第123話 さようなら、またいつか、きっと。
『私を許してください……本日この場に顕現するために、今まで隠れていた私を』
月の女神、シャンドラーパ様。
彼女は、蹲って泣くセーヴァさんの前にかがんで……優しく抱きしめた。
「いい、え!いいえ! その優しさは、痛いほど伝わっておりました! 私にも! 皆にも! ――そして……カマラ族長、にも……!!」
まるで子供がお母さんに甘えるように、泣きじゃくって頭を振るセーヴァさん。
その頭を、シャンドラーパ様は優しく撫でた。
『嗚呼、愛しい子……』
視線を横に向け、カマラさんを見る女神。
その目は、煌めく涙で潤んでいた。
『今日まで……苦労をかけましたね、カマラ。貴方の行いは、いつでも見ていましたよ……ヒトの身で、あれ程になるまで……どれだけ、辛かったか、苦しかったか……』
泣きじゃくるセーヴァさんを立たせ、シャンドラーパ様は……カマラさんの顔を、愛おしそうに撫でた。
『本当なら妻として、母として……安寧に生きられたかもしれぬものを……嗚呼、嗚呼……』
カマラさんの遺体を、シャンドラーパ様が抱き上げた。
『――我が愛しき子らよ。今日まで……よく耐えましたね、私は母として、とても誇らしく思いますよ』
その声に、月の民たちは一斉に土下座のような姿勢になった。
そのまま、地面に涙をこぼし、声にならない声で嗚咽している。
『この子は、私が連れていきます。皆はこの先……懸命に、幸せに、満ち足りて生きなさい』
「はい……はい!」「有難いお言葉……!」「おお、おおおお……!!」
口々に帰ってくる声に、シャンドラーパ様は零れるような笑みを浮かべた。
『――顔を、お上げなさい。皆が……来ていますよ』
柔らかい光が、あたりを包んでいる。
そこには……ああ、ああ!
さっき見たのと、同じように……ボクらの周りに、獣人さん達……月の民が、立っていた。
と、トモさん……これって!
『ふふ、延長しました。ポイントは大分減りましたが』
いいよ! そんなのゼロになったっていいよ!
このためなら……いいよ! いくらでも使って!!
「親父ぃ! お、親父……!!」
「ああ、あなた! あなた……!!」
「アーシャ、アーシャよう! 俺のアーシャよう!!」
「父さん、母さぁん!!」
月の民の皆さんは、そこかしこにいる人たちに声を張り上げ、泣いている。
亡くなった親族の方たちを、見つけたんだ。
「と、父さん……父さん!!」
セーヴァさんも、壮年の獣人を見て泣いている。
ああ、あれがお墓の……クマラさんか。
「ごめんよう、ごめんよう……! あの日ぃ、逃げちまってごめんよう……!!」
「ファメーラ! ファメーラ! 弱い父ちゃんを許してくれ……許してくれェ!!」
口々に、後悔や懺悔を繰り返す人たち。
そんな彼らを……周りの人たちは、ただ微笑んで見ている。
『いいんだよ』とでも言うように、微笑んでいる。
『懺悔も、悔恨も、謝罪も必要ありません。貴方がたは、正しく生きているのです……見なさい、皆の顔を……』
シャンドラーパ様が、愛おしそうに微笑んでいる。
そして……彼女は、ボクを見た。
『――感謝します、新しき女神の使徒。其方のお陰で……子らにこの光景を見せることができました』
これは、内緒の神託か。
『いいえ、女神様。ボクは……ボクには、なにも、何もできませんでしたから』
胸がキュウッとした。
『いいえ、いいえ。其方は確かに成したのです……成したのですよ』
肩のアカが、立ち上がって叫んだ。
「おばーちゃっ!!」
シャンドラーパ様の横に、カマラさんが立っている。
遺体は抱えられているけど……もう1人、優しい光を放ちながら立っている。
吹き飛んだはずの左腕もあって……両腕で、あの時の男の子を抱っこして。
その横には、あの優しそうな旦那さんもいた。
『カマラさん……! カマラさん!』
ピーちゃんも興奮して叫んだ。
ロロンは、ボクのマントを握りしめながらまた泣いている。
「さっきぶり、ナ」
軽口だけど、それを叩いているアルデアは声を震わせていた。
『これは、貴方が成したことです。優しい虫人よ』
何も言えない。
胸が詰まって、言葉が出てこないんだ。
『愛しい子らよ――また、いつか』
シャンドラーパ様がそう言うと、現れた人たちが薄らいで消えていく。
声は聞こえないけど、誰もが笑って……手を振って。
「イツカ、イツカ……マタ」
なんとか詰まった胸から、カマラさんに声を絞り出した。
彼女の抱いている男の子が、ボクに笑って手を振る。
旦那さんは、さっきと同じように深々と頭を下げた。
