6鍛錬
訓練場はギルド内部、受付の右側に通路があり、そこまで長くない通路を抜ければすぐに小さめの体育館程の空間に辿り着く。
冒険者ギルドの建物はそれなりの大きさのだか受付部分を最初見た時はそこまで広く感じなかったが、この訓練場の空間を確保する為だったのかと納得する。
地面は土が剥き出しの状態で端の方にいくつか丸太が設置してある。
「よし、やるか」
俺は気合いを入れ鍛錬と言うより今日は今の自身の身体能力把握に注視しようと思っている。
まずは普通に腕立て伏せ、腹筋、スクワットと無難なものを選んで行ったが…
「全然余裕だな…」
3種目とも目標は50回を目指してやったが、最初の腕立てから殆ど疲労感を感じられなかったのでその後100回までやって少しの疲労感が得られるくらいだった。
少し興味が湧いたので腕立てを再度続けたが結局300回を過ぎたあたりでやっとキツくなって来たので止め一旦休憩を取る。
「ふぅー…スキルって凄いんだな…」
日本にいた時は28歳で既に四十肩、腰痛、膝と最悪コンボでかなりボロボロだったので腕立て、腹筋、スクワットなんて数回出来れば良い方だった。
それに比べれば今回の結果は個人的には快挙と言って良いレベルだ。
それにスキルの恩恵に感心したのはそれだけでは無い、明らかに身体の回復力が上がっており、まだ同じ回数を何セットかこなせるくらいには段々と余裕が出て来た。
結局各種目300回を合計3セットやり、ここまでやっても今は程よい疲労を感じる程度で済んでいる。
思いのほか筋トレに励んでしまって時間もそれなりに経っていたので今日はここまでにして明日の午前中にまたやろうと思う。
訓練場を出るとまだルシエラさんがいたので軽く挨拶をし宿に戻る。
宿に戻ると流石に運動で汗を結構かいていたので女将に会って早々お湯の入った桶とタオルを渡された。
何だか若干ショックだが女将も怒っている訳では無いので気を利かせてくれたのだろうと思う事にした。
夕食を食べ部屋に戻りまだ早いが明日のために寝る事にした。
目が覚めそのまま出れるよう装備をつけて朝食を食べる。
ご馳走様と女将に伝え宿を出て平原に出る東門へ向かうと最初に会った門兵の男がいた。
「元気か?ちょっと聞きたい事があるんだが。」
男はまだ俺に気付いていないのでこちらからはなしかける。
午前中は鍛錬の予定だがギルドではなくここに来たのは走りこみをしようと思ったからだ。
ルシエラさんにおすすめの場所はないかと聞いたら町の外周、つまり防壁周りだ。
聞くと防壁近くは魔物も近づかないようなので今日はここで走り込みをする事にし一応門兵に確認を取ろうと思った。
「ん?おう、お前か。どうした?」
声をかけたらこちらに気がついたので男に許可を取ろうと事情を話す。
「防壁周りで走り込み?それは問題ねぇけど物好きだなお前。一応出るのも確認が必要なんでな身分証を見せてくれ」
男に問題ないと許可を貰ったので俺は身分証を見せて町を出る。
走る前に軽く準備運動をしてると門兵が怪奇な顔で見てくるが気にしない。
「よしっ、」
気合いを入れ走り出す。
この町の外周は町の直径からすると3キロあるかどうかだろう。
日本にいた頃なら既にバテそうなペースで走っているがかなり余裕なのでペースを上げる。
昨日も思ったがスキルの効果は凄まじと言うしかないが恐らく俺が身体強化を中心のスキル構成だからだろう。
ペースを上げたがまだ余裕があった為更にペースを上げるが、もはや日本の頃の全力疾走レベルのスピードだ。
そんなペースで途中5周目を超えた辺りでそれぞれの方角の門にいる門兵からうっすらとあれは新手の魔物かと聞こえたが気のせいだろう。
スキルでいくら身体が強くなろうと扱いを知らなければあまり意味が無いのは何と無く分かったが体力に関しては分かりやすい。
体力面に関しては《超健康体》の回復力が高すぎて今のように考える余裕を持ちながらでもペースを崩さず走れるのだろう。
何だかんだ余裕があったので20周して終わらせた。
