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第138話 そう、胸に抱えて進むんだ。(第三部最終回)

「オ世話ニナリマシタ、トッテモ」


 頭を下げると、セーヴァさんと……ラーフルさんが揃って微笑んだ。


「いいえ、それは我々のセリフですよ」


「そうです、我ら月の民が受けた恩に比べれば……何のこともありません」


 セーヴァさんの家から出てすぐの場所で、ボクらは見送られている。

今日は、とうとうここを出発する日だ。


 アカの授業が終わって1週間。

依頼を消化したり、ヴィラールさんと釣りをしたり、中華料理を食い倒れたり、ミップちゃんたちと遊んだり。

そんな素敵な日々を過ごして……そろそろ出発しようということになった。

アルデアも『フルットに行く頃合いなのナ』って言ったしね。

彼女はその後も一緒に行動することになったので……意見には従おう。


 正直、このままジェストマに永住したいところだけど……首都に行くって目的があるからね。

ピーちゃんを連れていかなきゃいけないし、ボクとしても色々行くところもある。

ゲニーチロさんのお家とかさ。

だから、後ろ髪を引かれる思いで旅立つことにしたんだ。

まあボクに後ろ髪も体毛も一切ないんですけどもね、HAHAHA!!


「お世話になりやんした! この御恩は終生忘れはしねぇのす!」


「右に同じなのナ。何か困ったことがあれば、力になるのナ」


 ロロンも、アルデアもお礼を言っている。


「おねーちゃ、おじーちゃ、あいがと、ござました!」


『悲しいこともあったけど、素敵な滞在だったわ! きっとまた来るわ~!』


 妖精2人はセーヴァさんたちの周囲をギュンギュン回っている。

……あれ祝福もしてない!? 害になるようなものじゃないからいいけどさ。


「ムークさん、どこかで月の民と出会うことがあったらよろしくお願いしますね」


「あなた方は我々の恩人。きっと誰もが下にも置かない扱いをするでしょう」


 ……言っても仕方ないけど、信頼がとっても重い。

重いけど……これは、カマラさんにも関係することなので甘んじて受ける。

謙遜したら、あの人に悪いもん。


「……ハイ! ソレデハ!」


 それだけ言ってもう一度頭を下げ、ボクらは手を振って歩き出した。

……慣れない、さよならはいつになっても慣れない。

でも、ここにはまた来ることができる。

だから、今はサヨナラだ。



・・☆・・



「やあ、旅立ちだね」


 低い山の中腹、そこにある質素なお墓。

その前に、ヴィラールさんが立っていた。

街を出る前に工房に顔を出したらいなかったけど……ここにいたのか。


 このお墓の下にカマラさんはいないけど、それでも最後に立ち寄ることにしたんだ。

苦い思い出が残るこの場所は、爽やかな風が吹いている。


「この場所には湖の次くらいにはよく来るんだ。クマラくんとは仲良しだったからね……今は、カマラちゃんの思い出もあるし」


 お墓を優しく撫でて、ヴィラールさんが笑う。


「ムークくんに言い忘れたことがあるんだよ」


「言イ忘レ、デスカ?」


 なんだろ、旅の心得とか?


「私は残された身の悲しさしか伝えていなかったからね……それだけじゃないんだ」


 風が吹いて、彼女の髪を揺らしている。


「私は、今までの人生で……数多くの友人を見送った」


 少しだけ悲しそうな顔をするヴィラールさん。


「だがね、彼らは消えたわけではない」


 そう言って、微笑みながら……胸に手を当てる。


「――いるのさ、『ここ』にね」


 肩に乗ったピーちゃんが、小さくチュンと鳴いた。


「彼らとの思い出は、私の中に残って……私を生かしてくれている。彼らはもうこの世にはいないけれど……こうして目を閉じれば、過ぎ去った日々は常に私と共にあるんだ」


 ヴィラールさんは幸せそうだ。


「だから、私はあきれるほど長い日々を生きていける。人生は出会いと別れの連続さ、エルフでも、獣人でも、虫人でも……それは変わりがない」


 再び、風が強く吹いた。



「――だから、寂しいけれど寂しくはないのさ。キミも、いつかわかる日が来るよ、きっとね」



 涼やかな風が吹く中で、ヴィラールさんはとても綺麗だった。

過ごしてきた長い長い年月が、ちょっとだけ見えた気がしたんだ。


「ふふ、柄にもなく大層な話をしてしまった。こういうのは趣味じゃないなあ……じゃ、私は釣りに行くね」


 恥ずかしそうに、ヴィラールさんが歩き出す。


「また遊びにおいでよ。私はだいたいあそこで釣りをしているからね……では、いずれまた」


 そう言って、彼女はさっさと山を降りていく。

ボクらは口々にさよならを言い、その背中が見えなくなるまで手を振った。


「ムークといると、今までにない人たちと出会うのナ。とても面白いのナ」


「んだなっす、やはりムーク様の人徳でやんしょ!」


「……まあ、そういうことにしておいてやるのナ~」


 ……どちらにも同意できない! できない!!


