第1章 舞踏会の偶然
王都の大広間は、豪華なシャンデリアの光で輝き、絹のドレスや燕尾服に包まれた貴族たちが踊る華やかな場だった。
だが、男爵家の令嬢である17歳のエリス・フォン・ヴァレンタインは、壁際でひっそりと立ち尽くしていた。
濃い茶色の肩までのストレート髪を控えめにまとめ、淡い青の地味なドレスを着たエリスは、薄い緑色の瞳で周囲の華やかさをぼんやり眺めていた。
「……やっぱり、こういう場は落ち着かないわ」
派手な舞踏会に呼ばれたものの、目立たない自分は誰とも話せず、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった。退屈と緊張で胸が押しつぶされそうになり、エリスはふと窓の外に視線をやった。涼しい夜風に誘われ、そっと外へ抜け出す。
庭は月明かりに照らされ、静かな夜の空気が広がっていた。花の香りがほのかに漂い、遠くで舞踏会の音楽がかすかに聞こえる。
歩いていると、樹木の陰から一人の若い騎士が現れた。22歳の伯爵家の嫡男で、王国騎士団でも名高いライナルト・フォン・シュヴァルツだった。
黒髪を短く整え、深い青色の瞳で周囲を見渡す彼は、鎧の上からも分かる引き締まった体格で、騎士らしい堂々とした佇まいを見せている。
「……ライナルト様……」
エリスは少し震える声で、初めての挨拶をするように言った。
ライナルトは静かに彼女を見つめ、少し間を置いてから言った。
「君は……?」
エリスは軽くお辞儀をして、自分の名を告げた。
「エリス・フォン・ヴァレンタインです。初めまして」
ライナルトは小さく頷き、微笑みを浮かべながら言った。
「そうか……エリス嬢、初めて会ったね」
ぎこちない沈黙の中、二人は月明かりの下で少しずつ互いの存在に気づいていった。地味な令嬢と有名な騎士、まだよく知らない者同士だったが、短い会話の中に小さな心の通じ合いが芽生えた。
庭を歩きながら、エリスは心の中でそっと思った。
(ライナルト様……鎧を着ているのに、すっと自然に見える体つきで、目の青さも落ち着いていて……本当に騎士らしい方だわ……)
そして小さく息をつきながら、目を閉じる。
(……また、会えたらいいな)
月明かりに照らされた庭で、二人の距離はほんの少しだけ近づいたのだった。




