特別編 のじゃロリ、暴れられない。(三人称)
トルゴーン南端、最大の城塞都市『ミレシュ』
三重の防御壁に囲まれた、堅牢な都市である。
中部の要所『エンシュ』と同じように『影石』を加工して作られた壁は、常任の魔導兵によって展開される強固な結界壁無しでも、竜種のブレスに数十回は耐えられる構造をしている。
その内部は広く、エンシュのおよそ3倍。
衛兵や冒険者も多いが、有事の際には周辺地域の避難民を収容するための避難場所もあり……かなり余裕のある面積を誇っている。
その中心にある、衛兵隊の本部。
エンシュと同じように、現在は避難民の収容に充てられている。
さらに危険な場合は、これもエンシュと同じように地下空間へ収容されることになっている。
そんな衛兵隊本部の一室に、大柄な虫人が訪ねていた。
「おお! お懐かしゅうござる!」
2メートルを超える長身に、重厚な黒檀色の装甲に包まれた分厚い体。
額から大きく伸びる角は、先端で左右に分かれている。
その長い角と、何より数々の偉業でここトルゴーンでは絶大な知名度を誇る、英雄。
【大角】こと、ザヨイ・ゲニーチロである。
「……まさか、ゲニーチロくんかい?」
初めに気付いたのは、その部屋にいる4人のエルフのうちの1人……ラザトゥルであった。
その言葉に、ソファに座っていたレクテスが目を開く。
「これは懐かしい、あの時の若武者か。随分と立派になったようだ」
レクテスも思い出したようだ。
「ご無沙汰しておりもうす、いやあ……お二方はあの頃といささかも変わりがありませぬな! 懐かしきことよ……配下からお名前を聞き、もしやと思ってまいりましたが……ははは、流石はエルフ殿にござる」
ゲニーチロが、嬉しそうに笑い声を漏らす。
「ふむん、その姿かたち、名前から察するに……トルゴーンにこの人ありと謳われる、【大角】将軍閣下か。ラザトゥル、レクテス……お主ら、随分と有名な知り合いがおるのう」
その小ささから、ソファに半ばまで埋もれているリオノールが面白そうに言った。
「ほう、とつくにの事情に通じていらっしゃるの」
窓際でパイプをくゆらせるラオドールが聞くと、リオノールはその薄い胸を張った。
「ふわははは! 世界情勢に疎くては情けない故な!」
実際は、好奇心旺盛故に常に情報収集を欠かしていないだけである。
王族の責務とか職務とは、関係ない。
「これは……なんと麗しいお嬢さん……では、ありませんな。立派な淑女に言うべき言葉ではない……許されよ」
ゲニーチロは、一目でリオノールが見た目通りの童女でないことに気が付いた。
抑えていても、それとなく漏れ出る……濃密な魔力で。
「ザヨイ・ゲニーチロと申す……貴方様は、なるほど……『遠い所からいらした』な」
「うむ、『ジェマのリオラ』じゃ! よろしゅうにの、将軍」
ゲニーチロは、ラザトゥルたちがジェマのエルフでないのを知っている。
そして、彼らが下にも置かぬ扱いをする彼女のことを、『どういう身分』か察したのだ。
だが、彼女はジェマのリオラと名乗った。
それならば……彼は彼女を『ジェマのエルフ』として扱うことにした。
「しかし、ラザトゥルたちを見知っておったとは……お主ら、どのような関係じゃ?」
リオノールの言葉に、ラザトゥルが微笑んだ。
「いやなに、そこのゲニーチロくんが……おっと失礼、大角閣下が若い頃に【帰らずの森】で出会ったのですよ。あの時は驚いたな、レクテス」
「ああ、木々が弾け飛んでいるのが遠くから見えて……行ってみると、虫人の若者が大地竜の群れと戦っていたからな。何かの冗談かと思ったものだ」
ゲニーチロが、恥ずかしそうに腕を組む。
「あの頃は先のことを何も考えぬ小僧だった故……武者修行に森に入って、帰り道を見失ってしまいましてな。魔物どものお陰で食い物には困らぬのが救いでござったが、途方に暮れており申した」
その状態のゲニーチロを見つけたのが、当時黒い森を偵察していたラザトゥルたちである。
なお、当時のリオノールは本国でとある遺物の研究に没頭しており、10年ほど外出していなかったのだ。
それにより、護衛の2人はある程度自由に動けていたのだ。
「なるほどのう……大角閣下にもそのような血気盛んな時代があったか。ほっほ、ヒトに歴史ありじゃな」
面白そうにパイプをふかすラオドール。
