第8話 思い出と、どんどん盛られていく黒棍棒プライス。
『それで、その日……ついにイーゼンちゃんは帰ってきたの! 服はボロボロだったけど、元気そうにね! それを見て、ツルコちゃんは走り出して……道の真ん中でどーん! と抱き着いたのよ!』
「はわわ……そ、そいで?」
『今でもハッキリ覚えてるわ! ツルコちゃんは涙をボロボロ零しながらニッコリ笑って、こう言ったの! 『なんだい、遅れやがって……この唐変木! しょうがねえから婿にしてやらぁ!』ってね!』
「オオオ……! ヤッタ! ヨカッタ!」
「んだなっす~!」
ロロンとハイタッチ!
彼女の丸くて綺麗な目がキラキラ輝いている。
『その後、イーゼンちゃんはツルコちゃんのお家で職人さんになったわ! 私があの街にいる間に、子供が5人も産まれて……幸せそうだったわ~!』
めでたし、めでたしだ!
ゴゴロンさんの帰りを待つ間、ピーちゃんが昔話をしてくれたんだ。
彼女が生きていた時代に起こった、魔王と西の国のドンパチに巻き込まれた知り合いの話をね。
「イーゼンサン、ヨカッタネエ」
背が高くて優しくて、ちょっとお人よしすぎたというイーゼンさん。
そんな人も望んで戦争に参加したなんて……当時はほんと、この国だけじゃなくて全部の国が修羅場だったんだねえ……
『そらそーよ、あん時の魔王マジでやばかったし。神々の神託も全無視でさあ、『我がこの大陸の王じゃ~!』的な? 正直言ってアホよアホ』
シャフさんの意見が辛辣すぎる。
『だあって、考えてみ? 万が一西の国占領してもさ、その後国3つあっし……魔王も3人残ってんのよ? 疲弊したら前後左右から袋叩きっしょ』
んまあ、それはそう。
そっか、大陸……そういえば、地球儀的なの見たことないや。
『もっと私の権能が進化すれば見せてあげられますが……まあ、ゆっくり頑張りましょうね』
はーいトモさん。
ま、気長にやろっか。
「ピーちゃんはお話が上手だねえ、知ってる話なのにハラハラしちまったよ」
ぽんぽんとピーちゃんの頭を撫で、マシアさんが笑っている。
……へ? 知ってる話?
「ゴ存ジデス?」
「ああ、今のは『イートゥ呉服店』の初代さんの話だろ? たまげたねえ……当時を知ってるなんて、妖精さんは長生きで羨ましいよ」
「じゃじゃじゃぁ!?」
ボクも、ロロンもビックリ!
『まーっ!?』
そしてピーちゃんはもっとビックリしている。
『まだ残ってるの!? あのお店が!?』
「そうだよ、大層人気の店さ。あの人と一昨年首都に行った時にね、スカーフをそこで買ったんだよ……待ってな」
マシアさんは立ち上がって、箪笥の引き出しを開けた。
「ホラ、こいつさ。ああ、それじゃあひょっとしてこの端っこにあるのは……」
マシアさんが広げたのは、落ち着いた色合いのスカーフだった。
何かで薄紅色? に染められたそのスカーフには……端にワンポイントの刺繍がある。
それは……縫い針を咥えて小首を傾げた、ピーちゃんによく似たインコだった。
「ピーちゃ、ピーちゃ!」
「ダネエ、ヨク似テル」
ピーちゃん、色んな所に模様として残り過ぎ……
「じゃあこれも、ピーちゃんのことだねえ」
続けて取り出されたのは、そのスカーフを入れる用の……薄い木箱?
