アッシュ_2
「やはり君も花の持ち主だったのか」
「…?花の_ぉわっ!」
手のひらの炎が急に勢いを増す。
「っ!大丈夫かい?」
「だっ大丈夫ですっ!すぐに押さえますっ!」
反対の手を上に被せ、抑え込むように力を込める。
少しして、手のひらの炎が全て消えた。
「…すみません。ちょっとコントロールがきかなくて…」
額の汗を拭う。
息を整え改めて春樹は松平を見る。
「本部長さんはこの力のことを知っているんですか?」
「あぁもちろんだ」
松平は頷く。
「あの、俺のこの力は一体何なんですか?俺だけじゃない。柚利乃のあの雪もそうだ。これは一体…」
前のめりになりながら、春樹は松平に問う。これは春樹がずっと気になっていたこと。何よりも知りたかったことだ。
「さて、では今日の本題に入ろうか」
松平の眉間に力が入る。
空気が一気に重くなるのを感じた。
「これから話すことは国家機密だ。他言無用でお願いする」
「…はい」
松平の面持ちに春樹の身も引き締まる。
「白梅くん、君の花を彼に見せてあげてくれないか?」
「はい」
柚利乃は胸にそっと手を当てる。すると、胸の中心が白く光りだした。そして、そっと手を広げると胸の中から光る白く小さな花が姿を表した。
「白い…花」
先日のザープ出現時の柚利乃の姿が脳裏に過る。あの時、柚利乃の周りを舞っていた花に似ていた。
「人の中には特殊な体質を持って生まれるの者がいる。それは体内にある特別な種を持って生まれる者だ。その種は持ち主の成長と共に芽を出しやがて花を咲かせる」
「花…」
松平は続けた。
「その花は持ち主に特別な力を与えてくれる。君の力はそれだ。花の力、それが我々がザープに対抗できる唯一の力だ」
花の力、それがこの特別な力の名前。
「私の花は白い梅の花。能力は雪でいろいろな物を作る力よ」
柚利乃の胸の前に白い粒子が集まっていく。
すると、先日の戦闘時に見た薙刀が現れた。室内ということもあってか長さは以前見た物の半分ほどだった。それを下ろしていた反対の手でおもむろに掴んだ。
「あの時の薙刀!」
「白鷹よ。ちゃんと名前あるから」
顔の前に突きつける。急に向けられ驚き身を引く。
「彼女はこの力を最大限に活かし日々ザープと戦ってくれているわけだ。ありがとう。白梅くん」
「はい」
柚利乃は自分の花を胸の中に戻した。作り出した白鷹もサラサラと粒子となって消えていった。
「須藤くん」
「はいっ!?」
柚利乃に向けていた視線を松平に戻す。
「君も今日からここで職員として登録させてもらう」
それを聞き顔色を変える。
驚きのあまり思わず、身を乗り出す。
「まっ待ってください!俺もこれからザープと戦えってことですか!」
いくら花の力を持っているからといってもあまりにも急すぎる。確かにザープを一匹倒しはしたが、あんなの捨て身もいいところだ。
春樹の慌てた様子に松平はかぶりを振った。
「そうではない。花の持ち主は一度我々の元で保護するという決まりになっているんだ。決して剪定者になれと言っているわけてはない」
「……そう…ですか」
それを聞き、春樹は胸を撫で下ろした。前のめりになった体を戻す。
しかし、不安は完全には消えなかった。
「これから君の今の状態を調べさせてもらう。今から職員を呼ぶ。君はその職員の指示に従ってくれればいい」
不安を胸に抱きつつも、春樹は静かに「はい…」と答えた。
しばらくして、担当と思われる職員が春樹を呼びに来た。
「じゃあ、俺行ってくるから」
立ち上がり、春樹は扉の方へと歩いて行く。
「えぇ、終わった頃にそっちに迎えに行くわ」
「おぅ、ありがとうな」
軽く手を上げ、振り返ると柚利乃も小さく手を振り返してくれた。
