第124話 蜘蛛のヒト。
「例の男は、オルクラディの密偵でした」
「マジデスカ」
初の『お仕事』を終えて、翌日。
ちょっと早くに起きて、アカと一緒にベンチで日向ぼっこしていると……いつの間にか横にイセコさんが座っていた。
「お墨付きをいただいたので、我々が秘密裏に突入して言質を取りました」
妖精の発言に対する信頼が強すぎる。
「……イインデスカ?」
ちょっと無理やりすぎん? 犯罪の証拠もないのに踏み込むなんてさ。
「本当にロストラッドの方ならば外交問題になりますが……アーゼリオンとオルクラディとは、国交がありませんので」
しれっと言うイセコさんである。
「我々は表立って抗議はいたしません、もとより付き合いがありませんので。ですので……『何もなかった』ことになりますね」
「ニャ、ニャルホロ……」
もぞぞ、とマントが動いてヴァルが出てきた。
……いたんだ。
「ふふふ……手際が良いな。それでよし……あのような者どもを生かしおいては、後々の災禍となる故な」
ヴァルは笑いながらもとっても真剣な目だ。
……え? 何もなかったって……そういうことなんだ!?
おおう、殺伐……でもまあ、冷たいだろうけどボクは知らんし。
オルクラディとかいうトンデモ国家よりは、色々お世話になってて過ごしやすいトルゴーンの方が100兆倍くらい大切ですしお寿司。
……そういえばお寿司ってまだ見たことないな、今度ヤマダさんに聞いてみよ。
「イセコ、それで討ち漏らしはいるのか?」
「把握していた人員は全員処理しました。たとえ残っていても、集団でなければ何もできないかと」
「うむ、これでこの国が少し綺麗になったな」
「ええ、本当に」
なんか、2人の迫力が凄いなあ。
「これからも同じような『仕事』があればいつでも言え。小さき者たちの安寧の為よ、ムークも嫌とは言うまいて」
「はい、ありがとうございます」
なんか先の予定までどんどん決まっていく。
まあいいけどね、お仕事しますけどね。
恩も返せるし、アレなヒューマンは減らせるし!
「ふぁふう……んにゃむ、んにゅ……」
ポカポカ陽気に眠りこけるアカを撫で、ボクは何も口を挟まないことにした。
・・☆・・
「……ッテ、ワケミタイ。2人モ外ニ出ルナラ気ヲ付ケテネ」
食事後、部屋に戻ってアルデアとマーヤに顛末を話す。
ロロンは妖精たちと洗濯物を干していて不在です。
働き者アルマジロ!
「ム、やはりトルゴーンとはいえ首都……有象無象がはびこっているのナ」
「人が多いと変なのも増える。困るよね」
2人はそんなに驚いた様子はない。
「ムークと違って、私はこの美しさがあるのナ。1人で旅をしていた時はそんな手合いはしょっちゅうだったのナ~?」
コメントに困る……だけど、この世の中で女性1人旅をしてるんならそうか。
殺伐としていらっしゃる。
「トルゴーンはかなり安全な方だとは思うけどね。女1人で休憩所に寝てても何もされないなんてビックリ。ラーガリでも荒れてるところは普通に襲われるよ? 全員半殺しにしたけど」
そうなんだ……やはりむしんちゅは凄い。
そしてマーヤが強い。
……前にも思ったけど、このパーティで一番平和ボケしてるのはボクだと思う。
いや、確信した。
記憶云々はともかく、ほぼ魔物関係でしかサツバツを体験してないからねえ。
「注意はするが、今までと一緒なのナ。女は女というだけで常に注意しておくものなのナ~♪」
「ニャルホロ……」
「そんなことよりムーク、飲みに行こ。いい店見つけた、朝から開いてるからね、ね」
「マダ昼前ナンダケドンノオアアアア……」
答えを言う前に、まずマーヤに手を掴まれて引かれる。
「ホラホラ、面倒な仕事が終わったなら行くのナ、行くのナ~♪」
力強い! と思っていたら流れるようにアルデアに押された。
双方力持ち! 歩くから! 歩くから~!
・・☆・・
「まうまうまう……」
アカが、ハムスターの親戚くらいほっぺを膨らまして食べている。
食べているのは、薄いパリパリの生地でサンドされたチーズのお菓子……というかオツマミ。
「マウマウマウ……」
まあ、ボクも食べてるんですけどね。
うーん、やめられない止まらない……チーズウマウマ……発酵最高……
「美味しい? アカちゃん」
ちょっと掠れたセクシーな声に、アカがニッコリ笑って返す。
「ぱりぱり、おいし! おいし! これしゅき、しゅき~!」
「ん~、ホントカワイイわァ~♪」
すっと出てきた艶やかな指がアカを撫でている。
「うにゅう、えへへぇ」
その黒くて長い指は、ボクの指よりも長い。
「アカちゃんは食べちゃいたいけど、ムークさんも美味しそうよォ?」
「アヒャヒャ!?」
顎をくすぐるのはやめてください!