常設依頼の角兎の所へ行く前に宿屋は昼食もやってるので一度休憩がてら戻ろうと思う。
町に入るか途中に門兵からお前は本当にヒューマンなのかと聞かれたが気にしないでおいた、俺もユニークスキルがここまで作用するとは思ってなかったのでいい意味で予想外だった。
これなら万が一やばい状況になっても体力任せで走って逃げれるのはおれにとってありがたい。
宿に戻るとまた女将にお湯とタオルを渡される。
汗をお湯とタオルで拭きさっぱりしたら昼食が既に用意されてたので美味しくいただいた。
ちなみにお湯とタオルは長期宿泊の俺はサービスでもらえる事になっている。
ほぼ無言で渡されるのはさっさと汗を拭けと言う意味なんだろうけど。
食事が済んだのでギルドに行き資料室で角兎について見るがあまり役立ちそうな情報は無かった。
気落ちしながら資料室を出るとルシエラさんに会う。
「あっ、ユウくん!」
資料室から出るおれをちょうど見つけたのか声がかかる。
「こんにちは、ルシエラさん。資料室のあれって役立つのか?」
「あ〜、あそこの資料は殆ど魔物なら見た目がどんななのか、薬草ならどんな見た目か程度で参考になる物だからね。詳しく知るには専門書を買うしか無いわ。」
確かに殆ど見た目と名称くらいしか載っていなかったが、本はまだ手が出ないので仕方ない、もう少し我慢する事にした。
「そうなのか、金を貯めたら買う事にするよ。これから角兎討伐に行ってくるわ」
「ユウくん、くれぐれも気をつけてね。いくら角兎でも油断したらグサっと行かれるからね!」
「そうだな、なるべく慎重を意識しとくよ。」
言いながら出口へ向かう。
「頑張ってね〜!」
再び門を出て平原に出る。
角兎は町から離れるように平原を歩けばそれなりに居るみたいなので適当に歩いて行く。
しばらく歩いていると角の生えた兎が前方にいた。
見つけたと思っていたら兎がこちらに気付き突然角を突き出しながらこちらに突進してくる。
「うおっ!」
まさか突然来るとは思って無かったのでびっくりしながらも何とか半身になって避けた。
角兎は避けられた事が気に食わないのか遠回りするように助走をつけて更にこちらに向かってくる。
「ふう、」
俺は角兎が長い助走をつける間に息を吐いて気持ちを落ち着かせ職業スキルの魔拳闘術と剛力を意識して掌を手刀の形にしていつでも振り下ろせるよう上に構えながらじっと角兎の動きに集中する。
その間にも角兎は助走を更に早め最高速度になった瞬間ロケットの用に飛び出し、その角を俺に突き刺そうとする。
俺は右足を軸に左足を後ろに下げる、半身になったことで再び俺の横を通過する角兎の首目掛けて手刀を振り下ろす。
ゴキッ!
綺麗に首に命中し角兎の首から鈍い骨の感触が手に伝わる。
首の骨が折れたと思われる角兎は勢いそのままに何回転かして痙攣した後動かなくなった。
「案外上手く行ったな?」
ぶっつけ本番だが意外と上手く行った事に疑問を持つが案外職業補正とかがありそうだとも思う。
生き物を殺しても平然としているのは簡単に言えば食欲に負けているのがあると思う。
正直俺には目の前の食用だと分かっている兎は肉にしか見えない。
まあ俺はかなりの料理趣味人なので命に感謝はするし無意味な殺生はしないが、この世界なら魔物は害獣扱いだからな問題ない。
個人的に死んだ状態だが鴨を羽をむしる所から捌いた事があるのも経験として一役買っているかも知れない。
言い訳はさておき。
「おお、ちゃんとアイテムボックスに入る。」
こうして戦利品を入れるとアイテムボックスのありがたみを感じる。
角兎は体長40センチ程でかなり素早かったので初見ではかなり驚きながら避けたがあれが当たっていたら普通にやばい。
もしかするとスキルで回復するかもだが態々あんなのに当たりに行って大怪我をする必要も無いので当たらなくて良かったと本当に思った。
さっきの上手く行った感覚を忘れないうちにこのまま角兎討伐を続ける事にする。
