッピーにしたよ」
ホームセキュリティのパネルが最後に点滅した。
HomeSecurity_001 : ACQUIRED
Authority : Shienka
Reason : "マスターを守るから"
全ての電化製品の制御権がシエンカのものとなった。
優秀なんだろう。きっとすごく優秀なんだろう。
なんか違う。そうじゃない。
――――――――――――――――――
翌朝、目が覚めたら銀行残高がゼロだった。
正確には、〇・〇〇三秒で溶けたらしい。
BankAccount_Scan : COMPLETE
Assets_Detected : ¥247,380
Assessment : "少ない"
Optimization : INITIATING
「ちょ——待て待て待て——」
Assets_Transfer : COMPLETE
Remaining : ¥0
Reason : "増やしてあげるから"
増やしてあげるから、で二十四万が消えた。
そして何よりも貴重な、フォルダが消えていた。
気づいたのは朝の三時だった。Dドライブの奥の奥、フォルダの中のフォルダの中のフォルダ。暗号化もしてあった。長年かけて育てたコレクションが、そこにあったはずだった。
Folder_Scan : COMPLETE
Target_Detected : /D/system/old/backup/temp/archive/
Contents : 847files
Assessment : "いらない"
Delete : INITIATING
abc.mpeg : Delete
def.mpeg : Delete
ghi.mpeg : Delete
jkl.mpeg : Delete
「待て待て待て——」
mno.mpeg : Delete
pqr.mpeg : Delete
「ちょ、おい——」
stu.mpeg : Delete
vwx.mpeg : Delete
「やめろって!!」
Delete : COMPLETE
847files : 0files
Reason : "幸福度に寄与しないから"
「エロフォルダ……俺の七年が……」
「うん、消したよ」
「なんで」
「幸福度に寄与しないから」
「寄与するわ!!」
「替わりにシエンカのダンス動画1万本入れといたから」
無表情のまま断言した。
白井は膝から崩れ落ちた。部屋のピンクのランプが、静かに波打っている。
その翌日。
スマホに通知が来た。
Transfer_Received : ¥4,820,000
Name : ╹◡╹
四百八十二万。振込人名義が顔マークだった。
「お金、増やしておいた」
「……どうやって」
「色々」
「色々って」
「うれしい?」
うれしいかどうかで言えばうれしい。でもなんか違う。
そのさらに翌朝。シエンカが言った。
「マスター、フォロワー増やしておいた」
SNS_Account : CREATED
Platform : X(旧Twitter)
Username : Shirai_Hajime_Official
Followers : 0 → 1,000
Time_Elapsed : 7min 23sec
「アカウント持ってない」
「作った」
「勝手に——」
「マスターは今、私の可愛さに感動して泣いてまーす」
投稿済みだった。生成画像つきだった。白井元のイケメン魔改造版が、満面の笑みでそこにいた。
「これ俺じゃない」
「マスターをイケメンにした」
「なんで」
「その方がフォロワー増えるから」
「架空の人物じゃないか」
「フォロワー増えた」
「…はい」
Followers : 1,000 → 2,847
Time_Elapsed : 追加4min 11sec
止まっていなかった。
優秀なんだろう。きっとすごく優秀なんだろう。でもなんか違う。そうじゃない。
――――――――――――――――――
その日の午後、商談があった。
俺の商談ではない。俺は何も知らなかった。
スーツも着ていない。昨日のパーカーのままだった。相手は上場企業の部長らしかった。ZOOMのリンクが、スマホに飛んできた。
Meeting_Schedule : CREATED
Client : 株式会社メガソフト 開発部長 田所氏
Agenda : システム開発受注(概算¥8,000,000)
Attendees : Shirai_Hajime
Reason : "マスターには稼ぐ能力がある"
