紅い炎_2
「…………ぅ」
明るい蛍光灯に目をチカチカさせながら、春樹は目を開ける。
「おっ、気がついたか?」
頭を少し傾けると、声の主が春樹の視界に入る。一瞬、柚利乃が起こしに来てくれたのかと思ったが、違った。
「せん…せぃ…?」
「私は今日ここに来いと確かにお前を呼んだが、こんな姿でとは言ってないぞ」
そこにいたのは白衣を着た舞香だった。
ベッドの横の椅子に足を組み座っている。膝に端末を乗せ、何か書き込んでいた。
重い体を手で支えながら、体を起こす。目覚めた直後特有の頭の重さと疲労感が体にのしかかる。改めて周りの見渡す。見覚えのある景色にここがどこであるかすぐにわかった。
「なんで俺…病院に…」
額に手を当てながら記憶を呼び起こす。
寝ぼけていた頭がだんだんと覚醒していく。
記憶が蘇ってくると、顔を上げる。
「___あのっ!俺、えっと!胸のところがぐわーってなって、体から炎が出て来ちゃって。それで、それで、その…………。あの後どうなったんですか!?」
整理がつかないまま詰めより、前のめりになりながら春樹は問う。
目の前に来た春樹の顔を押し返し、体を反らしてながら舞香は話す。
「少し落ち着け。私に医者だ。現場のことは知らん。聞くならそっちに聞け」
人差し指でつんつんと示す。
それを追うとカーテン際に柚利乃の姿があった。
「柚利乃!」
「おはよう、須藤くん」
いつもの調子で柚利乃は挨拶を返す。
最後に見たのは私服だったが今はアッシュの制服姿であった。
「とりあえず、みんな大丈夫だったって前提で話を聞いてくれる?」
その後、柚利乃からあの時の状況が説明された。内容はかなり衝撃的なものであったが淡々と柚利乃は話し続けた。
話が進むにつれ、春樹の顔がだんだんと青ざめていき、話終わると同時に深々と頭を下げた。
「すまない!俺のせいでこんなことになって。いつもお世話になってるのに本当に申し訳ないっ!」
ベッドに手を着き、土下座の姿勢で謝罪する。
柚利乃の家に三ヶ月間お世話になると決まってからできるだけ迷惑をかけないようにしようと心がけていた。恩を仇で返すとはまさにこの事だ。自分だけに被害が出るならまだしも人の家を燃やすなんて…。白梅家の人たちに会わせる顔がない。
「……はぁ」
暗い雰囲気を払拭するように長いため息をつく。
「そうね。お陰で貸していた客間は映画館並みに真っ黒になっていいシアタールームができたわ」
「………………………………え?」
それの言葉に舞香がくつくつと横で笑う。
「シアタールームか。いいじゃないか金持ちの家みたいで。家で観賞会でもしたらどうだ」
「そうですね。おすすめの映画があるので、よかったら来ます?」
「おぉいいなぁ」と舞香が返し、それから話が膨らみどんどん盛り上がっていく。
明るい空気とは裏腹に春樹の顔は困惑の表情を浮かべてる。
ゆっくりと頭を上げる。
「えっと…」
「ん?」
二人はこちらに顔を向ける。
改めて二人の様子を見るが、暗い雰囲気ではない。
わからない。なぜこんなにも落ち着いていられるんだ?普通もっと落ち込むものじゃないのか。気を遣ってくれている?それなら柚利乃はまだわかる。だが、もしそうでないならこの先生はとんでもない薄情だ。
戸惑いを見せる春樹の様子に気づき柚利乃が話す。
「アッシュには壊れた物を元に戻してくれる花の持ち主がいるの。家一つぐらいなら明日には元の状態に戻してくれると思うから、別に気にしなくていいわ」
元に………戻す?
「あっ…へっへー…」
ここでようやく理解する。あぁ…なるほど。だから………だから……か………。
体に入った力が抜け、上半身が前に倒れる。
「よっよかったーーー」
安心し僅かに笑みがこぼれる。責任を感じていた春樹は少しだけ気持ちが楽になった。
そんなことをできる人もいるのか。さすがアッシュ、というところか。
一段落したところで舞香が説明し出す。
「今回の暴走はお前が今まで時たま起こしていた花の不安定さによる力の暴発、それの延長線だ。まぁ規模がだいぶ違うがな。これからさっき取ったお前の検査データを元に今後について上で話し合う。決まるまで花錠はずっとつけていろ。それを外さない限り、とりあえず暴走の心配はない」
端末を閉じ、大きなあくびをする。
椅子から立ち上がり、舞香は病室の扉へと向かう。
「起きたならさっさと出ていけ。入院費だってタダじゃないんだ」
起きたばかりの人間になかなか酷なことを言う。負傷者にはもっと優しくしてほしいものだ。医者なんだし。
「あっそうだ、須藤」
扉に向かう途中、何か思い出したように舞香は足を止めた。
「はい、何ですか?」
「いい忘れていたが、もし、私の話を無視して花錠を外して、力を使えれば次は間違いなく死ぬぞ。それだけだ。じゃあな」
睥睨し、踵を返す。後ろ向きで軽く手を振り舞香は去っていった。
ドアが閉まるやいなや春樹はベッドに体を沈める。
「はぁ…」
体がだるい。暴走の反動だろう。すぐには動けそうになかった。
「ちょっと休ませてくれ」
天井をあおぐ。
あの医者、最後にとんでもない置き土産を残していきやがった。
