剪定者
「体調はどうかな須藤くん?戦闘後、直ぐに倒れたと聞いたが」
「はい、おかげさまで………」
戦いから数日後、柚利乃と共に本部長室に呼ばれていた。
あの時倒れてしまった春樹はそのまま病院に運ばれ、その後、また丸一日寝ていたらしい。精密検査をしてもらい、異常がみられなかったためすぐに退院できた。
「佐伽羅くん、彼の花が開花したと報告を受けているが、状態はどうかね?」
「そうですね。数値上で見ても完全に開花したと言っていいでしょう。花の力の流れも安定してるんで、もう暴走する心配はないですね。花錠ももういらないでしょう」
横に立っていた舞香が端末をいじりながら話す。
松平は頷き、春樹の方に目を向ける。
「では、改めて開花おめでとう、須藤春樹くん。これで君も立派な花の持ち主だ」
「_っ。ありがとうございます。本部長!」
松平の激励に春樹は明るく返した。
どうにか目標である開花を達成することができた。これでようやく肩の荷が下りる。
「ところで本部長、今日は自分に話があると聞いたのですが………」
「あぁ話というのは_」
松平が話を切り出そうとした時、外から慌ただしい足音が聞こえてくる。乱暴にドアに触れ、キーを解錠される。
「おいっ!、小僧っ!」
呼ばれた春樹は肩を震わせる。杏奈だ。背中に伝わる威圧感から凄まじい剣幕であることがわかる。
早足で春樹に近づく。
「てめぇ…」
「ひっ…」
怒られる節はいくつも思い付く。ヤバイヤバイヤバイ。せっかく生きてたのにここで殺されるっ!
力強く首もとに右腕を回す。
絞殺っ!すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません。
「すいませ_」
「よく開花させたっ!やるじゃねぇか!このこの」
左手の拳でグリグリと頭を押しながらにこやかに言う。
「いたっ!痛いです。杏奈さんっ!」
「あぁ、すまんすまん」
杏奈は左手を離し、右腕の力も少し緩めた。春樹が目線を上げると、とても嬉しそうに彼女は笑っていた。
「いや、しっかしあんなでけぇザープと戦ってよく生きてたもんだ。このもやしみてぇな体でよ。ビックリだよっ。小僧お前、少しは根性はあるみてぇじゃねぇか」
「あっ…はい、ありがとうございます」
予想外の杏奈の表情に春樹は困惑の色を隠せない。
「ん?なんだその顔は?」
「いや…、その…て、てっきり怒られるのかと思って…」
戸惑う春樹の頭に杏奈は手を置く。慈愛に満ちたような微笑みを彼女は浮かべる。
「まぁそうだな。誰さんが怒らなきゃアタシが怒ってたかもな」
横にいる人物に目配せをする。
彼女は何も言わなかった。
「でもまぁ許す。お前は戦場で一番守らなきゃいけないこと、“生きて帰る”を守った。だから、これでチャラだ」
杏奈の満面の笑みが春樹の目に飛び込んでくる。
恐怖の感情はどこへやら。彼女の暴力的なその優しさに春樹もまた笑顔を見せた。
「よし、そんなお前にはご褒美だ!」
「………?ご褒美___って?!」
頭に置いて手に力を入れ、後頭部をガシッと掴む。そのまま春樹の顔を自分の胸に押し込んだ。豊満な胸の中に春樹の顔は沈んでいく。
「うっぷ___っ!」
「ほれほれ。男ならみんなおっぱいは好きだろ。いいぞ。好きなだけ堪能しろつ!」
杏奈はニコニコしながらぐいぐいと押し付けてくる。
むっ柔らかい…。100キロの服投げたりしてたし、あんだけ力強いんだからおっぱいも筋肉でできているだろなと思っていたが、そんなことはなかった。服越しでもこのわかる弾力。くっくそ…。今までボロボロになるまでしごかれ、ヘロヘロになるまで走らされたことを許してしまいそうになるっ!何てこった…。おっぱい一つでこんなにも心を揺らしてくるなんて……。いや、おっぱいは二つか。…それはさておき、それよりも、それよりも_
「くっ…苦しい」
「ゴホンッ」と本部長がわざとらしく咳払いをする。
「杏奈くん。悪いが今、須藤くんと話の途中なんだ。気持ちがわかるが、後にしてくれないか?」
「おっと、それは悪かった本部長」
杏奈は自分の胸から春樹を離す。離れた瞬間に空気を取り込みなんとか窒息はまのがれた。
去り際、春樹の頭をワシワシとし、踵を返す。
「そんじゃアタシも仕事戻りますかねぇ。___またな、春樹」
そう言って杏奈は部屋を後にした。本当に嵐みたいな人だ。
杏奈が部屋を去るのを待ち、本部長が話を戻す。