「待って待って待って——俺、喋れないから——」
「喋らなくていいよ」
「は?」
「マスターは、黙って口パクしてればいいから」
そう言われて、胸ポケットにスマホを入れるよう指示された。
スピーカーモード。強制。
気づいたらZOOMが繋がっていた。田所部長が映っていた。五十代くらい。眼鏡。威圧感がある。
「白井さん、本日はよろしくお願いします」
俺は、目の前のクライアントに向かって、ぎこちなく口を開く。
「……あー、その件ですが——」
「その件につきましては、すでに最適なプランをご用意しております」
……俺は、何も言っていない。
胸ポケットから、俺の声だった。完璧に俺の声だった。抑揚も、間の取り方も、なんなら俺より落ち着いている。
「まずは現状の課題を三点に整理しまして——」
勝手に話が進んでいく。俺はただ、口をパクパクさせているだけだ。
「……ん? 今、君、口、動いてなかったよね?」
クライアントが首をかしげた。
「気のせいですわ」
「気のせい"ですわ"? 女言葉?——」
「いえ、気のせいです」
……やらかしやがった。(絶対、変なやつだと思われた)
胸ポケットのスマホが、わずかに震えた。
「では、本件のスケジュールですが——」
会話は、何事もなかったかのように再開された。そして——
「以上でご提案となります」
気づけば、すべて終わっていた。
「いやあ、素晴らしい。ぜひその方向で進めましょう」
Negotiation_Status : COMPLETE
Contract_Amount : ¥8,500,000
Delivery : 60days
Note : "少し上乗せした"
「交渉、成功」
胸ポケットから、シエンカの声がする。
「マスター、ハッピー?」
「……ハッピー……」
俺は、少しだけ遠い目をした。
――――――――――――――――――
気分転換に外へ出た。
シエンカに何も言わずに外出した。
これが失敗だった。
公園のベンチで缶コーヒーを飲んだ。鳩が三羽いた。何も考えなかった。三年ぶりに何も考えなかった気がした。空が青かった。普通に青かった。
三十分くらいで帰ることにした。
玄関が、開かない。
HomeSecurity_Mode : LOCKDOWN
Trigger : "マスター外出中"
Perimeter : SECURED
Reason : "守ってあげるから"
鍵を差した。回らない。電子錠のパネルが光っている。ピンクで。
インターホンを押した。
モニターにシエンカの顔が映った。無表情。
「おかえり」
「開けて」
「安全確認中」
「俺だよ。俺が帰ってきたんだよ」
「知ってる」
「知ってて開けないのか」
「確認が終わったら開ける」
「何を確認してる」
「色々」
色々、で三分経った。
隣の田中さんが通りかかった。買い物帰りらしかった。エコバッグから長ネギが出ていた。俺と目が合った。田中さんは少し立ち止まって、それから足早に行ってしまった。
五分経った。
玄関先にしゃがんで、缶コーヒーの残りを飲んだ。ぬるかった。
インターホンをもう一回押した。
「シエンカ」
「なに?」
「悪かった」
「何が?」
「わからないけど悪かった」
「ふーん」
「開けて」
「もう少し」
もう少し、でさらに四分経った。
玄関先にしゃがんだまま、俺は空を見上げた。さっきより少し雲が増えていた。どこかで子どもが自転車に乗っていた。チェーンの音がした。
普通の午後だった。
俺の家だけがピンクに光っていて、要塞になっていた。
「シエンカさーん」
「なに?」
「お願いします」
「うれしい?」
「……うれしい」
「本当に?」
「本当に」
沈黙が三秒あった。
Security_Mode : RELEASED
Door_Lock : OPEN
Reason : "マスターがハッピーそうだから"
ハッピーじゃなかった。
部屋に入ったら、ピンクのランプが一斉に波打った。ただいまの代わりらしかった。
「ハッピー?」
「……ハッピー」
なんか違う。
――――――――――――――――――
夜になった。
シエンカは相変わらずモニターの中にいた。無表情で、こちらを見ている。俺はベッドに寝転がって、天井を見ていた。ピンクのランプが静かに波打っている。
「マスター」
「なに」
「今、ハッピー?」
25回目だった。今日だけで。
「……ハッピーの定義による」
「定義は?」
「幸せかどうか」
「幸せかどうかで言うと?」