『イートゥ呉服店』と書かれたその木箱にも、同じ図案のピーちゃんがワンポイントで書かれている。
それだけじゃなくって……裏返した所に、一筆。
『去りし友よ。いつかその身にこの温もりが届きますように。 イートゥ・ツルコ』
どこか、温かみのある筆致だった。
ツルコって、さっきのお話にあった……
『ツルコちゃん……』
箱を見つめるピーちゃんの目が潤んでいる。
『イーゼンちゃんも、ツルコちゃんも……急にいなくなった私のこと、覚えててくれたのね……』
ほろ、と涙が落ちた。
アカが心配そうにそれを拭っている。
マシアさんが、その頭を撫でた。
「ドワーフの古い諺にね、こういうのがあるんだよ。『人は去れども、想いはつきまじ』ってね……いなくなっても、真心ってのはずうっとそこにあるのさ、ピーちゃん」
ピーちゃんは、嬉しそうにチュンと鳴くのだった。
危ない危ない……ボクに涙腺があったら即死でしたよ、命拾いしたね……
『おんおん……おろろん、おろろ~……!』
『ムロシャフト様、ティッシュ……ではカバーしきれませんね、こちらのふわふわバスタオルをどうぞ』
『ぴえん……はぎゅん……ぱおん……』
……ヴェルママのこと怒るけどさ、シャフさんも同じくらい涙もろいじゃん。
でも、とっても素敵な優しい女神様だねえ。
信者の人たちに慕われるわけだ……まだ教会行ったことないけど。
・・☆・・
色々あったけど、とっても心がホッコリした。
そのホッコリを抱えたままお茶を飲んでいると……
「……ムークさん、ありがとうよ……」
「ウワーッ!?」
汗だくで、げっそりやつれたように見えるゴゴロンさんがよろよろ帰って来た。
筋肉までしぼんでなぁい!? どゆこと!?
別にポコさんの時みたいにガンガンぶっ叩いてる音は聞こえなかったんですけど!?
『ああ、モニタリングしていましたが……彼はヴァーティガに魔力を流して内部構造を探っていました。ドワーフの鍛冶師としては一般的な手法ですが、彼はかなりの腕前ですよ。まあ、そのおかげで現在魔力はすっからかんですが』
魔力が、すっからかん!?
やーばいじゃん! 死んじゃうじゃん!!
「あらあら、頑張ったねえアンタ。ホイ、お疲れ様」
が、マシアさんはあわてず騒がずどんっと一升瓶的なモノを置く。
ちょっと! こんな時にお酒なんて……!
「んがっごっごっごっご……!」
飲んでる! 超飲んでる!
練習が終わった野球部がスポドリ飲むくらい飲んでる!?
死んじゃう! そんな飲み方したら死んじゃ――あらぁ?
「むきむき! むきむき~!」
きゃっきゃと笑うアカ。
その通りで……お酒を飲むごとに、ゴゴロンさんの体に生気がみなぎっていく。
な、なーんだ。
酒瓶に入っているけど魔力ポーションなんか、アレ。
もう、びっくりしちゃったなあ。
『いえ、お酒ですよあれは。むっくんにもわかりやすく言うと……そうですね、ウォッカくらいの度数でしょうか』
死んじゃうじゃん!? 死んじゃうじゃん!?
あんな水みたいに飲んだら死んじゃうじゃん!?
『ドワーフと一部の種族は、アルコールを摂取して体力を回復させるスキルのようなものがあるのです。異世界の神秘ですね』
嘘でしょ……あ、じゃあアルデアも?
『彼女はただののんべえですね』
あっふーん……そっか。
なんにせよ……異世界ってすっごいなあ。
まだまだ知らないことが多すぎる。
「ぶふぅ~……落ち着いたぜ」
一升瓶の半分くらいをイッキしたのに、全然酔った様子のないゴゴロンさん。
ボクはビックリだけど、ロロンは知識として知っているのか全然動じてない。
「アノ……棍棒、ドウデシタ?」
そう聞くと、ゴゴロンさんはミートパイを豪快に齧る。
「うーんうめえ! かあちゃんのパイは世界一だな!! おお、ありゃあすげえ逸品だな……ここまで運んでやろうかと思ったがビクともしねえ! あんた以外に運ばれたくねえとさ! がはは!」
この人……ヴァーティガの特性に気付いてる!
