第112話 戦後処理虫。
「イイデスカ~?」
「よろしくお願いしま~す!」
「大丈夫でーす!」
よし、お許しが出た。
むんむんむん――最大溜め衝撃波、発射ァ!!
直撃した柔らかい地面が、豪快に抉れる。
よーしよし、追撃! 追撃!!
何度も繰り返すことしばし……若干の疲れを感じた頃には、結構な深さの縦長の穴ができた。
「お疲れ様です! おーい、入れろ~!!」
「「「応ッ!!」」」
掛け声と共に、今ボクが掘った大穴にドサドサと……魔物の死体が入れられていく。
ゴブリン、コボルト、それに飛竜と何かの肉片。
うおっぷ……臭いがキッツイ!
そんな成仏魔物死体が穴の中にイイ感じに収まった時、ローブを着込んだ虫人さんが歩いてくる。
そして、杖を掲げて何かゴニョゴニョ唱えたら……なんかこう、暖かい光が一瞬パッと出た。
「浄化完了! 覆ってヨーシ!」
「「「応ッ!!」」」
今度は衛兵さんたちがワラワラ来て、ボクが巻き上げた土を異世界シャベルでザックザック戻す。
異世界シャベルってなんだ……? いたって普通のシャベルだよ。
あれよあれよという間に、穴は埋まった。
「ムーク様! お疲れ様ですッ!」
「イエイエ、コレクライ……ッテイウカ埋メルノボクモヤッタ方ガ……」
「いいえっ! 結構でございますっ!!」
「ソ、ソウデスカ……」
衛兵……ワエコさんの圧が強すぎる。
まあ、無理強いするのもアレだもんねえ。
「では次の区画に参りましょう! お疲れでしたら魔力ポーションを……」
「行キマス行キマス! 超元気ナノデ!!」
そう言って、ボクは次の目的地に歩き出す。
ここは、エンシュから南にある森……を、切り開いた空間だ。
ボクはここで、先日のスタンピードによって発生した大量の魔物の死体を埋葬するお手伝いをしている。
スタンピードは終わり、平和は戻ってきた。
でも魔物の死体は消えない。
ゲームじゃないから当然だけど、放っておけば死体は腐る。
腐るだけならいいけど、いやよくないけど……この世界において、転がしておいた死体はだいたいゾンビになる。
生前の恨みとかそういうのと、魔力が深く結びついてしまうのだ。
そうすると、折角コロコロした死体がそのままもう一度敵になっちゃうのだ。
そして……ゾンビってのは超しぶとい。
基本的に頭部をグッシャグシャに破壊しないと無力化できないんだって、怖いねえ。
だから、埋める前にバラバラにするか聖水をかけるか、今みたいに僧侶さんに処理をしてもらう必要がある。
というわけで、お手伝い虫なワケ。
なんでかって?
……装備を全部無料でもらって、『儲けたぜウヒヒ!』で終われるような虫ではないのですよボクは!!
しかも、しかもだ。
……恐ろしいことに、あの装備だけじゃないのよ……報酬。
スタンピードの防衛戦に参加した冒険者は、個別に報酬が支払われるらしい。
ボクも、だ。
いらんのですよ! とは言えない空気なので……こうしてボランティア活動に勤しむわけです。
この仕事に対する報酬は、食事と500ガル。
自由参加なので、街の人も結構そこかしこで働いているのが見える。
衛兵さんが山ほどいるから、魔物に襲われる危険性はないし……戦えない人にはいいお仕事かもね。
なお、ボクは報酬いらんよ! って言ったけど当然聞いてもらえませんでした。
もらいすぎなんじゃよ……もらいすぎ……
そりゃあ無茶苦茶頑張ったけどさあ。
『慣れなさい、むっくん。金は天下の回り物……また別の所で回せばよいのです。【ジェストマ】まで行けばいい魔法具もあるかもしれませんし』
むううん……そうするかあ。
とにかく、今は目の前のお仕事を頑張ろう。
『嗚呼、労働に勤しむ勤勉な虫たちが愛おしい……いつまでも眺めていたいですね……神託で励ましてあげましょうか……む、何故です! 何故止めるのです!』
ママ……今日も今日とて愛が深い。
そして無茶苦茶止められてるし……いつものことですねえ。
そんなに神託連発したらアカンと思うの、ボク。
言わないけど。
「ムーク様、お願いいたします!」
「ハーイ!」
おおっと、お仕事お仕事っと。
・・☆・・
「ムーク様、このような雑事まで一生懸命に……まだ病み上がりだというのに、素晴らしいお人だ」
「あまり大きな声では言えぬが、かのお方が先陣を切られると女性陣の士気が高まるな」
「うむ、死体の処理だからな……けして楽しいものでもないからのう」
「返す返すも、ムーク殿には感謝せねば。アレが英雄の器というものか……」
「息子ができたら、是非ムークという名前にしようか」
「その名の子供が増えそうだな……特にエンシュでは」
・・☆・・
「ゴハンクダサイ」
「あいよ! お疲れさん……こりゃあムークさん!? たまげたねえ、こんな仕事まで。コイツは大盛にしとかなきゃねえ!」
作業が終わり、報酬のご飯を受け取りに行くと……衛兵隊本部の食堂のおばさんたちが働いていた。
「大事ナ仕事デスカラ」
「かーっ! ウチのバカ息子にも見習ってもらいたいねえ……はい、どうぞ! 熱いから気を付けな!」
