特別編 ただ、死にゆくのみ。 (三人称)
「どうしたジローザ、そのように押し黙って」
『デンダ』の街からの街道。
そこを、数十台の竜車が走っている。
運ばれている者たちの内、子供たちは皆旅行気分で笑顔を見せているが……御者は違った。
その竜車の御者席に座る1人の虫人が、傍らにいるもう1人に話しかけた。
「……できれば、残りたかった」
クワガタによく似たその男は、絞り出すようにそう答えた。
「馬鹿を言え。優先順位を間違えてはならん……我らは、子供らと民を守護することが本懐だ」
「しかしサンジュロ! 爺様たちが……!」
食ってかかるジローザを、サンジュロが睨んで静止させる。
「大声を出すな……! 子供らに聞こえたらどうするのだ……!」
ぐう、と言葉を漏らすジローザ。
彼は手綱を握りしめて、顔を俯かせた。
「……シンノジョ殿に、残らせてくれと言った」
「……ああ、それで頬がそうなっておるのか」
ジローザの右頬は、少し陥没して装甲にヒビが入っている。
「『楽しみを奪うな』と笑って殴られた……情けない」
「あの方に殴られてその程度で済んでよかったな。本気であれば首から上なぞ吹き飛んでおる」
何かを感じたのか、走竜が御者席に視線を送った。
「何でもない、少し急がせるが頑張ってくれ」
「ギャウ!」
サンジュロはそう答え、走竜は安心したように前を向いた。
「……どうにもできぬよ、我らには。あの方々は望んであの立場にいるのだ、そして……我々は、まず子供らを無事に送り届けねばならんのだ」
「わかっている、わかっているのだ……! 鎮魂の巫女になるやもしれぬ子供らが、デンダでは最も守るべき者たち……否、子供であるだけで、守らねばならんとはわかっているのだ……!」
更に俯き、言葉を絞り出すジローザ。
「そうだ、そうせねばならん……それだけ辛く、苦しくとも……我らは、そうせねばならんのだ」
そう言ったサンジュロ。
彼の口調は穏やかだったが、手綱を握りしめるその手には……凄まじい力が籠っていた。
「――どうか、ご武運を」
その言葉をどちらが言ったのか、風の音に紛れてわからなかった。
・・☆・・
「ゴローザ、どうだ?」
シンノジョが声をかける。
「うん……疲れた。儂は……ここで、いい」
声をかけた相手は、地面に座り込んでいた。
その体からは、鮮血がどくどくと地面に流れていく。
片腕を失い、腹を破られたゴローザは瀕死だった。
「……そうか。どうする? ポーションはまだあるが」
「もう、次が来る。お前は、戻っておけ……この傷では、治っても衰弱して、死ぬ」
ごぼり、と血を吐くゴローザ。
「わかった。それではな、戦友」
シンノジョは、そう言って背を向けた。
「ああ、楽し、かったよ」
その声を聞きながら、シンノジョは城門を潜った。
「ゴローザは!?」
「駄目だ、城門を閉じろ」
聞いてきた虫人は一瞬言葉を失い、すぐに頷いた。
「閉門! へえええいもおおおおおん!!」
その声が響くと、城門が重々しい音を立てて閉じた。
「シンノジョ、そっちはどうだ?」
城壁から下りてくるテツーゾ。
「キョーハとジーライが死んだ、ゴローザも腹をやられて立てん……本人が拒むので、置いて来た」
「そうか……こっちでもセイタロとハチベがやられた。タマールのとっつぁんは元気だが、義足を喰われて動けん」
シンノジョは、小さく息を吐く。
「だいぶ減ったな……第四波が激しかったからな」
最初は、黒い地竜の群れだった。
問題なく撃退を続けてきたが、しばらくすると群れに変化が起こった。
深淵狼……森の奥深くに生息する狼が群れに混じり始めた。
元々黒い種類だが、その体表は紫がかった黒色だった。
これは、森狼など比べ物にならない強力な魔物である。
黒い深淵狼は恐るべき速さで城壁に襲い掛かり、登り始めた。
シンノジョたち陸戦隊も救援に向かおうとしたが、地上に展開した方にも深淵狼が迫る。
――壮絶な接近戦が始まった。