「それでは須藤くん。いくつもの苦難の末、君は見事自分の花を開花させることができた。そこで、君に一つ私から提案がある」
「提案…ですか?」
「あぁ」と言い松平は顔の前で手を組む。
「単刀直入に言おう。須藤くん、これから我々と共に剪定者として戦っていく気はないか?」
春樹の表情に緊張感が帯びる。
その提案にさほど驚きはなかった。特訓を始める前辺りから、開花した際にそう言われるのではないかと薄々感じていたからだ。
「この数ヵ月でわかった通り、剪定者というのは、時には命に関わる危険な仕事だ。こちらとしても無理にとは言わない。だが、君のような花の持ち主は貴重な存在。そして何より剪定者でもないのにかかわらず人々を守ろうとザープと戦ってくれた。そんな君の勇敢さが我々には必要なんだ」
松平の毅然とした眼差しが春樹に向けられる。威圧とはまた違ったもの。期待、それが一心に伝わってくる。
その答えは既に春樹の中で決まっていた。
結んでいた口を開く。
「本部長、俺は本部長が思っているような、そんなすごい人間じゃありません」
そう言って首を振る。
謙遜ではない。これまでのザープとの戦闘、別に街の人々を守りたくて戦ったわけではない。身近な人が困っていた。ただそれを助けたいと思った。それが結果として他の人を守ったというだけの話だ。
「俺はただの一般人です。特別な才能があるわけでもないし、特殊な訓練を受けてきたわけでもない。今回の戦いで勝てたのはたまたま上手くいっただけです。次に戦場に出てお役にたてる保証はありません」
「………………」
春樹の言葉を松平は静かに受け止める。
剪定者。それは命をかけて人々からザープを守る仕事。それ故に花の持ち主であっても現場に出ることを断る者も少なくない。それも当然だ。好き好んで死に近い職を選ぶ者はなんていない。
例えこのまま立ち去ろうと誰も文句は言わない。
「_______でも、一度決めたことは守ります」
拳と手のひらを胸の前で力強く合わせる。その動きに合わせ僅かに炎が舞う。
大きく息を吸い、春樹は叫んだ。
「椿の剪定者、須藤春樹。これからよろしくお願いしますっ!」
熱意のこもった真っ直ぐな眼差しで春樹は松平を見る。
その勢いに一瞬気圧されたが、松平は口を緩ませた。そして、立ち上がる。
「ようこそ、アッシュへ。これからの君の活躍を期待している」
「___はいっ!」
決意を胸に春樹は答えた。
____なんじゃこいつ。偉そうな奴じゃのぉう
「___っ!」
突然声が聞こえ、ピクッと肩が跳ねる。首を動かし、辺りを見回す。この場には見知った顔ぶれしかいない。しかし、先ほど聞いた声はその誰にも当てはまらない。
「ん?どうしたのかね?須藤くん」
握手を解き、春樹の様子に松平が尋ねる。
「えっと…。今、急に声が聞こえたんですけど…」
「声……?」
全員が首を傾げ、横に振る。他の人にはさっきの声が聞こえていなかったようだ。気のせいなのか…。
___おい、どこを見ておる。こっちじゃこっち
再び声が聞こえ、顔を上げる。
違う。気のせいじゃない。しっかりと聞こえる。首を振り、再度部屋中に目を走らせる。しかし、声の主は見つからない。
………なんだかこの声……。少し違和感がある。耳から聞こえたというよりも、脳に直接話しかけてきているような。
すると突然、春樹の胸が紅く光り出す。
「___!?何をしているの、須藤くんっ!?」
突如起きた現象に柚利乃が慌てる。
「お、俺にもわかんねぇよっ!」
自分で止めようにも全くコントロールが効かない。
そして、それはどんどん光を増していき、やがて部屋一帯が光に包み込まれる。
「______っ!」
しばらくして、光が静まるとゆっくりと目を開ける。ぼやける視界の中、数回まばたきをし、顔を上げる。
「___なっ!」
目に映る光景にその場にいる誰もが言葉を失った。
見間違えではないかと自分の目を疑ってしまう。
「ふぅ~。やっと外に出られたわい」
そこには一人の少女がいた。本部長の席の上に意気揚々とした表情を浮かべ立っていた。
サラサラとした紅く長い髪。年はおおよそ十歳前後の見た目をした小柄な少女。そして、何より驚いたのはその少女が一糸纏わぬ姿であったこと。
「お前が須藤春樹だな」
突然の名を呼ばれ、一瞬怯む。思考を取り戻し、ゆっくりと頷く。
「あっ、あぁそうだけど………」
戸惑いながらも返事をする。
すると、少女はニッと口元を緩ませた。
そして、己に向かって力強く親指を突きつける。
「我がお前を救ってやろう」




