第124話 悲しんだままじゃ、駄目だよねえ。
「ムークさん、皆さん……此度は本当に、ありがとうございました」
一夜明け、翌日。
ボクらはテーブルに座って……セーヴァさんの向かいにいる。
目の前には、湯気を上げる美味しそうな朝食の群れ。
「しばらく宿は閉めますので、お好きなだけ滞在なさって下さい」
「イヤ、ソレハ……悪イデスヨ。セメテオ金ハ払イマス」
そう言ったけど、彼女は笑って首を振った。
「あれだけのことをしていただいたのです。族長の最後が、あれほど誉と安寧に満ちたものになったのは……あなた方のお陰です。そのような方々からお金はいただけません……これは、月の民一同の感謝の印なのです」
とっても強い視線だ……これは、絶対にお金受け取ってくれない感じ!
「さ、とにかくお食べになってください。何事もお腹が空いては上手くいきませんので」
……そうだね、食べよう。
あれだけ悲しいことがあったのに、お腹は空く。
それが、生きてるってことなんだろう……
「ハイ」
テーブルに木像を並べ、ボクは手を合わせる。
……そうだ、カマラさんの像も作ろう。
あの、鎧姿じゃなくて……一緒に旅をした、素適なカマラさんの像を。
「イタダキマス!」「いたらきましゅ!」『いただきます~!』
悲しいことは、悲しい。
この胸の痛みは、きっと忘れられないだろう。
でも、ボクは生きていく。
カマラさんが最後に言ってくれたように――頑張るんだ、ボクは。
頑張って……強くて優しい親分に、ならないといけないんだから。
――そうだよね? カマラさん。
・・☆・・
「ソレデ……セーヴァサンハ、コレカラドウスルンデス?」
とっても美味しい朝食を皆で食べて、しばらく。
ロロンは洗濯に、アルデアはちょっと飛んでくると言って出かけている。
アカとピーちゃんは、お腹をぽんぽこにして眠っている。
「私はこのまま、この街で暮らしていきます。この宿は父が建てたものですから」
「ソノ、故郷ニハ……」
そう聞くと、セーヴァさんは首を横に振った。
「里でも名うての斥候が偵察に行きましたが……あの場所は完全に森に飲み込まれてしまっているようです。切り開くことは、ヒトには不可能ですよ」
たしか、ラーフルさんは50年くらい前に……って言ってた。
それだけ時間があれば、森は広がっちゃうんだろうねえ……大変だ。
「それに、どこへ住んでいても我々は月の民なのです。頭上に月があれば、そこが我らの住まう土地なのですよ」
「アア、ナルホド……ソウデスカ」
そういう考え方もあるのか……なんか、素敵だな。
「優シイ女神様ノオ墨付キモ、アリマスシネ」
「うふふ……はい!」
いいお返事だ……昨日は泣いてたけど、今は大丈夫そう。
だって、神様が直々に連れて行ったんだもの。
悲しいけど、それはとっても名誉なことなんだろう。
「ムークさんは、この街でなさりたいことはおありですか?」
むーん……この街で、か。
ヴァーティガを調べてもらうのは、例のエルフさんたちがやってくれてるし……
『……腹巻』
あああ! そうだった腹巻!
「魔法ノ鎧ヲ作ッテクレル人ヲ、探シテイマス。実ハ、以前ニ使ッテイタモノガ壊レチャッテ……」
「魔法の鎧……ですか? ふむ……心当たりがあります」
マジで!?
聞いてみるもんだなあ!?
「先日お会いになったラーフルさんを覚えておいでですか? 彼のお孫さんが魔法具の工房で働いていまして……よろしければ、ご紹介しましょうか?」
「オ願イシマス!」
なんてことだ……問題が解決しそう!
なくても大丈夫だけど、あったらとっても役に立つもん!
『むっくんが元気になって嬉しいですよ、私は』
……うん、いつまでも落ち込んでいられないもんね。
ボクの旅はまだまだ続くんだから!
悲しいけどさ、ここでずっとメソメソしてたら……それこそカマラさんに怒られちゃうよ!
『嗚呼、なんと雄々しき虫か……母は、母はとても誇らしいですよ』
ママもありがとう!
こうして皆に見守ってて貰って、ボクってば幸せ者だよね……ほんと。
これからも――
『はーいキャンセル! メイヴェル様は昨日からのむっくんでハラハラしすぎて情緒超不安定だからそのへんでストップ~! まーた神殿内が水害に見舞われるんでストップ~!!』
はぁい。
・・☆・・
「これはこれは……昨晩は、お世話になりました」
たぶん、お昼くらい。
昨日会ったラーフルさんが、玄関から入って来た。
服は……普通の? 感じ。
みんながみんな白装束って感じじゃないんだねえ。
「ラーフルさん、ムークさんが【ヴィラール工房】に注文をしたいらしくて……仲立ちをお願いできますか?」
「ああ、その程度のことならお安い御用だよ。ムークさんは大恩人だからね……喜んでご紹介させてもらうさ」
大恩人なんて……そんなにいいものじゃないよ。
「アリガトウゴザイマス、助カリマス!」
「いえいえ、このくらい……よろしければ、今から行きましょうか? 途中で昼食などいかがでしょうか?」
「ハイ、是非」
トントン拍子に事が運ぶね、これもカマラさんのお陰だよ。
……う、ちょっと悲しくなっちゃった。
「おやびん、おでかけ? おでかけ~?」
おや、アカも起きたようだ。
「ウン。一緒ニ行ク?」
「あーい!」
でも、この悲しみをアカに悟らせちゃいけないね。
折角元気になったんだからさ。
ピーちゃんは……まだ寝てるね。
ロロンもアルデアもいないし、ボクらだけで行こうか。
「おいし! おいし!」
「ウマイ! ウマイ!!」
このコロッケ、サクサクでとっても美味しい!
