表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

345/378

第123話 さようなら、またいつか、きっと。

『私を許してください……本日この場に顕現するために、今まで隠れていた私を』


 月の女神、シャンドラーパ様。

彼女は、蹲って泣くセーヴァさんの前にかがんで……優しく抱きしめた。


「いい、え!いいえ! その優しさは、痛いほど伝わっておりました! 私にも! 皆にも! ――そして……カマラ族長、にも……!!」


 まるで子供がお母さんに甘えるように、泣きじゃくって頭を振るセーヴァさん。

その頭を、シャンドラーパ様は優しく撫でた。


『嗚呼、愛しい子……』


 視線を横に向け、カマラさんを見る女神。

その目は、煌めく涙で潤んでいた。


『今日まで……苦労をかけましたね、カマラ。貴方の行いは、いつでも見ていましたよ……ヒトの身で、あれ程になるまで……どれだけ、辛かったか、苦しかったか……』


 泣きじゃくるセーヴァさんを立たせ、シャンドラーパ様は……カマラさんの顔を、愛おしそうに撫でた。


『本当なら妻として、母として……安寧に生きられたかもしれぬものを……嗚呼、嗚呼……』


 カマラさんの遺体を、シャンドラーパ様が抱き上げた。


『――我が愛しき子らよ。今日まで……よく耐えましたね、私は母として、とても誇らしく思いますよ』


 その声に、月の民たちは一斉に土下座のような姿勢になった。

そのまま、地面に涙をこぼし、声にならない声で嗚咽している。


『この子は、私が連れていきます。皆はこの先……懸命に、幸せに、満ち足りて生きなさい』


「はい……はい!」「有難いお言葉……!」「おお、おおおお……!!」


 口々に帰ってくる声に、シャンドラーパ様は零れるような笑みを浮かべた。



『――顔を、お上げなさい。皆が……来ていますよ』



 柔らかい光が、あたりを包んでいる。

そこには……ああ、ああ!


 さっき見たのと、同じように……ボクらの周りに、獣人さん達……月の民が、立っていた。

と、トモさん……これって!


『ふふ、延長しました。ポイントは大分減りましたが』


 いいよ! そんなのゼロになったっていいよ!

このためなら……いいよ! いくらでも使って!!


