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ガーデン_3

警戒体制が解除された時にはバイトの時間がギリギリだった。そのため慌てて学校を出たが、結局、出勤時間には間に合わなかった。

パートの人たちも「ザープが出たからしょうがない」と言ってくれ、特に責められることはなかった。

その後は何事もなく、いつも通り仕事をした。

チンッ。

レンジの中に入っていたドリアを両手で持つとレジまで運んだ。

「お待たせしました。こちらお品ものになります。ありがとうございました」

お客の対応を終えると隣でレジをしていたパートの谷口(たにぐち)さんがやって来た。

「須藤くん、さっき温めてたのってドリア?」

「はい、そうですけど」

「すごいね。私、あれ熱々過ぎて素手で持てないよ」

そう言って手にはめた鍋つかみを見せる。

「そうなですね。俺は別に平気ですよ」

軽く手を振りながら春樹が言うと谷口さんが何かに気づいたように眉を上げた。

「須藤くん、時間だからそろそろ上がっていいよ」

谷口さんに言われ、レジの画面の隅に表示されている時間を見る。時刻は22時を示していた。

ザープのこともあってか、いつもよりあっという間だった。

「はい。では、お先に失礼します」

レジに立っていた春樹は後から入ってきた深夜帯の人にレジを任せ、事務室へと戻った。

「すみません、上がりまーす」

「はい、お疲れー」

事務室では年配の店長が空間ディスプレイを展開し、ポチポチといじっていた。

通りすがりに、チラッと画面を覗いてみたが何をやっているのかはさっぱりだった。商品の売り上げとか発注とか…まぁそんなことだろう。

「店長、すみません。今日遅れちゃって」

「あぁうん、別にいいよ。ザープが出たせいでお客さんもあまり来なかったから」

店長はあまり多くを語るタイプの人ではない。仕事中の店長は話しをしていてもほとん目が合ったことがない。だからと言って嫌っているわけではなく、単にそういうタイプの人なだけで悪い人ではないのだろう。

「それより、帰りは気をつけてね。またザープが出るかもしれないし」

「大丈夫ですよ。家まで走れば近いですし。あっ廃棄の弁当もらいますね。」

この廃棄の弁当は結構お世話になっている。食費が浮くと言うのは一人暮らしの春樹にとってはとても大きかった。

「廃棄を貰ってること外の人に言ったらダメだよ」

「大丈夫ですよ。わかってますから。…そういえば、店長はザープって実際に見たことあります?」

教室での坂井との話を思い出し、なんとなく店長に聞いてみた。

「あるよ。一回だけ」

「えっ!うそ!本当ですか!」

予想外の答えに思わず顔をあげる。自分から聞いておきながら、あまり期待していなかったため、その分余計に驚いてしまった。

「どんな感じでした?でかかったですか?」

食い入るように春樹は聞く。

「どうだったかな?もう、昔のことだし忘れたよ」

操作する手を止めず、画面を見たまま店長は答えた。

「そうですか…」

春樹は肩を落とした。

「だけど、もう会いたくないな。それだけは確かだよ」

店長は独り言のように静かに言った。

廃棄弁当を鞄に詰め、春樹は帰りの支度を整えた。

「それじゃ、お先に失礼します」

店長に軽くお辞儀をし春樹は店を出た。



夜の10時にもなれば、外はもう真っ暗だった。店長の助言もあり、帰る足取りは自然といつもより速かった。

「ただいま帰りました~。っと」

鍵を開け、静まり返った暗闇に春樹は呟いた。

二年前、中学卒業を期に一人暮らしの練習するため家を出たいと、春樹が切り出した。

初めは反対されていたものの、幾度と話し合った結果、叔父が管理する向かいのアパートに住むという条件で話が纏まった。学費等の大きなお金はこれまで通り払ってもらっているが、食費や生活用品、趣味等のお金は春樹のアルバイト代から出すことになっている。

「腹減ったな…。先に、晩飯にすっか」

先ほどバイト先でもらった廃棄の弁当を電子レンジに入れ、温めボタンを押す。

この一年で色々とわかったことがある。

それは_飯は作るより買った方がうまい。高校入学したてのころ、一人暮らしにテンションが上がっていたのか、生の野菜だの肉だの買ってきて、料理を作ってみようと張り切っていたとこがあった。

