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花結びの剪定者  作者: 右島咲多
第一章
18/22

覚醒_1

「どうだ?綺麗だろ?」

どこかから声が聞こえる。

そう問われ少年は目を開けた。

静かな場所。辺り一帯に広がるのは暗闇。無の空間だった。

少し気を抜けば意識が溶けてしまいそうな。

死後の世界そういわれても不思議ではないだろう。

だが、なぜだろう。暗闇だと言うのに少年は恐怖は感じていなかった。

先ほどの問いが何に対してなのかは目を開いた瞬間から一目瞭然だった。

この空間に自分以外に確かな物が一つ。今、目の前にあった。それは紅く燃える一つの炎。

「あぁ綺麗だ」

少年はそう答えると優しく微笑んだ。

反復して言ったわけではない。

彼自身、心の底から、いや、魂がそう思った。

視覚では一つの炎に見えるのだろう。しかし、彼は_彼の魂は一目見たときから感じていた。

今、目の前にあるそれが_________一輪の花、であることを。


「これはお母さんが一番好きな花なんだ」


少年は手を伸ばす。そっと片手で包むように。

少年がそれに触れた瞬間、光を放ち、炎が弾けるように消える。そして、紅く燃えた炎からやがてその花は姿を現した。

「とてもきれいな_____」



「ガハッ!」

ビルの壁に叩きつけられた衝撃で柚利乃は口から血を吐き出す。

内出血で脇腹が赤く腫れ上がり、しだいに青黒いアザが浮かぶ。

壁から剥がれるように落下し、地面に伏臥(ふくが)する。

「くっ…。はっ………!はぁ…はぁ…」

息が荒れる。過呼吸気味になり、咳き込む。

肘を着き、少しだけ上半身を起こす。

「……………不味い」

口内の血を吐き捨て口を拭う、深呼吸し息を整える。

………危なかった。本当に危なかった。弾丸に気づいたのが、直前の音と風圧。寸前で体を反らし背骨への直撃を回避した。

咄嗟の判断で腹部を雪で覆わなければ、確実に内蔵ごと抉り取られていただろう。はぁ………青アザ程度で済んだのならまだまし…か。

新たに出現したザープが歩みを進める。

行き着いた先はトラックの前に転がるザープの死骸だった。

地面に転がった体の切れ端を食らい始める。雑食であるザープは栄養の為ならなんだって食らう。人も動物も植物も。そして、ザープも。それは共食いになろうとも彼らには関係ない。生き物であるならそれは等しく栄養源である。

新たなザープに死骸が取り込まれていくと体はみるみるうちに肥大していく。転がる死骸を全て食べ終わるとその姿は大型のザープへと変貌していた。後ろ足で屹立する。前足の下に新たに一組の足が生まれており、四本の腕のようになっていた。首もとにはぐるりと一周連なる果実。

「●▲□◆<=▫×□▫,!!」

ザープの高ぶりを表すように首もとの果実が膨張する。四方八方に種の弾丸を放ち、ビルに打ち込まれ壁を砕く音が耳朶を打つ。

そして、柚利乃にも襲いかかる。

体の骨は何本か折れている。弾丸を機敏に躱す体力はもう残されていない。今日一日、花の力を使い過ぎた。生成できる雪は限られる。あの弾丸を打ち返す力は既にない。なら、目の前に壁を作るか?だが、今の状態で作って弾丸の威力を吸収できるほどの厚みを用意することができるのか…?。いっそのこと、顔の前に白鷹を突き立て、弾丸を斬るか…?いやダメだ。あの威力では白鷹もろとも貫かれる。やはり、壁を作るのが得策か。

「…せっ…花」

床に手を付き、急ぎ目の前に壁を生成する。だが、生成が遅い。高さが全然足らない。ダメだ…。間に合わない…。

種が頭上から迫る。

選択を誤ったか?無理にでも体を動かすべきだったか?他に回避する術は?

