第135話 エルフさんはスゴイナー……
「やあ、釣れるかい?」
「ボチボチデス」
湖の脇にある船着き場。
そこで釣り糸を垂れていると……さっきまで全然気配もなかったのに、横に人影。
ヴィラールさんだ。
もう慣れたよボクは……この人もたぶん瞬間移動? 魔法使えるんだろうし。
「ほほう、良いサイズのヌメリウオだねえ」
彼女は、ボクの脇にあるバケツを覗き込んでにっこり笑った。
入っているのは例のウツボみたいなウナギ。
見た目は魔物だけど、焼いて食べると白身に脂がのっててとっても美味しいんだ!
「では、私もやるとしようか……ああ、この椅子を使いなさい」
空間が揺らいで、椅子とパラソルが現われた。
うーん、こうも実力がかけ離れているともはや驚きもないネ!
「オ仕事ハイインデスカ?」
「出がけに注文品をパパっと作って納品の手続きをしておいたのだよ。今回は簡単な魔法具ばかりだったのでね」
……この人、仕事のスピードも速いんだろうなあ。
だって、よくよく考えてみたらヴァーティガを調べる時も1、2時間くらいで終わっちゃったもんね。
レファーノさんたちはほぼ徹夜してたのにさ。
「そういうキミは1人かい?」
「皆、思イ思イニ過ゴシテイマス。オフナノデ」
アカはお勉強、ロロンとアルデアは2人でウインドウショッピング。
そしてピーちゃんは……ミライ飯店に行っている。
ヨーサクさんに頼まれて、昔話&味見インコのお仕事をしに行ってるんだ。
今日の夜ご飯にみんなで合流することになってるんだよね……会ったらまたボール形態になってるんじゃないかしら、ピーちゃん。
「平和で結構、結構……っと」
ヴィラールさんは椅子に座って、懐から竿を取り出す。
うーん、マジックバッグって便利!
未来の世界の青狸型ロボを思い出しちゃうね!
「アノー、チョット質問イイデスカ?」
2人で釣りをすることしばし。
気になることがあるので話しかけてみた。
ちなみにボクはまたヌメリウオを釣り上げ、ヴィラールさんは冗談みたいに大きいカニモドキを釣った。
『念話にしたまえ。キミはそっちの方が話しやすいだろう?』
わー、ありがたい。
まだ口が回らない虫なんで、ボク。
『ありがとうございます。あのですねえ……なんか、今年って普段になく魔物が増えてるとか、そういうことあります?』
なんかね、最近周りの人がよくそう言うもんで。
ボクは生まれ落ちて一年未満虫なんですけども、気になるんだよね。
『ここまで旅をしてきて、周りの人がよく言うんですよ。この魔物はここには出ないとか、いつもならこんなに数が多くないとか』
黒オークとか地底蜘蛛とか、ベネノ・グリュプスとか。
この前のエンシュでのスタンピードは、クソ人間がやったのでまた違うけどさ。
『むーん……』
ヴィラールさんは竿を持ったまま首を傾げている。
『どうだろうかねえ……たしかに普段にはない魔素の揺らぎは感じるが……でもねえ、こんなのはよくあることだしねえ』
『あ、そうなんですか?』
なーんだ、心配して損した。
てっきり今年が異常なんだと思ってた。
『うん、2、300年ぶりくらいかな。そんなに珍しいことじゃないよ』
『虫ベース寿命のボクには十分珍しいですよ!?』
5年ぶり! とかならまだわかるけども!
今の寿命だと5年も生きられないけども!!
『ああ、そういうものか……ごめんね、エルフをやっているとそこら辺が実感できなくてさ』
……長命種ってみなさんこうなのかしら?
