第122話 月の民。
カマラさんが、永遠の眠りについてから……しばらく。
ふと気が付くと、山裾の所から誰かが歩いてきた。
ランプのような明かりがいくつも見える。
周囲に変な気配はないけど……今、動けるのはボクだけだ。
皆は、まだカマラさんの死を悼んでいる。
地面に身を預けたカマラさんは……幸せそうに微笑んでいる。
その周囲に、みんないる。
みんな、泣いている。
ああ……ああ! 心が、張り裂けそうだ。
……思えば、ボクにとってこれは、転生して初めて体験する……親しい人の、死だ。
こんなにも、こんなにも悲しいのか……
「フゥ……」
なんとか立ち上がり、ヴァーティガを構える。
頼れる相棒は……青白く輝いて闇を払った。
そこにいたのは……
「――お疲れ様でした」
カマラさんと同じような鎧を身に纏った、セーヴァさん。
そして……後ろにも、同じ格好の人が何人かいる。
皆、武器を持っている。
その光景に一瞬緊張したけど……向こうに一切の敵意を感じられない。
ヴァーティガからも、いつかのような振動は伝わってこなかった。
「セーヴァサン……アナタモ、『月ノ民』ナンデスネ」
「はい……といっても、私は里を知りませんが」
セーヴァさんは歩いてきて、カマラさんの横に立つ。
その死に顔を見下ろす彼女の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「族長……長い、長い旅を終えたんだね……こんなになって……ボロボロなのに、とっても、とっても……いい顔、してるわ」
泣いているロロンの横に腰を下ろし、セーヴァさんはカマラさんの顔をそっと撫でた。
その頬に、涙が一滴落ちた。
「……貴方が、ムーク殿ですな」
その光景を見ていると、後ろから声。
振り向くと……カマラさんと同じくらいのお爺さんが立っている。
その後ろにも、同じくらいの年齢の方々が、ずらりと。
全員が鎧を着て……直剣を腰に下げていた。
「ハイ……アナタハ?」
聞き返すと、お爺さんが深々と頭を下げる。
「私はラーフルと申します。カマラ族長と同じ月の民の……生き残りです」
後ろの人たちも、揃って頭を下げてきた。
「族長からは、街々で手紙を受け取っておりましたので……あなた方のことはよく存じ上げております。『とても気持ちのいい、先が楽しみな若者たち』だと、よく褒めてらっしゃいました」
カマラさん、そんなことを……
「……ソウ、デスカ」
「しばし、準備がありますのでお待ちくだされ……族長を、見送ります。【闇渡り】の魔素に当てられてお疲れでしょう、あちらに」
そう手で差したのは、あの墓石だ。
見送り……そうか、そうか。
これから、カマラさんのお葬式が始まるんだ。
・・☆・・
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
墓石の前に座り、皆で待っていると……セーヴァさんが呼びに来た。
さっきの鎧は脱いで、今は……綺麗な白装束の着物を着ている。
なんとなく、喪服なんだろうなって思った。
日本人からしたら違和感があるけど、鎧もそうだったし……白っていうのは『月の民』にとって大事な色なんだろうね。
泣きつかれて眠ったアカとピーちゃんを抱えて、立ち上がる。
目を真っ赤にしたロロンとアルデアも、無言でついてきた。
カマラさんが寝ていた場所は、様変わりしていた。
さっきまで布で隔離されていたものが取り払われて……そこは、見たことがないけど綺麗な祭壇になっていた。
色々な彫刻がされた綺麗な木材で、ベッドのようなものが組まれている。
その上に、カマラさんが寝かされていた。
死に化粧……っていうんだろうか。
乱れた髪は整えられ、血色もいいように見える。
元々カマラさんは狼寄りの顔だったけど……それでも、とっても綺麗だ。
鎧も脱がされて、綺麗な白装束が着せられている。
片方しかない腕は胸の上に置かれ、その手首にはあの……ボロボロの赤い布が巻かれていた。
「おやびん……おばーちゃ、きれぇ……」
起きたアカが、ボクの肩に座って頬を擦り付けてきた。
「ウン、綺麗ダネ……トッテモ、綺麗ダネェ」
その頭を撫でる。
『さっちゃんの時を思い出すわ……綺麗だし、幸せそうだけど……やっぱり、やっぱりとっても悲しいわ、悲しいわ……』
反対側の肩に乗ったピーちゃんは、小さくチチと鳴いた。
この子にとっては、思い出して辛いだろうね……
この場には、いつの間にか大勢の人がいた。
さっきのラーフルさんを始め、白装束を着た『月の民』が。
お葬式の準備中、続々と集まって来たんだ……ご老人が多いけれど、中には若者もいる。
少なくとも、50人くらいはいるんじゃないかな。
「コンナニイタンダ、月ノ民ッテ……」
「『これだけしか』いないのナ。一族を形成するには、少なすぎるのナ……」
ボクの呟きに、アルデアが補足する。
ああ、そうか……そう考えたら、そうだね。
元は一族だもんね……どれだけ、減ったのか。
