5.準備
「朝か…」
両開きに開閉出来る部屋の窓は閉まっているが朝の日差しが隙間から漏れて来る。
案外ぐっすりと眠れた様で身体の調子は変わらず良いが寝たおかげか更に身体が軽く感じる。
俺は元々28歳で既に四十肩に腰痛と膝痛があったので辛い日々を送っていたが今の体はそんな物最初から無かったと言わんばかりにすこぶる快調だ。
それに身体が18歳時に若返った影響か社会人になってから20キロ太った身体も痩せて少し鍛えていた時期の状態に戻ったおかげで凄く動きやすさを感じられた。
異世界と《超健康体》には今の全盛期以上に動かしやすい身体を得られただけで感謝する価値があるとベッドから降りて窓を開き外から吹く風を感じながら思っていた。
「朝食に行くか。アラームが無い生活は違和感が凄いな。」
気持ちよく風に当たりつつ元の世界と寝起きの際のギャップを感じながらそろそろ朝食に行こうと思った。
「あらおはよう。空いてる席に座ってちょうだい、今朝食を持っていくわね。」
下に降りると女将が出てきて俺を席に誘導する。
席に座るとそれ程待たずして食事がでてくる。
この世界の食事の基本を知らないがここで出て来るのは基本的に具沢山のスープとカンパーニュの様なハード系の大きめのパンが基本らしい。
昨夜の夕食も同じ内容でスープの具材が少し肉が多めに入っているくらいの違いだ。
スープは干し肉を使いその塩味に香味野菜で味付けしていて物足りなさはあるが優しい味で寝起きの体にとても沁みる。
女将のサービスなのか明らかに大きめのパンをスープに浸しながらゆっくり食べていく。
腹が膨れたとこで女将にお礼言い部屋に戻り装備を身につけて宿をでて、まずは幾つか買い物を済ませたい為、昨日ルシエラさんに教えてもらった場所へ向かう。
草原の方へ出る門とは逆の西門の方向へ向かい冒険者ギルドを通り過ぎるとギルドの三件隣に剣や革鎧が店内の外から並んでいるのが見えるお店があったのでそこに入店する。
中に入ると左右に幾つかの武器や防具が並んでいるのでここは両方とも扱っている店なのだろう。
奥のカウンターにゴツゴツした筋肉質の体格に背の低い口髭と顎髭を生やした男がいた。
「客か、ふむ…見たとこ新人の様だが珍しいな?目的のモンは何だ?」
低い声をした男は店内に入って来た俺を一目見て新人の冒険者だと分かったらしい。
まあ俺は武術とかやった事は無いので武具を扱う人なら色々な客を見る性質上、見るだけで何かわかるのだろう。
相変わらず新人は珍しいらしいが俺は目的の品があるか聞いてみる。
「昨日、冒険者ギルドに登録したユウだ。手甲が欲しいんだがあるか?出来れば殴る時に頑丈で邪魔にならないやつを探してるんだが。」
軽く自己紹介を言い要望の品の有無を問う。
「ボルグだ。手甲で殴る?お前拳士か?」
自らをボルグと言った男は俺が言った手甲の用途に疑問を持ち拳士なのかと聞いて来る。
「ああ、そうだが。拳士は珍しいのか?」
「そりゃそうだ。殴る蹴るだけで冒険者をやっていこうなんて奴はいねぇよ。拳士が武器に適性があれば別だったが全くないときたもんで大抵の奴は力と頑丈さを生かして土木ギルドに行くやつが多いんじゃ無いか?」
ボルグさんの答えを聞いた瞬間内心ではやっぱりかと思った。
正直、拳士の扱いがただの力持ち扱いなのと武器の適性が皆無らしい事に多少気落ちしたが、普通に考えたら力仕事を勧められる事も分からなくも無い。
ゼロ距離近接特化でしか戦闘が出来ない拳士で魔物や武装した盗賊とかを相手にするより持ち前の力と体力を生かして仕事をしていく方が安定的ではある。
だが俺のスキル構成ならスキル効果を完全に把握している訳では無いが身体能力も普通の拳士より更に高く、多少の傷はすぐに治ると思うので中々にタフな状態になっていると予想している。
それなら多少危険でも冒険者をしたいと思う俺は中々頭がおかしいのだろうが、まあ俺は諦めは早い人間なので無理だと思ったら直ぐに別で稼ぐ方法を探そう。
ボルグさんの言外に土木ギルドの方がいいんじゃないかと言われたが冒険者で行く事を伝える。
「へーそうなのか。だけど俺は冒険者でやっていくつもりだ。それで、さっき言った品はあるか?」
「物好きなやつだ。まあいい、せっかくの客だ俺に嫌はねぇよ。邪魔にならないとなると皮素材か…ちょっと待ってろ。」
ボルグさんはそう答えると店の奥へと入って行き何かを持ちながらすぐ戻って来た。
