特別編 老兵は去らず。 (三人称)
「おじいちゃんたち、おるすばんさみしくない~?」
「いっしょにいけないの~?」
「きしさんたちに、いったげよっか?」
トルゴーン南端。
周囲を森に囲まれた寺院を有する街『デンダ』
そこで、竜車に乗ろうとしている子供たちを見送る老人たちがいる。
虫人の男性は成人しきると、外見上での変化はほとんどなくなる。
だが、彼らは揃って『杖』を持っていた。
それで、老人だとわかる。
「いいんだよぉ。儂らは長旅はもうしんどいでな」
「そうそう、腰も痛いからなあ」
「みんなは首都でたんと遊んできな。ホレ、儂らからのお小遣いだ」
老人の1人が、子供に革袋を渡す。
じゃら、という音に渡された子供は笑顔を見せた。
「みんなで使うんだよ。しっかり使い切ってな」
「わあ! ありがとうおじいちゃんたち!」
「おかしかお、おかし!」
「うれしい! ありがとお!」
喜ぶ子供たちに、そろって和んだ様子の老人たち。
「さあみんな、そろそろ乗りましょうね」
「はあい」「はーい」「はい、せんせえ!」
修道服に酷似したものを着た虫人の女性が、竜車の扉を開けて声をかけた。
子供たちは、ニコニコと嬉しそうに車内へ乗り込んでいく。
「皆様……それでは」
女性が老人たちに声をかけた。
その目には、子供たちにはわからないかすかな悲しみが宿っていた。
「うん、セツコちゃんも羽を伸ばしてきな」
「爺の相手ばかりじゃかわいそうだ」
「おうおう、いっそいい男でも捕まえたらええ」
その女性に、老人たちは口々にそう言って手を振った。
「はい……留守を、お願いします」
女性は何かを堪えるように口を結び、再び頭を下げた。
そして、扉が閉まる。
小さな窓越しに、子供たちが車内から手を振っている。
老人たちも手を振り返すうちに、竜車がゆっくりと走り出した。
その後ろを見送りながら、老人の1人が口を開く。
「やあ、いい子たちだ」
隣の老人が頷く。
「うんうん、子供ってはいいねえ。いつも元気で」
他の老人たちも、頷いたり笑ったりと思い思いの行動をとっている。
「さあって……最後の御奉公だ。ゆくか、皆」
老人たちは、揃って杖を鳴らした。
かあん、という涼やかな音だった。
・・☆・・
トルゴーン南部の街々に、『杖持ち』と呼ばれる男たちがいる。
彼らは揃って朱塗りの杖を持ち、誰からも尊敬の目で見られている。
『杖持ち』とは、若くから強兵で知られる者たちの……引退した就職先のようなものだ。
人生を戦い抜き、誰からも歴戦と称えられた戦士たちへの……言ってみれば老後の名誉職のようなもの。
街々の警護兵とされてはいるが、表立って戦いの場に出ることはない。
いわば、留守番の御隠居のこと……
――と、されている。
・・☆・・
「どっこらせ……動きはあるかい?」
1人の老人が、城壁の上まで登ってきた。
彼の名はシンノジョ、かつては名のある傭兵団を率いていた男である。
その傭兵団は現在も健在で、団長は彼のひ孫にあたる。
先程、竜車に乗り込む子供に小遣いを渡したのが彼だ。
頭に縦に並んだ、一対の角を持つ男である。
ここにムークがいれば、『ヘラクレスオオカブト!』と歓声を上げたことだろう。
「静かなもんだが……静かすぎる」
答えるのは、短い弓を持ったこれもまた老人。
杖を腰に差し、森を睨んでいる。
彼の名はテツーゾ、ザヨイ家に代々仕える弓使いの一族だ。
随分前に跡目を息子に譲って、今は『杖持ち』の身である。
こちらは、トノサマバッタによく似ていた。
「やっぱり、首都から言ってきた『黒い魔物』ってやつかね」
「そうかもしれん。シローザの作った魔法具があるから……接近すりゃあ動きもわかるだろう」
そう言って、テツーゾは懐から取り出した煙草に火を点けた。
「ふぅ……そんで、お嬢ちゃんたちはもう出たか?」
「ああ、全員首都観光だって大喜びでなあ。かわいいねえ、孫が小さい時を思い出すよ」
彼女らは、ここの寺院で集団生活を営む孤児たちだ。
『メイヴェル教』の名のもとに養育される全国の孤児たち、その中でも特に『結界』の呪法に優れた素養を見せている。
いわば、未来の『鎮魂の巫女』候補たちだ。
彼女らは、周辺の魔力が強いこの地で日々結界術の修練を行っていた。
「半日も行けば迎えの騎士団が来る。たしか……第三だ、あいつらなら大丈夫だろうよ」
「ジュニン家のボウズが率いてるところか。それなら大丈夫だな」
紫煙を吐き出すテツーゾ。
シンノジョも、いつの間にか火の点いた煙草を咥えている。
「第七は北の端だから間に合わんだろうな。久しぶりにあのカラっとした顔を拝みたかったんだがね」
「ルツコちゃんか、長らく見てないが立派になったろうな……」
しばし煙草を楽しむ2人。
何か、妙な緊張感を漂わせている。
「街には?」
「もう儂らだけさ、『杖持ち』総勢52名」
この街の住民は、ほとんどが寺院の関係者だ。
先程の竜車には、全ての非戦闘員が乗り込んでいた。
「今更だがよ、俺達はよく生き残ったもんだなあ……」