刹那の間に思案を巡らせた。だが、答えは出なかった。そして、弾丸は柚利乃の元にたどり着く。

あぁ…やばい。これは本当に…。

着弾しかけた瞬間、紅い光が視界を満たす。それと共に激しい熱風が周囲を襲う。

浴びただけで汗が吹き出すような熱気。

あまりの光量と熱量に思わず目を塞ぐ。

風が止み、顔をあげた時、柚利乃は目を見開いた。

目前まで迫っていた種の弾丸はどこにも見当たらなかった。

変わりに辺りには黒いチリがヒラヒラと漂っていた。

生成途中だった雪の壁も跡形も無く消えている。

地面に敷いた絨毯の雪も同様に溶け、もはや欠片程度にしか残っていなかった。

そして、その中心には紅い炎を纏った少年が一人立っていた。

先ほどまでの炎とは格段に濃密な花の力の炎を拳に纏う。

少年は静かに口をひらく。

「開花___紅椿」



朧気だった意識が覚醒する。さっきまで夢を見ていたような感覚。例えるなら、一人称視点で誰かが動かしている画面を見ているようなそんな感じだった。

「…」

視線を落とし、自分の手を一瞥する。

夕焼けを思わせるような紅い炎がその手に灯っていた。

全身に熱い物が駆け巡っている。これが開花。今なら魂の道筋がはっきりとわかる。

「はぁ…はぁ…はぁ…須藤くん」

呼ばれ、視線を向ける。それを見て春樹は眉を上げた。

「柚利乃っ!」

地面に横たわる柚利乃の姿があった。

慌てて春樹は駆け寄る。

体に触れようとして手をのばす途中自分の手の炎に気づき、一度手を引っ込める。

手首を振って炎を消し、体を起こし近くのビルに寄りかからせた。

「おい、大丈夫か………?!」

「えぇなんとか…」

改めて柚利乃の姿を見ると春樹は息を呑んだ。

息が荒れ、ところどころから血が吹き出し、服はもうボロボロだ。

「その様子…。須藤くん。あなた、もしかして…」

「あっあぁ…」

春樹は頷く。

「これが開花ってやつなんだろうな」

ふと、ビルのガラスに映る自分の姿が目に入った。普段の黒い髪の一部が自らの炎を表すように紅く染まっていた。

「◆▨◇▼▶ーーっ!」

奥からザープが雄叫びが聞こえた。目をやるといつの間にか大きくなっていることに気づく。

「あいつが_」

言葉を遮るように春樹の服を柚利乃が引く。

「…須藤くん。はぁ…はぁ…。…これは私たちの仕事。後は私が_」

白鷹を生成し、柄を両手で掴みながら立ち上がる。おぼつかない足取りで柚利乃は歩き出す。

「おい、無理すんなっ!そんな体で戦えるわけないだろっ!」

「…ぅ…はぁ…。これくらい…いつものことよ_っぅぐ!」

数歩進んだところでバランスを崩し倒れる。

「_っ!」

地面に着く前に春樹が支え、そのままゆっくり下ろす。

「だから言ったのに…」

「はぁ…………はぁ………ぁ……」

いつも涼しい顔をしている柚利乃がこんなにも苦しいの表情を浮かべている。

ついのこの前まで学校での彼女しか知らなかった。その裏で彼女はいつも戦ってくれていた。こんな姿になるまで、みんなのために。命をかけて…。

「………………よし」

柚利乃から離れ、前に出る。伸脚、屈伸と準備体操をし体を伸ばす。ぶるぶると手を振るわせ手をリラックスさせるとグッと拳を握りしめる。

「俺があいつをぶん殴る。柚利乃は少し休んでろ」

「_っ!」

顔を上げ、表情を豹変させる。

「何を言っているの!?相手は大型ザープ。素人が倒せる相手じゃないわ。この間の小型やさっきの中型とは違うのよ。………それにあなただってザープの攻撃で重傷はず。早く避難して病院で診てもらうべきよっ!」

「お前こそ、早く病院行った方がいいんじゃないか。口からケチャップ吹き出してるぞ」

自分の口を指しならが春樹は言う。

「それに俺なら大丈夫」

ボロボロのシャツをめくり腹の血を手でぬぐう。傷をポンポンと叩く。

「ほら。傷は塞がってるから」

「_っ!そういう問題じゃないっ!」

楽観的な春樹の態度を柚利乃は喝破する。

大声を出して、傷にさわったのか再び腹部を押さえる。

「…これは私たち剪定者の仕事。あなたは花の持ち主とはいえ、あくまで一般人。はぁ…ぁ…あなたをこれ以上戦わせるわけにはいかない」

「…………」

正論である。

責任感。どんなに自分が傷付き、死にそうになろうとも、人々を守る。その剪定者としての責任が彼女を立たせようとするのだろう。

「………」

両手に紅い炎を灯し、胸の前で拳と手のひらをぶつける。

「…なら_なるよ」

「………………………え?」

春樹の言っていることがわからず、呆けた顔を柚利乃はする。

「俺も剪定者になる。それでザープと戦う。これで問題ないだろ?」

一瞬何を言っているのか分からず混乱する。だが、意味を理解し、消えていた怒りが返ってくる。

「バカなこと言わないでっ!剪定者を何だと思ってるのっ!?そんなへりくつ、まかり通るわけないじゃないっ!」

血が気管に入ったのか幾度か咳き込む。恐ろしい剣幕で睨む柚利乃。

そんな柚利乃の様子を背に春樹は口元を緩ませる。

「お前もそんな風に怒るんだな」

聞こえないくらいの声で春樹は独りごおのように呟く。普段、あまり感情の起伏が見えないため、この状況が珍しい。

柚利乃の言葉は正しいのだろう。だが、ここで引くわけにはいかなかった。

相手の強さは柚利乃の傷を見れば想像つく。春樹が勝てる保証なんて何一つない。それでも俺がやらなければいけない。そう心に強くあった。

……………………だってそうだろ。

「…まぁ、なんだ」

こんなに傷ついた子を置いていけるやつ。

「通るか通らないなんて知らねえけどよ」

この世にいるわけないだろう。

振り返り、柚利乃と目が合う。傷だらけの体。ボロボロになり汚れた服。青筋を立て怒る顔が瞳に映る。

「恩を返すのに悪いことなんてねぇだろう」

そう言って彼は笑った。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

柚利乃を尻目に春樹はザープに向かって走り出した。

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