ドアが閉じ足音が聞こえなくなったの見はからって、柚利乃は改めて松平の方に姿勢を戻す。
「先日のザープの出現から今日までの間、須藤くんの件、ご苦労だった」
「いえ、あの場にいた私が適任でした。念のため、彼が病院のベッドで目を覚ます前に外部に情報が漏れないようシードのアクセス権限を無効にしておきました」
「あぁ確認している。外部に情報が漏れた形跡もなかったようだし、それに関しては問題無さそうだ」
あの日の夜、燃え尽きたザープの死体の中から春樹が現れた時は驚愕した。そこから様々な検査の結果、春樹が花の持ち主である可能性が浮上したと柚利乃は報告を受けた。そして、上からの命令はこちらの環境が整うまでの間の春樹の監視役を務めるというものだった。
「後の面倒はこちらでみよう。寮の方で空き部屋を用意しておいた。須藤くんにはそちらに移ってもらおう」
「…その件ですが、本部長」
「ん?」
松平が眉根を上げる。
「もし、よろしければ引き続き須藤くんを私に任せてもらえないでしょうか?」
真剣な眼差しで松平を見つめる。
「こちらとしては構わないが___理由を聞いてもいいかね?」
すると、聞かれた柚利乃は目を伏せた。
軽く握ていた手に少し力が入る。
「先日の戦闘時、私が現場にいたにもかかわらず須藤くんを危険な目に合わせてしまいました。その責任として彼の状況が落ち着くまでの間、私は彼のサポートを務めたいのです」
静かな、そして強い意志がその眼差しから伝わってきた。松平は頷く。
「わかった。君がそういうなら引き続き監視役をお願いしよう。こちらもできる限りのサポートする。須藤くんをよろしく頼む」
「はい。ありがとうございます」
力のこもった表情で柚利乃は答えた。
柚利乃と別れた春樹は職員に連れられアッシュ本部から出た。案内されたのは昨日までいた国立の病院だった。エレベーターに乗り地下深くまで降りる。その後、多種多様の機械に体の隅々まで調べられた。見たこともないような巨体な機械もあったりと、ここの設備の凄さに圧倒されぱなしだった。
「検査はこれで終わりです。お疲れ様でした」
男性職員に促され、部屋から出る。
「では、着替えてもらったのち、私が出口までご案内しますので」
「あの、すいません」
立ち去ろうとする職員を呼び止める。
「少し寄りたいところがあるのですが」
病室の扉を開け、中へ入る。
暇そうに漫画を読む少女がこちらに気づく。
「あっはる兄っ!」
「よっ!元気だったか?奈津菜」
読んでいた漫画を閉じ、近付いてくる春樹に顔を向ける。
「退院したのになんで戻ってきてるの?」
「…えっと…。再検査?みたいな?受けてくれって言われて。それの帰り」
花の力に関することは基本的に口外できない。もし聞かれたらそう言うようにと、地上に戻るエレベーターの中で職員の人に言われた。
「ふ~ん」
「あっでも、お土産ならあるぞ。ほら、売店で買ってきた、トッポ」
「えー私ポッキーの方が好きーー」
「…そんなこと言うならあげないぞ」
「あーやだやだ。いります。いりますー」
こういう減らず口を相変わらずなようだ。
春樹からお菓子の箱を受け取りと早速封を開け食べ始める。
「ってか、お菓子買ったってことはシード直ったんだね」
「あぁ忘れて普通に支払いしたらいつの間にか直ってた」
「何それ?」
呆れ顔をしながらポリポリと食べていた。
「で、はる兄。昨日はどうだったの?」
「どうって何が?」
「柚利乃さんだよっ!何か進展あった?」
「あぁ…」
ジト目になりながら昨日のことを思い出す。そういえばそんなこと言っていたな。今日一日の衝撃的過ぎる展開の数々ですっかり忘れていた。
「で、どうなの?」
「どうって…。別に…」
「パンチラあった?」
