特別編 のじゃロリ、親戚に会う。(三人称)
「やっほ~、遊びに来たよ~」
「大叔母上ェ!?!?」
【ミレシュ】中心部、衛兵隊本部。
そこに用意された、エルフたちの滞在部屋。
扉を開いて入ってきたのは……深緑色の鮮やかな髪を持つ、美しいエルフの女性だった。
リオノールの父、つまり現王の叔母……ヴィラールである。
リオノールは驚愕し、ラザトゥルたちは素早く膝をついて頭を下げた。
窓際でパイプをふかしていたラオドールも、目を丸くしてたたずまいを直す。
「やあ、前に見た時より少し大きくなったかな? ええと……300年ぶりくらい? 直接会うのって……まあいいや、高い高~い」
「ふわーっ!? ちょ、ちょちょちょ、大叔母上! わらわはもうそのような歳ではございませぬ~!」
脇の下に手を入れられ、ひょいと持ち上げられたリオノールは抗議しつつ手をバタつかせている。
「ふぅん……じゃあ大叔母上もやめてくれないかな~? 私ってホラ、まだまだ若いんだから~?」
少し目の据わったヴィラールが、問い詰めつつ脇をくすぐる。
「あひゃひゃ!? わか! わかりました……! ではなんとお呼びすればよろしいので~!?」
「ふむん……そうだね、『姉上』とか……ちょっと、なんだいラオドールくんその目は!」
窓際のラオドールは、心からドン引きしている。
「いや……いかにヴィラール師が若くお美しいとはいえ、それはあまりにも。かといってそのままでは確かにいらぬ詮索をされましょうな……ふむ、それでは愛称でお呼びになればよろしいのでは?」
だが、そこはこの場で2番目に歳を重ねたラオドール。
なんでもそつなくこなせる男であった。
「そうか~! 確かにね! それじゃ、私のことは『ヴィーさん』とでも呼んでもらおうかな! あっはっは!」
「わ、わかりましたので下ろしてたも……大叔母……ヴィーさん!」
抱え上げられた猫のようなリオノールは、ジタバタと暴れていた。
「えーキミがレクテスちゃん!? 大きくなったねえ、覚えてる? 私がオシメを変えてあげたこともあるんだよ~?」
「そ、そう、ですか……」
「ラザトゥルくんもね~!」
「お、お世話になりました……」
思い出話に花を咲かせるヴィラール。
レクテスとラザトゥルは、揃って項垂れている。
自分すら知らぬ幼少の頃の思い出話を叩きつけられているのだ。
2人とも、普段になく顔を赤くしている。
「まったく……わらわは猫ではないというに……それで大お……ヴィーさんは何故こちらに? ジェストマにいる筈では?」
「あ~、なんか暇でねえ。今さあ、【淀み】の魔物が暴れてるじゃない? ジェストマ周辺にはアレ全然いないんだよねえ……だから、見に来たんだよ」
ヴィラールの言葉に、片眉を上げるリオノール。
「いない? 何故です?」
「うん……まあ、ここには秘密を漏らすような人がいないからいいかな?」
言いつつ、遮音の結界を展開するヴィラール。
息をするような自然すぎる魔力行使だった。
その魔法の鮮やかさに、全員が息を飲む。
「あのねえ、原因は2つあるんだよ」
ぴっと指を建てるヴィラール。
「まず1つ、あの周辺は龍脈の支流が増えるような環境下にない。それを避けるために、私があの街に住み始めた時に、魔術的な楔を打ち込んであるからね……ああ、もちろんトルゴーン本国の許可は取ってあるよお。メンテナンスが難しいから、あの街にしか施工できてないけどねえ」
龍脈の流れに干渉する。
簡単に言っているが、恐ろしく複雑で難易度の高いことだ。
それを推測できる全員は、そろって顔を青くしている。
「そして2つ目……あの街ではね、少し前に【闇渡り】が討伐されたんだ。あれほど凶悪な魔物が襲来し、しかも討伐されたことで広範囲に魔力が拡散した……しばらく、【淀む】対象になる魔物は恐れて寄ってこないよ」
