第5話 詩
午後の柔らかな光が、図書館の大きな窓から差し込んでいた。
埃の粒が金色に舞い、静かな空気がページをめくる音だけを響かせている。
エリス・フォン・ヴァレンタインは、棚に指を滑らせながら小さく呟いた。
「今日はどんな本を読もうかな……」
目に留まったのは、淡い革装丁の詩集だった。
題名は『古代の恋詩』。
王国がまだ小さな国だった頃に生まれた、恋や誓いの詩が集められている。
席に戻って読み始めたそのとき――足音が近づいてくる。
聞き覚えのある、落ち着いた歩調。
「……エリス嬢」
顔を上げると、そこにはライナルトが立っていた。
今日は訓練帰りではなく、濃い灰色の上着に白のシャツ。
いつもより穏やかな雰囲気をまとい、肩までの黒髪が少し乱れている。
「ライナルト様……また」
「また、ここで会ったね」
柔らかな笑みを浮かべるその姿に、胸が少しだけ熱くなる。
「どんな本を読んでいたんだ?」
「……古代の詩集です。恋や誓いの詩が多くて、言葉が綺麗で」
「詩か……」
ライナルトは少し考えるように顎に手を当てた。
「僕はあまり詩には詳しくないんだ。どんなものがあるんだ?」
思わずエリスは顔を上げた。
真剣に尋ねるその瞳に、胸が少し高鳴る。
「えっと……これは“あなたを想うほど、星が増えていく”という詩です。
昔の詩人が、恋を夜空にたとえたものらしくて……」
「星が増える、か。いい詩だな」
ライナルトは小さく笑みを浮かべる。
「そんな風に誰かを想う気持ち……僕にも分かる気がする」
「……そうですか?」
「うん。戦場でも訓練でも、誰かを想う気持ちは、力になるから」
その言葉に、エリスの胸がじんわりと温まった。
ライナルトの誠実さが、まっすぐに伝わってくる。
沈黙の中で、ページが一枚めくられる。
静かだけれど、優しい時間。
心が穏やかに満たされていく。
やがて夕陽が差し込み、図書館の影が長く伸びた。
ライナルトは席を立ち、本棚の方を見やりながら微笑む。
「……また、会えたらいいな」
その言葉に、エリスは一瞬息をのんだあと――
ほんの少し勇気を出して、彼を見つめた。
「……私も、そう思います」
ライナルトは少し驚いたように目を見開き、
やがて穏やかに笑った。
その笑みを胸に刻みながら、エリスは静かに本を閉じた。
次に読む詩は、どんな想いを描いているのだろう――
そんなことを考えながら、頬を染めて夕暮れの光に包まれていた。




