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紅い炎_1

今日は午後から定期検診ということで訓練は休みだった。

朝食後の洗い物をしながら、ダイニングテーブルでうなだれている春樹に向けて柚利乃は話す。

「昼食食べたら、すぐに出るからそれたまでに準備しといてね」

「あぁ…」

力なく春樹は返事をする。どこか気だるそうで悄然(しょうぜん)としている。

「朝から気になってたけど、どうかしたの?」

「今日起きたら…ちょっと、体調悪くて……」

重たい頭を手で支える。リビングに入ってきたのを見た時、確かに顔色がよくなかった気がする。

「あまり悪いなら、定期検診じゃなくて普通に診てもらうようにお願いすれば?」

「いや、大丈夫。大したことないから………」

支えてる反対の手をひらひらと手を振る。

「………」

少し顔を歪めたが、「そう」と柚利乃は短く返した。

「ちょっと部屋で休んどくよ。時間になったら呼んでくれ」

そういって春樹は部屋を出た。



春樹が部屋に戻ってから一時間後。

「お父さん、本当に大丈夫?」

「あぁ任せろ。連日の特訓でお前も疲れてるだろう。今日の家事はお父さんかやるからな」

と腕捲りをし自信満々に調理器具を並べ始める。既に柚利乃がいつも使っているエプロンに首を通しており、準備万端といった感じだ。

うちの父はすごく稀に台所に立ちたがるときがある。そして、一度火がついてしまうと止められない。

「………わかった。昼ご飯はお父さんに任せる。だけど、あんまり難しいのに挑戦しないでね。──失敗、するから」

「大丈夫だって。お父さんだってそう何度も同じ失敗は繰り返さないさ」

「………」

自信満々な父とは裏腹に柚利乃は不安で一杯だった。

「じゃあ、何かあったら言ってね。私、部屋にいるから」

そういって柚利乃はキッチンを後にした。

二階に上がった柚利乃は自分の部屋に戻り、しばらく休んでいた。シードをいじったりして時間を潰していたが、結局落ち着かなくて洗濯物を取り込むことにした。

「……」

慣れた手付きで甲斐甲斐(かいがい)しく畳んでいった。今日の天気は快晴。洗濯物の乾きがよく、朝干したはずなのに既に乾いていた。ふわふわタオルに鼻を近づけると少しだけお日様の香りがした。そういえば、今日から7月だったっけ…?外は暑そうだな。そんな気持ちのよい外の青い空に反して、柚利乃の表情は雲っていた。

「はぁ…」

心配だ。

これまでに何度か同じことがあった。その度に必ず何かしらのトラブルが発生していた。今日も何か失敗するのではないか。それで火傷とか指を切らないか。不安で不安で仕方なかった。

「はぁ…」

とは言え、せっかく父が助けようとしてくれている。その気持ちを無下にするというのも心苦しかった。せめて様子だけでも見に行くか。

「…?」

畳んでいたパジャマに何か違和感を覚え、柚利乃の手が止まる。一度広げて、ポケットの中を探る。

「………もう、須藤くんたら」

中から出てきたのは花錠だった。きっと朝起きたときに外してそのままポケットに入れっぱなしだったのだろう。特訓が始まってからこういったことが何度かあった。大事な物なのだから大切にしてほしいものだ。

後で渡そう。そう思い、柚利乃は花錠をスカートの左ポケットにしまった。

残りの洗濯物を手早く畳むと足早にキッチンへ向かう。

不安に思いながら、階段を降りていたその時

「うっ…」

きつい焦げ臭い匂いが鼻孔(びこう)をつく。

「はぉ…お父さん」

柚利乃の表情が諦念(ていねん)を帯びる。どうやら今回も失敗のようだ。材料は何が余っているかな。もうお腹もすいたし早くて簡単な物にしよう。

柚利乃はリビングの扉を開けた。

「お父さん、また失敗_」

「おぉ柚利乃、ちょうどよかった。見てくれ!今日は過去一きれいにオムライスができたんだ」

リビングのドアを開けるとそこには嬉しそうに自慢する父の姿があった。

「…え?」

予想外の言葉に柚利乃は目を丸くした。

目の前に広がるのはきれいな三つのオムライスと満足げな父の笑みだった。

あれ?お父さん、料理…成功してる。それに関しては別に嬉しいけど。………えっ?じゃあさっき感じた焦げ臭さは?