陸戦隊も、弓隊も血みどろの戦いになった。
1人、また1人と老人は倒れていった。
だが、その誰もが死に際に魔物を道連れにするという最期を遂げた。
「残っているのは、18人か……半分以下になったな」
「ああ、城門は塞いだ方がいい。城壁で迎え撃とう」
現在、撃退した群れの数は8つ。
屠った魔物の数は500を優に超えている。
だが、森の奥ではまだ木々が揺れていた。
「そうするか……城門を塞ぐぞ! 土魔法が使える奴らは手伝ってくれ!」
シンノジョが歩き出し、何人かがそれに続く。
「テツーゾ、こいつはキツイ戦いだなあ」
テツーゾに声をかけたのは、失った片腕を乱雑に治療した虫人だった。
傷は焼いて塞いだが、体力の消耗が激しい。
今も、立っているのがやっとという状態だった。
「ああ、だがロストラッドの戦役に比べりゃマシさ。捕虜を取らなくてもいいし、敵さんの根性も曲がってねえしな」
「ちげえねえ! ははは! ……あの子たち、もう騎士団と合流したかねえ」
笑った虫人は、小さく血を吐いた。
それを見知らぬふりをしながら、テツーゾは返す。
「半日は稼いだからな、今頃は頼もしい騎士さんたちにお熱かもしれねえ……ポーション使うか? 中級ならまだあるぞ?」
「いんや、いい。この傷治したらもう立てなくなっちまう……まだ、踏ん張るさ」
その答えに、テツーゾは小さく頷くだけだった。
魔石で回復できるムークと違い、彼らはヒトの治癒力を底上げして傷を塞ぐポーションに頼らねばならない。
そして、等級の高いポーションは体力の消耗も激しい。
傷を負った彼には、もうその回復に耐えるだけの体力は、ない。
「上に上がれるか? 駄目なら引っ張り上げてやるが」
「馬鹿言うなよ、まだやれるさ」
片腕の老人は、そう言って杖で体を支えた。
この場にいる老人たちは、大なり小なり傷を負っている。
「……1日、もつかね」
テツーゾの小声は、誰にも聞こえることはなかった。
そんな時だ。
「――おおーい! 来やがったぞ大物がァ! 南の空に影! 竜だ! 竜!!」
その声を聞くなり、テツーゾは城壁への階段を駆け上がった。
・・☆・・
「ブレスが来る! 結界用意!」
「だあ、畜生……鬱陶しいったらねえぞ!」
閃光が走り、城壁が揺れる。
虚空を切り裂いて殺到した青白いブレスが、堅固な城壁に激突。
一瞬早く展開した結界がそれを受け止め、明滅しながらも耐え切った。
「キュオオオオオオオオオッ!!」
そして、吠えながら上空を通過する影。
「――放てーッ!!」
城壁から矢と魔法が放たれ、その腹に次々と着弾する。
しかし、その『黒い』装甲にはさして影響を与えた様子はない。
「硬ぇな、ありゃ」
「聞くと見るとは大違いだ」
口々に老人たちが呟く。
シンノジョも、煙草を咥えて苦笑いの雰囲気だ。
「面倒臭いな、黒くなった水晶竜ってのは」
飛んでいるのは、黒い水晶竜だった。
深淵狼と地竜、そして水晶竜。
群れを成して攻め寄せて来た魔物たちによって、デンダの城壁はボロボロになっていた。
結界魔法の使い手はさほど多くなく、どうしても展開できる面積には限りがある。
その隙間に深淵狼がなだれ込み、街の中で戦闘が始まった。
結界役は水晶竜以外には手が回らない。
その隙を突かれ、1人また1人と倒れていった。
そして、深淵狼と地竜をすべて退けた現在。
残った人数は、弓隊5名、陸戦隊2名だった。
誰もが、満身創痍である。
そして先程、首都へ向けて最後の伝令魔法が放たれた。
これ以後はその暇もなくなるだろう、との判断から。
「水晶竜は、1匹1匹の縄張りが広い……そして、あれは雄だから子供もいねえ。だから、群れにはアレだけだろう……スタンピードなら別だが、今回の異変はまた違うだろう」
壁に背中を預け、テツーゾが立ち上がる。
「たとえ俺らが全滅して、まだ連中の後詰があるとしても……アレだけは、なんとかせんとな」
その壁は、血に染まっていた。