「……ナムナム」「にゃむむ」『オンコロコロセンダリマトウギソワカ~』


 ともあれ、気を取り直してお墓に向き合って手を合わせる。


 ……じゃあ、ボクらは行くよカマラさん。

本当に……本当に、お世話になりました。

貴方に教えてもらったこと、貴方が見せてくれたこと……ボクの長いか短いかまだわからない虫生で、決して、決して忘れませんから。


 しばし目を閉じて……深呼吸。

悲しみを胸に押し込んで、ボクは目を開けた。


「……ヨシ! ミンナ行コウ! 冒険ノ始マリダ!」


「あいっ! いっしょ、おやびんといっしょ!」『新たな街へ出発よ、出発だわ~!』


 肩に乗ったアカとピーちゃんが、両頬に身を寄せる。


「お供ばいたしやんす! どこまでも!」


 カマラさんを思い出したのか、少し目が赤いロロンが拳を突き上げる。


「ま、飽きるまでは一緒にいてやるのナ~」


 決してボクを見ないようにしつつ、アルデアが先に立って歩き出す。

……一瞬見えたけど目が赤かったな、ふふ。


 マントを翻し、北の方角へ向く。

山の裾野に見えるあの街道を行けば、1週間程度で鉱山の街『フルット』に着くはずだ。

まだ見ぬ出会いや物事を思いつつ、ボクは脚を踏み出した。


 最後に、少しだけお墓を振り返る。

気のせいかもしれないけど、そこに……カマラさんが見えた気がした。

ボクの思い出にあるように、日向ぼっこする狼のような――優しい笑顔で。



『――頑張んな、親分さん』



 ……うん、頑張るよボク。

いつか、いつになるかわからないけど……どこかで会えたら、胸を張って『頑張ったよ!』と言えるように。


だから今は、前を向いて歩くんだ。



・・☆・・



『むっくん、本当に立派になって……ムロシャフト様、メイヴェル様、大丈夫ですか?』


『だいじょうぶにぎまっでるっじょ……! あ、あーしごういうのにむちゃくちゃよわいげど……!』


『オオオ……なんと雄々しく、勇ましく、いじらしい虫か……オオオオ……』


『おあーっ!?!?』


『あああ、流される~! あ、どうもお隣様、私は無罪ですが大変申し訳ありません』


『もはやこの状況に慣れつつある自分が嫌だし! 嫌だし~!』



・・☆・・



「ウマウマ」


「うまま~」『ジューシーで素敵だわ、とっても素敵だわ~!』


 山を降りて、街道を行き……お昼くらいの時間になった。

なので、街道脇の開けた場所でお昼ご飯なう。


「はもも……んめめなっす~! これ、病みつきになりやんす!」 


「このパンは最高なのナ~♪」


 ロロンたちも舌鼓を打っているのは、ほこほこと湯気を上げる……肉まん!

これは、ヨーサクさんのお店でいただいたものだ。

お弁当にどうぞってね!


 ウチの頼れるロロンの調理道具には、蒸し器も含まれているので……問題なく熱々に温め直すことができたんだ。

は~、持つべきものは料理上手な子分! 

料理ができなくたって最高の子分ですけどね!!


『お土産無茶苦茶貰っちゃったねえ……ヨーサクさんにも、ゴーサクさんにも、さっちゃんさんにも足を向けて眠れないや』


『そうね、そうね! 羽根を100枚くらい置いてきたけど、あれで大丈夫かしら?』


 ……それに関しては十分すぎるとは思うよ、うん。

ヨーサクさん、局地的な地震くらい揺れてたしさ。

アレ絶対家宝とかにされると思うの。


 ボクもSDヴェルママおフィギュアを置いてきたけど。

アレ、我ながらよくできたと思う。

これからも、お世話になったむしんちゅさんにはあれをお配りしよう。

トルゴーンに住んでてヴェルママ嫌いな人なんていないだろうしね~!


『嗚呼、愛しい虫……母は嬉しくて爆発しそうですよ……』


 神殿の人たちが可哀そうすぎるからやめてあげて! 我慢してママ!!


『あーしも吹き飛ばされてからの受け身、慣れたもんだし。慣れたくなかったし』


 ごめんなさいでした! ボクは悪くないけどごめんなさいでした!


『神殿住まいは大変ですね……はもはも』


 ……トモさん何食べてるの?


『皿うどんはどこにうどん要素があるのかわかりませんが大変美味しいですね、ぱりぱり』


 いいな、いいな~!



「……ソウイエバ、アルデア、今マデ聞イテナカッタケド……」


 お昼ご飯が終わって、お茶を飲んでいる。


「なんナ? 私はちゃんと下着は着ける派なのナ?」


「ブフーッ!?!? ソンナコト聞イテナイヨ!?!?」


 ボクはそんなHENTAIだと思われてたんですか!?

こんな明るいうちから……いや暗くなっても言わないけども!!


「ソ、ソウジャナクテ……『フルット』デ何ヲスル予定ガアルノカッテコト!」


 これまで色々あってすっかり忘れてたんだよ!

結構ゆっくり旅してきたから、そんなに急ぎの用事じゃないとは思うけどさ!


「なんだ、紛らわしい男ナ」


「はわ、はわわわ……」


 顔を赤くして振動するロロンを尻目に、アルデアはあっけらかんと口を開いた。



「――友人の駆け落ちを手助けするのナ」



 ……どうやら、これから先の道程も……色々と興味深いことになりそうだ。

冷めてきたお茶を飲みつつ、ボクはそう確信したのだった。



・・☆・・



 これにて、第三部『トルゴーン編』は完結です。

この後番外編と人物紹介を挟んで第四部『トルゴーン激震編』が始まります。

すぐに始まりますので、これからもむっくん一行の冒険をよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
激震…穏やかじゃないですねぇ(・∀・´) ゲニーチロさんの再登場が楽しみです!
トルゴーン編が終わったと思ったらトルゴーン激震編が始まる トルゴーンに安息は無い。 激震するのはフルットかな?
第三部大団円!!!おめでとう御座います祝!ムッくんアカちゃんロロンさんアルデアさん女神ンズそして、カマラさん。大変お疲れ様でした。悲しみ乗り越え前へ前へ。ムッくん立派だ!流石オヤビンさん!次号!第四部…
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