テオファールも70年の平和を『短い』って言ってたし……
『そもそもね、この世界には魔力が満ちている。その揺らぎというのは常に起こるものなのだよ……例えば、西で魔物が活発になれば東では落ち着く……といったようにね』
ほーん、なるほろ……
自然の摂理とかそういうのか……
『お、きたきた』
ヴィラールさんのウキが沈む。
彼女がすいっと竿を立てると、水面が激しく波打って湖底から大きな影が――なんだあのナマズの化け物!?
『ううむ、これはいけないな……ほい』
と思えば、そのデカすぎる口からひとりでに針が外されて……クソデカナマズは湖面に消えた。
ええ、リリースしちゃうの?
『今のは『拷問ナマズ』と呼ばれるお魚でね……煮ても焼いても揚げてもとてつもなく不味い。しかも腐りやすいし内臓には寄生虫がビッシリ……名前の由来はね、かつて尋問に使われていたからだよ。マズ過ぎるから無理やり食べさせて痛めつけるのさ』
……名前からしてろくでもないフィッシュ!!
『引きはいいから楽しいんだけどね。私としては、食うでもない魚を釣り上げることはしないのだよ』
『ボクもそうですね』
虫時代ならともかく、今はそんな罰ゲームみたいなお魚は食べたくないです。
『あ、そういえばなんですけど……エンシュって街で起こったスタンピード、アーゼリオンかオルクラディの密偵がやったみたいなんです。これもよくあるんですか?』
ついでだからあのクソ人間のことも教えておこう。
この街だって近所なんだしね。
『ああ、ラオドールくんの手紙に書いてあったよ。懲りない連中だねえ……セヴァーが欲しいのは分かるんだが……たとえ地下を掘り返しても手に入りはしないのに』
……え?
『どういうことです? あそこの地下に安置してるってニカイドさんが言ってたんですけど』
ヴィラールさんは、椅子に背中を預けて大きく伸びをした。
『ん~……まあ、キミには教えてあげようか。どう考えても人族国家のスパイに見えないし』
『当たり前ですよ。恨みしかないですってば!』
ひどい目にしかあってないもん!
『あそこの封印はねえ、私が設計に携わっているんだけど……地下の封印区画には、『鍵』を持った者しか絶対に入れないんだ』
鍵?
ごっつい門でもあるのかな。
でもそんなの、無理やりこじ開けちゃえばいいと思うけど。
『避難民の区画にある井戸のうち、1つが地下への螺旋階段になっていてね……』
ああ、そういえば井戸があったな、いくつか。
あそこが入口なんだ。
『『鍵』が無ければ、入ったら最後……死ぬまで螺旋階段から出られなくなるんだ。空間を歪曲させる特殊な結界を張っているからね……上にも下にも、道は延々と続くんだよ』
ひ、ひええ……無限ループの罠!
恐ろし……一思いに殺してくれる方が情があるね……
『あ、でもクソ人間が自爆した変な魔法ならなんとかなるんですかね?』
『ああ、『極光』のことかい? 無理だよ、井戸に入り込んだ瞬間に魔封じの結界が発動するからね……そして、外からは決して破壊できないんだ……いや、『決して』は言いすぎかなあ』
新しい餌を付け、竿を振るヴィラールさん。
『キミのお友達の白銀龍のブレスなら破壊できるかな? まあ、そんなことしたら街ごと消し飛ぶし……封印区画のセヴァーが反応して周囲は森ごと更地になるだろうねえ』
……なるほど、力づくでも駄目ってことね。
安心した……
『ま、これは秘中の秘。人族共に伝わってはいないだろうから……潜入してきたんだろうけどね』
おっと、竿に当たりが――フィーッシュ!
ぬぐぐぐぐ……これは大きいぞ!
よっこい……どっせい!!
「ブメモ!?!?」
ミギャーッ!?
海藻! 海藻のオバケみたいなものが水面から勢いよく飛び出して来た!
なんだよもう! 喜んで損し……あれぇ? なんかこの海藻生きてない?
なんか……あだだだだ!? 締め、締め付けられる!?