壁面を駆け上がってきた深淵狼に、脇腹を喰い破られたのだ。
出血量は、決して少なくない。
「ジュロベ、あと一回……正面からブレス、止められるか」
「……泣きの、一回だな。それでも全部は防げん……その先は、知らんぞ」
テツーゾに声をかけられたのは、弓隊最後の結界術師だった。
彼もまた、満身創痍。
ブレスの余波でその左半身は焼け焦げている。
座り込んで、もはや片腕しか動かぬ老人……ポーションの回復力に耐えられる体力もない。
「それでいい……シンノジョ、いけるか」
その声に、城壁に背を預けていたシンノジョも立ち上がる。
「ああ、それしかあるまい。相手にとって、不足なしだ」
その体には、左腕が無かった。
仲間の救援に気を取られた一瞬で、ブレスに削り取られたのだ。
「頼むぜ、俺が何とかしてみるからよ――来るぞォ!!」
テツーゾが、出血によって血の気の引いた顔で言ったその時。
「キュアアアアアアアアアアアアッ!!」
黒い水晶竜が、彼らに向かって飛び込んで来た。
大きく開いた口内に、魔力の輝きが集まっている。
固まった彼らを、根こそぎ葬るための――ブレスだ。
「オーム……ガラバ・ログ・メーラゥ・ハク……スヴァーハ!!」
結界が展開。
発射されたブレスが衝突。
水晶竜は、ブレスを吐き続けながら突撃を続けている。
ブレスの後、体当たりを行うつもりなのだろう。
「ぐ、ぐぅ……ああ、ここまで、か……! 畜生……! あとは、頼むッ!」
結界が明滅し、ジュロベが血を吐く。
結界が消える一瞬前に、テツーゾが正面に出た。
血を噴き出す体をものともせず、強弓に金属の矢をつがえて。
それは、少し前に命を散らしたタマールの遺品だった。
「――喰らいな、蜥蜴野郎ォッ!!」
テツーゾが、限界まで引き絞った矢を――放つ。
弦は弾けて切れたが、矢は彼がいつもそうするように真っ直ぐ、空気を引き裂いて飛んだ。
その瞬間に結界が消滅し、ブレスが彼の体を飲み込む。
「征けェ! シンノジョ! 征――」
半身をもぎ取られたテツーゾの口元は、最期まで笑っていた。
「――ギャオッ!?!?」
水晶竜が叫びを上げ、ブレスの勢いが弱まる。
テツーゾが最後に放った矢が、ブレスを貫通して口から体内を貫いたからだ。
稲妻の魔力が込められたそれは、水晶竜の魔力をかき乱す。
激痛に動きを止めた水晶竜は、その場で羽ばたく。
――その瞬間であった。
「――雷華流、チヴァ・シンノジョ――参るッ!!!!」
ブレスによって生じた噴煙から、影が飛び出る。
片腕で大太刀を握った、シンノジョである。
彼は、テツーゾの体を盾にしてブレスから生き延び、城壁を踏み割る勢いで空中へ飛び出したのだ。
即死のみを避けた彼の体には、そこら中に致命傷が刻まれている。
だが、その目だけは爛々と輝いていた。
「『吾が手に雷鳴あれ』!」
シンノジョが父から受け継いだ無銘の大太刀が、稲妻を宿して光る。
それを構えたまま――彼は、水晶竜の顔面に飛びついた。
「雄ォオオ、オオオオオオオオオオオッッ!!」
そのまま、大太刀を――反応しきれていない水晶竜の右目に突き入れた。
「ギイイイイイガアアアアアアアアアアッ!?!?」
刃渡り2メートル超の刀身が、根元まで埋まる。
水晶竜が飛行に回していた魔力が途切れ、重力に従って地表に落下していく。
「『弾けよ、吾が命を糧に』! 『その身を骨まで焼き尽くせ』ッ!!」
落下しながら放たれる、数度の魔法。
それは、脳に到達している刃から水晶竜の内部に注ぎ込まれる――稲妻の奔流となった。
いかに黒化したとて、いかに強力な魔物だとて。
脳に直接稲妻を叩き込まれて生きていける魔物は……そうはいない。
そして、水晶竜はそうではなかった。
水晶竜は、シンノジョを巻き添えに、轟音を上げて地面に叩きつけられた。
そして数度痙攣した後、残った片目から生気が消えた。
「……あ、お」
シンノジョの声。
水晶竜の落下による衝撃で、石畳の上に放り出されたのだ。
