第1話 元謎虫、街道をゆく。
「い~におい、におい~!」
街道の脇に咲いている、大きな赤い花。
その中に顔を突っ込んで、アカが嬉しそうに匂いを嗅いでいる。
わー、なんだろ……絵画みたいに神秘的な光景だ! ファンタジー!
『アカちゃん! これ、蜜が美味しいわ! 美味しいわ!』
「なにしょれ! アカも、アカも~!」
一瞬で絵画要素が吹き飛び、2人は一生懸命蜜を吸い始めた。
ジュルジュル音がしてる……蜜むっちゃ多い、あの花。
『ええと……ふむ、おそらく【メルルッサ】という花ですね。蜜がとても芳しく、味もいいとのことです』
ほえ~、トモさんペディア助かるう!
「ほう……乙な味なのナ」
「こげな花、初めて見やんした! んめめなっす~! あ、ムーク様もどんぞ~!」
ロロンが差し出してきた花。
ふむ……じゅるじゅるじゅる……美味しい!!
お花の匂いと甘い蜜がなんとも……!
「美味シイ! パンニ塗ッテモイイカモ!」
「食い物に関しては冴えてるナ」
アルデアがひどい!
まあでも、摘んでいこうかな……ええと、確かバッグに空の瓶が入ってたはずだからっと……
悲しい思い出のあるジェストマを出発して、もう5日。
そろそろ、次の街が見えてくるころだ。
ボクは、いいやボクたちは……今日も元気に旅をしている。
・・☆・・
「セイヤーッ!!」「ギャバッ!?」
唸る左ストレートが、直立歩行する蜥蜴……地竜の顔面に激突!
魔力が通って鋭く尖った流体金属の棘が、その頭を貫通して突き抜けた。
地竜は、一瞬で体を弛緩させて死んだ。
「フィイ~……」
周囲を探ると、気配はナシ。
これで最後だねえ……
「おちかれ、おちかれぇ!」
黒焦げになった地竜の上から、アカが飛んできて肩に着地。
『焼肉の匂いがするわ~!』
反対には、上空に退避していたピーちゃんが降り立つ。
わかーる! お腹が空くね!
「いい型の地竜でやんす! 鮮度が落ちねえうちに解体しまっす~!」
「足が美味いのナ、足が」
ロロンが解体用のナイフを持って飛び跳ね、アルデアは味を想像してるみたいにニッコリ微笑んだ。
いや~、お花摘んでたらいきなり襲撃されてびっくりしちゃった!
でも、これでお昼ご飯ができたねえ! これぞまさにアブハチ取らず!
『アホ虫……』
えっ違った!?
「ロロン、まだ、まーだぁ?」
「待ちなっせ! まだ生でやんす!」
焚火の火を受けた金網の上で、ロロンがトリミングした地竜の肉がジュウジュウ焼けている。
あ~……おいしそ! 香辛料と香ばしい匂い!!
ボクが虫のままだったら、肩にいるピーちゃんと同じようにデュルンデュルン揺れてると思うな!
「あいっ、まつ、まつ~!」
あ~我慢できて偉い子ねえ! とっても偉い子ねえ!
「半生でも美味いと思うのナ……?」
「駄目でやんす~! 肉食の獣ば、生で食うと虫が付きまっす!」
アルデアはこういうとこ、子供っぽいよね。
見かけは凛としている美人さんなのに、ちょっとかわいい――痛ァい!?
何故、ボクのスネにそらんちゅキックを!?
「文句があるのナ?」
「アルケドナイ……」
衝撃が貫通してくる……なにこのキックは……どこかの武道の奥義とかじゃないのォ……?
スネの痛みに身悶えることしばし、お肉は上手に焼けました。
「んま、んまま~!」『ピリッとしたお味がアクセント! 焚火で焼くと外がカリカリで素敵よ、素敵だわ~!』
うん、美味しい!
やっぱり解体から違うんだろうなあ、血生臭さが全然ない!
今更食べたくないけど、ロロンならあの動物園がダッシュしてくる狼や猪も美味しく料理できると思う!
「ムーク様、お味ばいかがでやんしょ?」
「美味シイスギル、コノママオ店デ出セルト思ウ。毎日食ベタイ」
そう言うと、ロロンは焼く前の生肉を両手で持ってぴょんぴょんしている。
「はわ、はわぁ~! おしょすいごど~!!」
すまないけど異世界東北弁はサッパリで御座る。
でも喜んでてとってもカワイイね! ね!
『絶対コイツ気付いてないっしょ……恐ろし……末恐ろし……』
『はわわ……早い段階で軌道修正しなければむっくんが最悪生首に……』
どゆことォ!?
おいしいごはんからなんでそんな血生臭い話になるのさ!?