「もう準備ができるから須藤くんを呼んできてくれるか?」

「っ!須藤くん!」

何かに気づいた柚利乃は慌てて飛び出した。

一目散に春樹のいる部屋に向かう。

部屋に近づくにつれ、焦げた匂いが強くなっていく。部屋の前に立つ。

ごくりっと固唾を飲む。

「須藤くん、入るわよ」

襖を開けようとする。

「_あちっ!」

襖の引き手は素手では持てないほど熱を持っていた。

「___っ!」

襖を蹴破り、中へ入る。

残念なことに嫌な予感は的中する。

室内に充満していた熱気が一気に放出し、柚利乃を襲う。

「須藤くん!」

部屋の中は一面の火の海だった。

「…ぐ…がっ…ぁ」

その部屋の中央に胸ぐらを握りしめ悶える春樹の姿があった。

「…ぅ……」

むせ返るような畳の焦げた匂いと熱気に柚利乃は顔を歪ませる。

胸に手を当て、柚利乃は叫ぶ。

「開花!」

瞬間、柚利乃の体が白く発光する。開花モードである。

「雪花」

柚利乃は床に両手をつける。すると、そこを起点とし部屋の中を雪が包み込んでいく。

床、壁、天井は白一色となり部屋は小さな銀世界となった。

柚利乃の雪は通常の雪と違い耐久、耐熱性に優れている。例え炎であったとしてもそう簡単にこの雪を溶かすことはできない。

そのまま放置しておけば、酸素を全て燃焼に使いきって自然と火は消えるはずだ。

「今のうちに須藤くんを__」

そう思い部屋に足を踏み入れた。その時、春樹の胸の中心が紅く輝く。

先ほどにも増して、苦しみの叫びを上げる。体がはち切れるかのようなその様子に柚利乃は恐怖を覚えた。

瞬間、春樹の体から巨大な紅い火柱が立つ。天井を貫通し、火山の噴火とも取れるその勢いに柚利乃は唖然とする。

溢れ出す熱気は部屋を覆っていた雪を一瞬で全て溶かし、再び火の海を誕生させた。雪だった白い粒子が足元を放浪する。

「…っ」

花で作る雪が普通でないのなら花で作る炎もまた普通ではない。

息を呑む。背筋に緊張が走る。白鷹を生成し刃を向ける。暴走する春樹を災害と見なしてか。いや、そうではない。炎を見て、直感で感じた。

何かがいる。

炎の中に潜む黒い気配。形容しがたい恐怖に足がすくむ。姿が見えるわけではない。声を聞いたわけでもない。

だが柚利乃は思う。それが悪魔のようにおぞましい存在であると。

「_」

こいつは出してはいけない存在だ。

そう本能が訴えてくる。

冷たい汗が頬を伝う。

苦悶の表情を浮かべていると、炎の生き物の目の前に炎が集約されていく。そして、それは球体状の炎の塊となる。

急ぎ床に柚利乃は手を付ける。

「雪花─かまく_」

炎の球が放たれた。



「柚利乃、どうしたんだ?」

ダイニングで食事の準備をしている柚利乃の父は首を傾げていた。

慌てて出ていって、何かあったのか?。

そういえば、客間の方から何か物音がするな。

皿を置き終えると気になり、廊下へと足を進める。そして、リビングのドアに手を掛けた。

瞬間、大きな衝撃と共にリビングの横の壁が大破する。

突然の大きな音に柚利乃の父は思考が停止する。ドアから手を離すと燃える盛る廊下にドアが倒れて行った。

ゆっくりと首を動かし、さっきまでいたダイニングを見る。

きれいに並べられた食卓はテーブルごと消え、代わりに目の前には炎の幕がかかっていた。

「………雪花」

庭の方から柚利乃の声が聞こえた。

その言葉で思考を取り戻す。

「柚利乃っ!」

動き出そうとした時、床から雪の壁が出現する。体をぶつけ、ふらつくとすぐにまた壁にぶつかる。雪の壁に完全に四方を囲まれた。閉じ込められた柚利乃の父はそのまま家の外まで飛ばされた。



「オムライス食べたかったな…」

巻き込んだテーブルと椅子をどかしながら柚利乃は立ち上がる。服に赤いシミができていたが、ケチャップなのか血なのかわからなかった。

けして、かまくらが間に合わなかったわけではない。確かに頭上の部分は作りきれなかったが、それでも最低限体の前に壁を作ることはできた。しかし、相手にとっては溶かしてしまえばそんなものあっても無くても関係なかった。炎の球は始めから壁などなかったかのように柚利乃の体に直撃した。その強烈な威力に家の壁も耐えきれず、後ろの壁と共に飛ばされた。持っていたはずの白鷹もいつの間にか消えていた。体がヒリつく。白い肌に赤い火傷の後が浮かぶ。

