第121話 おやすみ、おばあちゃん。
『魔力の残滓、確認できません。闇渡りは完全に死にました、いえ、消滅しました』
「おばーちゃ! おばーちゃっ!!」
アカが、腕から飛び出す。
今まで感じていた重圧がすっかり消えたボクらも、その後を追った。
倒れ込んで、ピクリともしないカマラさんの元へ。
「カマラサン! 大丈夫デスカ! カマラサ……!!」
倒れたカマラさんを抱き起こし、地面に仰向けに寝かせる途中で――ボクは何も言えなくなった。
血が出ているわけじゃない、千切れた腕は魔導義手だ。
この戦いが始まってから、カマラさんは傷らしい傷を負っていなかった。
だけど――
目を閉じ、どこか安らいだ表情のカマラさんからは――ほんのちょっとしか、魔力を感じなかった。
ボクの速射衝撃波よりも、もっともっと少ない魔力しか、感じなかった。
「これ、は……!」
アルデアが、息を呑んだ。
「なんと、はあ……なん、と」
ロロンが、思わずといった感じでボクに縋り付いてきた。
トモさん、カマラさんは……カマラさんは……
『急激な魔力枯渇……当然でしょう、あれ程の結界術や魔法を駆使し、なおかつ励起呪法を全て詠唱したのですから……』
頼れる女神様の答えは、ボクの想像した通りだった。
今のカマラさんからは、子供くらいの魔力しか感じないんだ。
とにかく、魔力ポーションを!
エンシュで貰った支給品が、まだバッグに残っているから、これで――
『――無駄です』
な、んで?
『むっくんも、わかっているでしょう?』
わからない、わからないよ!
全然、わからないッ!!
『通常のものも、魔力ポーションも……その人が本来持っている肉体の生命力や治癒力を底上げして効くのですよ、むっくん』
聞きたくない……聞きたくない!!
『――今のカマラさんからは、生きようとする意志が全く、全く感じられません。この状態では……どんな治療も、霊薬も、意味がありません』
……なんて、ことだ。
『むっくん、よく聞いてください』
脳内が混乱し続けるボクに、トモさんが言う。
『今までに溜めたトモさんポイント、使ってもいいですか?』
な、なんでこのタイミングで――ひょっとして、カマラさんはそれで助かるの!?
『……いいえ。ですが……これは、彼女に絶対に必要なものです。辛いでしょうが、了承してくださいませんか?』
……やっと、ポイントが使えるのか。
でも、カマラさんを助けられないのか……
……うん、いいよトモさん。
今までの分、全部使ってもいいからさ。
せめて、それで何か……カマラさんのためになるっていうのであれば、すぐに。
「おばーちゃ……」
カマラさんの頬に抱き着き、涙をこぼすアカ。
彼女にもわかっているんだろう。
『お別れ』が、近いってことを。
ピーちゃんは、反対側の頬に頭を押し付けて泣いている。
そんな時だった。
「泣き虫、だねえ……あんたたちは」
カマラさんが薄く目を開き、呟いた。
声には、まったく力がない。
「おばーちゃ……」
「泣くのは、およし、アカちゃん……それに、ピーちゃん……」
カマラさんは、薄く微笑んでいる。
「これは、ねえ。順番なのさ、順番……アタシの、ね」
優しい目元のまま、カマラさんは続けた。
「アカちゃん、アンタにはよおく、手伝ってもらったねえ。いい道具をやるから、それを使いな……アンタなら、いつか一端のタリスマン職人に、なれるよ」
「おばーちゃ……」
震える右手を上げ、アカを撫でるカマラさん。
「ピーちゃん、首都に行ったら……アタシの分まで、見物しとくれ……たくさんの、楽しい思い出を、これからも抱えて、いくんだよ……」
『カマラさん……』
今度はピーちゃんを撫でる。
そして……ロロンの方を見た。
「ロロンちゃん、アンタのちょっと抜けてる親分は、たぶん……立派になるよ、だから……しっかり、支えておあげ。アンタなら、できるはずだよ……とっても、いい子、だから」
「んだなっす……!」
そうか、これは……カマラさんの、別れの挨拶だ。
ボクらへの、別れの。
「アルデアちゃん、空の民と、一緒に旅なんて、初めてだったけど……楽しかったよ。アンタなら、どこでも楽しくやっていけるんだろう、ねえ……本当に、いい娘さ、アンタは」
「……ああ、そうナ」
アルデアの目から、一筋涙が流れるのが見えた。
そして……ボクを見る、カマラさん。
「ムークちゃん、アンタを見てるとねえ……孫がいたら、こんな感じ、なのかって……ふふ、いつも、思ってたよ。アンタはとっても、優しい……それを、抱えたまま……強くって、でっかい男に、なるんだよ」
「ハ……イ」
カマラさんは、目だけ動かしてボクらを見た。