「いや」
「おっぱい揉んだ?」
「全然」
「お風呂入ろうとしたら先に入っててお互い裸でばったり会っちゃった?」
「お前、ラブコメの読みすぎだろ」
こんなこと柚利乃であったならおそらく白鷹で首を斬られるているだろう。
「普通に泊まっただけだしそんなハプニングイベントなんて起きないよ」
「えーつまんないのー。もっとさ。こう。能動的?に動いてよー」
不満げに顔を歪ませながらベッドに体を倒す。
そんな奈津菜の様子を見て春樹は安心したように微笑んだ。一人になって寂しがっていないかと思ったが、意外と大丈夫そうだ。思ったよりも元気な様子でよかった。______だが、もしこの笑顔が空元気だとしたら。
「………」
お菓子を食べる奈津菜を見つめながら春樹は目を伏せる。一瞬躊躇い口ごもるもを決め、それを言葉にする。
「…奈津菜、その…この間はごめんっ!」
「……………えっ?」
深々と春樹が頭を下げる。
なんのことだかわからず奈津菜はきょとんとする。
「俺が寄り道なんて余計なことをしたせいでお前に怖い思いをさせちまった。俺のせいで…。だから_本当にごめん」
昨日奈津菜と別れた後、ふと思った。
もしかして奈津菜は自分に気を遣ってあえて明るく振る舞っているのかもしれない、と。それに気づいたときからそのモヤモヤがずっと心にあった。
本当は起きたとき一番に謝るべきだったのだが、タイミングを逃してしまった。
「…………」
少しの間、無の時間が二人を支配する。その時間はとても長くねばついたもののように感じられた。そして、現実の時間にして数秒経ったころ奈津菜が口火を切る。
「えっ…と、はる兄、それ何の話?」
奈津菜は小首を傾げる。
予想外の反応に春樹は目を見開く。頭を上げ、奈津菜を見る。
「何って、ザープが出た夜の_」
「…私、その夜はる兄に会ったっけ?」
その反応に言葉を失った。
惚けているわけではない。気を遣ってあえて触れないというものでもない。
ただ本当に春樹の言っていることが心底わからない、そんな表情をしていた。
コンコンと病室の扉を叩く音がした。扉が開き、人影が一つ中に入ってきた。
「やっぱりここだったのね」
「柚利乃!?」
「柚利乃さん!」
柚利乃の声で春樹は思考を取り戻す。
「お話し中のところ悪いけど。そろそろバスが来るわよ」
「あぁわかった」
そう言われ春樹は椅子から立ち上がった。
「じゃあな、奈津菜。大人しくしてろよ」
「はーい。入院中暇だからまた来てね」
「気が向いたらな」
軽く手を振りながら春樹は病室を出た。
「…柚利乃?」
閉まる扉を見つめながら奈津菜は首を傾げた。
家に着くと、春樹がいなくなった後本部長との話し合いの内容を聞かせてくれた。結局この件が落ち着くまで保護と言う名目で柚利乃の家にお世話になることになった。なぁこうなったら仕方ない。とことんあのシェフの料理を堪能するとしよう。
検査の結果が出たのはそれから一週間後のことだった。
「先日の検査の結果が出たので報告させてもらう」
アッシュに呼ばれた柚利乃と春樹は本部長の席の前で立っていた。席に座る松平。そして、白衣を着た女性が一人、壁際に立っていた。白衣に反して髪の毛は黒く、長さは…………柚利乃くらいか。
「では佐伽羅くん、結果を」
「はいはい…っと」
壁に寄りかかっていた佐伽羅と呼ばれた女性は気だるそうに手に持っていた端末を操作する。この人、確か退院する時に柚利乃が呼んできた_
「医療部の佐伽羅舞香だ。先日行った検査の結果なんだが…単刀直入に言う」
舞香は手に持っていた端末を突きだし春樹を指した。
「お前、このままほっとくと____死ぬぞ」
「………はい?」
耳を疑った。
今この人何て言った…?