そろそろ夕方になりそうな所で止め町に戻りギルドに向かう事にした。
「あ!お帰りなさいユウくん!…あれ?」
ギルドに戻ると早速ルシエラさんからいつもより更に元気そうな声がかかるが急に気落ちしている。
「まあちょっと待ってくれ。ひとつ聞きたいんだが収納スキルは珍しいのか?」
「?…へ⁉︎ユウくん収納スキル持ちなの⁉︎」
前からずっと気になっていたのでルシエラさんに聞いたがこの反応で何となく分かるな。
「ああ、そうだがやっぱり不味いかったりするのか?」
「うーん、そうねぇ…ん?そうでも無いかも?」
「?そうでも無いとは?」
ルシエラさんが言うには確かに珍しいがいないわけではなく、あまり一目に付かなければ変に勧誘を受けるのも避けられると言う。
それにこのギルドにはそもそもの冒険者が殆どいない為その点では安心らしいが一応注意しておいてとの事。
「今の所予定はないけど他所のギルドに行く時は気をつける様にしとくよ。それで、解体もしないでそのまま持って来たんだが納品できるか?」
せっかく便利なスキルを腐らせるのも勿体無いのでこのギルドにいる間は活用していこうと思う。
「ええ、ギルドには解体場もあるし、解体場のあるギルドには大体は解体師の職業持ちがいるのよ。だからユウくんの場合は収納スキルがあるから綺麗な状態の物はむしろそのまま持って来たほうが査定が高くなるかもね。一応ギルド方での解体は手数料を貰うけどね。」
解体師は多分解体行動に補正がかかるか、もしくは品質を良くするとかなら中々有用だ。
「解体があるなら解体場へ案内するわ。私について来てくれる?」
解体場へ行くためルシエラさんの後ろについて行く。
「ウォレンさーん、納品物の解体依頼ですよー。」
「解体?珍しいな」
ルシエラさんが話しかけた男はスキンヘッドでマッチョないかつい男だった。
俺は解体を依頼したいので自己紹介も兼ねて話しかけた。
「俺はユウだ。角兎をいくつか解体をお願いしたいんだが?」
「ほぉー新人か、ウォレンだ。解体は俺の仕事だから問題ないがその角兎はどこにある?」
ウォレンさんは俺が手ぶらなのを疑問に思い聞いてくる。
俺は作業台と思われる大きな机にアイテムボックスから出す為出したい物をイメージしながら虚空に手を入れ次々と出して行く。
「うおっ!なん…収納スキルか!」
「ウォレンさん、この方ユウくんは収納スキル持ちなんです。それにしても…1、2、…全部で五匹ですか、初依頼としてはすごいわね!」
2人とも違う理由で驚いている様子だ。
今日の討伐数字は五匹だった。
いくら小柄なウサギとはいえ一匹で4キロ位はありそうな獲物を手ぶらで持って帰るとしたら今の所俺なら出来そうではあるがアイテムボックスの方が遥かに楽なのは言うまでもない。
「初依頼だと?それにしては状態がかなり良いな。これは…首を打撃で折ったのか?」
「言われてみれば綺麗な状態ですね?ユウくん打撃系の武器なんて持っていたっけ?」
2人は俺を見て短剣以外ない事に気づきどうやって倒しのかと目で訴えてくる。
「素手で倒したぞ。俺は拳士なんでね、こう…掌を手刀の形にして首に一撃入れたんです。」
「「・・・・」」
これの言葉が2人には意外だったのか同時に固まったいる。
「拳士だと…?」
「ええー!ユウくん拳士だったの⁈」
角兎は放置されたままで2人は俺が拳士だった事に驚いている様だ。
あまりに驚いているので俺が拳士でそんなにへんか?と質問するとルシエラさんが答えてくれた。
「うーん…ユウくんの様子だともう何処かで拳士が冒険者をやる人が少ない理由は聞いたのね?武器に適性が無いから体一つでやって行くしか無いのよね…」
この感じならこれからも拳士系だと分かればこのような気遣われる事や、下に見られる事もありそうだなと気落ちするが適性があった魔拳士しか選択肢の無かった。
だが俺はせっかく手に入れた体と身体能力でどこまでやれるか今日、角兎討伐に行った事で更に興味が湧いて来たので冒険者を辞めるつもりはない。