しかし、回数を重ねるごとにわくわく感がどんどんめんどくさいに転換されていき、今となっては毎食、出来合いのものを買うようになっていた。

ちなみに今日の弁当は鶏のから揚げ弁当。通常のであればレア度2と言ったところであるが、今回、手に入れたのは期間限定の特盛バージョンだった。

「特盛を引けるとは俺ついてるな」

電子レンジからチンッと音が鳴り、中から弁当を取り出す。普通の人なら熱くて持てないかもしれないが、仕事で慣れているのもあって春樹は何食わぬ顔で運ぶ。

テーブルを軽く布巾で拭き、弁当と麦茶を注いだマグカップを置いた。

「はぁ…今日も疲れたなぁ」

座椅子に腰を下ろす。これ食べたらとっとと風呂入って寝よう。

「よし。じゃあ、いただきまーす」

弁当を開封し、早速メインの鶏のから揚げに箸をのばす。やはり、深夜の油物は背徳感が堪らない。口をあけ、気持ちよくほほ張ろうとした。

そのとき___

「ん?」

テーブルに置いてあったマグカップがカタカタと音を立てて揺れいることに気づいた。

それはしだいに大きくなっていき、ついには家全体が揺れだした。

「なっなんだ!?地震か!?」

次の瞬間、目の前にあったテーブルが上に突き上げられ宙を舞った。

春樹の視界は一瞬にして緑一色に埋め尽くされた。

「ぁ…ぁ…」

突然のこと過ぎて声が出なかった。

息をすることも忘れ、体は箸で唐揚げを持ったまま停止する。

なんだ…何が起きた…。

奥でテーブルが床に落ちる音が聞こえる。辛うじて動く眼球を使い、状況を確認する。

テーブルを突き上げたものそれは大きな(つる)だった。それが床を貫通し、春樹の部屋に侵入してきたのだ。

いくつもの蔓がまるで触手のようにうごめいており、その蔓のところどころに紫色の円錐型の花が咲いていた。

ようやく体の硬直が解け、床に手を着き腰を浮かす。

立ち上がろうとした時、突然、春樹に向かって蔓が放たれる。

反射的に体を倒し、寸前のところで避けた。

蔓は背後の壁に刺さり、大きな穴を開けた。

もし、反応が遅れていたら、春樹もあの壁のようになっていたかもしれない。

放たれた蔓が体に戻っていく。それを眺めているとあることに気づく。蔓の端に先程の春樹が食べようとしていた鶏の唐揚げが突き刺さっていた。

そして、食すかのように体に取り込むんだ。

すると、蔓の束が一斉にほどける。そして今度は、まるで編み物を編むように再び収束していった。やがてそれは形を成し、一匹の(にわとり)の頭へと姿を変えた。

遅ればせながら春樹は理解する。あぁこいつ…か。こいつが……ザープ…か。

ザープは首を下ろし、クンクンと辺りの匂いを嗅ぎ始める。すると、何かを発見したのか動きが止まる。その目線の先にあったのは、先程テーブルと共に突き飛ばされ、床に無惨ひっくり返った弁当の残骸だった。唐揚げがよほど気に入ったのかザープはムシャムシャとそれを食べ始めた。

「…………」

体を起こし、その光景を春樹は呆然と見つめる。視界から春樹が外れた。逃げるなら_今しかない。

ザープを横目に気づかれないようにゆつくりと春樹は立ち上がる。息を殺し、足音を消し、忍者の如く部屋の外へと向かう。ザープは今だに弁当に夢中だ。よし、このまま玄関まで行けば_