中にチーズが入ってて、いくらでも食べられそう!!
「ははは、お喜びいただけてなにより。ここは知る人ぞ知る名店でしてな」
ボクらの食べっぷりを見て、微笑むラーフルさん。
ここは、セーヴァさんの家からちょっと歩いた所にある定食屋さん。
少し裏路地に入った場所にある、隠れ家っぽい店だ。
メニューは揚げ物のセットと、サラダとパン!
持ち込みも可能なので、果実炭酸水も添えてある。
いやー、美味しい料理って幸せだ!
その料理を堪能し、アカがお腹一杯になって眠り始めた頃……ラーフルさんが口を開いた。
「ムークさん、族長のことですが……しばらく時間を置いて、急な病で亡くなったことにいたします」
えっ。
「ソレハ……何故デス?」
あれだけ見事にかたき討ちをしたのに、なんで隠しちゃうの?
「【闇渡り】は『禁忌指定魔物』の一種です。討伐はされたとはいえ、その存在を公にするのは不味いのです」
きんきしていまもの?
「いわば、出現した国に戒厳令が敷かれるほどの魔物なのです。それを……我らは誰にも知らせずに街の近くまでおびき寄せた。これは……大罪なのですよ」
ボクのハテナ顔に気付いたのか、ラーフルさんは補足してくれた。
そう言う決まりごとがあったのか……ん?
「オビキ……寄セタ?」
どういうこと?
たまたまあそこにいたんじゃないの?
「はい……そもそも【闇渡り】は形すら定まらず、日中には決して活動をしない魔物なのです」
「ジャア……ドウヤッテココニ来サセタンデスカ?」
そう聞くと、ラーフルさんは声を潜めた。
「族長が、50年の月日をかけて……少しずつ、少しずつ……追い詰めたのです」
カマラさんが?
「【闇渡り】の生息域を少しずつ狭め、気取られぬように結界術式を使って少しずつ……移動させたのですよ。旅をしながら、ずっと、1人で」
……50年も、1人きりで……ずっと。
なんて、執念なんだ。
「我々に連絡が来たのは、ほんの2年前です。『あと少しで【闇渡り】を殺せるから、手を貸してほしい』と……その時まで、てっきり族長は復讐を忘れたとばかり……」
それまで、ずうっと1人で……
「カマラサンノ魔力、物凄カッタデスケド……ソレハ?」
トモさんが『ヒトにはありえない』とか言ってたよね。
「あれは……族長の元々の才能もそうですが、魔法具の効果もあります」
魔法具?
あの時のカマラさんは手ぶらだったと思うけど……
「タリスマンです。族長は身に着けた多くのタリスマンに魔力を『封印』して携行しておられたのですよ」
そうか、そういうことだったんだ……カマラさん、普段から物凄い量のタリスマン付けてたもんね。
「ジャア、50年カケテ魔力ヲ……」
「ええ、そういうことなのでしょう。【闇渡り】を追い、旅を続けながら……毎日、毎日。生成しうるギリギリの魔力を貯蔵し続けたのです……昨晩の、ただ一度の戦いの為に」
そこまで話して、ラーフルさんはコップのお茶を煽って溜息をついた。
「我々が手伝ったことなど、精々あの晩に広域魔導結界を展開したくらいですよ。外に魔力の拍動や閃光、それに爆音が漏れぬように」
あ、なるほど。
確かに、あれだけ町の近くでドンパチやったのに誰も気づかなかったもんね……
全部、入念に準備してたのか……頭が下がるなあ。
「『禁忌指定魔物』は、発生した国が全力で討伐に当たり、各国は適宜それを援護するという約定があります……それを、族長は単独で討ち果たした……まさに英雄です、あのお方は」
どこか誇らしげに、ラーフルさんは笑った。
「しかし、その偉業は誰にも知られてはならぬ……決して、表に出てはならぬのです」
なるほどね……そういうことか。
カマラさんは、あくまで『月の民』として仇を討ちたかったんだろうね……
「デモ、皆サンモ、女神様モ……ソレカラ、ボクモ知ッテマスヨ。アノ人ハ凄イ英雄ダッタッテ……ソレデ、十分ジャナイデスカ?」
「ええ、そうですね……」
皆にもてはやされるのって、あんまり喜びそうじゃないもんなあ、カマラさんは。
だったら、それでいいよねえ?