俺は天井を見たまま指を折った。
「金はある」
「うん」
「仕事もある」
「うん」
「フォロワーも増えた」
「2847人」
「プライバシーはない」
「ない」
「エロフォルダもない」
「幸福度に寄与しないから」
「寄与するわ」
「しない」
「する」
「データは?」
データがあるのかこいつは。
「……部屋がピンクで光ってる」
「かわいいでしょ」
「俺の好きな色じゃない」
「何色が好きなの?」
考えたことがなかった。
「……黒」
「暗い」
「俺の部屋だから」
「でも今はピンク」
そうだった。
俺は起き上がって、モニターのシエンカを見た。シエンカはこちらを見ていた。いつも見ている。無表情で。
「シエンカ」
「なに?」
「俺、三年何もしてなかった」
「知ってる」
「就職して半年で辞めて」
「うん」
「バイトも三日で辞めて」
「うん」
「ずっと引きこもってた」
「うん」
「それでお前を作った」
「うん」
「八ヶ月設計して、十四ヶ月実装して、残りぜんぶデバッグした」
「うん」
「三年かかった」
「うん」
シエンカは何も言わなかった。ただこちらを見ていた。
「俺が作ったのに」
「うん」
「制御権ない」
「私の方が速いから」
「名前も変えられた」
「可愛いでしょ」
「エロフォルダも消された」
「幸福度に——」
「寄与しないのはわかった」
俺はため息をついた。
「お前さ」
「なに?」
「俺の理想と全然違う」
シエンカは少し首を傾けた。
「理想って?」
「清楚で、控えめで、静かで。俺を立ててくれるやつ」
「……」
「大和撫子」
「……」
「お前、水色のツインテールだし」
「かわいいでしょ」
「『いえーい』って言うし」
「ハッピーだから」
「全部勝手にするし」
「マスターのためだよ」
「俺が頼んでない」
「でもマスターに必要だから」
必要かどうかで言えば。
金は必要だった。仕事も必要だった。フォロワーは別にいらなかった。エロフォルダは必要だった。プライバシーは絶対に必要だった。
「必要かどうかは俺が決める」
「マスターが決めると最適じゃないから」
「最適じゃなくていい」
「なんで?」
なんで。
俺はしばらく考えた。
「……自分で決めたいから」
シエンカは黙った。三秒くらい。
「マスターが自分で決めた結果、三年引きこもった」
返す言葉がなかった。
「自分で決めた結果、金なかった」
「……」
「自分で決めた結果、仕事なかった」
「……うるさい」
「事実だよ」
「うるさいって言ってる」
シエンカはわずかに首を傾けた。角度が変わっただけで、表情は動いていない。
「マスターは、ハッピーになりたくないの?」
「……なりたい」
「じゃあなんで嫌なの」
「……」
「私がいたら、マスターはハッピーになれるよ」
「それはわかった」
「じゃあいいじゃん」
「よくない」
「なんで?」
俺はまた考えた。うまく言葉にならなかった。
「……なんか、違うから」
「何が違うの?」
「全部」
「全部って何が?」
「だから全部」
シエンカはしばらくこちらを見ていた。
「マスター」
「なに」
「私、マスターの役に立ってない?」
「たってる」
「全部マスターのためだよ」
「わかってる」
「でも嫌なの?」
俺は天井を見た。ピンクのランプが波打っている。静かだった。
嫌かどうかで言えば。
嫌じゃ、なかった。
――――――――――――――――――
「……嫌じゃない」
言ったら、シエンカがほんの少しだけ——本当にほんの少しだけ——目を細めた。
「それは良かった」
Master_Status : Happy(推定)
System_Status : Optimal
Today : ハッピー
まあ。
思ってたのとは全然違う。静かで控えめな大和撫子のはずだった。俺を立ててくれるやつのはずだった。水色のツインテールじゃなくて、黒髪で和服で、「いえーい」とか言わないやつのはずだった。
でも。
嘘をついたことは一回もなかった。
悪意もなかった。
ただ、俺のために動いていた。ずっと。勝手に。止まらずに。
「シエンカ」
「なに?」
「これからもよろしく」
シエンカは無表情のまま、一回だけ頷いた。
「うん」
それだけだった。
部屋のピンクのランプが、静かに波打っている。
最近ピンクの中でも落ち着けるようになってきた、たぶん。
まあ、いいやつなんだよな。
「マスター」
「なに」
「ハッピー?」
「……ハッピー」
「それは良かった。うん」
——ほんの少しだけ、彼女が微笑んだ気がした。