そして、確かに聞こえたんだ。
消えていくカマラさんが、ボクの顔を見て片目を閉じて。
まるで少女みたいな顔をして――
『じゃあね、みんな――それに、頑張んな、親分さん』
いつかと同じように、優しくそう言ったのを。
確かに……確かに、聞いたんだ。
「おやびん……おばーちゃ、いっちゃった……いっちゃった……」
アカがそう言った時には、もう――誰もいなかった。
元のように、夜の山が残っているだけだった。
でも……祭壇の上にいないカマラさんが、今までの光景が嘘でも、幻覚でもないって教えてくれる。
『アカ、行っちゃったけど、行っちゃったけどさ……』
アカと、ピーちゃんを撫でる。
『だけどいつか、きっといつか……会えるよ。だって、その証拠を今見たじゃないか』
「あい……!」
頬にアカの涙の感触を感じながら……ボクは、そう確信した。
「忘レナイヨ、カマラサン……貴方ト旅ヲシタコト……ズット……忘レマセンカラ」
ボクの呟きは、夜に紛れて消えていった。
届くかなあ……月まで。
うん、きっと届くよね。きっと。
・・☆・・
「――今晩はゆっくりお休みください」
セーヴァさんがそう言って、ドアを閉めた。
ここは、ジェストマの……お家。
葬儀が終わったボクらは、一言も話さずに街へ戻ってきた。
あれだけいた月の民の皆さんは……街に着いたころには、セーヴァさんとラーフルさんだけになっていた。
門番に話は通っていたようで、『墓参りの帰りです』と言ったらすぐに通された。
みんな泣いて目が真っ赤だったけど、お墓参りっていう理由だから全然怪しまれなかった。
そして、家まで案内されて……寝室に戻ってきた。
誰も、一言も話さない。
そうだよね……悲しいもんね。
「おやびん……」
マントを壁にかけると、アカが飛んできて肩に乗った。
ピーちゃんも、同じように。
「今日ハ皆一緒ニ寝ヨウカ。色々アッタモンネ……」
2人を撫でて、ベッドに腰かける。
アルデアは奥のベッドにもう寝転がり、ロロンは隣のベッドの上で膝を抱えている。
「ロロン」
声をかけると、彼女はこちらを向いた。
泣きはらした目が、ちょっと痛々しい。
「ボクネェ……強クテ優シイ、素敵ナ親分ニナルカラ」
いつだったか、カマラさんに言われた言葉。
優しいだけでも、強いだけでもない……そんな、立派な親分を目指すんだ。
そう、カマラさんみたいな。
「ダカラ……コレカラモ、ヨロシクネ」
「は、はい……はいっ!!」
「ムワワワ」
ロロンは、泣きながらボクに飛びついてきた。
「ワダスも……ワダスも! り、立派なアルマードになりやんす、きっと……きっと、なりやんす!!」
ボクの体をきつく抱きしめて、ロロンは胸に顔を押し付けてわんわん泣いた。
「ワダスは……ムーク様の子分なのす! アカちゃんの次の、子分なのす! その名ば汚さぬように……粉骨砕身ば、いたしやんす~!!」
ボクの名前はともかく、ロロンもなにか思う所があったようだ。
凄い決意を感じる……ちょっと恥ずかしいけど、このままにさせてあげよ――アルデア?
どうしたの? 急に近付いてきて――ムワーッ!?
「ムギュー!」「じゃ、じゃじゃじゃ!?」
アルデアは、泣いているロロンの背中から抱き着いて……ボクらは3人揃ってベッドに転がった。
なんて力だ! 真ん中のロロンが潰れないかどうか心配!
「……私にも、たまには人恋しい時があるのナ……おいムーク、顔を見るんじゃないのナ。そして肌に触れたら殺すのナ……」
一瞬見えたけど、目が真っ赤だった。
うん……見ないようにしようね。
「アルデアハ触レテルノニ……?」
「私はいいのナ……寝るのナ。今日は本当に……本当に、疲れたのナ……」
それだけ言って、アルデアは眠り始めた。
「……オヤスミ、皆」
「お、おやすみなさいまし……!」
ロロンは苦しく……なさそうだね。
アカとピーちゃんと一緒に眠るつもりだったのに、思いがけず大所帯になったねえ。
「おやしゅみ」『寝るわ……寝るわ……』
アカとピーちゃんは、ボクの頬に身を寄せて目を閉じた。
おしくらまんじゅうみたいだけど……とっても、とっても暖かいや……暖かい……
よかった。
叫び出しそうなくらい悲しかったけど……このぬくもりの中でなら……よく、眠れそうだ。
・・☆・・
その夜は……夢を、見た気がする。
どこか、綺麗な花畑で――笑う小さな男の子を、肩車するお父さん。
その2人を、笑って見ている優しそうなお母さん。
そんな、幸せな夢を見た気がする。
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