『早速会議を招集するし! 今回はメローヴィル姐さんにも来てもらうし!』
『なんと……あれほど格の高い女神を……!』
……これは教えてくれない感じのやーつだな、お肉齧ろう。
うーん、外側がパリパリでとっても美味しい! 美味しい!
「アカ、オ野菜モ食ベヨウネ~」
「あむむ……おいし、おいし!」
金網で焼いたジャガイモ、ホクホクで素敵!
異世界バターがとっても合う! 合う~!
『ジャガバターの海で溺れたいわ……』
もう半分くらいバターまみれなんだけどピーちゃん!?
あああ、キレイキレイ……油で羽がツヤッツヤになっててなんか神々しい!
・・☆・・
「アレカナ?」
「たぶんナ。わかりやすくていいのナ」
たらふくお昼ご飯を食べて、街道を歩く。
途中で森ゴブリンに襲われたけど、一番体の大きい奴にパイルをシュートしたらバラバラになって……みんな逃げてった。
ボクの棘、進化でむっさ凶悪な性能になってる……貫通力も、威力もね。
とまあ、途中チョットあったけど……夕暮れが近付くくらいの時間に、景色に変化があった。
街道の先に森がない。
正確に言うと、左右の森が消えている。
そしてその先には……煙。
森がポッカリなくなった空間に、外壁と……その内部からもくもく上がる煙が見える!
「さすが鍛冶の街、フルットなのナ」
あの煙って全部鍛冶屋さんから上がってるのかな。
でも、モノを燃やした感じじゃなくって水蒸気みたいなのも見えるけど……
「もくもく、もくもく~!」
『変わった街だわ! 肉まんを蒸してるみたいだわ~!』
両肩で騒ぐ妖精たちが、テンションを上げている。
よーし、1週間以内に到着したねえ!
そんなに急いだわけじゃないけど、それでも街を見るとほっとする……う?
「じゃじゃじゃ……あの外壁の上にある筒ば、なんでやんしょ?」
「楽器には見えないのナ」
黒くてテカテカの外壁の上に、前世で知っているような物体がある。
もしかしなくてもアレって……大砲でしょ。
確信した、あの街絶対ドワーフさんがいっぱいいる。
この世界であんなの作れそうなの、【エンライ】を作ったドワーフさんくらいしかいないっしょ。
「ナンダロネエ? トニカクイコッカ、オ風呂アルカナ、オ風呂」
でも知らない風を装うボクであった。
そんなモノよりお風呂に入りたいんじゃよ~!
ここに来るまで、イイ感じの川がなかったから3日に1回しか入れなかったんだもん!
「おふろ、おふろしゅき!」
頬に突撃するアカを撫でつつ、若干速足で歩き出すボクであった。
「旅の冒険者か、ようこそフルットへ」
大きくて頑丈そうな門の前には、槍とクソデカハンマーが合体したような物を持った衛兵さんが2人。
えっと……たぶん、ダンゴムシ系のむしんちゅさん!
装甲がごっつくてとっても強そう!
「こにちわ~!」『こんにちは! 私はピーちゃん!』
マントから飛び出して、元気よく挨拶する妖精2人。
挨拶できてえらい、生きてるだけでもえらいのに!
「……妖精2人連れの、虫人の男……」
あっ。
「……もしやそなたは、ムーク殿でいらっしゃいますか?」
「……ハイ」
くそう……ボクのビジュアルがまず目立つらしいし、その上妖精2人と一緒に旅してたら即バレしちゃうじゃんか……!
「……ドウゾ」
スッと魔導紋を出すボク。
それを見て、衛兵さん2人は大きく頷いた。
「よう参られた、エンシュの英雄殿!」
「あそこには弟がおりましてな、貴方様のお陰で救われ申した!」
おおう……世間が狭い。
あと、ボクだけの働きじゃないと思うの。
言っても無駄だからもう言わないけども、さ。
「ささ、どうぞ! お手間を取らせ申した!」
「街の中心は湯浴み場が多うござる! まずは旅の疲れを癒されよ!」
「ア、アリガトウゴザイマス……!」
お風呂! それは嬉しい!
でもあまりにも頭を下げられまくってとっても恥ずかしい!
「(あのお方が噂の……!)」「(まあ! 噂で聞くよりも数段上の偉丈夫だわ!)」「(この街にはどれほどご滞在下さるのかしら……!)」
ヒィーッ!?
女性兵士さんたちの目がなんか、なんかコワイ!!
『ぜーんぜん怖くないし~? ネンゴロネンゴロすればいいし~?』
しません! しませーん!!
シャフさんはボクをいったいどうしたいのさー!!
『……異世界ドンファン? もしくは異世界チンギス・ハン?』
ヤダ!ヤダー!!




