沈黙
彼は、何も言わずにそこに立っていた。
雨風に晒されて腐食した有刺鉄線が、ちぎれて、彼の足元で錆びていた。
そこに見える石組みは建物の基礎の残りだろう。
上には厚く土が被り、雑草がはびこっている。
それを見つめる彼の背は震えていた。
「また、来たのか」
その背へ僕は声をかけたが、彼は振り返りもしなかった。
「帰ろう」
僕は彼に言った。彼は振り返りもしなかった。
ただ、彼の美しい銀髪が、森の冷たい風に撫でられていた。
彼を待つ僕の髪は、ごくごく普通の金色だ。
僕らが生まれるよりもずっと前。
金髪の人間のいる、僕らの国は、とても豊かだった。
銀髪の人間のいる、海の向こうの小国は、とても貧しかった。
僕らが生まれるよりもずっと前。
銀の髪の人たちは、この国へたくさんやってきた。
この国の方がずっとずっと豊かであったので、
銀の髪の人たちは、この国で一生懸命働き稼いで、家庭も持って、暮らしていた。
僕の暮らしているこの国の、少し南へ下ったところにもう一つ、金髪の人の国がある。
僕の国よりももっと栄えている、その南の金髪の国は、この世界で一番大きくて強い国かもしれない。
その南の金髪の国と、銀髪の彼らの小国は、大きな争いをしたことがある。
僕らが生まれるよりもずっと前。
南の金髪の国と、銀髪の彼らの小国が争った時、
僕のいるこの国は、彼ら銀の髪の人たちを恐れた。
僕らが生まれるよりもずっと前。
僕のいるこの国の、銀の髪の人たちは、ここでたくさん殺された。
僕らが生まれるよりもずっと前。
沈黙する彼の背中に掛ける言葉を、僕は持たない。