最後に、焼きつけるみたいに。
「アンタらとの、旅……本当に、楽しかったねぇ。最後の、最後に……いい思い出に、なったよ……」
はぁ、と。
カマラさんは、長く息を吐いた。
「目が、霞んできたねえ……そろそろ、ここらで――」
『――間に合い、ました!』
トモさんの声が響いた時、ボクは……周囲の異変に気付いた。
明るいんだ、とっても。
さっきまで真夜中だったはずなのに……まるで、昼みたいに、明るいんだ。
そして、もう一つ。
周囲に、大勢の人が立っている。
皆も気付いたようで、慌てて周囲を見回している。
立っている人たちは、全員が狼の獣人だった。
着物みたいな服を着て、皆……カマラさんと同じ色の髪をした、大勢の人たち。
子供も、老人も、男も女も。
皆、ボクらを見て……優しく微笑んでいる。
「つ、『月の民』……」
ロロンの呟きに、カマラさんがよろよろと頭を持ち上げる。
ボクは、それを支えて……ゆっくりと、上体を起こしてあげた。
「……みん、な」
カマラさんが、目を見開いた。
そんな大勢の人たちの中から、1人が進み出て……こちらへ歩いてくる。
いや、正確には2人だ。
背の高い、優しそうな男の人と……彼が腕に抱いた、3つくらいの小さな男の子。
彼らは、足音もさせずに歩いてきた。
そして、その男の人はカマラさんを見て……目を細めて優しく微笑み、腰を下ろす。
腕の中の子供は、顔をほころばせて手を伸ばしている。
「……あなた……」
カマラさんが、震える声で呟いた。
この人は……カマラさんの……?
それって、どういう……?
男の人の手から、子供が下りる。
その子は、ゆっくりと歩いて……カマラさんの前まで来た。
「馬鹿な、子だよ……こんな、薄情な、母親なんぞ……待ってた、なんて……」
そんなことを言いながら……カマラさんの右手が、震えながら上がる。
母親って……まさか、まさか。
トモさんがやってくれたのって……!
男の子は笑って――カマラさんの胸に、抱き着いた。
その背中を、彼女は優しく抱きしめた。
もう二度と離さない、とでも言うように。
男の子は、カマラさんの胸の中で笑って頬ずりした。
赤ん坊が、母親にやるみたいに。
「……ね……」
カマラさんの薄く開いた目から、涙が一筋零れた。
「――ずいぶん……またせて……ごめん、ねぇ……あたしの、ぼうや……」
カマラさんは、男の子にそう言って目を、ゆっくり閉じて……
――それきり、二度と目覚めることはなかった。
男の人は、僕たちを見てまた微笑んで……立ち上がって深々と、頭を下げた。
その後ろにいる獣人さんたちも、皆。
皆、揃って頭を下げていた。
・・☆・・
いつの間にか、周囲の人影は消えていた。
ボクは、抱えていたカマラさんを……そっと、地面に下ろす。
何かを抱くように腕を曲げた彼女は、安らかな顔で目を閉じていた。
口元には、わずかな微笑みが残っている。
トモさん、今のって……
『冥界の女神様に陳情して、関係者を探しました。ポイントをかなり使ってしまって、申し訳ありません』
ううん、いいんだ、いいんだよ……ありがとう、トモさん。
最高の、最高の女神様だよ、愛してる。
冥界の女神様、か……そういうことか。
生き返らせることはできなくても……ああいうやり方が、あったわけか。
「夢でも、見ていたのか……今のは」
アルデアが、ぽつりとこぼした。
やっぱり、みんなにも見えてたんだね。
「カマラさん……」
ロロンが、カマラさんの横に座った。
「なんとはあ、お世話に、お世話になりやんした……お見事な御最期、このロロン……感服、いたし……やんした」
ぼろぼろと、彼女は泣いている。
胸が詰まって、その肩を抱いた。
「うぐ、ううう、うあ、あああ……ああ、ああああ……!!」
ロロンはボクの胸に顔を埋め、わんわんと泣き出した。
「おばーちゃ……」
アカが、カマラさんの頬に頬を擦り付けている。
「おやびん……おやびん、おやびぃん……」
そして、ボクにも同じようにしてきた。
喚くでもなく、叫ぶでもなく……ただただ、涙を流している。
『悲しいわ……カマラさんはとっても幸せそうだけど……それでも、とっても、とっても悲しいわ……』
ピーちゃんはアカを抱きしめて、同じようにハラハラと涙を流している。
そして、アルデア。
「――ッ、ゥ、グ……ゥウ……!」
彼女は、ボクの背中に顔を埋めて、声を殺して泣いていた。
「……オ疲レ様デス、カマラサン。ユックリ……ユックリ、休ンデクダサイ……」
ボクは、ボクは……転生してから初めて、本当に初めて――
涙腺が無いことを、心の底から辛いと思った。