「いやはやお恥ずかしいのである……あの頃は20そこそこの若輩者であった故……」
「20そこそこで大地竜の首を落とし続けられるのがまずおかしいのだ」
「てっきり魔人の類が攻めて来たのかと思ったな、あの時は」
ラザトゥルたちは、懐かしむように微笑んでいる。
それを見て、ゲニーチロはひたすら恐縮するばかりであった。
「ほう! ムークは大角殿と会っておったのか!」
「ええ、先が楽しみなよい若者である……ああ、やはりあの木像は貴方様であったか」
がたん、とソファを揺らすリオノール。
先程の出会いから世間話をする中で、共通の知人がいることに思い立ったのだ。
なお、当たり前だが話の途中で『ムークが世話になった』時間軸のズレにエルフ側が気付いて……それとなく修正をしている。
さすがに、『出会った時は芋虫だった』とは言うつもりがないので……『十何年か前に世話をした』という過去にしていた。
エルフの時間間隔は、長命種ゆえに曖昧である。
ゲニーチロは、その説明に納得していた。
彼らはどこかのムークではないので、その嘘が露見することはない。
「あやつめ……! 行く先々でわらわの木像を持ち出しよって……!」
憤った口調だが、リオノールの口元は嬉しそうに歪んでいる。
先程昼食をとったが、その際にも微弱な魔力を感じ取ってニヤついていた。
なお、他のエルフたちは微笑みながらもそれを見ないようにしていた。
「それほど感謝しているということなのでしょう。アカ殿なども、可愛らしく手を合わせておりましたぞ」
「おお、あの妖精か……どうじゃ? それはそれとしてなにかこう……あやつら、苦労はしておらんかったか?」
一転して、少し心配そうな表情のリオノール。
ムークが大人程の体格となり、それなりに強くなったと人伝手に聞いてはいるものの……彼女にとって彼は、あの手に乗る程小さく、思念のやかましい虫であった頃のイメージのままなのだ。
「苦労などと……フルットという街で会った時なぞ、立派な偉丈夫になっておりましたぞ。幾度か死線を潜り抜けたと聞いておりましたが……もはや、一端の武人の風格すらありましたな……」
若者の成長に、嬉しそうな雰囲気を醸し出すゲニーチロ。
「うむ、儂もエンシュで肩を並べて戦ったが……まさに獅子奮迅の活躍ぶりじゃった。魔物の大群を向こうに回し、一歩も引かず……街に潜入したアーゼリオンの特務兵と単身一騎打ちし、これを討ち果たしたのじゃ」
感慨深く呟くラオドール。
「なんと! そのようなことが……」
「おお……そういえば、さわりしかお話しておりませんでしたな」
ラオドールが紫煙を吐く。
「侵入してきた特務兵は、隠形の魔法に長けておってな……それにいち早く気付いたのがムーク殿じゃった。彼は避難民を害そうとしたその特務兵と壮絶に戦い、そ奴に半死半生の傷を与えた」
あの時の侵入者が、アーゼリオンの誰なのかは結局わからなかった。
だが、避難民の証言と目撃談からそれなり以上の練度を持っていたことは判明している。
「そして……その特務兵は『極光』という魔法を行使しようとした。アレは、命を媒介にする広域殲滅魔法……地下で発動されればエンシュは吹き飛んでおった。それをムーク殿が、あの兵を抱えて街の上空に飛翔し……その炸裂を間近で受けたのじゃよ」
「なんっ……!? 『極光』じゃと!? あれはかなり上級の結界術も貫通する術式じゃぞ!?」
がたん、と立ち上がるリオノール。
ムークが現在無事なのは知っているが、それはそれとして心配なのだ。
「儂も驚きましたぞ。ムーク殿は……ああ、白銀龍殿のことは知っておりますな? ……ともかく、白銀龍に上空で拾われたムーク殿には、頭と胴体の半分しか残っておらなんだ」
ラザトゥルとレクテスも息を飲む。
ゲニーチロは配下からの連絡で知っていたので、反応はしなかった。
「そ、それでムークは……?」
リオノールの問いに、ラオドールが微笑む。
「ほっほ……風呂桶一杯に魔力ポーションを満たし、口から魔石をザラザラと流し込んでおったら……半日で全部『生え』ましての。いやはや、『魔素転換者』でなかったら死んでおる所じゃ……あれ程の傷では、たとえ特級のポーションを使っても体力が持たんゆえな」
「……ああ、あやつはそうじゃったのう……力量はそれほどでもないが……回復力は出鱈目であったわい」
ぼすん、とソファーに腰を下ろすリオノール。
