第119話 激戦。
「――DDRRAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
闇渡りの一体が、先んじて飛び掛かった。
「『帰命したてまつる』」
カマラさんの姿が、残像のように揺らぐ。
「『駿馬よ・金剛力よ』」
次の瞬間には、彼女の足元の地面が爆ぜて、跳んだ。
飛び掛かった闇渡りを超える速度で。
「――GGGGAAAAARAAAA!?!?」
空中で、闇渡りの体は真っ二つになった。
まるで、ウォータージェットで切り裂いた石材みたいに……綺麗に真っ二つに。
「『剣持ちしものよ』」
カマラさんは、止まない。
杖の先端から、輝く魔法の刃を伸ばしたまま――跳ぶように駆ける。
「『破断せよ・破砕せよ・破局せよ』」
文言を、歌のように詠唱しながら――闇渡りの群れを斬りつけて駆けている。
闇渡りたちが斬り付けられた場所には、小さな魔法陣が浮かび上がった。
それが、暗闇を蒼く照らしている。
「『怨敵を撃ち滅ぼすもの』――『しろがねの大神』!!」
遂に、カマラさんは凄いスピードで集団から抜けた。
ほぼ同時に、闇渡りに刻まれた魔法陣が激しく明滅。
足で地面を削りながらブレーキをかけ、ドリフトのように振り向いたカマラさんの杖が――地面に真っ直ぐ突き立てられる。
「『相身喰らう闇夜の呪言』――『無月・縛霊乃陣』!!」
ぞん、と音がした時には――闇渡り達はそろってさいの目に切り裂かれていた。
質量を持たない肉片が、音を立てずに地面に散らばっていく。
ボクにもちょっと見えた。
カマラさんの詠唱が終わった瞬間に、魔法陣どうしで細い糸みたいな魔力が飛んだのを。
『魔法陣経由で鋭く細い魔力糸を放ったようです。ワイヤカッターの超絶強化版といったところでしょうか』
凄い……
それに、あれだけの魔力を消費しているのに全然疲れた様子がない。
いったい、どれだけ魔力があるんだカマラさんは。
ボクならとっくに倒れている。
「遥か昔……僅かな手勢で敵陣に斬り込み、北ノ魔国の進行を防いだという伝説……与太話ではなかったのナ」
アルデアの声に、少し元気が戻っている。
「『月に吠える戦士』の名は、故郷でも有名でやんす……まさか、この目で見れる日が来るとは」
鼻声だけど、ロロンも調子を戻したようだ。
ボクらは、見ていることしかできない。
ハナから敵う相手ではないし……なにより、さっきロロンが言ったようにこれは……カマラさんの、カマラさんだけの、戦いなんだろう。
「むう……だが矢張り、まだなのナ」
アルデアが言うように……地面に散らばった闇渡りの破片が、うごめいている。
あれだけ細切れにしても、生きてるのか……
『むっくんの再生の時を思い出してください。破損個所が大きければ多いほど、修復には魔力を消費するのです……ほら見なさい、カマラさんの様子を』
うごめく破片を見ながら、カマラさんは何も動じていない。
それどころか、懐から取り出したいくつかのタリスマンに魔力を込めている。
それを――投げた。
「「「DGGDDDDDDDDDAAAAAAA!!!!!!!」」」
地面に落ちたタリスマンが光り、アカの雷撃魔法みたいに稲妻をばらまく。
どこに口があるのか、破片は痙攣しながらそこかしこで悲鳴を上げている。
「――はん、芸のないこった」
カマラさんはため息をつき――背後にできた空間の歪みに、瞬時に杖を突き刺した。
「『爆ぜよ』」
瞬間、爆発。
歪みの中心から不明瞭な悲鳴が響き――頭部が半分吹き飛んだ闇渡りが地面に出現した。
その首を刎ねて、即座に蹴り飛ばすカマラさん。
「まだだろう? 犬っころ……さっさと立ちな。アタシも暇じゃないんでね」
杖を振り、カマラさんが吐き捨てた。
その目の前で、首なしの闇渡りが起き上がって――頭が生えた。
「――っふ!」
その瞬間に、一瞬で踏み込みながらの突き。
魔力の刃が、闇渡りの口らしき所に深々と突き刺さって――
「『爆ぜよ』!」
再びの爆音。
今度は、風船が破裂するみたいに全身が吹き飛んだ。
『本体の再生速度は段違いですね……』
トモさんの呟きが終わったくらいに、空中で再生する闇渡り。
「――FFFGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
再生した瞬間に、カマラさんにまた飛び掛かった。
それを、彼女は後方に跳んで躱す。
軽いステップだったのに、凄い距離を跳んだ……!