柚利乃がこちらに歩いてきた。先ほどまで舞香が座っていた席に座った。
「そうしましょ。私も疲れたわ」
窓際に寄りかかり、体を放る。
普段のトレーニングではあまり疲れた表情を見せない彼女が疲労を顔に表していた。
「怪我…しなかったか…?」
だるそうに柚利乃は横目で見る。気にしなくていい、とは言ったが春樹の顔は少し暗い表情に戻っていた。
「多少は…ね。でも、手当てもしてもらったし、日常に支障はないわ」
「…そう、か…うん」
顔をうつむかせ絞り出すような声で返す。視界の端でぎこちなく頷いている春樹がいた。
「………」
柚利乃は体を起こし、足元に置かれていたバッグに手を入れる。そこから取り出した物を春樹の膝に乗せる。
「…疲れてるだろうから。これ食べて」
足に衝撃を感じ、体を起こす。
何かと思い見るとそこにはいつも食べているはちみつに浸けられた梅干しがあった。
「あぁ、ありがとう__ってなんかでかくね?」
膝の上にあるのはいつもの小瓶ではなく、プラスチック性の大きな保存容器だった。ぱっと見て百粒以上は入っており、大量のはちみつが容器を満たしていた。一瞬、業務用かと思ってしまったほどだ。
「まさかこれ一気飲みしろってこと?」
「…………昼間ので小瓶が全部割れちゃったからこれしかなかったのよ。あっ直接取らないでね。割り箸あげるから」
そういってバックから割り箸を出して渡した。
「結構疲労がたまってると思うし、最低でも五個ぐらい食べといた方がいいと思うわ」
柚利乃の言葉に春樹は顔をしかめる。
「そんなに食べたら俺の唾液腺が死んじまうよ」
「そこだけが死ぬならまだ軽傷ね」
早く食べろと言わんばかりに柚利乃が視線を向けてくる。特訓終わりに毎回一個食べているが、それでも最近は食いきれるようになったばかりだ。
それを五個など異次元の領域でしかない。
くるくると回し蓋を開ける。中にある梅干しを取り出し、蓋を皿代わりにして上に乗せる。出来上がった梅干しのピラミットを見て表情を曇らせる。
「あーもうっ!わかったよ!」
蓋を顔の上でひっくり返し、梅干しのピラミッドを口の中へと放り込んだ。
「まだ顎、いてぇ…」
受付で手続きを済ませると二人は病院を出た。入り口のところで柚利乃は足を止める。
「今、タクシー呼んでるところだから今日はそれで帰りましょ」
「ん?なんでタクシーなんだ?いつもみたいにバスでいいだろ」
バス停に行く道に向かおうとした春樹は振り返る。
「大勢の人がいる中、何かの弾みでまた暴走したらどうするの?」
「ぅ…はい…すみません」
そこをつかれると何も言い返せない。
しばらくして、駐車場に一台の黒いタクシーがやってきた。二人はそれの後部座席に乗る。
自動運転車。ガーデン内のタクシーは人件費削減のため、全てこのタイプである。
中に入ると行き先を入力する空間ディスプレイが表示されていた。それに柚利乃が自宅を入力すると「シートベルトをしてください」とアナウンスが流れ、二人はそれに従った。画面が切り替わり発車ボタンが表示され、それを押すと車が走り出した。
「…タクシー代、割り勘でいいからな」
窓の外を眺めながら春樹は言う。
「そこは気にしなくていいわ。後で経費で落ちるから。_というか、今の雰囲気的に、俺が出す、ってかっこつけて言うのかと思ったわ」
「金欠なんだよ。文句あっか!」
ここ最近は居候に必要な生活用品を買っていたらお金が無くなってしまった。服もいつまでも借りているわけにはいかないので自分の物を買った。はぁ…。ちゃんと開花させたらまたバイト始めないとだなぁ。
「そういえば、俺が住んでたアパートは今どうなってるんだ」
「あの時の被害の修復は三週間前には全て終わったって聞いてるわよ」
「そうなのか……………………ってはぁ!?三週間前っ!?とっくに終わってんじゃねえーか!なんでそれ俺に言わないんだよ!」
「だって聞かれなかったから」
「知らないもんは聞けねーだろ」
呆れ顔で柚利乃を見る。柚利乃もまた外の景色を見ていた。
「明日のアパートの様子見に行きたいんだけど、行っていいか?」
「私も同伴なら問題ないわ」
「はいはい」
重い頭を車窓に乗せ、流れる街並みに春樹は目をやる。
車窓から外を覗くとビルとビルの間から赤い夕日が街全体を一色に染め上げていた。空の上の方からは深い青色の空が迫っているのが見える。
「……っ?なぁ柚利乃」
「何?」
「あれ、もしかして黒点か?俺初めて見たよ」
外の夕日に向かって指を指す。
「何ってるの?あれは特殊な機械で見てるからそう見えるのよ。肉眼で見えるわけないじゃない」
「えっじゃあ、あれは?」
春樹の指差す方に柚利乃も目を向ける。
「どうせ、飛行機か何かの影でしょ」
柚利乃は身をのりだし、目を細める。
確かに夕日に黒い点のような影が見える。しかし、あれは違う。あれは最初の位置から少しずつ動いてる。やはりそうだ。飛行機か何かの影だ。だが、何か妙な感じがする。それはだんだん、大きくなっているような…。
何かに気づき柚利乃は目を見開く。
「須藤くん!伏せて!」
「えっ何?」
次の瞬間、凄まじい衝撃波と揺れが二人を襲った。