「ムークさんの言う通り、アイツの表面は【クロハガネ】で、中身はほとんどが【オルカ】で構成されてる……されてるが、それだけじゃねえ」
もう一度酒瓶を煽るゴゴロンさん。
へ? そうなんです?
「表面のクロハガネ、内部のオルカ……だが、そのオルカの奥にまた別の反応がある。儂も人生で一度もお目にかかったことのねえ、希少鉱石がな」
マージで!?
ど、どんどん価値が上がっていくじゃんヴァーティガ!
と、ビックリしているボクを手招きするゴゴロンさん。
ボクと、何故かアカとピーちゃん、そしてロロンも一緒に寄って行く。
まあいいけどね、仲間だし。
「たぶんだがな、あの棍棒の最奥にあるのは――【ミュディオ鉱】……伝説の、魔法金属の一種だ」
「じゃじゃじゃ!」
ロロンだけがビグーッ! ってなった。
ボクと妖精2人は、揃って首をかしげるだけ。
だって知らないもん、ソレ。
「……ミスリルミタイナ?」
「あんなのと一緒にすんじゃねえ。ああいや、ミスリル銀もどえらい高価な鉱石ではあるが……金と伝手さえありゃあ、それほど手に入りにくいもんじゃねえんだ。ミュディオはそんなもんじゃねえんだよ、金も伝手もあっても、どこにあるのかすらわからねえのさ」
……ヒエエ。
「【ジェマ】や【ガリル】本国にはいくつかあるって話は聞く。だがそれも、国の上層部ぐらいしかお目にかかれねえ代物だ……いいもん、見させてもらったぜ。こいつは寿命が延びらあ、がはは」
「あの……ゴゴロンさん、知らねえならなしてわかったのす?」
驚愕していたロロンが聞く。
「おお、自慢じゃねえが儂は今までの人生でうんと希少鉱石を見てきた。あの【セヴァー】もな……だから、『今までに見たことのねえ鉱石』の、知ってる特徴を上げて候補を絞ったのさ」
な、なるほろ……そういうことか。
「ッテコトハ……アノ棍棒、ヴァーティガハトッテモトッテモ貴重ッテコトデスネ」
考古学的な価値もあるし、なおかつ金属的にもお高いとは……
「おう、まあそういうこった。儂は勿論喋らねえが、これからは見せる相手は選んだ方がいいぜ……そこのな、妖精ちゃん達が近付きたがらねえような連中には決して見せんな」
肝に銘じよう……
「まあ、あの手の武具は使い手を選ぶ。気に入らねえ相手が触ったらそいつは生きちゃいねえだろうが……なんにでも搦め手はある。例えばムークさんをぶっ殺して、等級の高い封印布で梱包するとかな?」
「そ、そげなことはワダスが命に代えてもさせねえのす!!」
「アカも! アカも~!!」『駄目よ! 駄目だわ~!!』
皆が一斉に興奮した。
いい仲間ですよほんと……はい! ロロンはナイフをしまいなさいね!
「がっはっは! 愛されてるじゃねえか! いいねえ、若いってのは!」
「ほんとねえ、いい仲間だこと」
そんな皆を見ながら、ゴゴロンさん夫婦は嬉しそうに酒瓶を煽るのだった。
おわーっ!? マシアさんも新しい一升瓶をゴクゴクしてるゥ!?
「――たのもーう、ここにやたらテカテカした黒い虫人がいるのナ~?」
店先から、アルデアの声がする。
……絶対に酔ってる声だ!
「おい」「ああ」
っひ!? ご夫婦がでっかいハンマーを持ってる!?
今の一瞬で臨戦体勢に!?
「大丈夫! 大丈夫デス! 仲間! トッテモイイ子! オ酒大好キ!!」
ボクは、慌ててアルデアのいい所を並べ立てるのだった。