「ふん」
カマラさんがひゅんと杖を振ると、先端の刃がブーメランみたいに飛んでいった。
「GGGHAAAAA!?!?」
その刃で背中をザックリ削られる闇渡り。
瞬時に再生しちゃうけど……!
闇渡りは地面を蹴って、後ろに逃げる。
そのまま空中に停止して――吠えた。
「――KRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
周囲の空間が歪曲して、凄い魔力が込められた真っ黒い結晶みたいなものがマシンガンみたいに飛び出した。
エンシュでクソ人間が使った魔法に似ているけど、密度も速度も比べ物にならない!!
「『帰命したてまつる・不空なるものよ・光明を放ち守り給え』!」
カマラさんは杖を両手で持ち、詠唱しながら鋭く回転させた。
先端の光の軌跡がそのまま円として残り――魔法陣に!
輝く魔法陣は、殺到する黒い結晶を受け止め、砕いて地面に落としていく。
「……あの短い詠唱で、なんという障壁強度……一体どんな魔術体系なのナ……」
「月の民なら、月の女神様では無がんすか?」
月の女神様なんているんだ。
『月の女神、シャンドラーパ様ですね。最近はとんとお姿を見かけませんが……守護している月の民が減ったからでしょうか』
そうか……カマラさん、『最後の族長』って言ってたもんね……
あの闇渡りにやられたんだろうか、月の民って。
これ、どう見てもかたき討ちの戦いだと思うし……
「そら、どうした犬っころ。こんなんじゃ婆1人殺せやしないよ? キャンキャン吠えるなら、そこらの狼の方がよっぽど上手だねぇ?」
「GAAAAAAAAAAAAAAAABAAAAAA‼‼」
カマラさんの煽り文句に怒ったのか、闇渡りが放つ結晶の勢いがさらに増した。
もう、横殴りの豪雨並の勢いになっている。
何個か流れ弾がこっちに飛んできて肝が冷えたけど、ボクらを守ってる結界が弾いてくれた。
「アカ、ピーチャン、オイデ」
「えうう……おやびぃん……」
『怖いわ、とっても怖いわ……』
妖精たちを腕に抱える。
こうしておけば、万が一の時にすぐに庇えるからね。
「グ、ウゥ……!」
震えて力が入らない足をなんとか動かして、前に出る。
ロロンの前に。
「む、ムーク様……やめでけれ……!」
ロロンは縋りついてくるけど、ここは譲れない。
この中で一番防御力が高くて、欠損しても治るのはボクだけ。
なら、ボクは最前列に出る。
「ボクハ……親分ダカラ、ココニイナキャイケナインダヨ」
懐から魔石を取り出して、口に放り込む。
何かあれば即座に魔力で防御して、さらにこれで回復する。
怖いよ、とっても怖いけど……ここから逃げることのほうが、怖い。
震える手で握ったヴァーティガの冷たさが、少しだけ勇気をくれる。
ロロンが作ってくれた飾り布も合わせて……ボクに、何をすればいいのかって教えてくれる。
もし、もし……カマラさんが負けて、こちらに標的が向いたら。
ボクは、皆が逃げる時間を稼ぐんだ。
言っちゃうとロロンに止められるだろうから、言わないけど。
そうなって欲しくはないけど――そう『しない』といけないんだ、ボクはね。
「――GBAAARRRRRRRRRRRR‼ GGROROOOOOOOOOOOO‼」
相変わらず魔法は止まらない。
けど、一つ変化があった。
――散らばっていた破片たちが、回復している!
結界を張っているカマラさんの後方から、一斉に走り出した!!
「カマラサン! ウシロ――」
殺到する闇渡りの群れ。
そいつらは、カマラさんの背中に飛び掛かろうとして――地面ごと吹き飛んだ。
なん……何が、起こった!?