薄暗い店内には、なんともいい匂いが漂っている。
カウンター席しかないこじんまりとしたバーだ。
バーは概念しか知らないけど、多分そんな感じ。
ボクらは、カウンターに一列になって座っている。
他にお客さんはいなくて、貸し切り状態!
元々椅子の数も多くないし、ここはそういうお店なんだろうねえ……
「ここの店はいいのナ。五月蠅くもないし、落ち着いて酒が飲めるのナ」
「客層がいい。落ち着く」
アルデア達が薦めるだけあって、確かに落ち着いた空間だ。
さりげなく置いてある観葉植物も、なんだかとってもオシャレに見える。
「嬉しいわァ。お客を選べるのがこういう店のいい所なのォ」
カウンターの、向こう。
そこにいるのは、艶やかな黒髪を短く切り揃えた虫人の女性だ。
赤くって、まるで宝石みたいな目が……6つ。
ヒトと同じところに2つと、額の方にアカみたいに小さな赤い点が4つ。
とってもスタイルのいい上半身には、ぴっちりしたレザーみたいな服を着ている。
「はい、ムークさん。果実炭酸水ねェ」
「アリガトウゴザイマス、タヴィアサン」
そして、下半身は……蜘蛛!
いつぞやの地底蜘蛛を思わせる、黒くてツヤッツヤの6本脚が格好いい。
話にだけは聞いていたし、概念は知っている……『アラクネ』って種族だ。
上半身だけ見れば、黒い装甲に覆われた両腕が格好いい感じのお姉さんにしか見えない。
お目目が多い? 遠くから見れば宝石にしか見えないしね。
彼女の名前はタヴィアさん。
1人でこの店を切り盛りしている人だ。
年齢? わかんない!
とっても美人だし、大人っぽいってことしかわかんないや。
「ハイアカ、半分コネ」
「あい~!」
アカの前のグラスに炭酸水を注ぐ。
あ、この子は孤児院から出る時に飛んできたので、連れてきました。
「アルデアさんから聞いてたけど、ムークさんはお酒駄目なのよねェ?」
「ハイ、ナンカ記憶ガ無クナッテ歌ッテ踊ルミタイデ……」
「まぁ! 見てみたいけど記憶が無くなるのは可哀そうねェ?」
増えていくおひねりが、地味に技術の向上を物語っているような気がする虫です。
「見ている分には楽しいが、たしかにここでやられるとナ~?」
「ん、孤児院でやるといい。子供たちもきっと大喜び」
「子供ノ前デ泥酔シテ踊リ狂ウトカ、教育ニ悪スギルト思ウノ……」
反面教師としては大いに役に立ちそうだけどもさ!
「おやびん、おうたじょうず! アカ、おやびんのおうたしゅき! しゅき~!」
「オホホ~? イイ子ジャネ~?」
最高にかわいいことを言うアカを撫でる撫でる。
概念を総動員して新しい歌をどんどん教えてあげなきゃ……
「えへぇ! えへへぇ!」
はーかわえ、世界一かわえ……
「ンフフ、仲がいいのねェ。ヒトと一緒に暮らす妖精なんて、部族の里にいた時も聞いたことなかったわァ」
タヴィアさんはボクとアカをニコニコ見ている。
「里、デスカ?」
この人も出稼ぎ……っていうか、外から来た人なのね。
「ええ、私は帝国出身なのォ」
「帝国なのナ? それはまた随分遠くから来たのナ」
「うん、てっきりこの国のアラクネさんだと思ってた」
アルデア達も聞いてなかったのか、目を丸くしている。
「そうよォ。帝国の北の森出身……里はもうないけどねェ?」
帝国の、北……あっ。
まさか……
「オルクラディ……」
「そ、正解ィ」
タヴィアさんは手をパチパチ叩いた。
「連中の奴隷狩りよ、奴隷狩りィ。自分で言うのもなんだけど、私たちって美人揃いだからねェ? スケベな顔した連中が攻めてきたのォ」
なんてことないように言ってるけど、おおごとじゃないか……
「ス、スイマセン辛イコトヲ……軽率ニ……」
「あ、なんか勘違いしちゃったァ? みんな元気に生きてるわよォ、たぶん」
へ?
「他種族をカス扱いする癖に、女相手にはてんで弱いんだもんねェ? 族長がさ、『歓迎の宴を開きますゥ~、いらしてェ~♡』って言ったらねェ……ノコノコ来ちゃってさァ?」
タヴィアさんの笑顔、なんかコワイ~……
あ、アカの耳を塞いだ! 本人はキャッキャしてる! かわいい!
「――全員首だけにして国境線に並べてやったわァ。あの時は楽でよかったわねェ、結局奴隷狩りの振りした正規兵だったからァ……装備も高く売れたしィ♪」
二コリ、と微笑んだタヴィアさんは……謎の迫力があった。




