第1話 転生したら蚊だった
「はぁ~、疲れた」
今日の業務もいつもと変わらず、25時に終了。明日も8時から出勤。こんなブラック企業で働くこと、もう10年が経とうとしていた。
俺の名前は大村翔。大学卒業と同時にこのブラック企業で働いている。
「先輩、お疲れさまです。この前、資料作るの手伝ってくれてありがとうございます。おかげで徹夜せずにすみました。」
「おお、鈴木か、お疲れ。あんまり無茶するなよ、困ったことあったら頼ってくれ」
「先輩こそ、無理しないでくださいね。先輩がいないと、僕たちやっていけないですから」
「なに言ってんだ。もう十分一人前だよ、お前は」
ブラック企業とはいえ、部下はみんな良いやつばかりだ。自分だって辛いだろうに、周りの心配をいつもしている。自慢の部下たちだ。
「先輩が社長になれば、この会社はきっと良くなるのになぁ」
「はは、俺に会社経営は向いてないよ」
「そんなことないですよ。先輩、人を見る目がすごいですから」
「お世辞はいいって」
「本当ですって!先輩はもっと自分に自信を持ってください!」
こんな何気ない会話をする時間が俺にとって一番の幸せだ。辛い仕事を続けていられるのも、支えてくれる部下たちがいるからだ。
「それじゃ、鈴木お疲れ。明日も頑張ろうな」
「はい、頑張りましょう先輩!お疲れ様でした」
こうして、俺は帰路についた。
帰り道の途中、明日の朝食を買おうと思い、コンビニに寄った。いつも立ち寄るコンビニだ。
「あれ?店長、たばこ吸ってないな」
いつもこの時間は客が少なく、店長は店の外でたばこを吸っているのだ。長年通ったことで、俺は店長と仲良しになっていた。店の中を覗くと、店長と店員が一人いた。そして、全身に黒い服を着てマスクをした男が店員にナイフを突きつけていた。
「強盗だ」
俺は急いで警察に通報をした。男は店員にナイフを突きつけたまま、動かない。何かを話しているのかもしれないが、店の外にいる俺には聞こえない。警察が来るまで店の外から隠れて見守ろうと思った瞬間、男が店員の腕にナイフを突き刺した。店長が男を止めようと体当たりをしたので、俺も急いで店内に入った。
「店長、大丈夫か!」
倒れた男を俺が抑え込もうとしたとき、胸に痛みを感じた。今まで経験したことのない、激痛だった。その場に倒れ込み、自分の胸を押さえた。遠くからサイレンの音がする。警察が来たみたいだ。押さえていた手を見てみると、血で真っ赤に染まっていた。
「大村君、しっかりするんだ!」
「店長・・・、強盗はどうなった?」
「警察が来たと思って、逃げていったよ」
「そうか」
段々と意識が遠のく。店長の声も、何を言っているかわからない。視界がぼやけてきた。そろそろまずいかもしれない。もしかしたら、今日、俺は死ぬのかもな。
「店長、俺の部下に伝えてほしいことがある」
上手くしゃべれているか、もうわからない。全身の感覚がなくなってきている。
「俺がいなくても、お前たちなら立派にやれる」
最後の姿を部下たちに見られなくてよかった。あいつらが見たら、一生のトラウマになっていただろう。
「お前たちは、俺の自慢の部下だ」
最後に伝えたいことは言えた。もう、思い残すことはない。あとは部下たちが立派に成長してくれれば、それでいい。それが俺の願いだ。
次第に視界が見えなくなり、そして、俺の意識はなくなった―。
「・・・」
ぼんやりとした真っ白な空間が果てしなく続いている。
「え?」
意識がはっきりしてきて、この状況がおかしいことに気づいた。俺は死んだのか?ここは天国かどこかか?少なくとも、俺の知る場所ではない。
「誰かいないか?」
俺の声が響き渡る。当たりを見渡しても、周りには誰もいない。そう思って前に振り返ると、少し離れたところに女性が立っていた。黒く長いストレートの髪に、真っ白なドレスを着ていた。なぜか姿がはっきりと見えない。
「すみません、ここがどこか分かりますか?」
そう言って俺が女性に近づこうとすると、突然足元の地面が崩れ、何もない真っ黒の空間に放り出された。女性の顔が見えなくなる寸前、女性の唇が動いているのが見えた。何かを伝えようとしているようだったが、聞き取ることはできなかった。そして、俺は何もない空間に落ちていった―。
「はっ!?」
気が付くと、俺は岩肌を向き出しにした山々に囲まれた平原にポツンと立っていた。
「どういうことだ?真っ白な空間の次は大自然か?」
訳が分からず、周囲を見渡す。周りには山しかなく、その麓のほうに木々が生い茂っている。俺のいる場所には木々が生えてないから、標高が高いのかもしれない。山の山頂付近には雪が積もっているのが見える。
辺りを見て周ろうと足を踏み出したとき、違和感を感じた。いつもより身体が軽い気がする。下を向いて自分の足を見ると、細長い枝みたいなのが6本、身体から生えていた。
「え?」
自分の身体の異変に気付き、足以外にも確認してみる。口は細長く針のようになり、背中には羽が付いていた。顔には触角があり、胴体は二つに区切られていた。
「うそ、だろ・・・」
現実が信じられない。夢なら覚めてほしいが、感覚がある以上、これはリアルなのだろう。
「こ、これは」
驚きが隠せない。なぜなら、俺の身体は―
「蚊じゃねーかっ!!!」
蚊になっていたのだから。
はじめまして、けいいちです。よろしくお願いします。
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