「運が悪かったのか、良かったのか……だが、こうして最後の最後に『お役目』が回ってきたのはまあ……いいことだろうなあ」
シンノジョが煙草を手でもみ消し、外壁の外に放り捨てる。
「あー、お前知らねえぞ。セツコちゃんに怒られても」
「怒られたいねえ。あの子は死んだ娘に良く似てるんだ」
くつくつ、と口中で笑うシンノジョ。
彼はゆっくりと杖を突きながら城壁を歩き出す。
「接敵したらお前の判断で『使って』いいぞ」
「わかってる。それで、何番までだ?」
テツーゾの問いに、シンノジョが振り返る。
「――必要なら全部だ。パーッとやろうや、ははは」
表情の読みにくい虫人でもよくわかる、満面の笑みとでもいう雰囲気だった。
・・☆・・
デンダを囲う鬱蒼とした森林。
そこの木が1本、吹く風とは逆方向に靡いた。
そして横の木、さらに横の木、さらにさらにさらに……
――そうして、森全体がざわめき始めた。
・・☆・・
「見えた! 南の方角!」
「風向きと逆の揺れか……魔法具使え!」
城壁上に備え付けられた魔法具に1人が取り付いた。
取っ手を引き、狙いを付け――引き金を引く。
軽い炸裂音と共に発射されたのは、黄色い球体だった。
それは、ふわりと森の上空に到達して破裂。
内部に仕込まれていた魔石が無作為にばら撒かれる。
それらはすぐに、周囲に微弱な魔力を拡散する。
――風景が、歪んだ。
「黒い地竜の群れだ!」
森から、凄まじい数の地竜が走り出てくる。
その数は10や20ではきかず、軽く100は超えているだろう。
「聞いた通りだな……! 見えてるアレだけとは限らねえぞ! 弓隊構え!」
指示を出し、テツーゾが紙の札を握り込む。
「ふう、数が多いなあ」
「狙う必要がなくていいやな、ははは!」
「さーて、やってやろうかい」
弓を携えた老人たちが、しんどそうに立つ。
数は、20名。
「テツーゾ、もう撃っていいか~?」
カミキリムシに似た老人が、一際大きい弓を構えて聞く。
「タマールのとっつぁん、もうちょい待ってな……アンタにかかっちゃこの距離でも当たるだろうが、引き付けなきゃな」
テツーゾは苦笑いしつつ、冷静に距離を見定める。
土煙を上げつつ、地竜が殺到してくる。
「よし……今!」
握り込んだ紙札の一つに、魔力を流すテツーゾ。
一瞬後、地竜たちの下の地面が――炸裂。
爆炎が上がり、何十匹もの地竜が上空へと吹き飛ばされた。
「はっはあ! 景気がいいじゃねえか!」
「まだドンドン来るぞ! 吹き飛ばした所に踏み込んだら撃ちまくってくれ!」
「「「応よ!」」」
老人たちは、年齢を感じさせない動きで一斉に弓を構えた。
「始まったなあ」
とんとん、と杖で肩を叩くシンノジョ。
彼は、いや彼らは城門のすぐ内側にいた。
彼を入れて、32名の陸戦隊。
その誰もが杖を持ち、そして……武装している。
「タマールのとっつぁんが張り切ってんなあ。義手義足なのに無理しやがる」
「先輩が頑張ってんだ、儂らも負けてられんねえ」
「ちげえねえ、とっつぁん今いくつだよ? 前に聞いたら150とか言ってたんだが」
「まあワシらより世代が一つは上だな。ホレあれだ、ノキのトキーチロ爺さんの舎弟だったし」
「トキーチロさんか……病気で死んだって、本当かねえ?」
「なわけねえだろ! 竜の群れと喧嘩して死んだって方が納得できるぜ」
口々に話す彼らは、揃って使い込まれた鎧を身に纏っている。
革鎧であったり、金属鎧であったりするが……そのどれもが、幾度もの修理と補修を施された痕跡のあるものたちだ。
「それを言うならゲニーチロさんだ。鎮魂祭から帰ってきたら片腕千切れてたんだよ……もう生えたらしいが、一体ラーガリでどんなバケモンと戦ったんだろうな」
「あの人のことだ、ラーガリではぐれの深淵竜でも出たんじゃねえのか?」
「ありえるな……元気だねえ、本当に。それにまた隠し子が増えたらしいじゃねえか?」
「おー聞いた聞いた、エンシュで活躍したってなあ。なんでもすげえいい男なんだって?」
そして、武器。
同じように使い込まれた剣、盾、槍。
それらを、体の一部のように自然体で持っている。
誰もが、だ。
シンノジョが、咥えていた煙草に火を点ける。
「まあ、儂らの仕事はまだまだ先だ。上の連中に任せて休憩しとこうや……どうせ、すぐに働くことにならあな」
城門前の暗がりに浮かび上がったその顔は、先程子供たちに見せた和やかな雰囲気ではない。
「――すぐに、な」
それは、戦に向かう戦士の顔だった。
・・☆・・
『杖持ち』とは、隠居の留守役、老人の名誉職……ではない。
彼らは、その人生を戦い抜いた。
――否、それは違う。
彼らは戦って、戦って、戦い抜いて……は、いない。
手足を失い、内臓を壊し、何人もの戦友を失った。
――それでもなお、彼らは志願してこの任に就く。
彼らは、人生の最後の最後まで戦いを求め続け、最後まで戦に身を置く――修羅の群れである。
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