「く…」

壊されたリビングの壁の縁に付いた炎が少しずつ部屋を侵食して行く。このままでは家が全焼するのは時間の問題だ。そして、花の力に慣れない体でこれだけ能力を使っているということは体に相当の負担ごかかっているはずだ。何より春樹の命が危ない。

視線を炎の生き物から外さないまま両腕を広げ、力を高める。

「雪花っ!」

柚利乃の叫びと共に地面が光り出す。

四方を巨大な雪の壁が家の周りを囲む。

普段より壁の厚さを分厚くしてある。多少はもつだろう。

「…」

手のひらをポケットに当て、中身があることを確認する。

この状況を打開する策がある。春樹に花錠をかける。そうすれば、花の力は収まり暴走を止めることができる。だが、そのためには春樹に触れられるくらいまで接近する必要がある。果たして、そこまで近付くことを奴《●》が許してくれるだろうか。……………どうにかして、隙を作るしかない。

ポケットから花錠を取り出す。スカートの裾をちぎり、それを花錠に巻く。花錠は触れている者の花の力を抑える。つまり、柚利乃の自身も触れてしまうと花の力を使えない。だが、直接触れなければ問題ないため、こうして布を一枚噛ませている。左手で花錠を握りしめる。

「___よし」

改めて、炎の生き物を見る。距離をとったおかげか少しだけ恐怖心が和らいでいた。短く息を吐く。

「雪花」

掛け声と共に右腕を大きく広げる。柚利乃の周囲に粒子が集まり出し、そしてそれは無数の雪の矢となる。広げていた右腕を炎の生き物に突き出す。

「白加賀っ!」

炎の生き物に白加賀が放たれる。放った瞬間次弾を補充し、雪の矢が雨の如く襲う。炎の生き物は微動だにせず、それを全て受け止めた。しかし、聞こえる打撃音は肉体を貫く音ではなく、物が焼ける音だった。当たった瞬間に雪の矢は溶かされ、粒子へと変わる。

あれだけ大量にあった矢は一瞬にして無へと変わった。やがて矢の雨が止む。粒子が煙のように辺りを漂う。

炎の生き物は周囲に小さな炎の塊を作る。そして、それを伸ばし無数の炎の矢を生み出す。まるで白加賀を真似るように。

しだいに粒子の煙が消え視界が開けたとき、炎の生き物は動きを止める。庭に柚利乃の姿はなかった。

瞬間、後ろの窓ガラスが割れる音がする。

割れたガラスの中心には柚利乃がいた。

白加賀を放った後、急ぎ裏に回っていた。ガラスが舞う中、柚利乃は左腕を伸ばす。これをかければ彼を助けられる。花錠を春樹の腕に向けたとき、何か強い視線を感じた。見られた。そう強くイメージをぶつけられたような感覚。この一秒が永遠にも思えるほど濃密なものになる。だが、動きは止められない。そのまま春樹の腕へと進む。花錠が春樹の腕に触れる寸前、床が紅く輝き出す。その刹那、床から大きな火柱が屹立(きつりつ)する。その勢いに柚利乃は上空へと打ち上げられる。

「…がはっ!」

青空が目に映る。飛びかけた意識をどうにかとどめ、体を回転させ地上を見る。

家中で燃え盛る炎の生き物。周囲に無数の炎の矢を構えていた。そして、それを放つ。

「雪花っ!」

両手を前に突き出し、雪の壁を生成する。先ほどのかまくらの反省も踏まえ、周囲の壁と同じく分厚く作る。そうすれば、あの矢を止められるはずだ。

「_」

ふと違和感を覚える。魂の道筋を感じられない。

突き出した左手が目にとまる。そして、理解する。噛ませていた布が燃えて失くなっていることに。マズイ、発動が遅れた。

花錠を手放そうとするが、もう遅い。炎の矢はもう目の前だ。

直撃を覚悟した、その時___

「─っ!」

炎の矢が一瞬にして火の粉へと変わる。それと同時に、春樹の胸から炎とは別に白く輝く線が幾本も出現する。それは繊維のように細かく炎の生き物に絡み付く。まるで奴の行いを阻害しているかように。炎の生き物は逃れようと必死にもがくがそれはかなわなかった。

「…何が、起きてるの?」

家を囲う雪の壁に着地し、柚利乃はそれを見ていた。

突然の現象に呆気にとられる。だが、これはチャンスだ。打ち上げられた軌道をたどるように落下し、家へと戻る。横たわる春樹にたどり着くと腕を掴み花錠をはめた。すると、花錠に描かれた花の淡く輝き出す。光に当てられた炎の生き物はしだいに力を失っていく。

そして、体がだんだんと小さくなっていき、やがて光の線と共に春樹の胸の中に戻って行った。


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