「――今から50年は前になります」
横にいたラーフルさんが呟いた。
「あの日……あの夜、我らの里は壊滅いたしました……【闇渡り】によって」
深くて低い、悲しみに満ちた声。
「族長は……まだその頃は違いましたが、若いものや女子供を率いて……里を捨てたのです。当時の族長であったヴァルダナ様が、命懸けで時を稼ぐ間に」
「ソウ、ダッタンデスカ」
「自らも旦那様とご子息を失いながら……族長は、野を越え山を越えて、ラーガリのハッシュバルまで旅をしたのですよ」
ええと、月の民は無茶苦茶北に住んでいたんだよね……そこから、ラーガリまでか。
「トッテモ、苦労シタンデスネ……」
横たわったカマラさんを見る。
薄く微笑んだようなその顔からは、とてもそんな苦労を窺い知ることはできなかった。
この旅が始まってから今まで、変わらない……そんな、顔だった。
「ええ、我々には復讐を捨てて生きよと言っておきながら……ご本人はたった一人で、長い間……この機会を待っておられたのです」
それは、どれだけ大変な人生だったんだろうか。
あれ程の魔力を得るまで、カマラさんは……彼女は、どんな辛い日々を過ごしてきたんだろうか。
「しかし、その旅も今宵終わる……このお顔を見るに、あなた方のお陰で……最後は安らいで逝けたのでしょうなあ……」
それは、ボクらのお陰ではない。
でも、あの光景を説明するのは……難しい。
この人たちだって、亡くなった家族がいるんだろうし……死んだ人に会ったんです、なんて……無神経な事、言えないよ。
だから、ボクは黙って頷くことにした。
「――遥かなる月の神、シャンドラーパ様」
カマラさんの横で、セーヴァ―さんが粛々と口を開いた。
巫女さんというか……僧侶役、なんだろうか。
「今日、そちらに新たな子が参ります」
しゃん、と鈴が鳴る。
セーヴァさんが、腰に吊っている直剣を揺らした音だ。
「ヴァルダナが一子にして、強き母、強き妻、そして――強き、族長……名を、カマラ」
しゃん、しゃん、しゃん。
周りにいる人たちも、続々と鈴を鳴らし始めた。
まるで、鈴の林が広がっているみたいだ。
「艱難辛苦を乗り越え、遂に本懐を遂げし――貴方の子が、その御胸に参ります」
ぐ、と喉が引きつるような声がする。
周りの誰かが、いやだれもが……漏れそうな嗚咽をぐっとこらえているんだ。
慕われる族長だったんだろうな……少しだけ一緒にいたボクでも、よくわかるよ。
「どうか、その深い御慈悲を以て――安寧の、眠りをお与えください」
鈴の音が一層高くなる。
「「「おお、聖なる哉月の御柱。かくて深き眠りを誘わん」」」
「「「おお、尊き哉逝きし者。そなたの魂に安寧あらんことを」」」
「「「我ら一族、月の一族」」」
「「「かの日まで、地上に根を張れど」」」
「「「何時の日か、逝きし者らと再び逢わん」」」
「「「何時の日か、天上にて」」」
「「「嗚呼、何時の日か共に」」」
お経のような節回しを、皆さんがしている。
鈴の音と、祝詞の声。
それらが、混然一体となってカマラさんを包んでいる。
「――さらば愛しき同胞、また、何時の日か」
しゃりん、と一際高い鈴の音。
セーヴァさんが、目から涙を溢れさせながら……剣を抜いて両手で構えた。
それに続き、全員が同じように。
「――サヨウナラ、カマラサン」
ボクもヴァーティガを両手で持ち、高く、高く天に掲げた。
いつだったか、記憶の中で見た黒騎士のように。
――その時だ。
ヴァーティガに刻まれた紋様が発光し、蒼く蒼く周囲を照らした。
魔力も込めていないのに、その切っ先からは細い、蒼い光が糸のように――天に向かって伸びていく。
『おや、ヴァーティガさんのお陰で手間が省けましたね。むっくん――お客様ですよ』
えっ?
それってどういうこと――
――いつから、そこにいたのか。
ボクらの前に、女の人がいる。
荘厳な白い衣装を身に纏った……背の高い獣人の……いや、違う!
銀色の髪を靡かせて……杖のようなものを持ち、凄まじい存在感を放っている。
この気配は、テオファールに似ているけど、どちらかというと……そう。
ヴェルママが、神託をして来る時の、雰囲気によく似ている。
「まさ、か……」「おお、おおお……!」「なんという、なんという……!」「嗚呼、嗚呼……!」
月の民たちが、顔を覆って泣いたり、蹲って号泣を始めた。
そんな中で、セーヴァさんは両目から涙をぼろぼろ零しながらその人を……女神様を、見ている。
「シャンドラーパ、様……」
体を震わせるセーヴァさんに、その女神……シャンドラーパ様が、静かに歩み寄った。
歩くたびに、干渉した魔力、いや神気が空気と反応して優しく輝いている。
『――よく、おやりになりましたね。私の愛しい子たち』
その声に、こらえきれなくなったのか全員が声を上げて泣き出した。
彼らを見つめる女神様の目は、慈愛に満ちた優しい光をたたえていた。
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