「【闇渡り】……禁忌指定の魔物ですな。あれほどの強敵を……さすがは、ヴィラール師。儂も近くにいながら、まったく胎動を感じませなんだ」
しん、と静まった室内でラオドールがこぼす。
禁忌指定魔物【闇渡り】
無限とも思える魔力を有し、凄まじい回復力を持つ。
何度倒しても、有り余る魔力から瞬時に肉体を再構成する強敵である。
かなり魔術戦闘に長けたエルフでも、単独で相対すれば夜明けまで逃走、もしくは妨害を念頭に置くような相手だ。
よって、この場にいる全員は討ち果たしたのがヴィラールだと思っている。
「――違うよ、【闇渡り】を討ったのは私じゃない。『月の民』最後の族長……そして、私の大事なお友達のカマラちゃんだよ」
がたん、と席を立つラオドール。
「まさか、ムーク殿を護衛に雇っていたあのご老人が!? なんと……何度も近くで話しましたが、ごくごく一般的な獣人程度の魔力しか感じませなんだ……」
この中で、実際にカマラを見知っているのはラオドールのみ。
彼にとって、彼女は本当にただの老人だったのだ。
「……獣人の老女が、【闇渡り】を?」
「たしかに、『月の民』は少し前に滅んだとは聞き及んでおりましたが……【闇渡り】に壊滅させられていたとは」
レクテスとラザトゥルが驚愕している。
獣人を馬鹿にしているわけではない。
だが、衰えた個人に討ち果たせる程、【闇渡り】は容易い相手ではないのだ。
「あれぞまさに、ヒトの執念だよ。あの子は【闇渡り】を討つためだけに、その人生の大半を賭けた……獣人特有の身体強化魔法は最高峰、それに……そこらへんのエルフが逃げ出すほどの結界術の練度……そこに至るまでがどれだけの地獄だったのか、私にもわからないほどにね」
ヴィラールの顔に、悲しみが宿っている。
「人生の長い短いは問題ではないよ、大事なのは密度さ……そして、覚悟かな。あの夜のカマラちゃんは、恐らく彼女の人生で最盛期だった。衰えなんてないよ、あの子はあの一瞬で、自分の人生を燃やし尽くしたんだ。命と引き換えに……あの強大な魔物を討ったんだよ」
きゅ、と彼女は胸を押さえる。
「……どのようにして、討伐を?」
リオノールが聞く。
「長年練り上げ、タリスマンに貯め込んだ膨大な魔力を用いての短期決戦。【闇渡り】が耐えうる許容量を超えた魔力を一撃で叩き込んだのさ……あの子が持っていた魔法剣は、恐らく【げっこうのやいば】だろうね……月の民に代々受け継がれた、神代の神剣だ。生半可な魔法剣では、あれ程の魔力には耐えられない」
ほう、と息を吐くヴィラール。
「……ムークは、それを知っているのですか?」
「うん、カマラちゃんが見届け人に選んだのがあの子たちだからね。超高密度の結界で守った上でね……私も見ていたけど」
リオノールが、少し俯く。
その時のムークの心情を想像したのだろう。
あの底抜けに優しい男は、さぞ悲しんだだろうと。
「……儂の目も、まだまだじゃのう……単騎で【闇渡り】を滅ぼすほどの使い手だとは……あの方が」
「あの子の隠形は知らなきゃ私でも見抜けないよ。あの子はねえ、その為だけに生きてたんだから……」
ぱちん、と手を打つヴィラール。
「ま、この話はここでおしまい。そういうことがあったから、ジェストマは安全だって結論でいいよ……むろん、他言無用でね」
「禁忌指定魔物……本来は出現すれば即警戒態勢が敷かれるものですからのう。儂も、胸にしまっておきましょう」
ラオドールは、そう言ってパイプを咥えた。
「ムーク……あやつ、本当に色々と巻き込まれておるのう……」
リオノールのこぼした言葉に、ヴィラールの目が輝いた。
「そうそう! ムークくんさあ……リオノールちゃんのこと好きすぎない? 毎回木像にお祈りしてるしさ、空いた時間に微調整したりとか、香油で磨いてるんだよ?」