「これなんてどうだ?素材はオークの皮で出来てる手甲だ。初心者が持つやつとしてはそれなりの頑丈さと変な癖が無い分使いやすいはずだぞ。」
ボルグさんに勧められた手甲は手の甲から手首の下まで覆われるタイプの物だ。
渡されて一目で俺は気に入ったが指の第二関節までも覆われる様になっており拳を握った時に拳が強調される様になっている為、拳士の俺としてはかなり良い出来の物だった。
多少の調整も後から出来る様なので即決で購入する事に決め値段を聞いた。
「良いなこれ、いくらだ?サイズの調節も頼みたいんだが。」
俺はボルグさんに手甲の値段を聞いた。
「即決か。2つ合わせて銀貨2枚だ。買うなら大きさの調整にかかる手間賃はいらねぇよ。」
即決で決めた事が良かったのかボルグさんの態度が柔らかくなった様な気がする。
値段を聞いたが高いのか相変わらず分からない、調節料をまけてくれるみたいなので俺は銀貨2枚をボルグさんに渡した。
「調整をするから腕を見せろ。」
無言で銀貨を受け取ったボルグさんに言われるがまま腕を出し見せる。
しばらく俺の手のひらや腕まで見て触ったりした後カウンター下で作業をし始め、少しの間待っていると無言で手甲を渡されたので装着してみるとキツ過ぎず、ゆる過ぎない良い装着感だった。
そんな俺を見たボルグさんは相変わらず無言だがどこか満足そうだ、この店での用事は終わったので装備の礼とまた来ると伝え店を出た。
「何か手甲をつけた今の方が異世界なんだなって感じられるな」
店を出て良いものが買えたと手甲をつけた掌を閉じたり開いたりしながら少し浸っていた。
「次は雑貨と食料だな。せっかくアイテムボックスがあるんだ最大限活用しないとな。」
その後は散財した。
肉は干し肉、野菜は名前は分からないがじゃがいも、人参、玉ねぎ、麦の3つは何にでも合うので多めに買った。セロリに似た野菜があったが野菜屋の店主曰く癖があり作ったは良いが売れなくて困っている様なので購入すると言ったら格安で全部くれた。
その他には必須な塩。料理の際に使えそうな香草がいくつか、4人前のスープは作れそうな両手鍋、雑貨屋で即購入してしまったファイアースターターに似た着火の魔道具、草が大量に垂れ下がる薬屋で買った傷薬の軟膏とかなり購入しだ結果合計で銀貨3枚近くの費用となった。
正直宿泊費、手甲、雑費で大銀貨を消費した事に若干の後悔と計画性の無さを感じてしまうがその分稼ごうと思ってあまり考えない様にした。
(着火の魔道具と薬品だけで銀貨2枚近く飛ぶとは思わなかったが)
予想外な事もあったが何とか準備も終わり、色々歩き回り買い物したおかげで店の場所を覚えられたので次回以降は今日みたいに探す手間が省ける様になった。
「さてギルドに行くか。」
この町はそこまで大きくないので歩けば大体の場所は遠くても10分程で着くから移動が楽で良い。
冒険者ギルドにはすぐ着き扉を開けると奥のカウンターにルシエラさんが暇そうにしていた。
俺の存在に気付いた様子で手を軽く振っている。
「おはようルシエラさん。暇そうだな?」
「おはよう、ユウくん。ってもうお昼近いけどね?冒険者ギルドが暇なのは平和な証拠でいいことなんだけどね…あら、新しい防具ね、昨日の今日でもう依頼受けてくれるの?」
確かに平和な事はいい事だ。
だけど俺は仕事が暇な状態はいつもより時間が長く感じる事を知っているのでかなり大変だと思うから俺なら居眠りしててもおかしくなと思った。
そういえば色々と買い物をしていたらもういい時間になっていた様だ、時計が無いから分かりづらい。
新しい装備に気がついたようで依頼を受けるかと聞いて来る。
「いや、今日は依頼をする前に鍛錬をしようかと思っててな。訓練場みたいな場所はあるか?」
アイテムボックスのおかげで前もっての準備が出来るためいつでも討伐依頼は受けられる。
今日はルシエラさんに訓練場の有無を聞く。
「お〜自主的に鍛錬とはえらいね〜!でもそういう意識が長く冒険者をやるには大切よ、そこの通路を進むと訓練場があるわ。誰もいないから貸切ね!」
俺の言葉に感心した様子で笑顔でお褒めの言葉を頂いた。
本当に誰もいないらしく少し心配になったのでルシエラさんに聞いてみる。
「そんなに居なくて心配になって来るんだが…大丈夫なのか?」
俺の懸念を聞いたルシエラさんが答えてくれる。
「もちろんユウくん以外にも冒険者はいるわよ?けど圧倒的に人手が不足してる状況なの!今いる人達は町で使う木材伐採をする木こりの護衛にEランクパーティーと商人がこの町から他の所へ行く際の護衛をするDランクパーティーの二組とソロの冒険者が数人で全員なのよね。だから現状としては討伐依頼をこなしてくれる人材が足りてないのよ。」