「親父ぃ! お、親父……!!」


「ああ、あなた! あなた……!!」


「アーシャ、アーシャよう! 俺のアーシャよう!!」


「父さん、母さぁん!!」


 月の民の皆さんは、そこかしこにいる人たちに声を張り上げ、泣いている。

亡くなった親族の方たちを、見つけたんだ。


「と、父さん……父さん!!」


 セーヴァさんも、壮年の獣人を見て泣いている。

ああ、あれがお墓の……クマラさんか。


「ごめんよう、ごめんよう……! あの日ぃ、逃げちまってごめんよう……!!」


「ファメーラ! ファメーラ! 弱い父ちゃんを許してくれ……許してくれェ!!」


 口々に、後悔や懺悔を繰り返す人たち。

そんな彼らを……周りの人たちは、ただ微笑んで見ている。

『いいんだよ』とでも言うように、微笑んでいる。


『懺悔も、悔恨も、謝罪も必要ありません。貴方がたは、正しく生きているのです……見なさい、皆の顔を……』


 シャンドラーパ様が、愛おしそうに微笑んでいる。

そして……彼女は、ボクを見た。


『――感謝します、新しき女神の使徒。其方のお陰で……子らにこの光景を見せることができました』


 これは、内緒の神託か。


『いいえ、女神様。ボクは……ボクには、なにも、何もできませんでしたから』


 胸がキュウッとした。


『いいえ、いいえ。其方は確かに成したのです……成したのですよ』


 肩のアカが、立ち上がって叫んだ。


「おばーちゃっ!!」


 シャンドラーパ様の横に、カマラさんが立っている。

遺体は抱えられているけど……もう1人、優しい光を放ちながら立っている。


 吹き飛んだはずの左腕もあって……両腕で、あの時の男の子を抱っこして。

その横には、あの優しそうな旦那さんもいた。


『カマラさん……! カマラさん!』


 ピーちゃんも興奮して叫んだ。

ロロンは、ボクのマントを握りしめながらまた泣いている。


「さっきぶり、ナ」


 軽口だけど、それを叩いているアルデアは声を震わせていた。


『これは、貴方が成したことです。優しい虫人よ』


 何も言えない。

胸が詰まって、言葉が出てこないんだ。



『愛しい子らよ――また、いつか』



 シャンドラーパ様がそう言うと、現れた人たちが薄らいで消えていく。

声は聞こえないけど、誰もが笑って……手を振って。


「イツカ、イツカ……マタ」


 なんとか詰まった胸から、カマラさんに声を絞り出した。

彼女の抱いている男の子が、ボクに笑って手を振る。

旦那さんは、さっきと同じように深々と頭を下げた。


 そして、確かに聞こえたんだ。

消えていくカマラさんが、ボクの顔を見て片目を閉じて。

まるで少女みたいな顔をして――



『じゃあね、みんな――それに、頑張んな、親分さん』



 いつかと同じように、優しくそう言ったのを。

確かに……確かに、聞いたんだ。


「おやびん……おばーちゃ、いっちゃった……いっちゃった……」


 アカがそう言った時には、もう――誰もいなかった。

元のように、夜の山が残っているだけだった。

でも……祭壇の上にいないカマラさんが、今までの光景が嘘でも、幻覚でもないって教えてくれる。


『アカ、行っちゃったけど、行っちゃったけどさ……』


 アカと、ピーちゃんを撫でる。


『だけどいつか、きっといつか……会えるよ。だって、その証拠を今見たじゃないか』


「あい……!」


 頬にアカの涙の感触を感じながら……ボクは、そう確信した。


「忘レナイヨ、カマラサン……貴方ト旅ヲシタコト……ズット……忘レマセンカラ」


 ボクの呟きは、夜に紛れて消えていった。

届くかなあ……月まで。


 うん、きっと届くよね。きっと。



・・☆・・



「――今晩はゆっくりお休みください」


 セーヴァさんがそう言って、ドアを閉めた。

ここは、ジェストマの……お家。


 葬儀が終わったボクらは、一言も話さずに街へ戻ってきた。

あれだけいた月の民の皆さんは……街に着いたころには、セーヴァさんとラーフルさんだけになっていた。

門番に話は通っていたようで、『墓参りの帰りです』と言ったらすぐに通された。

みんな泣いて目が真っ赤だったけど、お墓参りっていう理由だから全然怪しまれなかった。


 そして、家まで案内されて……寝室に戻ってきた。

誰も、一言も話さない。

そうだよね……悲しいもんね。


「おやびん……」


 マントを壁にかけると、アカが飛んできて肩に乗った。

ピーちゃんも、同じように。


「今日ハ皆一緒ニ寝ヨウカ。色々アッタモンネ……」


 2人を撫でて、ベッドに腰かける。

アルデアは奥のベッドにもう寝転がり、ロロンは隣のベッドの上で膝を抱えている。


「ロロン」


 声をかけると、彼女はこちらを向いた。

泣きはらした目が、ちょっと痛々しい。


「ボクネェ……強クテ優シイ、素敵ナ親分ニナルカラ」


 いつだったか、カマラさんに言われた言葉。

優しいだけでも、強いだけでもない……そんな、立派な親分を目指すんだ。


そう、カマラさんみたいな。


「ダカラ……コレカラモ、ヨロシクネ」


「は、はい……はいっ!!」


「ムワワワ」


 ロロンは、泣きながらボクに飛びついてきた。


「ワダスも……ワダスも! り、立派なアルマードになりやんす、きっと……きっと、なりやんす!!」


 ボクの体をきつく抱きしめて、ロロンは胸に顔を押し付けてわんわん泣いた。


「ワダスは……ムーク様の子分なのす! アカちゃんの次の、子分なのす! その名ば汚さぬように……粉骨砕身ば、いたしやんす~!!」


 ボクの名前はともかく、ロロンもなにか思う所があったようだ。

凄い決意を感じる……ちょっと恥ずかしいけど、このままにさせてあげよ――アルデア?

どうしたの? 急に近付いてきて――ムワーッ!?


「ムギュー!」「じゃ、じゃじゃじゃ!?」


 アルデアは、泣いているロロンの背中から抱き着いて……ボクらは3人揃ってベッドに転がった。

なんて力だ! 真ん中のロロンが潰れないかどうか心配!


「……私にも、たまには人恋しい時があるのナ……おいムーク、顔を見るんじゃないのナ。そして肌に触れたら殺すのナ……」


 一瞬見えたけど、目が真っ赤だった。

うん……見ないようにしようね。


「アルデアハ触レテルノニ……?」


「私はいいのナ……寝るのナ。今日は本当に……本当に、疲れたのナ……」


 それだけ言って、アルデアは眠り始めた。


「……オヤスミ、皆」


「お、おやすみなさいまし……!」


 ロロンは苦しく……なさそうだね。

アカとピーちゃんと一緒に眠るつもりだったのに、思いがけず大所帯になったねえ。


「おやしゅみ」『寝るわ……寝るわ……』


 アカとピーちゃんは、ボクの頬に身を寄せて目を閉じた。

おしくらまんじゅうみたいだけど……とっても、とっても暖かいや……暖かい……


 よかった。

叫び出しそうなくらい悲しかったけど……このぬくもりの中でなら……よく、眠れそうだ。



・・☆・・



 その夜は……夢を、見た気がする。

どこか、綺麗な花畑で――笑う小さな男の子を、肩車するお父さん。

その2人を、笑って見ている優しそうなお母さん。


 そんな、幸せな夢を見た気がする。

 

※宣伝



 『無職マンのゾンビサバイバル生活  欲求に忠実なソロプレイをしたら、現代都市は宝の山でした』は角川BOOKSより絶賛発売中! 電子版もありますよ!!


 書き下ろし短編あり、加筆修正あり! 何より神奈月先生の美麗イラストあり!


 よろしくお買い上げのほど、お願いします!




※SNS等で感想を呟いていただけますと、作者が喜びます。


是非お願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
カマラさん、安らかに みんなカマラさんの偉業に感謝して、強く生きていけるよ
やめて差し上げなさい!当方のもう涙はゼロよ!?ムッくん!俺の邪神のポイントお客様還元祭につき、100000000ポイント付与した!もうしたから!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