「むわー! ムークの大馬鹿者!!」
リオノールの真っ赤な顔を見て、ヴィラールの笑みはより一層深くなった。
・・☆・・
「ただいま~」
部屋の扉を開け、うんざりした様子のヴィラールが帰ってきた。
「ほっほ、その顔じゃと……仕事がありませなんだな?」
皆に茶を振舞っていたラオドールが笑っている。
「うん……ここの兵は士気が高いねえ、油断もしないし……さっすが大角サマがいるだけはあるよお……私、何にも仕事がなぁい~」
見目麗しいヴィラールは、子供のようにむくれてベッドに倒れ込んだ。
「まあね、いいんだけどさ~。なんでもかんでも手助けしちゃうと駄目だもんな~……ムークくんに渡した魔法具もそれなりのものだしさあ~……全身を包み込む可変式の鎧とかあげたかったんだけどな~?」
「それは慧眼ですな。わらわも色々とやりたかったが、それなりのモノにしておいたゆえ」
一般の常識に照らし合わせると、2人の送った品物は『それなり』以上である。
だが、この場にいるエルフたちは他と隔絶した実力の持ち主なので……そこに関しては気付いていない。
「そういえば、ムーク殿はエンシュの戦いでおひいさまにいただいた毛皮を損なったことをひどく悔やんでいましたなあ……組み紐に変えて、武器に結んでおりましたぞ」
「あ~、棍棒に結んでた紐のことね。ふふ~ん、愛されてるねえリオノールちゃぁん?」
「ぐぬう……あ、あやつめ……ふ、ふん! いじらしいことよな! 仕方があるまい……首都で会うことがあれば、新たな品をくれてやろうかのう! しょうがないのう!」
今日のリオノールは、よく赤い顔をしている。
従者二人はそれを見てほっこりと微笑んでいた。
「お前ら! なんじゃその目は! なにがおかしい!」
従者二人は揃って目をそらした。
「……でもさあ、やっぱり今回の【淀み】ってちょっと変だね」
ベッドに倒れ込んだまま、ヴィラールが呟いた。
「……変、とは?」
リオノールの問いに、彼女は顔だけを向ける。
「私もね、過去の【淀み】について全部詳細に覚えてるわけじゃないけど……なーんかね、なんか……違和感があるの~……まだ、よくわかんないけどね」
ぴくり、とリオノールが反応する。
白銀龍テオファールが語っていたことを思い出したからだ。
「それは……以前、偶然出会った白銀龍も言うておりました。此度の異変に、少し違和感があると」
「ほう……おひいさまもあの方に出会われましたか」
ラオドールの発言に、頷くリオノール。
「え~、白ちゃんも言ってたの? じゃあやっぱりこの違和感、気のせいじゃないか~……」
「白、ちゃん?」
リオノールが目を見開く。
「うん、古い古いお友達なのだよ。そっか~……工房はお休みにして来たし、ちょっと本腰を入れて調べるかな~……」
ヴィラールは立ち上がり、部屋から出ていく。
「周辺調査の許可、ゲニーチロくんに貰ってくるとするかな。暇なら、リオノールちゃんも調査に行く~?」
「それは……勿論!」
元が知識欲の権化と言われるエルフの中でも、かなりの上位のリオノール。
先程までの表情はどこへやら、目を輝かせて跳ねるように立ち上がった。
「レクテス、ラザトゥル! 留守番をしていてもよいぞ!」
従者二人は、顔を見合わせて苦笑した。
「何を仰いますか。私も興味がありますよ」
と、ラザトゥル。
「おひいさまの警護が私の職務ですので」
と、レクテス。
「儂も、客人の身分でいささか寛ぎ過ぎたわ……森歩きも悪くはありませんの、ほっほ」
最後に、ラオドールも立ち上がった。
全員、大なり小なり好奇心が旺盛……それが、エルフという種族である。
「よおし、じゃあ皆行こうか~!」
先頭を歩くヴィラールの目は、好奇心でキラキラと輝いていた。