「っ!」

突如シードが起動し、空間ディスプレイが出現する。室内にけたたましい警報が鳴り響いた。それとほぼ同時に外からアナウンスが聞こえてきた。

「緊急事態。緊急事態。第十区にてザープが出現しました。近くの住人の方はすぐに避難してください。繰り返します。_」

弁当に顔をうずくめていたザープが顔を上げる。

大音量のアラームによって唐揚げに向いていたザープの関心は一気に春樹の方へと変わる。ザープと春樹の目が合う。冷たい汗が背中から噴き出す。

「いっいや~さすが、大都市ガーデン。情報が早いなぁ~。こうやって気がついてないない人を気づかせてくれるんだから。はははっ…」

震えた笑いが部屋にこだまする。

「◆▲,/<▲<─▫●ーーー」

「きゃぁぁぁああああー」

慌てて走り出し、春樹は玄関を飛び出した。

階段を飛ばしながら駆け降りる。しかし、なぜかだんだん建物が傾いてくる。正当に降りるのを諦め、手すりを飛び越える。地面に飛び、受け身っぽいのをとるとそのまま転がる。数秒後、春樹の背中を追って、部屋の床と壁を壊しながら、ザープは現れた。

傾いた階段は倒れ、踏み潰される。壊された建物が地面に落ち、砂煙が舞う。

ザープの全身が春樹の瞳に映る。建物と並ぶ巨大な体。毛の代わりに表面を覆う太い蔓と葉。紫色に彩られた雄々しく整えられた鶏冠(とさか)。鶏のザープ。その勇ましい姿が放つ息の詰まる威圧感に恐怖し、春樹はその場から動くことができなかった。

外は警報とザープの声を聞き、家から飛び出し蜘蛛の子を散らすように逃げる人でいっぱいだった。ガーデンでは普段は看板として使われている空間ディスプレイは緊急時、隔離壁内に存在する避難者専用ゲートに最短で行ける案内板に変わる。避難時はそれに従って逃げるようにと学校の避難訓練の時に言われた。

しかし、実際に遭遇すると落ち着いてディスプレイを見て逃げる、なんて人はいなかった。少しでもこの場から離れる。それしか頭になかった。



「………ぷはぁ~………」

眠気眼で玄関のドアをゆっくりと開け、奈津菜は顔を覗かせる。熟睡中に警報で叩き起こされ、頭が痛い。

パジャマ姿に上着を羽織り急いで出てきた。

今日は両親とも帰りが遅く、家には自分一人だ。できれば、誰かと一緒に逃げたいな。

「奈津_っ!」

呼び掛けに気づき視線を上げる。そして、見知った顔を見つけ、表情を明るくした。

「あっはる兄っ!」

見ると春樹がそこにいた。何か言っているようだが。

小声のせいか。警報でかき消され、聞き取れなかった。

「えっ何?聞こえない?。」

腕を大きく前後に振っている。来いってこと?

でも、よかった。まだはる兄がいて。一人だと心細かったから。

胸の内で安堵を浮かべながら奈津菜は春樹に向かって歩き出す。

「はる兄、まだいたなら一緒にゲートに_」

「バカっ!こっちに来るなっ!」

春樹の言葉に奈津菜は足を止めた。

「え?」

後ろで玄関のドアが閉まる音が聞こえた。

扉の影に隠れ、今まで見えていなかった物があったことを理解する。

春樹の動き。今、怒鳴られたことも含め全て。

「あ…ぁ…」

奈津菜の視界に緑の怪物が姿を現す。足が震え、視点が定まらない。ギョロリッとした目がこちらを捕らえた。押されるように後退(あとずさ)りした時、足が絡まり、後方へ倒れた。腰が抜け、力が入らない。頭の中を恐怖が満たし、脳裏に”死”の言葉がちらつく。

「やめろ…。やめろ…」

春樹の言葉とは裏腹にザープの体が奈津菜の方に向く。口を開け、首を勢いよく降下させた。

「やめろぉぉぉおおー!」

「きゃぁぁぁあああっ!」

「雪花_かまくら」

叫びの裏にどこからか声が聞こえた。瞬間、奈津菜の目の前に白い壁が出現する。壁はドーム状に奈津菜を囲い、雪国のかまくらのような形へとなった。

かまくらはザープのくちばしを弾き、激しい音が鳴り響く。

体勢が崩れ、体をふらつかせる。何が起こったのかわからず、ザープは目をパチパチとさせる。かまくらに向かって体を前後に揺らし、何度もつつく。しかし、激しい攻撃に反してかまくらは傷一つついていなかった。