ルシエラさんはため息を吐きながらこのギルドの現状を話す。
昨日今日と出会わなかったが一応数人は他にも冒険者はいるらしいがほとんどそれぞれが専属の様な状態で町外に出ており依頼の打診があった時と完了時しか来ない様なので確かにそれなら会わないわなとも思う。
何だかルシエラさんからあなたなら討伐依頼頑張ってくれるわよねと言われている様な目で見られているが俺としてはむしろ大歓迎なのでその意思を伝える。
「本当に少ないんだな…だが俺は最初から討伐メインでついでに採取もすると考えていたからそんな目で見なくても大丈夫だぞ?」
美人に見つめられるのは有難いが少々圧を感じるので遠回しに止めるよう言った。
「本当!?ありがとうユウくん!討伐依頼は周辺の魔物を狩って数を減らす事が主な目的なんだけど町の住人としては冒険者が魔物を狩ってくれると食用のお肉がそれだけ多く供給される様になるから嬉しいの!ユウくんの頑張りに期待してるわね!」
さっきのギルドの状況説明から一変して俺の言葉を聞き急に元気になったルシエラさん。
どうやらこの町で干し肉じゃない生の肉が今のところ出て来ていないのは単純に食肉の供給不足らしくそれと周辺の安全維持を目的に討伐をやって欲しいらしい。
ルシエラさんの感じだと安全維持はおまけで明らかに肉への食欲に負けている様子だが。
「期待してるとこ悪いが俺だって死にたくは無いんでね自分のペースでやっていくよ」
あまり期待されて急かされても嫌なので前もっての予防線を張っておく。
「ああ、ごめんなさい。そう言うつもりじゃ無かったのよ?ただ純粋に若い子がうちで登録して討伐依頼を受けてくれるのが嬉しいの。」
俺も別に悪く思っている訳では無いのでため息を吐きながら気にして無いと伝え、割と俺にとっては重要な事を聞く。
「スキルってどうやって確認出来るんだ?」
この質問は昨日は忘れていたが早めに聞きたいと思っていた事だ。
「ステータスを見たいって事?うーんあるにはあるけど高いわよ?大抵は教会でお布施を払って確認するけど銀貨1枚くらいが相場よ。」
この世界に来てからは一度も見れなったのでもしかして一生ステータスを確認できないのでは無いかと思ったりもしたが見る方法はある様なのでひとまず安心した。
安心はしたが確認にかかる費用が異様に高い、その他の方法も鑑定士という職業があるがかなり希少な職業でほぼ国や貴族に囲われているので平民が個人で鑑定の依頼は難しい。
他にはダンジョンに潜り手に入れられるステータス鑑定石で聞いた話しではタブレット型の薄い石の板にステータスを見たい時に魔力を流すとその時点のステータスを見る事が出来る物みたいだ。
だが基本使い捨ての様で一度使用すると崩れる様に無くなってしまうので冒険者達は自分たちで使う事が多くダンジョンがある都市意外では流通量はそこまで多く無い様だ。
とにかくステータスは見ることは出来るが費用がかかる、という事なのでまずは稼げる様になってからにしようと思った。
「そんなに高いのかよ…ひとまず暫くは午前中は鍛錬に当てて午後に依頼を受ける事にするよ。そういえば常設の討伐依頼は何がある?」
そういえば聞き忘れていた事に気がつき質問する。
「最初はその方が良いと思うわよ、私も説明するの忘れてたけど常設の討伐依頼は草原の方で角兎、森の方でゴブリン、ボアの3つね。ユウくんはまずこの角兎かゴブリンが最初としては無難ね。角兎は角での攻撃に注意して、ゴブリンは人型の魔物だから冒険者の登竜門と言われてるわ。ボアは森の中層以降にいるからそこまで行かなければ遭遇する事も少ないと思うわよ。」
忘れていた事を聞くと追加で色々と情報を貰った。
「角兎とゴブリンか、わかった明日は角兎討伐に行ってみる。」
俺が勧められた2つの中で角兎を選んだ理由は簡単だ肉が売れるから。
魔物は魔石を体内に持っていて討伐すれば素材と一緒に魔石を売れるがどう考えても俺の知ってるゴブリンなら食うのは無理なので売れるのは精々魔石だけだろう。
それなら今は討伐報酬は少ないが素材を含めたら総合的にゴブリンより高くなりそうな角兎を選んだ。
色々と質問していたら長居してしまった様なので俺はルシエラさんに礼をいい訓練場に向かおうとすると後ろから「頑張ってね〜」と声が掛かったが依頼の事かもしくはお肉の事かと思いながら訓練場に行った。