『カマラさんの外套に付いていたタリスマンの破片が爆発しました。どうやら、地雷のような効果があったらしいですね……』
そ、そうなんだ……
『彼女は、徹頭徹尾この戦いに備えて準備をしていたのでしょう。装備の、戦法のすべてが、対闇渡りに特化しています……きっと、何年も前から』
ボクらと旅をしている間、カマラさんは本当に普通のお婆さんだった。
でも、その裏で……この戦いに備えてたんだ。
このために、ずっと。
結界の中のカマラさんが、杖を左手に持ち替える。
フリーになった右手は、地雷が爆発した方へ向けられた。
「『憤怒の形を取りし者よ・縛束せよ・縛束せよ・その御力をもちて縛束せよ』」
かざした右手の肘のあたりまで、魔法陣がいくつも展開する。
「『まつろわぬ者・かの身を骨まで焼き尽くせ』――『呪炎獄・破邪乃陣』ッ!!」
カマラさんに飛び掛かって吹き飛ばされた連中が、大きな魔法陣に包まれた。
その魔法陣からはいくつもの光る糸が飛び出し、奴らをギリギリと縛り付ける。
そして――その糸は燃え……魔法陣の内部にとてつもない火柱が上がった。
「「「AGGGGYYYYYYAAAYYYYYYYYYYY!?!?!!?!?!?」」」
半円状に密封された空間が、炎で包まれている。
ここからだと、ごうごうと燃え盛る炎しか見えない。
中からは、相変わらず本能的に嫌悪する悲鳴が響いている。
あれだけの結界を張り続けながら、あんな魔法を使えるなんて……カマラさんは、本当に凄い魔法使いだ。
これなら、闇渡りを殺しきれるかも――
――ぞくり。
「――GBAAAARRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!」
カマラさんに魔法を放っている闇渡りの口が、耳どころか胴体の中頃まで裂けた。
その開いた口の中には――おびただしい数の、魔法陣!!
――今までに感じたことがないほどの、とてつもない魔力放射の気配がした。
闇渡りの展開した魔法陣が高速で回転を始めて――気絶しそうなほど強い、魔力が放出された。
それは、黒い魔力の奔流だった。
今も降り続ける結晶に混じり、それはカマラさんの結界に激突。
周囲に余波を撒き散らしながら、際限なく放たれ続けている。
「――ぬ、ぐ、う、うう……!!」
この戦いが始まって初めて、カマラさんの表情が歪んで――結界が、揺らいでいる。
揺らぎはだんだんと大きくなって、明滅まで始まった。
これは……ヤバい!
「――『帰命したてまつる』……『浄めたまえ』……『吾が手に御力を』……」
明滅する結界に照らされるカマラさんの顔に、いくつも汗が流れた。
「『怨敵に応報の一撃を』――『流転壁・轟雷砲』ッ!!」
結界が、広がった。
今まさに叩きつけられている魔力が――鏡に反射される光のように、闇渡りへ返っていく。
「GRUUUUUUUUUUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHGIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「るぅう――おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
今までに聞いたことがないカマラさんの絶叫と、闇渡りの咆哮。
干渉した魔力がそこかしこで光り、弾け、安全な結界の中にいるボクたちの体に振動と衝撃になって伝わってくる。
その光景がしばらく続き――不意に、魔力が爆発を起こした。
「グゥウウ!?」
まるで太陽を近距離で直視したみたいに、目がくらむ。
くそ、何も見えない……どうなったんだ……!
「あ、あああ、ああッ……!!」
ボクの背中に縋り付いているロロンが、絞り出すような悲鳴を上げた。
「ああ、クソ……!!」
アルデアも同じように、震える声を零している。
くぅう、だんだんと目が慣れてきた……あれ、は!?
「――おばーちゃっ!?」
腕の中のアカが、その光景を見て叫ぶ。
空気が焦げ付いたような異臭を放つ中……カマラさんが、立っていた。
鎧の一部は焦げ付き、いくつか部品が吹き飛んでいる。
だけど、そんなことは問題じゃない。
――カマラさんの左腕が、根元から千切れていた。