逃げ惑う衆人の流れに逆らうように一つの足音が近づく。

「その程度の攻撃では私のかまくらは壊れないわよ」

背後から現れた少女は落ち着きと自信に満ちた声で言った。

聞き覚えのある声。春樹は少女の顔を見上げ、そして、驚く。

「白梅っ!」

そこにいたのは白梅柚利乃その人だった。

「お前なんでここに?」

「何で?って私、剪定者だから」

「そっそっか。そう…だよな」

混乱しているせいか、つい呆けた声で返してしまった。

柚利乃が手の差し出す。

「立てる?」

「あぁ…。ありがとう…」

その手を掴み春樹は立ち上がる。

改めて柚利乃の姿を認識する。その装いは見慣れた学校の制服ではない別の制服を身に纏っていた。剪定者ようだろうか。と言うか、本当に駆けつけてくれるんだ。

インカムに通信が入り、柚利乃は耳を押さえた。

「柚利乃、検索結果が出た。やつは朝顔のザープだ。形は鶏みてぇだな。体から出してくる蔓が厄介だ。気をつけて行け」

「了解です」

通信を終えると再び春樹に顔を向けた。

「須藤くん、私があのザープの相手をする。そのうちにここから逃げて」

「相手…………って…?」

柚利乃が歩き出そうとした時、春樹は彼女の右肩を掴む。

「おい、待てよ!相手は歩くだけで建物を壊す怪物だぞ。人間一人でどうにかなる相手じゃねぇだろ!それにお前どう見ても手ぶらじゃねぇか!なんかないのか。剪定者専用の…武器とかなんかよ!後、さっき出てきたあの白い壁。あれは_」

質問攻めのさなか、掴む春樹の手の上に柚利乃の左手が重なる。

「悪いけど、その質問に答えてる時間はないわ」

春樹の問いに柚利乃は静かに返した。

肩に置かれた手を左手でそっと落とす。

「じぁね。須藤くん、気をつけて行ってね」

春樹を尻目に柚利乃はザープに向かって歩いていく。

「…なんなんだよ」

力なく落ちた右腕を春樹は強く握りしめた。



ザープから視線を反らさず進み、春樹とザープちょうどの半ばほどで柚利乃は足を止めた。あちらも柚利乃を完全に標的にしたようで大きな眼をこちらに向ける。

「武器なんてないわよ」

春樹の言う通り、柚利乃は服装がいつもとは違うぐらいで、特に武器らしき物は持っていない。しかし、これが彼女の正装である。

そっと自分の胸に手を置く。

ザープと対峙する柚利乃。

荒れ狂うザープを前にして、柚利乃は心を静め、胸の奥に意識を集中させる。すると、胸の中心が白く光だし、中から白い一輪の花が現れた。

「あるのはこの_花だけ」

消え入りそうな声でそう呟く。

大きな雄叫びと共にザープが柚利乃にいくつもの蔓を放つ。

しかし、襲いかかってくる蔓を前にして柚利乃はその場に立ち止まったままだった。

蔓が目の前まで来た時、柚利乃は力強く叫んだ。

「開花っ!」

瞬間、花が粒子となって弾けると花びらが舞い、柚利乃の体が白い光に包まれる。

一瞬で辺りは昼間のような明るさになり、後ろで見ていた春樹は目がくらんだ。

やがて、体を包んでいた光が落ち着く。

光が収まり、目が明るさに慣れた頃、一番始めに春樹の目に入ったのは地面に転がった蔓だった。刃物で切り落とされたように綺麗な切り口で散乱する。

そして、その中心には端然とした姿の少女が立っていた。

手には自分の身の丈以上もあろう白一色の丈の長い武器。形からして槍…いや、先端が反っている。薙刀だろうか。それを両手で柄部をしっかり握り絞めていた。

「…つ!?」

ふと、春樹は自分の頬に何かがついているのに気づく。それを右手で摘まむ。

「花びら…」

手にあったのは、小さな一枚の白い花びらだった。春樹が呟くとその花びらは体温で溶けるように粒子となって消えていった。

「開花_香雪(こうせつ)

五月末日、月光と警報の光に染まった夜に咲いたのは、白く美しい小さな一輪の花だった。


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