ガーデン_2
二十一世紀後期、地球全域に突如、黄金の雨が降り注いだ。何かのテロ?どこかの企業の工業汚染?など様々な考察がたてられたが、今だ真相は定かではない。唯一救いだったのはその雨による人体への影響がなかったことだ。そう、人体には_____。
黄金の雨をあびた植物は急成長し、次々に巨体化し始めた。根はアスファルトを砕き、枝はビルを貫き倒壊させた。ものの数時間で灰色の石の塊の街が緑一色に塗り替えられた。後に世界各国で起きたこの一連の騒動を超緑化現象と呼ばれる。そして、突然変異を起こした植物たちが怪物となり、ザープが現れた。
そんな植物の脅威に為す術もなく、人類社会は瞬くまに倒壊した。その後、人類は被害の少なかった地域を起点とし各所に新たな都市を創造する。人類の文明の復興都市。人々はそれをガーデンと呼んだ。
「おはようございまーす」
教室に着き、二年生になって馴染みだした自分の席へと向かう。
「おはよう、白梅」
席に荷物を置きながら春樹は先に来てきた隣の席の少女に挨拶をした。
「おはよう、須藤くん」
クラスはいつものように賑やかだった。
「ほら、席につけ。ホームルーム始めるぞ」
先生が教室に入ってくる。
それを追うように朝練終わりの部活勢の生徒たちが駆け込みで入ってくる。騒がしく椅子と机の音が鳴る中、始業のチャイムが鳴った。
今日も授業は特に代わり映えのしないものだった。
ノートとって、友達としゃべって、昼飯食べて、またノートをとる。その繰り返しだ。まぁ普通が一番とはよく言うけど。つつがなく、授業は終わりあっという間に帰りのホームルームの時間になっていた。
「はい、今日はこれで終わりです。委員長、号令」
「起立、礼、ありがとうございました」
ホームルームも終わり、各々帰りの準備をし、三々五々に下校して行く。
準備を終えた隣の席の少女も席から立ち上がり、教室の外へと向かう。
「あっ白梅、ちょっと待ってくれ」
慌てて立ち上がり、春樹は少女を呼び止めた。
「これ、昨日休んだ分の授業のノート」
手に持ったノートを二冊、少女に差し出す。
「いつもありがとう。明日には返すわ、須藤くん」
そう言い白い髪の少女、白梅柚利乃はいつもの無表情のままそれを受け取る。
彼女は仕事でよく早退や欠席をすることがある。そのため、休んだ分の授業のノートを春樹がいつも貸していた。
「別にそんな急がなくてもいいよ。次の授業までに返して_」
「はーるき!」
背後から声が聞こえたかと思うとパシンッと大きな音と共に背中に強い衝撃をが走った。その勢いでたたらを踏む。
「痛った!坂井!お前いつも強すぎだっていってんだろ!」
眉間にシワを寄せながら春樹は振り返る。
「はははつ。わりぃーわりぃー」
右手で謝罪しながらいかにも反省していない笑みを浮かべた男が立っていた。
同じクラスで友人の坂井健人だ。
坂井とは一年生からの付き合いで、席が近かったことがきっかけでよくしゃべるようになった。
「それより今日暇か?暇だよな。これからこの間の中間試験お疲れ様会やろってんでクラスのみんなでカラオケ行くんだけどお前も来るだろ?」
「ずいぶん急だな……」
「さっきノリで決まったからな」
高校生の行動力は凄まじい。
「悪りーが、今日は俺無理だ」
「はっ!何でっ!」
「これからバイトがあるんだよ」
「はぁー嘘だろー。そんなこと言わずにさぁ。女子も男子もみんな来るしさ」
肩に手を回しグイグイ迫ってくる。
すると、坂井が顔を寄せ、小声で囁く。
「俺一人だと間が持たないの知ってるだろ。なぁちょっとだけでいいからさ」
春樹は眉をひそめた。