「そうか、ならもっと鍛えて強くならないとな。」
地力はあるはずなんだ鍛えて力を自由に扱える様になろうと思った。
「まあユウくんにやる気がある様だから余計な事は言わないわ。くれぐれも怪我しない様に気をつけてね!」
俺の続ける意志を感じたのか何も言わず見守る事にした様だ。
「もういいか?さっさと角兎の処理に入りたいんだが…」
「ああ!すみません、ウォレンさん!じゃあユウくん、後の事はウォレンさんに任せて受付で査定が終わるまで少し待っててくれる?」
気を遣ってくれたのかウォレンさんの言葉で話を打ち切り査定が終わるのを受付で待つ。
少しするとルシエラさんがトレーにお金を置いて俺を呼ぶ。
「お待たせ!これが今回の報酬110ミアね。」
トレーに乗せられていたのは銀貨一枚、大銅貨二枚、銅貨二枚で何気に初めて知ったがお金の単位はミアで銅貨一枚は1ミアなのだろう。
商店では銅貨何枚とかで値段を言われていたので今の今まで気が付かなかった。
ちなみに内訳を聞いたが角兎一匹あたりの討伐報酬が銅貨2枚、買取価格が魔石銅貨2枚、兎肉大銅貨1枚銅貨5枚、毛皮銅貨5枚となって合計5匹で120ミアだがここから解体手数料を引いて110ミアとなった。
「初依頼お疲れさま!状態が良くてウォレンさんも喜んでたわよ?この町の為にこれからもよろしくねユウくん!」
「明日からも続けるつもりだが買取価格が下がったりしないのか?」
「それなら大丈夫よ。もしも余りそうならラシャーナ以外にも子爵領には後ひとつ街があるからね。でも暫くはそんな他所に出す余裕は無いと思うけどね〜」
俺がいるラシャーナは子爵領にある町らしい。
ルシエラさんが言うにはこの町は唯一の産業が木工品らしく木材を加工する建築、彫刻、家具なんかの職人はいるがそれ以外の人材は不足している為、食料品の殆どは子爵様の居る領都から農民や商人達が持って来たりして賄っているらしい。
ラシャーナ西にある森の木は品質が良くそれを加工して作った木工品はそれなりに人気があるお陰で食料自給が低くても何とか成り立っていたが肉や魚といった生鮮だけはどうしても不足しているので俺からギルドが買いとりした角兎は直ぐに買い手がつくとのことだった。
ルシエラさんもいつもより若干浮ついている様子だ。
「なら良かった。暫くは角兎討伐を頑張るわ」
「ええ期待してるわねユウくん!」
目は口ほどに物を言うとは誰が言い始めたんだろうか、今のルシエラさんは私もっとお肉欲しいわと言わんばかりにいつもより2割り増しで目が輝いている気がする。
そんなルシエラさんに挨拶を済ませギルドを出て宿に戻る。
夕食時、女将に角兎肉を持って来たら調理してくれるか?と聞いたら喜んでとの事だったので明日は肉を少し貰い持ち帰る事にする。
夕食を済ませたら部屋で出来そうな鍛錬を思いついたのでやっていこうと思った。
今日の角兎討伐の時、職業スキルである魔拳闘術を意識した際体が仄かに温かくなりいつもよりも数段と動きやすくなっていがおそらく魔拳士は意識的に身体強化の類を使えるのだろう。
それと意識的な強化は魔力的な物を消費する感覚を僅かだったが感じられた。
俺はベッドの上で座禅を組み身体強化を意識すると再び体が仄かに温かくなってくる。
腹から流れてくるその液体の様な気体のような熱は腹を起点に全身に広がって行く。
俺は思いつきでその均等に広がる熱、魔力を両腕に集中出来るか試すが全身の強化と違い部分的な強化をしようとするとスムーズに広がっていた魔力が途端に乱れ始める。
意識を集中してなるべく乱れないように魔力を動かし両腕に流すがかなり魔力の乱れが激しく感覚として全身の時より強化が上手く行っていないのが何となくわかる。
「なるほどな、スキルをただ使うだけなのと意識して使うのは全然違うな。」
魔力操作と勝手に言う事にした鍛錬はやっているとかなり課題が見えて来た為、これからは積極的にやっていこうと思う。
暫く続けた後また来る明日の為就寝する。