白梅宅_2
窓から差し込んでくる朝の眩しい光に起こされ、春樹は目を開ける。
見慣れない天井に一瞬違和感を覚えたが、すぐに昨日のことを思い出す。
「そうか…俺、昨日は柚利乃んちに泊まったんだった」
重い頭を起こし、布団の横に用意してくれていた服に着替える。
「…よし」
布団を押し入れに仕舞い、春樹はリビングへと向かった。
「ぷぁ~おはようございま~す」
「やぁ、おはよう」
「おはよう、須藤くん。今、起こしに行こうと思ってたからちょうどよかった」
キッチンを見るとエプロン姿の柚利乃が朝食の準備をしていた。
柚利乃の父も既におり、テレビでニュースを見ていた。
「昨日はよく眠れたかい?」
席に着くと、柚利乃の父が声をかけてきた。
「はい、お陰さまで……」
と、春樹は笑顔で返した。
口ではそう言ったが、実を言うと昨日は病院で夕方まで寝ていたせいか、なかなか寝付けなかった。寝不足と言うほどではないのだが、何となく微妙な気だるさがある。
しばらくして、朝食が運ばれてきた。
「須藤くん、ベーコンエッグにかけるのケチャップでいい?」
「あぁ任せるよ」
今日のメニューはベーコンエッグにご飯と味噌汁。そして、ヨーグルトと、春樹にとってここ最近で一番豪華な朝食になっていた。
「いただきます」
合掌を解き、箸を持つ。
まず始めに春樹は味噌汁をすすった。
「はぁー」
染み渡る心地よさを全身で感じる。味噌汁は日本人の体に合っている。心身ともに体が温まる。
「味噌汁が温かい」
「ん?須藤くんの家では味噌汁は冷やして飲むの?」
「いや、そういうことじゃない」
春樹の反応に柚利乃はきょとんとしていたが、それ以上は言及しなかった。
「それはそれとして、柚利乃ホントに料理上手いよな」
「それはどうも。とは言え、一般的な家庭料理しか作れないから、須藤くんの舌が庶民的で助かったわ」
さらっと最後バカにされた気がするが、今は味噌汁と一緒に飲み込んでおこう。やはり、ご飯が美味しいと言うのはいいことだ。このように心に余裕が出来る。
「お前の料理なら毎日食べたいよ」
「それってプロポーズ?ごめんなさい、まずはお友達からお願いするわ」
「は?何いってんだよ。ただの感想だよ」
全く、と思いながら食事を再開する。
今日はやることが多くて忙しい。まずはシードが壊れていては話しにならないし、管理センターに行かないとだな。
ベーコンエッグを食べ始めようとした時ふと箸が止まる。
「なぁ柚利乃」
「何?」
「お友達からお願いって。一応、俺たち友人じゃないのか?」
「………」
春樹の言葉に柚利乃の動きが止まる。少しの静寂の後、柚利乃はゆっくりとお椀を手に取り、味噌汁を啜る。味噌汁の温度を全身で感じ、はぁと短く息を吐く。
「味噌汁が温かいわね」
「答えろよっ!」
朝から謎に心に傷を負った春樹だった。
「さて、須藤くん。少し話を聞いてもらってもいいかな?」
朝食が食べ終わり一息つくと、柚利乃の父が口火を切った。
「須藤くんは家がザープの被害にあってしばらく帰れないんだよね?これからどうするつもりなんだい?」
その事については既に春樹の中で決まっていた。
「管理センターに行って仮住宅の申請をしに行こうと思います。家が直るまではそこに居ようかと」
これで住居の心配は無くなる。シードも直してもらわなきゃだし、管理センターには早めに行かないとだな。あーまたバス代借りないと…。
「別にうちにいればいいのに」
朝食の洗い物をしながら、柚利乃が言う。
「さすがに何日もお世話になるわけにはいかないよ」
「一人ぐらい、いようがいまいが変わらないわよ」
「いやいや、さすがにそういうわけには…」
柚利乃に代わり柚利乃の父が話を続ける。
「須藤くん、こちらとしては君が迷惑だなんて思ってないよ。柚利乃もあぁ言っているし、しばらく、うちにいないか?」