「聞こえなかったか?お前このままほっとくと死ぬぞっていってるんだ」
「………」
唐突の死を宣告され頭の中の理解が追いつかない。
「せっ…セカンド・オピニオンを要求します」
「ここより優秀な医療機関はこのガーデンにはないと思うぞ」
完全に混乱している春樹は目の色を失っていた。
話が停滞してるのを見かねて横にいた柚利乃が舞香に問う。。
「佐伽羅先生、このままでは須藤くんが死ぬというのは具体的にどういうですか?」
パニック状態になっている春樹とは対照的に柚利乃は冷静だった。
「専門用語並べてもわからんだろうから、簡単に説明するぞ」
端末を操作し、空間ディスプレイが現れる。春樹たちの目の前に検査結果のようなものが、表示される。
「お前の花を調べたところどうやらだいぶ不安定な状態のようだ。エネルギーの流れがうまくっていない。まぁこれ自体は未覚醒前ならよくあることだ。問題はそこじゃない」
手元の端末をフリックし、次のデータへと移る。データ内の人体図の中心部分が赤く光っており、数字も何ヵ所か赤く記されている。
舞香は続けた。
「お前の花は通常の花よりも強力のようだ。前に述べた不安定の状態もあいまってかお前の体に相当負荷がかかっているな。気づいてないと思うが、少しずつお前の体を破壊している。このペースだともって四ヶ月、早くて三ヶ月後には廃人になっているだろうな」
「そんな…」
頭を抱え、うなだれる。
ついこの前、死ぬかもしれないところをどうにか生きていて喜んだばかりなのに。どうしてまた…。
「まぁ待て。人の話しは最後まで聞くものだぞ」
眠そうにあくびをしながら舞香は手先を振る。
「一応、回避する手段はいくつかある。…………だが、まぁそうだな。一番いいのは_開花、だろうな」
「かい…か」
その言葉を聞き、目を見開く。沈んでいた春樹の体がゆっくりと起き上がる。
そして、脳裏に蘇る。初めてザープと会ったあの日の夜の光景。柚利乃の声。溢れる光。花が舞う、あの_。
空間ディスプレイの内容が変わり、新たなデータが表示される。
「現状、開花していないがために力の流れが確立できていないのが原因だ。一度開花してしまえば、体内の道が開き力の流れが安定する。そうなれば、お前に起きている問題は全て解決される」
僅かに声色をおとし舞香は目を細める。
「だが、そのためにこちらの訓練を受け、どんなに遅くとも三ヶ月以内には開花してもらう必要がある。お前にとっては相当きついものになるだろうな」
指をフリックしページが切り替わる。
「もう一つは花を無理やり切除する方法だ。これに関してはお前が特別何かしる必要はない。だが、さっきも言ったがお前の花は不安定だ。切除作業中に暴走するリスクがある。そうなった場合、悪いがお前の命は保証できない」
端末から目を離し顔を上げる。
「医者は患者の意見を尊重する。_____お前はどうしたい?」
春樹を見つめ舞香は問う。
「…………」
その視線に目をそらし、うつむき押し黙る。舞香の問いに対して春樹は直ぐに答えることはできなかった。
部屋の中に緊張感が漂う。
苦悩する春樹の姿を心配そうな眼差しで柚利乃は見ていた。
「…須藤くん」
数秒待ったのち柚利乃が口火を切る。
「佐伽羅先生、その話一度持ち帰らせてもらえませんか?」
舞香の視線が柚利乃へと移る。
「突然のことで須藤くんは今混乱しています。落ち着いてからもう一度_」
「…やります」
部屋いた人たちの視線が春樹へと集まる。
肺にたまっていた息を大きく吐き出し、
垂れ下がる手のひらが握り拳に変わる。顔を上げ、一歩踏み出す。
「俺やります。頑張って開花させて絶対に生きてやります!」