第105話 戦後処理、スヤるボク!
声はすれども姿は見えず、綺麗な草原にはボクと……謎ヴォイスだけが聞こえる。
むーん……そういえば前にも聞いたことがあったような???
ねえねえヴォイスさん、ボク前にもここに来たよね?
『来たな。その時も同じような感じだったが』
やっぱり!
……ここって、天国とかそういうオチはないよね?
『そのような気の利いた場所ではない。ここはワレとお前の心が交わっている場所だ』
へえ、心。
そんじゃ、深層心理とかそういうやーつなんか。
……ワレ?
あの、貴方ってボクとお知り合いだったりします?
『なんだ、今の今まで気付いておらなんだか? 鈍い男よのう』
男かどうかは未知数の虫、むっくんです。
それで……どこかで会ったことあります?
『ははは、何を言うか。つい先ほども高慢ちきな人族を2人でぶちのめしたではないか』
……なんて?
えっえっ……?
あ、あなたひょっとして……ヴァーティガ!?
『如何にも』
そうなんですか!?
いつもお世話になってます! とってもお世話になってます!!
……そういえば、前よりも声がクリアに聞こえるような気がしないでもない!
『お主が一歩進んだからな。ワレとの縁が深まったのだ』
あ~……第二句まで詠唱できたから?
と、とにかくありがとうございます!
お陰でエンシュが吹き飛ぶことは避けられました!
……避けられたんだよね?
『無事だぞ、お主以外はな』
ボク!?
ボクはどうなったの!? まさか死んじゃったの!?
『だから、ここはそんな気の利いた場所ではないと……ははは、相変わらず可笑しな虫人だ』
笑い事じゃないんですのよ!?
どうなったの!? ボクどうなったの~!?!?
・・☆・・
(三人称)
「一級療法士はまだか!?」
「もうすぐだ! それよりももっとポーションを持って来おい!!」
「回復結界陣を絶やすな! 各員魔力ポーションを適宜服用しろ!」
エンシュの中心。
ついこの前までトソバ村の住民たちが避難していた、衛兵隊本部。
そこの大広間は、さながら戦場の様相だった。
「おい、あんちゃんは大丈夫なのかよ!?」
「ウチのポーションを使ってくれ! 【ジェマ】産の一級品なんだよ!」
「皆様お下がりを! 結界陣に干渉いたします、我々を信じてください!」
この街を襲っていたスタンピードは、まだ続いている。
しかし、突如として援軍に駆け付けた白銀龍の尽力によって……大物は悉く灰燼と帰した。
現在は、散発的にゴブリンやコボルトといった魔物が攻め寄せるのみ。
勿論衛兵たちも油断はしていないが……これは、スタンピードの終わりが近いことを表している。
本来なら何日間も続くのがスタンピードだ。
今回は、大物が一度に『消し飛んだ』ため……短い期間で終わりそうだが。
当然だが怪我人も出た。
魔力切れで昏倒した衛兵は数多い。
結界壁を維持していた者、魔法を放ちすぎて失神した者などだ。
今回は、近接戦闘が発生していないので……身体的な欠損や重傷者はいない。
――この場にいる者以外は。
スタンピードの渦中、街の内部に謎の人族が襲来したのだ。
その人族は避難壕に潜入し、おそらく『セヴァー』を狙おうとした。
その過程で、衛兵が4名死亡。
地下で避難民を守護していた衛兵も、全員が深手を負ってここで治療中だ。
街の住民は避難壕から出てここへ押し寄せ、治療中の『とある』人物の容態を特に気にしている。
彼の名は、ムーク。
旅の冒険者で――此度の防衛線を成功させた立役者……と、されている。
先述の謎の人族。
あわや避難民を害そうとしたその人族と交戦し、圧倒。
最後の手段で自爆しようとした相手を街から遠ざけ……太陽と見まごうばかりの爆発に巻き込まれて、半死半生になったのだ。
「あの若者を助けてあげて頂戴! 命の恩人なのよ!?」
「わかっている! それは我らとて同じ思いだ!!」
しかも、しかもだ。
つい先ほど指揮官のニカイドが発表した所によれば……スタンピードを圧倒した白銀龍を、この街まで呼び寄せたのも彼だという。
よって、今に至る。
何人もの避難民、もとい街の住人達は……衛兵隊本部に押し寄せる結果となったのだ。
皆して、家族の、友人の……否、街の恩人を心から案じているのだ。
「――道を開けろ! 一級療法士のリツコ様が到着した!!」
住民を割って、白いローブに身を包んだ虫人の女性がやっていた。
彼女は、衛兵に周囲を護衛されている。
この街随一の療法士……回復魔術に長けた人物である。
既に一線を退いて久しいが……かつてはロストラッドの戦場で活躍した女傑でもある。
「患者の容体はどうだい?」
大広間に入ったリツコは、詰めていた衛兵に質問する。
「ハッ! その……とにかく、一度ご覧になってください!」
「なんだい坊や? 新兵かい? 怪我人の状況くらい見りゃわかるだろ?」
「とにかく! とにかく、こちらへ!!」
首を捻りながら、リツコは案内されるまま歩く。
大広間を突っ切った先……周囲から布で覆われた区画にだ。
「魔導守護布……かなりの等級だね」
魔力を外へ決して漏らさないようにする魔法具。
重病人への治療などでよく使用されるものだ。
彼女は、それを潜って中へ。
そこには――
「……アタシは、この子の手足が吹き飛んでるって聞いてたんだけどねえ?」
封鎖された内部には、大きなベッドが一つ。