坂井はこういうイベント系の集まりは好きだ。しかし、残念なことにこいつは場の空気に圧迫されてか、始まると途端に喋れなくなる。いつもみたいに春樹を助け舟として使いたいのだろう。
渋面を浮かべながらシードを起動し、時間を見る。少し黙考し、「はぁ…」ため息混じりに言う。
「しょうがないな。一時間だけだぞ」
「やりー」
大声を上げ坂井は喜ぶと、春樹の参加をクラス全体に報告する。
「あっ」と何か気づいたように春樹は顔をあげる。
「みんなってことは白梅もカラオケ来るのか?」
不意に話を振られ柚利乃はピクッと肩を揺らした。
一瞬、間が空き、すぅっと下に視線を逸らす。
「私は…」
その様子を見てか、坂井が春樹の頭をデコピンする。
「バーカ。白梅さんは_」
と坂井が言おうとした瞬間、言葉を遮るように外からけたたましい警報が耳朶を打つ。各々のシードから空間ディスプレイが出現し、警告の赤い文字が大きく記されている。
「第二十三区にザープが出現しました。区内にいる人たちは非常用ディスプレイに従って避難してください。繰り返します。_」
街中に放送が響き、外に出ていた人たちは慌ただしく建物内に入って行く。
二十三区は学校の隣の区だ。警報が鳴ると隣接する地区は外出禁止命令が発令される。
「…行かないと」
柚利乃は持っていた春樹のノートを鞄に入れ、再び教室のドアの方に体を向ける。
「白梅っ!」
「_っ!」
春樹の呼びかけに走り出そうとした柚利乃の足が止まる。
「気をつけてな」
「…ありがとう」
背中を向けたままそう言うと柚利乃は外へと駆け出して行った。
その背中を春樹は静かに見送った。
「ほらな、白梅さんは忙しいんだから、誘ったって無理だよ」
「…そうかもだけど」
そう。彼女は忙しい。俺たち普通の人とは違い。
「ちぇっ今日の予定は全部パーかよ。あーも、シードの警告音鳴ってうるっさ!」
坂井は人差し指ど耳を塞ぎながら苛立たし気に言った。
春樹は肩に掛けたバッグを机の上に置き、席に座った。
剪定者。凶暴なザープたちと戦い、人々を守る人たち。白梅柚利乃、彼女もその一人である。
彼女は警報がなれば授業中であろうと、休み時間であろうと、すぐに現場に駆けつけなければならない。そんなこともあってか、クラスにはあまり馴染めておらず、いつも固い表情をしている。
「しっかし、ザープってめっちゃでかいんだろ?いつもどうやって戦ってんだろな」
「さぁな、ここからじゃ隔離壁で何も見えねーし」
彼女らがどうやってザープと戦っているのか、世間には明らかにされていない。
ザープが現れた地区は地下から隔離壁が現れ、周辺を巨体な壁で覆ってしまう。そのため、外から中の様子を確認することもできない。
噂では新型の化学兵器を使っているとか、ある特殊な武器を使ってハンターのように戦っているなどと謂われているが、その真相は誰も知らない。
「一回でいいから戦ってるところ見てみてぇな。ザープこの辺に出てくんないかな。例えば校庭とか」
「おい、バカ。そういうこと言うな。本当に出たらどうすんだよ!」
春樹が眉をひそめると坂井はニッと口元を緩める。
「そしたら、白梅さんが助けてくれるよ」
「お前な…」
呆れたようにジト目で春樹は坂井を見ていた。
ザープの出現は日常茶飯事だ。どこかにザープが現れれば必ず剪定者が駆けつけ、被害が大きくなる前に迅速に対処してくれる。なので、実際に目の前にした者でなければ、ザープへの恐怖心は薄い。だが、剪定者が対処してくれているとは言え、時折、死傷者も出ている。
坂井はあぁ言っているが、関わらないに越したことはない。
学校の区域の警戒体制が解除されたのはそれから一時間後のことだった。