野菜たっぷりのシチューと、フランスパンのオバケみたいなの。
湯気を上げるとっても美味しそうなご飯だ。
えへへ、いい匂い。
ここはエンシュの城門近く。
野戦陣地みたいな感じになってて、大きなお鍋がいくつも用意されている。
作業を終えた衛兵さんや、街の住民はここで食事して……衛兵隊本部でお金を受け取ることになっているんだ。
「ムーク様ァ! お疲れ様でやんす~!」
あ、ロロンだ。
彼女はボクとは違い、大型の魔物の解体作業に行っていた。
ゴブリンやコボルトみたいなお金にならない魔物じゃなくて、オオムシクイドリとか大地竜とかのね。
そいつらはただ埋めるだけじゃもったいないから、こうして解体して外貨獲得の手段になるんですって。
ロロンは既に席を確保してくれていた。
その、大きな長いテーブルの端っこに座る。
「オツカレ、ロロン。ソッチハドウダッタ?」
「じゃじゃじゃ、解体し甲斐がありやんした! 手際ばええと褒められたのす~♪」
そりゃあね、旅してる時でもロロンの解体の腕は凄かったもん。
ねぎらいも込めて、バッグから出した果実炭酸水をコップに注いであげる。
「おもさげながんす~、しぇば、御返杯を」
「アリガト」
さて……おフィギュアを出して、ご飯にしようか。
ちなみにだけど、この仕事をしてるのはボクとロロンだけ。
アカとピーちゃんはどこかで遊んでいるし、カマラさんはタリスマンの行商。
アルデアは昨日飲み過ぎてベッドから出れていない。
さすがに、あの高速酔い覚ましは緊急事態にしかやらないみたい。
ああ、それとテオファールは昨日帰りました。
『眠いから』って言ってね。
ニカイドさんを始め、衛兵の皆様に外壁の上で見送られて……龍形態に戻って悠々と帰って行ったんだ。
『暇だからいつでも話し相手になって』って言ってたな……それくらいでいいなら、いくらでもやるけどね。
現状、ボクは彼女に多大な恩があるわけだし。
「イタダキマス」「いただきやんす~」
いつものようにおフィギュアに手を合わせ、ボクらは食事に取り掛かった。
冷めないうちに美味しく食べないとね~!
・・☆・・
「フイイ~」「ふい~」「チュクチュク……」
食事をして衛兵隊本部に帰り、お風呂に入って……今は、屋上で涼んでいる。
風が気持ちいいや……
長椅子に横になるの、なーんか癖になるんよねえ。
ボクの胸の上にはアカ、お腹の上にはピーちゃんがいる。
今日も元気にお空で遊んでいたのかと思いきや、なんとカマラさんの行商のお手伝いをしていたとか。
それはさぞ売り上げも伸びただろうねえ……いいマスコットたちですよ。
「平和、最高……」
『戦争はもうコリゴリよ、平和が一番だわ……一番だわ……』
ピーちゃんの言葉には重みがあるねえ。
何百年か前の魔王さん大暴れ時代に生きてただけのことはある。
「おやびん、へいわってなに? なぁに?」
……深いことを聞いてくるじゃないか。
『平和とは、戦争や暴力、差別や貧困など、人権を脅かすあらゆる形態の暴力がない状態であり、人々が安心して穏やかに暮らせる状態を指します』
トモさん、まるで辞書みたいだね……でもアカにはちょっと難しいかなあ。
ええっと、ええと……
『美味しいご飯が食べられて、あったかいお風呂に入れて……好きな時に眠れること、かな~?』
『素敵よ! とっても素敵だわ~!』
「ほえ~……へいわ、しゅき! だいしゅき!」
どうやらお気に召したようで、アカはボクの胸に頬を押し付けてきた。
そうだよね、平和って最高だよね……
未来永劫、戦いなんかなくって平和に暮らしていきたいな……
『現在のむっくんの寿命は3年と12カ月ですが』
2年も増えてる!?
そっか、たぶんテオファールの魔石ザラザラのお陰か……ありがたいけど、もっと増やしたい今日この頃。
この世界は、とっても広い。
まだまだ見たことない場所も、会ったことがない人も沢山だ。
それを皆で経験するためにも……魔石や魔物は必要なのだ。
むう……平和って難しいなあ。
『――ムーク、家に帰りましたわ。あなたは何をしていますの?』
おや、帰りはゆっくりだったんだねテオファール。
救援の時は急いで来てくれたんだねえ……ありがたいや。
『うーんとね、ちょっと平和について考えながらゴロゴロしてたよ。難しいねえ、平和って』
『随分と難しいことを考えておいでですのね……この世界では特にそうですわ。ムークのいた世界ではどうでしたの?』
むーん、例によって概念だけしか知らないけれども……
『ボクのいた国は戦争に負けたけど、それから70年くらいはずっと平和だよ……たぶんね』
『まあ、短い平和ですのねえ』
……龍基準だとそうなのかもしれないねえ。
『ともかく、わたくしは少し眠りますわ……起きたらまた、お話ししましょうね?』
『はーい、おやすみテオファール。いい夢見てね』
『ふふ……そうですわね。あなたも、いい夢を』
ぷつん、と念話が切れる。
さて……ボクも中に戻って本格的に眠ろうかなあ。