そして、その周囲には円状にソファーと椅子が配置されていた。
そこに座っている1人のエルフが、彼女へ声をかけた。
「おお、リツコ殿。ロストラッドの戦役以来か……懐かしいのう、お主も立派になったモノじゃな」
「ラオドール先生!? これはいったいどういう……」
「まあ座れ座れ……街の住人に声が漏れると面倒じゃ」
エルフ……ラオドールが椅子を差し示す。
思案顔をしたリツコは、渋々といった様子でそこへ腰かけた。
そのまま、顔を動かす。
ベッドの上には――五体満足の状態で眠る、虫人の男性がいた。
すやすやと安らかな寝息を漏らすその枕元には、丸まって眠る妖精……アカと、ピーちゃんの姿もある。
「おもさげ……ながん……すぅ……」
その傍らには、ソファーに座ったまま眠りこけるロロンの姿もあった。
端の方には、酒瓶を抱えたアルデアが毛布にくるまって眠っている。
彼女らは、戦闘の疲れからか熟睡していた。
「それで……先生、この子は?」
リツコの質問に、ラオドールが簡単そうに返す。
「この御仁は『魔素転換者』じゃよ」
「なっ……!? 本当かい!?」
『魔素転換者』……稀に、本当に稀に存在する特異体質である。
魔石や魔力を生命力に変換して取り込むことができる、にわかには信じられぬ者たちだ。
「この姿が何よりの証拠……であろう? 白銀龍殿」
ラオドールが首を向けた先の空間が、歪む。
歪みが収まったそこには――体に布を纏った、龍人のテオファールが現われる。
「ええ、その通りですの。それなりの魔石をいくつか口にねじ込みましたら、あっという間に欠損部位が『生えて』来ましたわ」
こともなげに答えるテオファールに、リツコが身を固くする。
「頂の白銀龍様……!」
極限まで抑えているが、漏れ出る魔力量は異常。
ヒトの身を遥かに超えるその奔流に、おののいたのだ。
「あら、楽になさって? わたくしはここで眠っている面白い方の『お友達』としてお見舞いに来ただけですのよ?」
「龍が『お友達』の『魔素変換者』……【ジェマ】のラオドール先生が放っておくのは妙だねえ、格好の研究対象ってやつじゃないのかい?」
ぎしり、とリツコが椅子に腰を下ろす。
エルフ本国に勝るとも劣らぬ知識欲の権化たち……それが、【ジェマ】のエルフに対する一般的な評価だった。
「ほっほ。ところがこの御仁は【ザヨイ家】の魔導紋持ちに加えて……どうも本国の【瑠璃姫】様とも浅からぬ縁があるらしゅうてな……この爺の手には余るわい。なので、この話はこの場だけにしておいておくれ」
「馬鹿にすんじゃないよ。患者の情報をべらべら話す療法士がどこにいるってのさ」
リツコは、その職業倫理の高さでも一級であった。
「しかし、外はえらい騒ぎだよ? この子が今にも死ぬんじゃないかって……ああ、そういうことかい」
「英雄殿を『寝ていれば治る』と転がしておくわけにもいくまいて。しかも『魔素転換者』じゃ……街雀の口に戸は立てられぬよ……ムーク殿の旅が面倒になってもかわいそうでな、隠しておるのじゃ。ただでさえ、若い娘どもが目の色を変えておるらしいのに」
ムークは、虫人の基準ではかなりの美男子に該当する。
その上街の英雄とあっては……その評価はさらに跳ね上がるであろう。
「たしかに……アタシも、50も若けりゃその口だったろうね。成程、【大角】の兄さんの隠し子って噂が立つだけのことはあるね……首都のひ孫を紹介しようか、ケケケ」
触角を揺らし、おかしそうに笑って……リツコはパイプをふかした。
「それじゃ、アタシも休憩させてもらうとするよ……もう怪我人もいないだろうしね。この子が何とかしたから、あの火球は上空で炸裂したんだろ? 地表で弾けたなら……街の半分は死人さね」
「アレは『アーゼリオン』の魔導士が死に際に使う【極光】という邪法じゃよ。命を魔力に転換し、周囲を無差別に消し飛ばす……異種族の国なぞどうなってもかまわんという、選民思想が透けて見えるわい」
ラオドールが顔をしかめた。
「覚えとるか、リツコ殿。ロストラッドの戦役でも難儀をしたじゃろう?」
「ああ、よっく覚えてるともさ……あの野郎は、捕虜ごとこっちの隊を吹き飛ばしやがったからね」
老兵2人は、当時を思い出したように薄く殺気を放出した。
「やはり『アーゼリオン』の密偵でしたの。まったく……あのお馬鹿さんたち……もう一度王城を焼き払って差し上げましょうか」
「無駄じゃよ白銀龍殿。其方がアレをやってから、王城には多重の結界陣が絶えず展開しておると聞く……それに、どうせ中におるのも影武者であろう」
くすくす、とテオファールが笑う。
「まあ、それは――無駄なあがきですこと、うふふ」
ジワリ、と濃い魔力が漏れた。
それを受けて、ラオドールが身震いをひとつ。
「おうおう……お盛んなのは結構であるがな、やる前に『西方12会議』に話だけは通していただきたいものじゃ」
「ふふふ、ご安心なさって? 攻めてこない限りはわたくしからは手を出さない……そういうことに、なっておりますのよ?」
白銀龍は、たおやかに微笑むのだった。
「カレーニ、ラーメンヲ!? ナンダッテ……ソ、ソンナデラックスガ許サレテイインデスカ……!? 今日ハ何ノサンバカーニバルデス~……!?」
眠りこけるムークは、いつものように妙な寝言を垂れ流すばかりであった。