片腕の傷口は開き、両足はグズグズに折れている。
「……す、まん」
目だけを動かして、城壁を確認。
――そこには、仲間の死体だけが転がっていた。
水晶竜の、最後に放ったブレスの余波。
それに耐えるだけの体力を残していたものは、誰もいなかったのだ。
誰もが、武器を握りしめて事切れている。
「ぐ、ぬ……」
腰から引き抜いた杖を突き、這うシンノジョ。
血の川を引きながら、彼は城門へと向かう。
水晶竜の落下した衝撃によって、封鎖した城門が内側からひしゃげて開いている。
そこから、見えた。
――森の方角から向かってくる、深淵狼の群れが。
「ぬ、ぐぁ……」
ひしゃげた城門に背中を預け、懐から折れた煙草を出すシンノジョ。
彼は血にまみれたそれに火を点け、紫煙を喫い込む。
「ふぅ、うぅ……」
折れた骨の痛みに顔をしかめ、シンノジョは懐にまた手を入れる。
そうしている間にも、深淵狼の群れはデンダ目掛けて走ってくる。
しばし後、外に出た彼の手には……一枚の札が握られていた。
「ふぅう……ああ、美味、い」
紫煙を吐き、煙草を投げ捨てるシンノジョ。
残った手に握りしめた札に、魔力を込め始めた。
簡単な火付けの魔法よりも、うんと少ない魔力を。
「……天に、まします、尊き、女神……メイヴェル、様……」
全身から絞り出した魔力に、札が明滅を始める。
「どう、か……あの、子、たちに……安寧、と……祝福、を……」
札に刻まれた魔術文字が、赤く光り始めた。
血のように、赤く、赤く。
「この、先ずっと……笑っ、て……過ご、せ……ます、よう……に……」
そんな中、深淵狼の先陣が城門に到達。
シンジュロに牙を剥いて飛び掛かり――喉に拳を突き込まれた。
「遅かった、なァ……!」
深淵狼の口元から、凄まじい光量の閃光が漏れる。
「まぁ……上出来、か」
シンノジョは、微笑んで目を閉じる。
――消えていく意識の中、彼は確かに、光り輝く女神を見た。
――その瞬間、デンダの街は巨大な火球と化した。
ここは、トルゴーン南端の外れ。
スタンピードに対し、魔物を引き付けるだけ引き付けて――吹き飛ばす機構がある。
厳重な管理の下で、街の地下に張り巡らされた魔法陣と、大量の魔石。
有事の際にはそこに魔力を流して――魔物ごと、街の周辺を消し飛ばすための……最後の手段が。
また、同時に魔物の忌避する香りを含んだ薬品も飛散する。
それは爆発の余波によって、森と街道を少なくとも3日は封鎖するのだ。
魔物を限界まで引き付け、防衛が無理ならば吹き飛ばし、先への備えとする。
それが、デンダという街であった。
・・☆・・
「……見事、御……見事」
デンダの近郊、上空。
そこにいた空の民は、デンダが最後に放った火球を確認。
短く、しかし心からの敬礼をした後、翻って飛び去った。
一刻も早く、この結果を周辺の各都市へと伝えるために。
・・☆・・
「うー?」
竜車の中で、子供たちが周囲を見渡した。
「ね~、いま」
「うん、きこえたよね」
「みんなも~?」
騒ぐ子供たちに、セツコが声をかける。
「あら、みんなどうしたの?」
その声に、1人の子供が不思議そうに答えた。
「――おじいちゃんたちのこえ、したー」
子供たちが頷く。
「うん、したー。いっぱい、いっぱい~」
「『げんきでなー!』ってきこえたー」
「あたし『おなかだしてねるなよ~!』だったー!」
「ふしぎ~? なんで、なんでぇ?」
「まほうかなあ? ねえせんせー、どんなまほう~?」
セツコは、一瞬目を見開いて声を詰まらせた。
しかしそれも一瞬、すぐに目を細めて微笑んだ。
「ッ……さあ、何かしらね? でも……そうだとしたら、素敵な魔法ね……とっても……素敵な魔法ねぇ……」
彼女の目に光る涙に気付いた子供は、誰もいなかった。
・・☆・・
『おお……なんと雄々しく、なんと…嗚呼、嗚呼……』
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