「ほい」「アババババ!?!?」
しびっ! 痺れた!? これはアカで慣れてる雷撃魔法……!
ボクに巻き付いていた海藻のバケモンは、力を失ってベシャリと広がった……なんだ、コレ。
「これは『オドリグサ』という藻の魔物だねえ。なかなか強い魔物だけど、雷撃魔法にはとんと弱いんだ」
魔物だったのか……異世界コワイ。
まさか昆布かワカメの親戚に殺されかけるとは……
「そこの柵にかけておきたまえ。干せばとっても美味しい出汁の元になるんだよ、長持ちもするから旅のお供には最適だね」
『それはやった! 首都に行ったら味噌を探して味噌汁を作ります!』
出汁と聞いては黙っておれぬ虫、むっくんでございます。
『ミソシルかあ……昔ロストラッドでご馳走になったねえ。イチローくんが手ずから振舞ってくれてさ』
……この人融和王山田さんから味噌汁奢られてる!
歴史上の人物すぎる……!!
『あと……人族の国って、しょっちゅう攻めてっていうか……潜入してきてるんですか?』
ラーガリでも、ここでも。
なーんか嫌なご縁があるんだよねえ。
『しょっちゅうしょっちゅう、キミが経験したような直接的な潜入もそうだし……何もせずに情報収集だけする密偵も多いよ。西方12国は国同士の連携も緩やかだからねえ、付け入るスキは多いんだろう』
そんな毎年の台風みたいに……風物詩かな?
『だ、大丈夫なんですかね?』
『人族を片っ端から捕まえるわけにもいかんからね。情報収集程度は見逃してるのが現状だねえ……ま、そこは各国もしっかり対応しているだろうし』
ヴィラールさんが指を振ると、テーブルとポット、それにグラスが出現した。
『一服しようよ、遠慮なくお飲み』
『わーい! ありがとうございます!』
ボクらはこうやって話してるけど、傍から見たら無言の2人に見えるんだよね……今は誰もいないからいいけど。
ティータイムといこう、休憩大事!
・・☆・・
「人族、特にアーゼリオンは好戦的だね。表立ってはロストラッドとの国境線でずっと小競り合いをしつつ……裏ではラーガリやトルゴーンまで密偵を放っている」
ヴィラールさんがお茶を飲む。
ボクもズズズ……うわー! これケマだ! 懐かしい!
「ぶっちゃけ、一番密偵が多いのがラーガリね。あの国は昔から搦め手が苦手だからね……まあ、中枢には戦上手が多いから……表面的な情報しか得られないだろうけど」
前からわかってたけど、獣人さんって脳筋的なヒトが多いんだ……
『やっぱり、狙いはセヴァーですか』
「だねえ。セヴァーは西方12国とグロスバルド帝国でしか産出されない希少鉱物だ。奴らにとっては喉から手が出るほど欲しいだろうさ……あ、焼き菓子もおあがりよ、私が焼いたんだ」
ぱくり、さくさく。
ん~、ほのかな甘みがとっても素晴らしい! ンマーイ!!
「ふふ、何もしゃべっていないのにわかりやすいねえ。ええと、人族の話だったね……まあ、何年かに1回は来るよ、密偵はね」
わかりやすすぎる暫定むしんちゅ、むっくんです。
『……この街にも来ます?』
そう聞くと、ヴィラールさんはクッキーを齧ってお茶を飲み……にっこりと笑った。
あ、なんか謎の迫力がある……!
「――ふふふ、どうやらみんな『潜水』が好きなようでね……年単位で湖底に潜り続けているんだよ、熱心だねえ」
……うん、えっと……その……
『平和が一番ですね! 平和が!!』
「そうだとも、こうして釣りができる日々のなんと愛しきことか。ははは」
とにかく、この街は大丈夫そうだ……だってこの人がいるもん!
ボクは空気の読める虫なので、クッキーを齧り続けることにした。