柚利乃の父の提案に春樹は顔をうつ向かせた。
柚利乃のことを嫌いというわけではないし、確かに昨日や今朝の料理も美味しかった。実際その方がいい。いいのだが…
「…」
ご厚意の嬉しさと申し訳なさの狭間で葛藤する。数秒の沈黙ののち春樹は顔を上げた。。
「お気持ちはうれしいんですが、やはり、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません」
そう言ってかぶりを振った。
春樹の言葉に柚利乃の父は残念そうな表情を浮かべていた。
「待って、須藤くん」
エプロンで手を拭きながら、慌てて柚利乃が台所からやってきた。
「ありがとうな、柚利乃。泊めてくれて」
春樹は立ち上がり改めてお礼を言う。柚利乃とはここまで深く関わったことなかったが、ちゃんと話してみると結構いいやつだった。次、教室で会ったときは事務的な会話だけじゃなくて、もう少し他愛もない雑談とかをしてみたいな。
「次に会ったとき何かお礼___ぃっ!」
突然、春樹の両手を柚利乃がいきなり掴む。
「お願い……。もう少し。もう少しだけでいいから。うちいて」
「いや、でも…」
「お願い…」
僅かに潤った瞳。上目遣いで柚利乃は見つめる。気のせいかもしれないが、少しだけ頬が赤らんでいるように見えた。
「…………」
わからない…。
「須藤くん…」
わからない…。わからない…。わからない…。どうして、そんなに必死なんだ。どうして_
「………………ね?」
どうして、そんな目で俺を見るんだよ。
「あーゆうタイプはね。内にデレを溜め込んで溜め込んで、いざって時にドカーンって爆発させるものなんだよ」
昨日、病院で奈津菜に言われた言葉が頭を過る。
まさかこいつ…本当に俺のこと…。
そう理解したとき鼓動が一気に最大限まで早くなる。ひんやりとした柚利乃の手に反し、春樹の体は熱を帯びていく。顔を逸らし恥じらいながら口を開く。
「まぁその…。うん…。なんだ…。今日じゃなきゃいけない理由もない…し。お、お前がそこまで言う…なら_」
「はい…。はい…。…了解です」
覗くように目線だけ戻すと、既に柚利乃は春樹の方を向いていなかった。
「?…電話?」
どうやら、春樹が気を取られている内に誰かと電話していたようだ。片手でディスプレイを操作し、通話を終了する。
「須藤くん。状況が変わったわ」
「じょっ…状況?なんの?」
改めて春樹の手を両手で強く握りしめる。
「須藤春樹くん、あなたを_____拘束させてもらうわ」
「………………は?」
脈絡のない言動に戸惑っているとその刹那、手元にヒヤリとした感触があった。柚利乃の手から白い鎖が出現する。そして、それが腕から肩、上半身から下半身へとどんどん広がっていき、瞬く間に春樹の体を拘束した。
首の手前に差し掛かったときところで鎖の動きが止まる。
「おっおい、柚利乃っ!これはどういうことだ!」
「あまりうるさいと顔まで鎖を伸ばすわよ」
まるで状況が飲み込めなかった。
体を前後左右に動かし抵抗する。しかし、うまく力が入らず、びくともしない。すると、視界が横に傾きだす。
「やべっ!」
春樹の体が床へと倒れていく。
「…と」
床に着きかけたところで動きが止まる。
「少し静かにしてくれる」
鎖の先を柚利乃が引き、支えてくれた。
「サンキュー…。じゃなくてっ!_っぅわっ!」
ぐっと鎖を強く引き、立ち上がらせる。そして、それを右肩にかけ、柚利乃は春樹を担ぎ上げる。
「さ、出掛けるわよ、須藤くん」
途中仕事用のバッグを拾いながら春樹を担ぎ、リビングを出る。
「ちょっ…おいっ!待てって!えっ何、出掛ける?出掛けるって、どこへだよっ!?」
柚利乃は自分の靴を履くと、足だけ雪の鎖を解除し春樹に靴を履かせる。そして、玄関の扉を開けた。
「ガーデンの中枢であり私たち剪定者の本部。アッシュへ」