その顔には安堵の感情が浮かんでいた。
「それも、ひとえに貴方がたに助けられてこそでありましょう。ムーク殿は先だって、トルゴーン北部で『ディナ・ロータス』と接敵し……巡回騎士団と協力をして討ち果たしており申す……力量の方も、潜った修羅場の数だけ増しておる。拙者が同じ年頃の時分なぞ、比べるのも馬鹿らしいほどでありますよ」
ゲニーチロは、体つきからムークのことを10代後半か20代前半程度だと見積もっている。
その年頃としては、十分以上に強者の領域に足を突っ込んでいるのだ。
……流石に、いまだに生後1年未満と気付くことは不可能だ。
「ディナ・ロータス……ああ、あのうすらでかいそれなりの魔物か。アレを向こうに回して戦うとは……なるほど、わらわが知っておるよりも数段腕前を上げたらしいのう」
ディナ・ロータスは決してそれなりの魔物ではない。
リオノールの魔法からすれば、楽にその装甲を射抜くことができるが……一般の戦闘職にとっては歩く災害のようなものである。
戦闘に不得手な民からすれば、絶望の対象ですらある。
「そのようですな……大きく、いや強くなったものだ」
「私が最後に見た時も中々の魔力量ではあったが、これは再び会うのが楽しみになりますね」
ちなみにであるが、ラザトゥルもレクテスもディナ・ロータスに対しては問題なく処理できる腕前を持っている。
この部屋にいる者たちが、誰もが他と隔絶しすぎる力量の持ち主なのだ。
「――お頭、首都より伝令が」
その時、部屋の外から声がかかった。
「ぬ、わかった」
ゲニーチロが席を立つ。
「不調法なれど、これにて失礼仕る。もしよろしければ夕餉の際にでも、またお話をしたいものである……御免」
そう言って頭を下げてマントを翻し、彼は部屋を出て行った。
その足音が完全に消えてから、リオノールが溜息をつく。
「……ふん、まるで物語の英雄じゃな、あやつは。行く先々でなにかと面倒に巻き込まれておるのう……今まで何をしてきたか、首都で会うたら子細を全て聞き出さねばなるまいて!」
「楽しみですね、おひいさま」
「む、むう……そうじゃな! 暇つぶしにはなろうかの!」
レクテスのからかうような声に答えたリオノール。
その頬は赤く、口元は緩んでいた。
この部屋にいるエルフたちは、それについては微笑むだけで何も触れなかった。
・・☆・・
「わらわの活躍場所がないわえ」
目の前の光景を見ながら、リオノールがこぼす。
「よいことではありませんか」
「なんでもかんでも手助けすればいいということではありませぬよ」
ラザトゥルたちが、苦笑しながらたしなめている。
ここは、ミレシュの一番外側にある防壁だ。
夕食までの暇つぶしとして、魔物でも駆除しようかとやってきたリオノール達だったが……
「なんじゃこれは……士気が高すぎる」
リオノールが呟いたのとほぼ同時に、爆音。
外壁の内部から放たれた一撃が、飛来したオオムシクイドリを撃ち抜いた。
これは、ドワーフの国【ガリル】より輸入された武器である。
ムークが見れば、『キャノン砲ジャン!?』と驚愕する代物だ。
魔法に頼らずに発射される鉄球には、内部に魔術的な機構が備わっており――魔物に肉薄すると炸裂して細かい鉄球が撒かれる。
そこらの魔法よりも強力な兵器である。
「――命中!」
「次弾装填! 備えよ!」
「接近する魔物、ナシ!」
「魔力放射! 黒い個体を探れ!」
「反応ナーシ!」
続々と上がる反応。
油断も慢心もなく、与えられた責務を確実に実行している。
「なんとも、練度の高い兵たちよ……」
「ほっほ、当たり前じゃな」
リオノールの呟きに、ラオドールが答える。
「この街はかつて、巨人種の大攻勢によって危うく滅びかけた。それを僅かな手勢で【大角】殿が救い出したのよ……それ以来、この街は更に防壁を堅固にし、衛兵の練度を上げるべく訓練に明け暮れておる。それに……ホレ」
ラオドールが指差す先には……全長5メートルほどの、ゲニーチロの銅像。
防壁の最上階に立ち、腕組みをして森の方向を睨みつけている。
「その立役者が、今ここに滞在しておるのじゃ。衛兵たちの士気は天井知らずよ、儂も手助けを……と思ったが、本当に仕事がないわい」
「……英雄殿の面目躍如、じゃなあ……」
リオノールは、困ったような表情で肩を落とした。




